僕は収納部屋にこもって全速力で出版契約書を書き直した。友人たちと話すこともなく、家族の顔も見なかった。毎晩3、4時間しか寝なかった。目を閉じようとすると、まぶたの裏に刻まれたかのように、ある光景が絶えず浮かんでくる。涙が頰をつたう祖母の姿だ。チー・ルーから、ヤフーショッピングを立ち上げるときは毎日数時間しか寝なかったと聞き、どうしてそんなことができるのだろうかと思った。でも今ならそれがわかる。エージェントから、出版企画書を書き直すのにひと月はかかると言われていたけれど、僕はそれを8日で仕上げた。追い詰められたときにこそ、自分の本当の力がわかるんだ。140ページにもなった企画書をメールでエージェントに送って祈った。どうか、彼女が魔法を使って、契約をとれますようにと。すると、休学申請書を提出してちょうど11日目、出版契約を結ぶことができた。夢の出版契約喜びを分かち合おうとこのニュースをすぐに両親に伝えた。でもどんなときも祝福してくれた父が、笑顔を見せてくれない。このときもまだ、僕が学校を辞めるんじゃないかと不安だったのだ。それなら、僕に負けず劣らず喜んでくれる人に知らせなければ。僕はエリオットに電話した。「まさか」と彼は言った。「ありえない。噓だろう」「本当に実現したんだよ」「す……すげえ。やったんだ!よくやった。お前はスーパースターだ!」エリオットが僕をこんなふうに言ってくれたのは初めてだ。「クレイジーだな!」と彼は続けた。「それで次にどうするんだ?」「いよいよビル・ゲイツにインタビューするときが来たかなって」「そんなわけないだろ!ゲイツにインタビューするまで、どれほど時間がかかると思ってるんだ?彼のオフィスでやるつもりか?それとも彼の自宅で?2人だけで、1対1でやるつもりか?それともたくさんの広報担当者と一緒に、どこかの会議室でやるのか?」「それが、まだ彼の首席秘書には出版契約を結べたって話してないんだ」「ちょっと待て」とエリオット。「これからメールを出すなら……完璧にしなきゃな」僕たちはそれから1時間電話で話し、メールの原稿を考えた。インタビュー依頼はあえて書かなかった。メールを送る理由は、当然察してくれると思ったからだ。メールを送信する前に思い出した。わずか2年前、寮の部屋のベッドで、ビル・ゲイツから学べたらどんなにいいだろうと夢を膨らませていたことを。それがついに実現しようとしている。翌日、首席秘書からの返事が画面に表示された。ゴスペルの聖歌隊が収納部屋に入ってきて、ハレルヤを歌い出した気分になった!エリオットに電話して一緒に返事を読もうかと考えたが、待ちきれずメールを開いた。すばらしいニュースだ。おめでとう!僕は下にスクロールして、その続きを探した。でもそれだけだった。どう見ても僕のメール戦略はうまくいかなかったようだ。ここでくじけてなるものか。もう一度、首席秘書にメールした。1週間が過ぎた。返事がない。きっとまだ僕のメッセージを読んでいないんだ。そう自分に言い聞かせて、3度目のメールを送った。さらに1週間が過ぎた。まだ返事がない。沈黙の意味が飲み込めてきた。答えはノーなんだ。ノーだけならまだしも、首席秘書は僕と話そうともしない。聖歌隊は歌うのをやめて、荷物をまとめてドアからさっと出て行ってしまった。噓と失敗の悪循環ビル・ゲイツに会えると出版社に請け負っていたのに会えない。エージェントは何て言うだろうか。
両親にはどう説明しよう。休学申請書を出しさえすれば、ビル・ゲイツの取材は決まったも同然だと言ってしまったのに。どんな顔をして祖母の元に行けばいいんだ。僕は家族をガッカリさせ、エージェントをガッカリさせ、出版社にも噓をついた。忌々しい失態の3連発だ。僕は収納部屋で、懸命に別の選択肢を考えた。〝よし……ビル・ゲイツがダメなら……ビル・クリントンだ。エリオットは彼とコネがある。それでクリントンがダメならウォーレン・バフェットだ。ダンが手伝ってくれる。しかもバフェットはゲイツの親友だから、バフェットにインタビューできたら、ビル・ゲイツにつないでくれるだろう。首席秘書なんてもうどうでもいいや〟以前こうした人たちにインタビューを申し込んだときは、自分が何をしているのか自分でもわからなかった。今ならちょっとは経験を積んだので、次のステップを想像できるし、それでテンションも上がってくる。〝サミットで知り合った友人がオプラ・ウィンフリーの下で働いている。ということは僕にはコネがある。もう1人サミットで知り合った友人が、ザッカーバーグの下で働いている。彼女なら僕をザッカーバーグにつないでくれる。それにエリオットはレディー・ガガのマネージャーと親しい。間違いなく前途は明るい〟僕はレディー・ガガ、ウォーレン・バフェット、ビル・クリントン、オプラ・ウィンフリー、マーク・ザッカーバーグの写真をダウンロードして、たくさんプリントアウトした。その写真を机のそば、壁、ベッドの上、車のダッシュボードに貼った。今になって思えば、このとき、状況の変化が僕に重くのしかかっていた。学校を離れて完全に思いのままだと思っていたし、周囲のみんなには僕の夢を自慢していた。それが崩れ去ろうとしていた。噓つきと思われるのが怖くて、失敗と見なされるのが恥ずかしくて、面目を保つために何でもやろうと必死だった。皮肉なことに、必死になればなるほど噓をつき、さらに失敗を重ねるという悪循環にはまっていく。「ついに機が熟してきたんだよ!」と僕は電話でエリオットにまくし立てた。「ビル・ゲイツの首席秘書はすぐにでも返信をくれるはずさ。とにかく、うまく回り始めてるから、他の人にインタビューするのにも絶好の時期なんだ。レディー・ガガのマネージャーを紹介してくれないかな。たしかバフェットの孫とも知り合いだって言ってたよね。あとクリントンのアシスタントは?」噓をでっちあげてエリオットをそそのかしているような気分になって不安だった。でも1時間後、エリオットがレディー・ガガのマネージャーに書いてくれた紹介メールが僕に届いて、気分が良くなった。インタビューを申し込むと、マネージャーは返事をくれたが、答えはノーだった。エリオットはビル・クリントンのオフィスにも連絡してくれた。これまたノーだ。エリオットはウォーレン・バフェットの孫にも紹介してくれた。これもダメ。サミットで知り合った友人が、バフェットの息子が出るパーティに連れて行ってくれた。まったくダメ。サミットで知り合った別の友人が、バフェットのビジネスパートナーの1人を紹介してくれた。これも返事はノーだった。3人目のサミットの友人がオプラ・ウィンフリーの広報チームを紹介してくれた。ミッションの説明をすると彼らは高く評価して、オプラ宛てに手紙を書くように言ってくれた。そして、僕が書いた手紙を担当部署に渡してくれた。社内手続きの第1段階はクリアした。その後、第2、第3段階もクリアして、最終的に手紙はオプラのデスクに届けられた。でも彼女の答えはノーだった。失敗するという不安が僕の首を絞め、脳まで血が届かなくなる気分だった。それでも窒息死を免れたのは、とっておきの秘策があったからだ。下心を抱いてダンに電話するときが来た。サミットで知り合った、ウォーレン・バフェットの下で7年間働いたという人物だ。ダンを通せばバフェットにたどり着けるのは間違いない。サミットの朝食でダンが「やらないことリスト」を教えてくれてからというもの、僕たちは毎週電話で話す仲になっていた。でも会話でバフェットの名前が出るたびに、ダンは動揺しているようだった。ダンは、かつての上司をわずらわせまいとしていたんだろうと僕は思った。バフェットに会うにはエリオットに仲介してもらう方が簡単だろうけど、今やダンが唯一の希望だ。僕の要望をあからさまに伝えるのはやめて、僕は電話で「ダン、会いたいよ!いつ会える?」と言った。すると彼は、週末にサンフランシスコに来て自分の船に泊まらないか、と言ってくれた。僕はその誘いに飛びついた。数日後、僕はサンフランシスコに行き、タクシーに乗って霧に覆われたマリーナに着いた。ダンは船を泊めてそこで生活しているのだ。荷物を下ろす間もなく、ダンは僕をしっかりハグし、僕のダッフルバッグを船の中に投げ入れて、そのままサンフランシスコ湾での豪勢なディナーへと連れていってくれた。それから彼のお気に入りのカフェでライブ演奏を楽しみ、翌朝は芝生の生い茂る公園でフリスビーをした。こうして2日間にわたってダンは街を案内し、僕を家族のようにもてなしてくれた。一緒にいる間に、僕からバフェットの話を持ち出すことはなかった。ダンとの絆をより深くすれば、彼がバフェットを紹介してくれる可能性が増すのではと期待したのだ。何だか、新しいクライアントに媚を売るセールスマンの気分だった。でも時間がなくなりかけていた。サンフランシスコでの最終日、目を覚まして腕時計を見ると、あと2時間で空港へ向かわなくちゃいけない。デッキに出ると、ダンと彼のガールフレンドがのんびりとゴールデン・ゲート・ブリッジを眺め、手にはコーヒーのマグカップを抱えている。しばらく2人と話した後、もう1度腕時計を見ると、あと30分しかなかった。ダンにはまだ、紹介してほしいと話もしていない。「ダン、これを見てほしいんだけど」僕はノートパソコンを取り出して、彼に渡した。画面にウォーレン・バフェットへの手紙の下書きがあるのに気づいて、彼はけげんそうに目を細めた。ダンはそれを読み、ちょっと間を置いてからこちらの方を向いた。「アレックス、これは……すばらしい。バフェット氏はきっと評価してくれるよ」僕は黙ったまま、ダンの方からバフェットに電話してつないであげるよと切り出してくれるのを期待した。
「それでだけど」とダンは言った。僕は身を乗り出した。「2部コピーしてくれないか。1部はバフェット氏のオフィス用、もう1部は彼の自宅用だ!」ダンのガールフレンドがマグカップを置いて、ノートパソコンに手を伸ばし、「私にも読ませて」と言った。読み終えて、彼女はダンに目をやった。「すばらしいわね。直接バフェットさんにメールしたら?」「そうなれば人生が変わるね」と僕は言った。ダンはノートパソコンから目を離して、ガールフレンドと僕に視線を移した。黙っていたが、ちょっとしてからこう言った。「わかったよ、アレックス。この手紙を添付してメールで送ってくれたら、彼に送るよ」ダンのガールフレンドが彼の頰にキスした。「もしそれでうまくいかなければ」と彼は付け加えた。「君と一緒にオマハに行って、バフェット氏に直接話そう。実現させようじゃないか、アレックス。すぐにインタビューできるよ」
船を去るとき、ダンが指摘してくれた。バフェットに手紙を送ってすぐにイエスの返事が来ても、肝心のインタビューの準備が間に合わなかったら元も子もないと。バフェットの魅力そこで僕は手紙をすぐには送らないことにして、帰宅してバフェットのことを調べた。バフェットについて、みんなが知っていることくらいはすでに知っていた。史上最も成功した投資家であり、アメリカで2番目の富豪であること。それなのに彼はニューヨークに住むでもなく、ウォールストリートにでかいオフィスを構えているわけでもないこと。バフェットはネブラスカ州のオマハで生まれ、今日に至るまでその地で、彼の会社バークシャー・ハサウェイを経営している。世界中の数万もの人が、同社の株主総会に出るために、年1回オマハに「巡礼」するのをテレビで見たことがある。それだけの人たちが彼を崇拝し、愛しているのだ。収納部屋に行って、800ページもある自伝本の表紙にある彼の顔を見たとき、僕も崇拝者の1人になろうとしている、という気がしてきた。彼の柔らかいシワとフサフサの眉毛をじっと見ると、ぬくもりを感じてしまう。バフェットの目は中西部の男性らしい魅力にあふれている。彼の写真を見ていて、今にも動き出すんじゃないかと感じてきた。僕に向かって笑いかけ、ウィンクして手を振って「アレックス、さあおいで」と言うんだ。僕は机の上で本を開いて、ウキウキとページをめくった。ダンがインタビューを手配してくれると思っていたから、プレッシャーは消え、読むのが楽しくて、あっという間に数時間が過ぎた。学ぶことがこんなに楽しいと感じたことはなかった。大学ではテストや宿題ざんまいで、読書は苦い薬を飲むような気分だった。それが今じゃあ、おいしいワインを飲んでいるみたいだ。昼間は彼の自伝を読み、夜は彼についてのオーディオブックを聴き、深夜までユーチューブで彼の動画を観て、彼のすばらしさを1つひとつ嚙みしめた。私は大学生諸君にこう言いたい。君たちが私の年になって、自分を愛してほしいと思う人から愛されていれば、君たちは立派な成功者だ。どんなに才能に恵まれて多大な努力をしても、時間を要することがある。9人の女性を妊娠させたからといって、1カ月で赤ちゃんを産んでもらうことはできない。じっくり考えることに、毎日でも時間を費やせと言いたい。アメリカの実業界はそれをやらな過ぎる……私は実業界の誰よりも多くの本を読み、じっくり考える。思いつきで決断することは少ない。僕は金融のことはあまり知らなかったし、さほど興味もなかったけれど、バフェットの説明の仕方にどこか引き込まれてしまった。ウォールストリートで金持ちになるコツをお教えしよう。他人が不安を抱いているときに貪欲になることだ。そして他人が貪欲になっているときに、不安を抱くことだ。私に言わせれば、株式市場に三振アウトはない。すべての球を振る必要はなく、これはという球を待てばいい。ただ資金運用者になって困るのは、ファンから「振れよ、バカ野郎」とやじられることだ。私が買おうと思うのは、愚か者でも経営できそうなほどすばらしい会社の株だ。遅かれ早かれ、そういう人が経営するようになるのだから。800ページの自伝を読み終えて、すぐにもう1冊別の本を開いた。机に積まれたバフェット関連の本は最終的に15冊までいったが、まだ飽き足らない。僕は彼についてできる限りのことを学んだ。6歳のときに「実業家」となってから、バークシャー・ハサウェイを世界で五指に入る価値ある会社とするまでのことを。彼は6歳のとき、家々を回ってジューシーフルーツ・ガムを売り、「実業家」としてデビューする。バークシャー・ハサウェイはコカ・コーラ、IBM、アメリカン・エキスプレスに投資をし、ハインツ、GEICO(ガイコ)、シーズキャンディーズなど複数の会社を直接所有するまでになった。バフェットの経験や知恵に夢中になればなるほど、彼のことをグランパ・ウォーレン(ウォーレンおじいちゃん)と親しみを込めて呼びたくなった。
バフェットの選択特に好きなのは、バフェットが僕の年齢だった頃のエピソードだ。僕の周りには、似たような悩みを持っている友だちが何人かいたが、グランパ・ウォーレンはそんな悩みについて答えを出していた。友人のコーウィンと、バフェットについて語る日が来るとは思いもしなかった。彼の関心は金融とはかけ離れているからだ。映画監督になりたいという彼の情熱は日増しに強くなり、電話しても会ってくれない映画監督にどうやって会えばいいか、彼からアドバイスを求められた。僕はグランパ・ウォーレンを見習うように勧めた。バフェットは、ネブラスカ州リンカーンにあるネブラスカ大学を修了して、株式ブローカーとして働いていた。ブローカーとは、言わば株のセールスマンだ。彼はオマハで株を売ろうとしてビジネスマンたちに面会を打診したが、ほぼ全滅だった。信用もないのに株を売りつけようとする人間に、会おうという人はいなかった。そこで彼はやり方を変えた。ビジネスマンたちに電話して、彼に聞けば節税のアドバイスをもらえるという印象を抱かせたのだ。そしたら彼らは手のひらを返したように「さあ、入って!」と言った。こうしてバフェットは面会にこぎつけることができた。「ここがポイントさ」と僕はコーウィンに言った。「こちらの都合じゃ会ってくれないってのは、決して会いたくないってことじゃない。視点を変えるんだ。相手が望むものを見つけて、それをエサにして懐に入っていけばいい」友だちのアンドレは音楽業界に入りたがっていた。レコード会社に入って給料のいい仕事を目指すべきか、大物ソングライターの下で直接、無給で働くべきか。僕はアンドレに悩むことじゃないと言った。バフェットが株のブローカーとして働いていたとき、スキルを磨くためにビジネススクール(経営大学院)に行こうと決めた。彼はコロンビア大学を志願した。その理由は、ベンジャミン・グレアムという、ウォールストリートの伝説的投資家がそこで教えていたからだ。グレアムは、基準より割安な株を買って長期の利益を狙う、バリュー投資の父として知られていた。バフェットはコロンビア大学に入ってグレアムの授業を取り、グレアムは最終的にバフェットのメンターとなる。バフェットは卒業を間近にして、大半のMBA(経営学修士号)取得者が選ぶような給料の高い会社勤めではなく、直接グレアムの下で働くことを選んだ。バフェットはグレアムに仕事が欲しいと言ったが、グレアムの返事はノーだった。給料はいりませんと言っても、グレアムの返事は変わらない。そこでバフェットはオマハに戻って、再び株のブローカーとして働いた。だがその間もグレアムに手紙を出し続け、ニューヨークにいる彼を訪ねた。バフェット自身の言葉を借りれば、こうして2年間「グレアムをわずらわせた」あげく、彼からやっと仕事をもらうことができた。バフェットはこのとき結婚して子どももいたが、すぐにニューヨークに飛んで仕事を始めた。給料がもらえるのかどうかさえ聞かず、数年間グレアムの仕事部屋の外に机を置き、直接彼の手ほどきを受けた。2年後、グレアムが引退し会社を閉じると、バフェットは自身のファンドを立ち上げるためにオマハに戻った。グレアムの得意客が代わりの投資会社を求めたとき、グレアムが推したのはバフェットだった。バフェットもバリュー投資家として有名だが、この話からは、彼が自分のキャリアも同様に長期的な視点で考えていたことがわかる。MBAを取ってすぐに高給の仕事に就けば、短期的にはずっと多くの金を稼ぐことができただろう。でも彼はグレアムの下でタダ働きをしてもいいと考え、長期的にははるかに多くの額を稼ぐことができた。バフェットは目先の利益にこだわるよりも、指導を受けたり、専門性や人脈を築いたりしながら稼ぐことを選んだのだ。そういえばエリオットも以前、これと似たようなことを言っていた。「直線の人生か、一足飛びの人生か、道は2つに一つだ」と。脚注14を読め一方で、悩みがない友だちもいる。ライアンがそうだ。彼は金融の仕事をしたがっていて、どうやったらグランパ・ウォーレンみたいになれるかを単純に知りたがっていた。僕の答えはこれだ。脚注まで読み込め。バフェットが自分の投資ファンドを創ったとき、1人の記者が電話でインタビューを申し込んできた。記者はある公開会社に関する難しい質問をした。するとバフェットは、その会社の年次報告書に答えが書いてあると言った。記者はその年次報告書を調べたがそんな記述はなく、電話でバフェットに答えなんかないよとこぼした。「しっかり読んでないからだ」とバフェットは言った。「脚注14を見てごらん」確かに、そこに答えが書いてあった。記者は啞然とした。「短いエピソードだけど」と僕はライアンに言った。「得られる教訓はとてつもなく大きい。これこそバフェットが成功できた一番の秘訣だと思う。他の人は報告書の上っ面しか読まないのに、バフェットは小さな活字の上から下まで丁寧に目を通し、一言一句をチェックして手がかりを探すんだ。脚注を読むのは天才でなくたってできるよね。選択の問題なんだよ。時間をかけて、努力に努力を重ねて、他の人がやりたくないことまで引き受ける。それを選ぶかどうかだ。面倒くさい脚注にまで目を通すことは、バフェットの『やることリスト』にある1つだし、彼の人生観でもあるんだよ」友人たちはすぐにグランパ・ウォーレンを好きになった。僕がエピソードを語るほどに、彼らはバフェットに親しみを覚えていった。そしてついに、ダンにメールを送る用意が整った。バフェットへの手紙を書き直し、彼についての事実をありったけ詰め込み、どれほど彼を尊敬しているか示した。最終チェックを求めてダンにメールを送ると、完璧だと言ってくれた。パソコンで打つか、手書きにするか、どちらがいいかとダンに聞くと、「両方だ!」と答えた。言われたとおりに、バフェットのオフィスに1部を、またもう1部を彼の自宅に宅配便で送った。ダンにもデータをメールで送った。そのままバフェットに転送してもらうためだ。ダンは2日後電話をかけてきた。「今ごろ、君の手紙はバフェット氏に届いているはずだよ」こんな幸せな言葉で始まったこの先の6カ月間は、僕の人生で最も悲惨な時期となった。
送信者:ウォーレン・バフェットのアシスタント宛先:アレックス・バナヤン件名:ミスター・バフェットへの手紙拝啓、バナヤン様バフェット氏からあなたへの手書きの返事を添付しました。バフェットの秘書から返事が来た。そのとき僕は収納部屋にいて、添付ファイルをクリックした。僕が送った手紙がそのまま画面に出てきて、下にスクロールすると、バフェットが筆記体で書き殴ったようなライトブルーの2行があった。きっと彼は僕の手紙をすごく気に入って、その場で手紙を書いて、秘書にこれをスキャンしてすぐに返信するように言ったのだろう。でもスキャンの状態が悪くて、何て書いてあるかわからない。アシスタントに返信して、何と書いてあるのか聞いた。きっとこう書いてあるのだろう。「アレックス、この手紙を書くのに数カ月かけてリサーチしたんだね。正直、感心したよ。君のミッションを手伝いたい。アシスタントに電話してくれたら、来週にでもインタビューの時間を用意しよう」5分後、アシスタントから返事が来た。送信者:ウォーレン・バフェットのアシスタント宛先:アレックス・バナヤン件名:バフェット氏への手紙彼はこう書いています。「アレックス、私はこれまで何度もこういう申し出を受けてきた。こちらは手いっぱいで、こうした依頼に応じる余裕はないんだ──WEB」この断りの文を書くのに、彼はちょっとしか手を動かしていないだろう。でも僕からすれば、彼が大きく腕を振り上げて、喉元にパンチを浴びせてきたように思えた。粘り強くいけ僕はダンに電話した。「完璧だと思ってた……決まったも同然だって……何がダメだったんだろう」「アレックス、わかってほしいんだが、相手はウォーレン・バフェットだよ。彼は1日に数百ものリクエストに応えているんだ。これぐらいで悲観しちゃダメだ。君に手書きの返事を送ったということは、君を気に入っているってことさ。僕は彼のことをよく知っている。彼は誰にでも返事を書くような人じゃない」次にどうしたらいいか聞いた。「粘り強くいくんだ」とダンは言った。「カーネル・サンダースなんて、ケンタッキーフライドチキン(KFC)を立ち上げたとき、1009回も断られた。君はまだ1回だろ。バフェット氏は君を試してるのさ。君の気持ちがどれくらい強いのか、見たがっているんだ」電話を切ってすぐに僕は10個の名言をプリントアウトして、部屋中に貼った。粘り強さ──使い古された言葉だが、ちゃんと効果はある。成功する人とは、他の人が断念した後も続けられる人のことだ。知性より、生まれより、コネよりも大事なのが粘り強さだ。根気を持て!ドアが倒れるまで叩き続けろ!──ジェリー・ワイントローブ(音楽プロモーター、映画プロデューサー)エネルギーと粘り強さはすべてを制す。──ベンジャミン・フランクリン(アメリカ建国の父の1人)成功への最も確かな方法は、常にあともう1回試してみることだ。
──トーマス・エジソン(史上最大の発明家。発明王)あきらめない人間を打ち負かすことはできない。──ベーブ・ルース(アメリカの野球選手。野球の神様)私の成功の基になっているのは、運ではなく粘り強さだ。──エスティ・ローダー(化粧品会社創業者)私は頭がいいのではなく、粘り強く問題に向き合っているだけだ。──アルベルト・アインシュタイン(20世紀最高の物理学者)十分にじっくり粘れば、望むことは何でもできる。──ヘレン・ケラー(障碍者の教育・福祉の向上に尽くした教育者)地獄の真っ只中にいるとしても、そのまま突き進め。──ウィンストン・チャーチル(第二次世界大戦でイギリスを導いた政治家)粘り強さに取って代わるものなど、世の中にはない。──カルビン・クーリッジ(アメリカ第30代大統領)ダンに手伝ってもらってバフェットへの2通目の手紙を書いて送った。1週間が過ぎても返事がない。僕はバフェットのアシスタントにメールして、彼のデスクに届いているか確認した。送信者:ウォーレン・バフェットのアシスタント宛先:アレックス・バナヤン件名:RE:バフェット氏への手紙バフェット氏は2通目の手紙を受け取りました。ただ最初のお返事のとおりです。お手伝いできなくて申しわけありません……。〝バシッ〟ティム・フェリスにインタビューしたときも、パンチを浴びた気分だったが、今回のショックに比べれば、あれは小学3年生の遊び場での取っ組み合いだ。今思えば、バフェットは何も間違ったことはしていない。彼からすれば、僕に対してそんな義理などあるわけがない。でもそのときは冷静に考えられなかった。しかも、ダンは繰り返し僕に念を押した。粘り強く頑張れと。1対1の勝負だ翌朝5時に目覚ましが鳴った。僕はランニングシューズの紐を結んで暗い通りに出て、イヤホンをつけて映画『ロッキー』のテーマ曲「アイ・オブ・ザ・タイガー」を爆音で聴いた。歩道を走り各ブロックを通り過ぎるたびに、バフェットが脳裏に浮かぶ。これは僕と彼の1対1の勝負だと自分に言い聞かせた。僕に会いたくないという彼の気持ちより、彼に会いたいという僕の気持ちの方が勝っているはずだ。もしこれが映画だったら、僕が数カ月も走り続けているような映像になるだろう。歩道を走っている間に、背景の木々は緑から黄色に変わって葉が落ち、雪が積もっていくというシーンだ。僕はこれまで以上にバフェットについての本を読み、ユーチューブでインタビューを観て、オーディオブックを聴いた。きっと僕が見逃した何かがあるはずだ。バフェットは脚注14に答えを見出した。僕の答えは脚注1014にあるのだろう。気づくと1月になり、USC(南カリフォルニア大学)の春の新学期が始まろうとしていた。ためらうことなく、僕はもう1学期休学した。僕はバフェットについてさらに調べ、もっと早く起きて、もっと速く走った。認めたくはないけれど、そうしていたのは、もうバフェットのためだけじゃなかった。周囲にいる人たちが何もかも間違っていると証明するためでもあった。僕をただの友人としてしか見てくれなかった女の子たち。僕を透明人間みたいに扱った子どもの頃の人気者たち。僕を無視した大学の同級生たち。僕はバフェットに3通目の手紙を送った。返事はない。〝バチン〟。あごに一撃をくらった。4通目。〝ガツン〟。目にフックが来た。シュガー・レイは僕にこう忠告してくれた。「戦い抜くんだ。もちろんしんどい戦いになるさ。『無理だ』って言われることもあるだろう。でも貫き通せ」バフェットのアシスタントに毎週水曜日に電話して、バフェットの気が変わっていないか確認した。答えは決まってノーだ。5通目の手紙を送った。〝ビシッ〟。鼻に一撃。6通目。〝ボキン〟。歯が折れた。2月になって、より詳細な内容の手紙を書いた。僕がどれほどインタビューを望んでいるか、バフェットに伝わってくれることを願って。送信者:ウォーレン・バフェットのアシスタント宛先:アレックス・バナヤン件名:ウォーレン・バフェットにお送りいただいた手紙
アレックスへバフェット氏は2月5日付のあなたの手紙を読みました。申しわけありませんが、インタビューに応じることはできません。最初のご返事をしてから、面会の要望が相次ぎスケジュールがさらに立て込んでいるのです。〝ガンガンガン〟。ショックが重なって血が吹き出した。この頃には、自分のセコンドについてくれているのはダン1人だけという気分になっていた。彼の友情のおかげで、かろうじて望みをつないでいた。「直接バフェットに電話してくれないかな」と僕は彼に頼んだ。「アレックス、僕を信じるか?」「もちろん、信じてるよ」「じゃあ悪いことは言わない。僕がやるよりも、君がやった方がいい。僕がバフェット氏に電話をするのは簡単さ。でも君が自力でイエスと言わせる術を学ぶことが大事なんだ。次の手紙では、中身をもっと工夫した方がいい」ダンは、ビル・クリントンに会いたがっていた彼の友人の話をしてくれた。クリントンのスタッフから面会を断られたこの友人は、AskBillClinton.comというドメインを購入する。それからクリントンにこのドメインをプレゼントする手紙を送ると、クリントンのオフィスは会う時間を設定してくれた。僕もバフェットに対して同じようにしてはどうかと、ダンは言った。そこで僕はAskWarrenBuffet.comというドメインを購入し、映画監督志望のコーウィンと2人で動画を撮影してランディングページに載せた。そして、このウェブサイトを使って世界中の学生に指導してくださいと書いた手紙をバフェットに送った。送信者:ウォーレン・バフェットのアシスタント宛先:アレックス・バナヤン件名:RE:ウォーレン・バフェットにお送りいただいた手紙アレックス、返事が遅れてすいません……添付したのはミスター・バフェットの直筆の返事です。〝ほら見ろ。思ったとおりだ!粘り強さだよ!〟バフェットから手書きの返事が来たのは1通目以来だ。ダンのアドバイスが効いたんだ。僕はファイルを開いた。アレックス、学生を指導するというアイディアについて、私は友人たちと何年も前から議論してきた。そうしたことはしない方がいいし、何かを書き残すことにこだわらない方がいいというのが大方の意見だ。私も同感だ。ウォーレン・E・バフェット僕にはもうなす術がなかった。片方だけの革靴「君に何が欠けているか、自分でわかるかい?」とダンは言う。「時間をかけて担当者の気持ちを解きほぐさなくちゃ。バフェット氏のアシスタントに花を贈った方がいい」「さすがにやり過ぎじゃないかな?」と僕は聞いた。「彼女のことは何年も前から知ってる。喜ぶはずさ」僕は不安だったが、とりあえず花を注文して、電話に応対してくれたり手紙を渡してくれたことに感謝する言葉を添えた。送信者:ウォーレン・バフェットのアシスタント宛先:アレックス・バナヤン件名:お花をありがとうございます。アレックス美しい花と素敵な言葉をありがとうございます。連絡しなくてすみません。残念ながら年次ミーティング関連の仕事が詰まっていて……。でもお花のおかげで1日が華やぎました。心からの感謝の気持ちを伝えたいと思います。僕はダンに電話した。「いいぞ、いい方向に向かってる!」と彼は言った。「次に何をすべきかわかるか?バフェット氏のアシスタントに直接会うんだ。彼女は今忙しいと言ってただろ?あなたのオフィスに行っていろいろ手伝いたい、と書いて送るんだ。封筒の整理をしたりコーヒーを用意したり、何でもやってあげるんだ。向こうが君のことをわかってくれれば、すぐにインタビューにこぎつけられるさ。ああ、それから手紙と一緒に靴の片方を贈るんだ。素敵な箱に入れてさ。箱の上に『ちょっとお邪魔します』って書いたらいい」「あのう……冗談でしょ?」「冗談なもんか。必ず大きな文字で『ちょっとお邪魔します』と書くんだぞ。ジョークが伝わるように」「いや……さすがにちょっと靴はやり過ぎだと思うな」「靴を贈るからこそいいんだよ。僕を信じて」僕は不安な気持ちになったが、議論しても仕方ない。ダンこそ唯一の頼みの綱だ。そこでサルベーション・アーミー(救世軍)のストアに行って、黒の革靴を買って、ダンに言われたとおりのメモを添えて送った。送信者:ウォーレン・バフェットのアシスタント宛先:アレックス・バナヤン件名:(なし)
こんにちは、アレックス申し出は嬉しいですが、こちらでは人手は足りていますし、スペースもありません。バフェット氏はあなたの粘りに感心していますが、スケジュールは今のところいっぱいで、会うことはできません。申し出はあなたが初めてではありません(最後にもならないでしょう)が、彼が会うことはありません。これ以上メールをいただいても、お応えできないものとご理解いただければと思います。今後私を助けてくださるというのであれば、仕事に集中させ、わずらわせないでいただくことが何よりです。ご理解ください。「ダン、お願いだから助けて。バフェットに直接連絡してもらえないかな」「してもいいが」とダン。「でも君のメンターとしてそれはよくないと思う。アレックス、まだ9回目のノーだろ。ロープ際に追い詰められたわけじゃないんだ」1つの的に執着するな他に選択肢はないかを考えていて、ひらめいた。エリオットは、幸運を信じてハンプトンズまで行き、またとないチャンスをたぐりよせた。同じように僕もオマハまで行ってみるのはどうだろう。バフェットの行きつけのレストランとかスーパーで、彼に偶然出会えるかもしれない。ダンはすばらしいアイディアだと言ってくれた。僕はさっそく、飛行機のチケットの手配を始めた。エリオットもさぞ喜んでくれるだろう。これこそ彼が僕に教えてくれたことだし。ところが彼に電話してこの計画を打ち明けると、まさかの沈黙となった。「ぜんぶ台なしにする気か?」とエリオット。「どうして?僕は毎日24時間バフェットにかかりっきりだよ!これ以上できないくらいに」「そこだよ。いいか、ビジネスは射撃訓練じゃない。1つの的に執着しちゃだめなんだ。できるだけたくさん選択肢を用意して、そこから当たりを見極めるんだよ。ビル・ゲイツに会うことに最後に取り組んだのはいつだ?」「ええと、数カ月間やってないけど」「レディー・ガガに会うことに最後に取り組んだのは?」「それも数カ月間やってない」「バフェットに会うことに取り組んだのは?」「毎日ずっとバフェットのことばかりだって!」「ほらな!一つひとつ、ちゃんとパイプを築くところから始めろよ。そうして、たくさんの選択肢につなげていくんだ。1つの的に固執し過ぎるなって。たくさんのボールを宙に投げて、そこから当たりをつかみとるんだ。ビジネスは射撃訓練じゃない」エリオットは電話を切った。彼の言っていることはわかる。でも僕にはそれが正しいとは思えなかった。ダンは僕にやらないことリストについて教えてくれた。〝成功とは、自分の欲求に優先順位を付けた結果なんだ〟これまで読んだどのビジネス書にも、粘り強くあれと書いてあった。何より、ダンはバフェットと個人的に知り合いで、その彼が前に進めと言っているんだ。エリオットは僕のメンターだ。だからって、彼が常に正しいわけじゃない。僕はチケットを予約した。2日後、オマハ、冬の嵐エプリー・エアフィールド空港のターミナルは静まり返っていた。深夜12時を過ぎていて、ダッフルバッグがずしりと肩にのしかかってくる。中にはキンドルと、バフェット関連のハードカバー本が10冊入っている。本を持ってくることでインタビューできる可能性が1パーセントでもアップするなら、そうする価値はある。僕は誰もいない通路をとぼとぼと歩いた。沈黙を破って反響するのは僕の足音だけだ。目の前には、ネブラスカ大学のポスターが貼ってある。それはバフェットの卒業アルバムの写真をひきのばしたもので、その下に「1951年」と書いてあった。彼は当時21歳だった。彼の写真を見たが、よくあるアルバムの写真となにも変わらない。彼だって普通の人間だ。なのになぜ半年間も彼に会おうと懸命に頑張って、そのたびにパンチを食らってきたのだろうか。1人の人間に、ちょっと質問しようと思っただけなのに。空港を出ると、突風がコートを突き抜けていった。空から雪が落ちてきた。タクシー乗り場まで行くと、息を吸うたびに冷たい空気が肺に刺さるようだ。1台のタクシーが近寄ってきた。前のバンパーがなくなっている。「いつもこんなに寒いの?」と僕は車に乗り込みながら運転手に聞いた。車内は、3カ月前から捨てられずに残っているビッグマックのような臭いがする。「オマハは初めてなんだろ?」「なんでわかるの?」運転手は笑った。「お前さんはまったく世間知らずの若造だ」彼は助手席から新聞を取り上げて放り投げ、僕の顔にぶつけた。その見出しによると、今夜のオマハはこの30年で最悪の吹雪に見舞われるようだ。タクシーはさびれたハイウェイを曲がった。すると車が揺れ始めた。雪がひょうに変わって、上から半自動小銃で撃たれているみたいな音がする。20分その音を聞き続けて、車はモーテル6への車道に入った。ロビーの明かりは点いたり消えたりしている。チェックインしてエレベータに向かうと、2人の女性が壁にもたれて立っていた。着ている服はかろうじて体を覆っている程度で、2人とも爪を10センチほども伸ばし、髪はむき出しの腰にまで伸びている。2人は僕を見つめて眉を上げた。僕は体がこわばり、すぐさまエレベータのボタンを押した。エレベータが開くと、強烈な臭いに襲われた。何週間も風呂に入っていない人が発するような臭いだ。エレベータの中に青白い顔で血走った目の男がいた。前によろめき、片方の手で自分の首をひっかき、もう一方の手をこっちに伸ばしてきた。部屋に入って鍵をかけた。部屋の中なのに、外にいるような寒さだ。ヒーターが壊れていて、コートを着ていても凍えそうだ。フロントに電話してまだ開いているレストランか食料品店はないかと聞いた。この天気のせいでどこも閉まっているらしかった。廊下を歩いて自動販売機に行ったが、壊れている。あきらめて、洗面台の蛇口から水をくみ、飛行機でもらったスナック菓子を夕食にした。バッグからバフェットの本を取り出したときに、やっとわかった。こんな数十年ぶりの吹雪の中で、バフェットに会えるはずなんかないと。
僕はいったい、ここで何をやっているのか。オマハに来たら、元気が出ると思っていたのに。ガランとした部屋を見回すと、これまでにバフェットから送られてきた断りのメールが、壁中に貼られているように思えてきた。人生でこれまでにないほど、孤独な気分になった。携帯を手にとりフェイスブックをスクロールすると、友だちのケヴィンとアンドレが一緒に笑っている写真があった。みんなは今晩、パーティを楽しんでいるんだ。姉妹のブリアナとタリアの写真もある。僕の行きつけのレストランで、笑顔で食事をしている。100枚を超える写真をアップロードしていたのは、大学の初日に僕が熱をあげた女の子だ。それをスクロールしながら見ていった。彼女はオーストラリアに留学中だ。熱い太陽の下、浜辺で笑顔を見せる彼女を見ると、僕が今どれほど寒くて惨めなのかを思い知らされる。最悪なのは、これが自分でまいた種だってことだ。こうなることを自分で選んだんだ。僕は大学にとどまることもできた。留学することもできたし、人生を楽しむことだってできた。なのに僕はそのすべてに背を向けた。いったい何のために?携帯を枕に投げつけてベッドに転がった。シーツは凍っていた。僕は転がり下りてカーペットの上に横になり、胸元でひざを抱えた。寒さに震えながら床に寝て、半年前から断られ続けたことに思いをはせた。あれこれ考えていると、ゴキブリが出てきて僕の鼻先まで来た。そのゴキブリが壁のひび割れに入って見えなくなると、涙があふれてきて僕の頰をつたった。シュガー・レイは僕に「秘めた力」のことを話してくれた。でも僕はシュガー・レイじゃない。僕には秘めた力なんかない。僕には何もない。
数日後、何の収穫もないままオマハを出た。翌週はずっと収納部屋には行かず、本に触れることもなく、1通のメールも送らなかった。ただ座っているだけで、何かしようなんて気にはなれなかった。セグウェイの発明者カウチに深く腰掛けテレビのチャンネルをあちこち変えていると、ステファン・ワイツから電話が来た。僕をチー・ルーに会わせてくれた、マイクロソフトのインサイドマンだ。「信じられないだろうけど」とステファンは言った。「ディーン・ケーメンとのインタビューを取り付けたよ!」「ディーン……誰……?」僕はテレビのチャンネルを変え続けた。「ディーン・ケーメンは僕のヒーローなんだ。頼むから、彼のことを調べてみてくれ。終わったら電話をくれよ」数日経ってからようやく、グーグルで「ディーン・ケーメン」を検索してみた。セグウェイに乗った彼の写真が出てきて、彼が発明者だという説明書きがついている。さらに調べてみると、彼は浄水器のスリングショット、輸液ポンプのオートシリンジ、携帯用人工透析器、電動車いすのiBOTなども発明していた。現代の有名な発明家らしい。100万回を超えて再生された彼のTEDトークは、彼自身が発明した最先端の義肢、ルーク・アームについて紹介するものだった。彼は全米発明家殿堂入りを果たしているだけでなく、アメリカ国家技術賞、ベンジャミンフランクリンメダル、エンゲルバーガー賞などの数々の賞を受賞。自身の名で400を超える特許を持っていた。そしてこの言葉を見つけて、僕はイスに座り直した。「カエルにキスをしろ」。ケーメンがエンジニアを激励するために、おとぎ話の「カエルの王様」からヒントを得て考えた言葉だ。池の中にたくさんのカエルがいる。彼が言うカエルとは、問題解決法のことだ。ケーメンはエンジニアに対してこう言う。たくさんのカエルの中に、お姫様がいる(正解がある)かもしれない。だからキスをしすぎて気持ちが悪くなったとしても、あきらめずにカエルにキスをし続けろ。そうすればお姫様(正解)に出会えるんだ。〝でもすべてのカエルにキスをして、お姫様がいなかったらどうなるんだよ〟さらに僕はこう思った。〝インタビューできるまでバフェットにトライし続けるべきか、それともやめるべきなのか。それを忠告できる人がいるとすれば、ディーン・ケーメンかもしれない〟2週間後、ニューハンプシャー州マンチェスターアルベルト・アインシュタインの大きな絵がオフィスを覆い尽くし、高い樫の木の棚には本がぎっしり詰まっている。ケーメンのオフィスのイスに僕が腰を下ろすと、彼は向かいに座って、紅茶をすすった。デニムのシャツをブルージーンズの中に入れている。まだ午後3時なのに、彼はまるで20時間ぶっとおしで働いてたみたいな顔をしている。「それで」とケーメンは切り出した。「どんな話を聞きたい?」バフェットとのいきさつを細かく話して、ケーメンからアドバイスをもらいたかったが、やめておいた。これは僕個人のためのセラピーセッションじゃない。そこで僕がミッションを始めた理由を話すと、彼は悲しげに笑った。「これまでも大勢の若者が、私から成功の秘訣を聞こうと期待してやってきたよ」彼は考えながら上を見た。「例えば、正解にたどり着く可能性が100分の1だとしようか。100回以上かかってもいいからやってやろう、という気持ちがあるなら、少しずつ正解に近づいて、最後にはたどり着くと思うよ。それは運のおかげでもあり、粘り強さのおかげでもある。努力の限りを尽くせば、最後は正解が得られるよ」「でも必ず行き詰まるときがあると思うんです」と僕は言った。「今の僕がそんな状況です。すべてのカエルにキスをしたつもりで家に帰った。池中すべて探り終えたのに、正解にたどり着かないんです」ケーメンは身を寄せた。「もっと悪い話になるが」と彼は言った。「君は家に帰って、何の成果もなかったとうなだれる。カエルにキスしすぎて顔にいぼができただけだったって。
そしてベッドに寝そべって君はこう考える。『全部のカエルにキスしたのに、解決策が見つからない。次のカエルがどこにいるかもわからない』とね」「それから」と彼は続けた。「君はベッドで寝返りを打って自分を責める。『初めからわかってたはずだ。手ごわい問題だから、そう簡単にはいかないと。これだけ時間と労力をかけたのにあきらめようなんて、自分が弱いせいだ。ビジョンを失い、勇気をなくしたんだ。いつか答えは出る。それなのにあきらめるなんて、臆病者だ』と」「それから」とさらに続けた。「君はまた寝返りを打ってこう考えるんだ。『前に進め。トライし続けろ。なぜあきらめようとしているかわかるか。お前はバカで、失敗から学ばず、身勝手で、変化を嫌う頑固者だからだ。お前はせっかくの時間、才能、エネルギー、人生を無駄遣いしているんだ。まともな脳ミソがあるなら、前に進むしかないとわかるだろ』とね」「どうやって決めるんですか?」と僕は聞いた。「戦い続けるべきか、やめるべきかをどうやって判断すればいいんですか?」「最低で、最悪の答えを言おうか……」と彼は答えた。僕は身を乗り出した。ケーメンは上を見て、深くため息をつき、僕をじっと見つめた。「……私にはわからない」〝わからないだって?何千マイルもかけて、世界でも最も賢い人物の1人にわざわざ会いにきたっていうのに〟「考えると夜も眠れなくなるような質問だね」とケーメンは落ち着いて言った。「最も悩ましい質問だ。粘り続けたのに答えが出なくて、さらに粘り続けても答えが出ない、そしてついにやめる時が──」「どのタイミングでやめればいいんですか」と僕は聞いた。「君が決めることだ。こういう質問は答えようがない」ケーメンは僕が納得していないのを察した。「いいかい」と彼は言った。「私はここで君にロードマップを与えるつもりはない。私が言いたいのはこういうことだ。アメリカ大陸の横断に初めて成功したルイスとクラークの作った地図があれば、誰だってここから西海岸までたやすく行けるだろ?だからこそルイスとクラークの名前は誰もが知るところとなったんだ。でもその地図を見ながら2番目に旅をした人の名前なんて、誰も覚えていない」「不安が消えずに失敗が恐くて無理だと思うなら」と彼は続けた。「ルイスとクラークみたいな先駆者の助けを待てばいい。彼らのリードに従えばまずまずの仕事ができるよ。でも先駆者の仲間入りをしたいなら、彼らみたいに、失敗して凍傷になる覚悟を決めて、自分でやるしかないんだ。他の人に任せたりしないで。そういう覚悟がないなら、やらなきゃいいってだけのことだ。それでもいいんだよ。やりたい人は他にいくらでもいる。本当にビッグなことをやりたいなら、思ったより時間も費用もかかる。失敗だらけで傷ついて恥をかくことになるし、イライラだって募る。それは覚悟するしかない。その覚悟があるのなら、ひたすらぬかるみを歩んでいけばいい」ぬかるみを歩くコツ「ではたとえば、僕がぬかるみを歩んでいるとします」と僕は言った。「せめて正しいカエルを見つけるコツや、チェックすべきポイントを教えてくれませんか」「わかった」とケーメンは言った。「大事なコツを紹介しよう。まず、だらだらと失敗を重ねるよりは、それが不可能であることを証明した方がいい」ケーメンは、いろいろ試してうまくいかないときは、一歩下がって自分のしていることが不可能かどうかを自問するそうだ。熱力学の法則、ニュートン物理学、その他の基本原理に照らして矛盾したことをしていないかと。「時間を浪費しているのに気づくのは重要なことだ」とケーメン。「解決できない問題だと納得できたら、自分を臆病者と思わずに撤退すればいい」〝バフェットは絶えず記者のインタビューを受けている。だから、物理的にインタビューが無理だということはない〟「カエルにキスし続けたのに」と彼は続けた。「同じような結果しか出ないなら、どこかでこう考えた方がいい。『運には頼らない。宝くじなんて買わない』とね。私はいつも『粘り強さは大事だ』とか『臆病者になるな』と言っているが、やみくもに頑張るのは単なるバカだ」「2つ目のコツは」と彼は言った。「すべてのカエルにキスしようとするなってことだ。カエルが何十億匹といたって、その種類が10種類だけってこともあるだろ?まず何種類のカエルがいるか突き止めるんだ。そして、それぞれの種類から1匹だけとってキスすればいい」別の解決策を探るケーメンはいったん黙って、それから指先をパチンと鳴らした。「問題を別の角度から捉え直せば、画期的な解決策のヒントが得られることもある」彼はアメリカの公立学校でサイエンスとテクノロジーのカリキュラムが不足していた時期について語ってくれた。だれもがそれを教育の危機だと訴え、従来どおりのやり方で解決しようとした。最新のカリキュラムを採用し、教師の数を増やしたのだ。でも、何も効果がなかった。ケーメンは、別の観点で考えることを提案した。これを教育の危機ではなく、文化の危機と考えたらどうか?こうして彼が問題の視点を変えると、たちまち新たなカエルが現れた。ケーメンは、学生たちが科学技術への関心を高めるようにFIRSTという組織を設立し、ロボットの競技会を開催した。科学者をセレブのようにもてはやし、ハイスクールで学ぶ工学生たちをスポーツ選手のように競わせたのだ。するとFIRSTは世界中に広まる現象となり、何百万人もの学生の生活に影響を及ぼした。「失敗を繰り返してイライラを溜めたりせずに」とケーメンは言う。「別の解決策が当てはまるように、問題を別の観点から見直すんだ」〝別の解決策……〟僕はバフェットに1対1でインタビューすることばかり考えていた。でも問題を捉え直したらどうか。大事なのは質問に答えてもらうことで、やり方や場所に
こだわる必要がないとしたら。〝そう考えれば、まだキスしていないカエルが見つかるかもしれない……〟
3週間後、ネブラスカ州オマハ凍った針が頰に刺さるような寒さだった。会場のアリーナに入ろうと待ち構える人たちの行列は、ブロックを超えて角を曲がったところまで続いている。僕たちは午前4時から3時間もの間、その行列の中に並んでいた。もう一度、オマハで勝負だ。今回の僕には頼れる助っ人がいる。仲間を連れてきたんだ。まずライアン。数字のことはこいつが頼りだ。でも今は計算どころじゃない。体を丸めて寒さに震えている。頭にマフラーをぐるぐる巻いて、ミイラみたいだ。彼のテンションを上げようと、バフェットが僕の質問に答えてくれる確率を聞いても、こう口ごもるばかり。「あのさ……寒くて……寒くて……考え……られない……」ブランドンもいる。本を開いて顔をうずめ、頭の上に携帯を置いてライト代わりにしている。15分間身動き一つしていない。本に熱中しているのか、それとも寒さで固まっているのか。ケヴィンは寒さで固まるどころか、元気に飛び回って笑顔でグラノーラバーを配り、僕らを盛り上げようとしている。アンドレにはグラノーラバーをかじる時間なんてない。唇にリップクリームを塗って、列の後ろで女の子をナンパしている。まだ太陽も昇っていないのに、電話番号を聞き出そうとがんばっていた。そしてコーウィン……疲れ切っていて寒さを気にすることもできない。フランネルのジャケットを毛布代わりにして歩道に横になり、もう起き上がってこないんじゃないかとも思えるほどだ。海軍特殊部隊みたいな優れたチームとはいかないが、それでも僕の仲間たちだ。前に並んでいた男性が振り返って聞いてきた。「君たちは株主になってどれくらいなの?」僕たちの中に誰一人バークシャー・ハサウェイの株主はいないから、答えに詰まった。ありがたいことに、コーウィンが救いの手を差し伸べようと起き上がって、ずりさがっていたズボンを上げた。「実は」と彼は指を上に向けて言った。「僕たちはバフェットさんのオフィスから直々に呼ばれたんです」僕は笑いをかみ殺した。コーウィンの言うとおりだが、事実の99パーセントを省略している。数カ月前、バフェットのアシスタントが、毎年行われる株主総会の招待状をくれたのだ。あれだけ断り続けて申しわけないとでも思ったんだろうか。いずれにせよ、彼女の好意はありがたかった。確かにバークシャー・ハサウェイの株主総会は一大イベントで、アメリカ最大のスポーツイベント、スーパーボウルみたいなものだ。そこに入れるのは、限られたチケットを持っている人だけ。同じように、「バフェット・スーパーボウル」に入れるのも、同社の株主とジャーナリストだけだ。最初は、彼らに紛れて中に入ってもしょうがないと思っていた。でもディーン・ケーメンと話して気持ちが変わったので、アシスタントに電話して、まだ招待状をもらえるか聞いてみた。「もちろんよ、アレックス。喜んで送るわ」「ありがとう!それと実は、もう何枚かもらいたいんですけど」「もちろんいいわ。何枚欲しい?」「あのう……6枚でも?」「た、たぶん大丈夫よ」「ありがとうございます。念のため確認だけど、イベントの質疑応答のとき、会場の参加者はバフェットさんに質問できるよね?」「アレックス……あのね、あなたの考えてることはわかるわ。そう、会場の人はバフェットに質問できる。でもチャンスがもらえるのは30~40人だけよ。それも3万人が集まる中での抽選でね、完全にランダムなの。だからあなたの意気込みは買うけど、希望は持たせられないわ」そう、希望を持つことにかけては、僕は誰にも負けない。どのステーションが正しい?アリーナの扉が開くと、行列の先頭から喝采があがり、すごい数の人が走って突入していく。腕と腕がぶつかりあい、革の手帳を振り回しながら、みんなが「失礼!失礼!」と叫んでいる。まるでオフィスカジュアルの格好をした人たちが集まった牛追い祭りだ。僕も仲間たちと一緒にその群れの中に飛び込んだ。アンドレは階段を飛び降り、コーウィンは手すりを滑り降り、ケヴィンはイスによじ登る。僕たちは前方まで駆けて、ステージ近くの6つの席を確保した。アリーナは巨大で、最上階まで見上げると少なくとも6段上の席まであるみたいだ。この数え切れないほどの席が、ウォーレン・バフェットに質問できたら死
んでもいいと思っている人たちで埋まるのだ。その様子を想像せずにはいられなかった。僕のまっすぐ目の前には巨大な黒のステージがある。黒いカーテンをバックにして3面の巨大なスクリーンがそびえ立ち、ステージの中央には2脚のイスが用意されている。そこにこれからバフェットと、バークシャー・ハサウェイの副会長を務めるチャーリー・マンガーが座るのだ。大きな希望を持ってきたものの、具体的な計画は考えてこなかった。友人たちと僕は、時間が来たら何とかなると思っていた。『プライス・イズ・ライト』で1つ学んだのは、常に道はあるということだ。さあ、もたもたしている時間はない。僕は「ステーション1」と書かれた掲示を見つけた。その前に行列ができている。「ライアン」と僕は大声で呼んだ。「一緒に来てくれ!」ステーション1では、ボランティアのスタッフが金色の紙を配り、参加者がカゴにそれを入れている。カゴの左には黒のマイクスタンドがあった。ライアンと僕は行列の最後尾に飛んでいった。順番が来ると、女性のボランティアが僕たちに2枚の抽選券をくれた。「抽選券はいらないから、質問していいですか?」ここに来たのは初めてだからと彼女に言って、抽選がどういうシステムなのか聞いた。彼女が言うには、身分証明書を提示して抽選券をもらい、それをカゴに入れるのだそうだ。「総会が始まる直前に、このカゴから30人の当選者を引き当てます」と言う。「単純なナンバーズゲームよ。当たるといいわね。確率は1000分の1だから」ライアンと僕は脇に寄ってステーション2を探した。さらに向こうにはステーション3がある。3階に小さな点がいくつか見えて、ステーション8、9、10、11、12と書いてあるようだ。「来いよ」とライアンの腕をつかみながら言った。僕たちはステーション2までダッシュして、何か有利になるような手がかりがもらえればと期待しつつ、ボランティアにさらに詳しく聞いてみた。でも答えは同じだった。ステーション3でも。ステーション4でも。ステーション5でも。できるだけ多くのボランティアに声をかけて、僕らがここにいるいきさつを話した。半年間バフェットに手紙を書き続けたことも。でもボランティアはみな同じ答えを繰り返すばかりだった。だがついに1人が、僕を脇に呼んでくれた。「私からは聞かなかったことにしてね」と彼女は言った。「昨年の株主総会では、ステーションによって待遇の違いがあったわ」「どういうこと?」彼女が言うには、当たりくじはステーションごとのカゴから引き抜かれるそうだ。つまり、12カ所で抽選が行われるのだ。ステージに一番近いステーションには数千人の質問希望者がいるだろう。でもステージから一番遠いステーションでは?質問希望者は少ないはずだ。「なるほど、わかった」とライアンが言った。「前に座る人たちはきっと質問したくてうずうずしてる。でも後ろに座ってる人たちは目立ちたくないんだよ」ライアンは顔を上げた。彼の頭の中の計算機が同時に動き出したようだ。アリーナをざっと見渡しながら、彼は瞳孔を狭めた。「あそこに座ってるのは3000人くらいだな。あそこに1000人、あそこに500人、あそこに100人。それでもし僕たちが行くとすれば……」。そう言って彼は沈黙した。彼の頭の中で数字がひらめき、それから叫んだ。「ステーション8だ!」僕たちはアリーナの前列に走って戻り、仲間たちについて来いと叫んで、最上階までダッシュした。ステーション8に着き、みんなで抽選券をもらってカゴに入れた。20分ほどして、ボランティアたちがカゴから抽選券を引き始めた。喉が締め付けられる思いだった。僕だけでなくみんなも緊張している。僕たちの誰もが心の底でわかっていた。これがウォーレン・バフェットに質問に答えてもらう最後のチャンスだと。ボランティアたちが当選者を読み上げた。確率は1000分の1──1000人に1人と言われていたのに、僕たち6人のうち、何と4人が当選した。バフェット登場!アリーナが暗くなった。僕は緊張で脚をぴくぴくさせながら、周囲の様子をうかがった。あちらの列では、スーツを着た人たちが、背中を丸めて手帳やノートパソコンに何か書いている。別の列には、イスに深く座って、手にマフィンやコーヒーを持ち、一大イベントの開幕を今か今かと待っている人たちがいる。開場前に一緒に並んでいた人たちから、バークシャー・ハサウェイの株主総会はとても大事なイベントだから、毎年カレンダーにまっ先に印をつけるんだと聞かされた。毎年欠かさず、何十年も来ている人もいるらしい。客席が静まり返り、ステージ上の巨大なスクリーンに、バフェットとマンガーがアニメになって登場した。アニメになった2人の億万長者は、まずは人気テレビ番組の登場人物になって、スクリーン上でパロディを繰り広げた。次に、イスから飛び上がって、前年の夏に流行ったK‐POPの「江南スタイル」に合わせて踊り始め、アリーナ中が笑いに包まれた。サビの「オップ、オップ、オップ……オッパン、カンナム・スタイル!」のフレーズがスピーカーから流れるが、喝采にかき消されてほとんど聞き取れない。それから、バフェットがドラマの有名人たちと寸劇を演じたりするビデオが流れ、ついにスクリーンが真っ黒になった。いよいよ始まるのかと思ったが、まだだ。ディスコのミラーボールが天井から降りてきた。赤と青のライトがアリーナをナイトクラブのように照らし、「YMCA」が流れ始めた。ただ、「YMCA」のところは「BRKA」に置き換わっている。BRKAは、バークシャー・ハサウェイの株式コードだ。参加者みんなが、この世で一番好きな言葉だと言わんばかりに、BRKAと合唱している。そしてチアガールたちのパレードが通路を下りてきた。ステージ上では、バフェットとマンガー本人が「BRKA」と歌いながら、ステージ右手から登場した。彼らの歌を聴いて歓声が沸き起こり、アリーナ全体が小さな地震みたいに揺れた。この混乱の最中に、左の通路でコーウィンが腰をくねらせ、色っぽくチアガールたちに近づいている。チアガールの1人からポンポンを渡され、彼はそれを頭上で振りながら彼女と一緒に「BRKA」を歌っていた。まるでハネムーンの初夜みたいな浮かれぶりだ。バフェットは席について、マイクの方に身を乗り出した。「ふう!疲れた!」彼がバークシャー・ハサウェイの財務状況を発表し、最前列に座っている取締役を紹介して、総会が始まった。「それでは」と言うバフェットの声が会場に響き渡った。「質疑応答に移ろうか」質疑応答が総会の大半を占めるのはわかっていた。バフェットとマンガーのテーブルにはいくつかの書類と、水の入ったコップが2つ、チェリーコークが2
缶、シーズキャンディーズ社のピーナツ・キャンディーの箱が置いてある。ステージの左側には3人の金融担当記者がいる。雑誌の『フォーチュン』、ニュース専門放送局のCNBC、新聞の『ニューヨーク・タイムズ』から派遣された人たちだ。右側には3人の財務アナリストが座っているテーブルがあった。質疑応答はこんなふうに進んで行く。まず記者から、バークシャー・ハサウェイの株価パフォーマンスについて、S&P500種指数と比べてどう見るか、という質問が出た。次にアナリストが、バークシャーのある子会社の競争優位について質問をした。バフェットがスムーズに答え、ジョークで締めくくる。バフェットは合間にピーナツ・キャンディーを食べ、それから「チャーリー?」と呼びかけ、マンガーに何か言うことはないか聞く。マンガーはだいたい「何もないよ」と即答して、そのまま進行を続けさせる。そして、スポットライトがステーション1に当たる。当たりくじをひいた人が客席からバフェットに、バークシャーの業績について一番の懸念点は何かと尋ねた。質問のサイクルはこうして続く。記者─アナリスト─ステーション2、記者─アナリスト─ステーション3という具合だ。アンドレの質問ライアンの計算では、僕たちが最初に質問するまであと約1時間ある。僕たちはみんなで集まって打ち合わせをするために、売店がある通路に向かった。「じゃあ」と言って、僕はポケットから1枚の紙を取り出した。「これがバフェットへの質問リストだ。アンドレ、最初に当たりくじを引いたお前が、交渉術について質問してくれ。僕が2番目で、ブランドンが3番目だ。資金集めについて聞いてほしい。コーウィンはしんがりで、バリュー投資に関する質問を頼む。いいかみんな、質問の前に……」「なあ」とコーウィンが言い出した。「誰かベルトを1本余分に持ってないか?」そんなの聞くまでもないとは思ったが、とりあえず聞いてみた。「ベルトを余分に持ってるやつなんているか?」コーウィンは肩をすくめた。「待て」と僕は言った。「お前、ベルトを忘れてきたんだろ?」「大丈夫、何とかする」カーキのズボンを穿いて髪をきちんと撫でつけた人たちばかりの中で、自分たちがどれほど場違いな格好をしているかは、なるべく考えないようにしていた。アンドレはシャツのボタンを胸まで開け、ブランドンとケヴィンはパーカーを着ている。コーウィンは3週間前からずっと編集室にこもっていたような格好で、僕が着ているのはトニー・シェイのザッポスのTシャツだ。ゲンを担いで、下着は『プライス・イズ・ライト』のときと同じものを着ていた。僕には、とっておきの質問があった。バフェットの下で7年間働いていたダンが教えてくれた、「やらないことリスト」についてだ。前日ダンに電話して、もし抽選に当たったらこのリストについて質問するからねと言っておいた。ダンはそれはいいねと言ったが、なぜか「自分の名前は出さないように」とクギを刺してきた。僕たちは席に戻った。バフェットがステーション7からの質問に答え終わると、僕はアンドレに質問を書いた紙を渡し、アンドレはステーション8のマイクに向かった。記者─アナリストと順番に説明していき、いよいよアンドレにスポットライトが当たった。「こんにちは、アンドレと言います。カリフォルニアの出身です」と言う彼の声は数百個のスピーカーを通じて響き渡り、アリーナ中にこだました。「これまでに、サンボーン社とかシーズキャンディーズ社、あるいはバークシャー社など、あなたにとって節目となる投資があったと思います。当時あなたは、相手が売りたくないと言っても、そこを説得して株を買っていたようですが、そうした状況で相手をその気にさせられたコツを3つ教えてください」「ええと」とバフェットは言った。「まさか、ええと、サンボーンの話が出るとは思わなかったな。それにええとシーズ……」考えついたときはいい質問だと思ったが、アンドレが「相手が売りたくない」と大声で言うのを聞いて、質問というよりも、バフェットを非難しているように聞こえてきた。「シーズ一族」とバフェットは続けた。「シーズ一族で亡くなった人がいたな……」僕はバフェットがこの話をどう持っていくかに耳を澄ませたが、彼はどこにも持っていかなかった。シーズキャンディーズ社について取りとめなく何かを語るばかりで、交渉術のアドバイスを言うことはなかった。そこが一番聞きたかったのに。「チャーリーが私よりよく覚えているはずだ」とバフェットは言ったが、そのままもう少し自分で話を続けて、次の質問に移った。シーズキャンディーズとサンボーンの件は40年近く前のことだから、バフェットはそれについて聞かれるなんて思ってもいなかっただろう。質問に細かい情報を詰め込みすぎて、予想外に非難めいた質問にしてしまった。どう考えても、裏目に出た。いっせいの大爆笑でも幸い、質問はまだ3つ残っている。記者─アナリストの質問と続いて、ついに僕の番になった。ボランティアのスタッフが僕のチケットをチェックして、マイクの方へ行くよう合図した。僕は真っ暗闇の中でバルコニーからアリーナを見降ろした。ステージ上には、半年前から机に写真を貼ってある人物がいる。ここまで来るのに何千ページも本を読み、何百もの記事を調べ、ダンと電話で何十時間も悪戦苦闘した。そのすべての努力が実って、いま僕はここにいる。僕は、ついにこの瞬間を手にしたように感じていた。「さて」と言うバフェットの声が四方から聞こえてきた。「ステーション8」僕にスポットライトが当たった。あまりの明るさに、手に持っている紙がほとんど見えない。「アレックスと言います──」自分の声がスピーカーを通してこだまして、ブーメランのように跳ね返ってきて、その大きさに思わずよろめいてしまった。「──ロスの出身です。バフェットさん、聞いた話ですが、あなたは大事なことにエネルギーを集中するために、達成したい25のことを書き出して、そこから上位5つを選んで残りの20個は断念するらしいですね。僕は、あなたがなぜそんなリストを思いついたのかにすごく興味があります。それと、優先順位を決める何か別の方法をお持ちでしたら、それもぜひ教えてください」
「そうだね」とバフェットは含み笑いをしながらこう答えた。「私の方こそ、君がどうやってそんなリストを思いついたか教えてほしいものだ!」耳をつんざくような笑い声が客席から湧き上がった。会場のみんなから一斉に笑われたときの気持ちなんて、ここでどう説明していいかわからない。「今の話は事実じゃないね」とバフェットは言った。「非常に有効な方法に思えるが、実際の私よりもはるかにストイックなやり方だ。もし私の目の前にキャンディがあったら」と言って彼はシーズキャンディーの箱を指さした。「すぐ食べちゃうね!」スポットライトの中で、僕は顔が真っ赤になった。「チャーリーと私の暮らしはすごくシンプルなんだ」とバフェットは言う。「もちろん、私たちには楽しめるものがあって、それは一つじゃなくてたくさんある。チャーリーは建物の設計が好きで、今じゃ建築家としては素人どころかプロ並みだ。それに2人とも読書が大好きなんだ。だからって、そんな優先順位のリストなんて作ったことがないよ。これまでの人生でそういうのを作った記憶はない」「だが、始めてみようかな!」とバフェットは言って、さらに笑いを呼んだ。「いいアイディアをもらったよ!」たちまちスポットライトが消えた。僕はすごすごと席に戻り、状況を飲み込めずにいた。ただ、席に戻るときに聞こえてきたひそひそ声とクスクス笑いだけはわかった。僕はうつむいたまま、誰とも目を合わせまいとした。実績で納得してもらおう席に座ると、ケヴィンが身を乗り出してズバリこう言った。僕たちの最初の2つの質問は、きっとバフェットにとって想定外だった。彼からちゃんとした答えを引き出したいなら、次の質問はシンプルにして直球勝負をした方がいいと。確かにそうだ。僕とケヴィンはブランドンを呼び出し、バフェットが答えをはぐらかさないよう、的を絞った質問をするように言った。それから僕らはブランドンを連れて通路に出て、彼がちゃんと声を出して一言一句をはっきり言うように練習させた。席に戻ると、すぐさまブランドンがマイクの前に立った。「こんにちは……ブランドン……と言います……ロサンゼルスの……出身……です」これ以上望みようがないほどはっきりと言ってくれた。問題は、あまりにはっきり、ゆっくり話したものだから、逆に怪しく響いてしまったことだ。「僕は20代で……」とブランドンは続けた。「共同出資で投資を始めたいのですが……まだ何の実績もありません。……個人投資家として……人々から……お金を集めるには……どうしたらいいでしょうか?」間が空いた。「そうだな」とバフェットは言った。「私に売り込んでみたらどうだい!」また客席から笑いが起きた。バフェットは状況にピンときたんじゃないだろうか。またもや20代くらいの若者が、またもやジーンズをはいて、またもやロスの出身だ。しかもまたもやステーション8から、バークシャーの最近の業績とは関係ない特殊な質問ばかりが出る。「他の人たちと一緒に投資をするときは、どこまでも慎重になるべきだね」とバフェット。「たとえその人に実績があったとしてもね。たいした意味を持たない実績はたくさんあるんだ。とはいえ一般論を言うならば、お金を管理し、たくさんのお金をひきつける仕事をしたいと思っているあらゆる若者にこう言いたいね。なるべく早く数字に残る業績を出すことだ。私たちが、トッドとテッド(バークシャーの投資を管轄している人だ)を雇った理由は彼らの業績だけでは決してないが、それを考慮したのは確かだ。そして業績を見て、(チャーリーと私は)これなら信じられるし、なるほどと思ったんだ。何しろ日頃たいしたことのない業績ばかり目にしているからね」「君がコイントスのコンテストを開催したとしよう」とバフェットは続けた。「すると3億1000万頭のオランウータンが出場して、コイントスをする。10回ずつだ。10回連続で表を出すのが、そのうち30万頭くらいいる。するとこの30万頭のオランウータンは、この先のコイントス競技で自分たちに賭けてくれよと、あちこちで金集めのアピールをするんだ」「そこで私たちの仕事は」と彼は続けた。「金を扱う人間を雇う際に、彼らがコイントスで単にツキに恵まれていただけなのか、それとも自分の力をわかっているのかを見極めて──」「ちょっといいかな……」バフェットの話をさえぎる声。チャーリー・マンガーだ。「……下積み時代に、君は愛する家族から10万ドルを借りてやりくりしてなかったかい?」「そうだね」とバフェット。「お金を貸してもらった後も、家族の絆は保たれていたと思いたいがね」バフェットはまた含み笑いをした。「そうだな、私の……場合……」と彼は言葉に詰まりながら続けた。「かなり時間がかかった。ゆっくりとした歩みだったんだ。チャーリーが指摘したように、私がポンジー・スキーム(投資詐欺)をしていると考える同業者もいた。そうは思わない人もいたが、強引に押すのは連中の方が一枚上手だった。なにせ彼らはオマハで投資を売り込んでいたんだから」「お金を集めたければ、それにふさわしい人間になることだ。そしてちゃんとした実績を身につけるべきだね。その実績がちゃんと頭を使った結果であって、単に時代とか運に恵まれただけじゃないってことを、周囲に納得させるんだ。どう、チャーリー?」「君はゲームに参加したばかりで、まだ20代」とマンガーは繰り返した。彼の声から、深く考えている様子が伝わってくる。「どうやってお金を集めようか」チャーリー・マンガーが何を考えていたかは知る由もないが、きっと彼はバフェットがまともに答えようとしていないことに気づいたんだと思う。マンガーは僕が再び笑いものにならないよう、助けようとしてくれていたのかもしれない。彼が言うには、実績を作る前にお金を集める最善の方法は、自分を信頼してくれる人から集めることだそうだ。自分がやってきたことをちゃんと見てくれている人たち。家族や、友人、大学の先生、元上司や友人の親でもいい。「若いときにそれを実行するのは難しい」とマンガーは続けた。
「だからみんな最初は小さいところから始めるんだ」マンガーとバフェットの話し合いのテーマはヘッジファンドへと変わり、それから次の質問に移った。ブランドンは席に戻った。ブランドンも周囲の笑い声に耐えるしかなかったが、少なくとも答えをもらっただけマシだ。僕たちにはあともう1回質問のチャンスが残っている。それはコーウィンにかかっている。バフェットがステーション7からの質問をうまくまとめて、コーウィンはマイクに向かった。記者、それからアナリストが質問し、ステーション8にスポットライトが向けられた。コーウィンは身を乗り出し、片手に質問の紙を握って、もう一方の手でずり落ちそうなズボンをつかんでいた。彼が質問を始めたが、聞き取れない。マイクの音が消えたのだ。バフェットの声が響いた。「5分ほど休憩しましょう。今日はありがとう。来年もぜひ来てください!」こうして、バフェットの質疑応答は終わった。コーウィンはスポットライトの中で、ズボンをつかんだまま立ちつくした。噓つきは誰だ?僕たちは、困惑と不満と挫折感を抱えてアリーナを後にした。人波でごった返した通路を歩いていると、みんなが僕をジロジロ見ている。1人が僕の背中をポンと叩いて言った。「いい質問だったよ。笑いに飢えてたからありがたかった」歩道に出ても、みんながまだ僕のことをクスクス笑っている。ケヴィンは僕の肩に手を回して「相手にするな」と言ってくれた。僕たちは黙って歩いた。数分後、ケヴィンが静かにまた口を開いた。「納得いかないな……どうして質問が的外れだったんだ?」「僕じゃない」と僕は言い返した。「的外れだったのはバフェットだ」僕はケヴィンに話した。ダンに会ったいきさつと、やらないことリストのこと。ダンがバフェットに会わせると約束してくれたこと。ダンがバフェットの下で働いていたときに教わったことを僕にシェアしてくれたこと。ダンのアイディアでバフェットのためのウェブサイトを作ったこと。ダンのアドバイスでバフェットのアシスタントに靴を贈ったことなどを。ケヴィンはうさんくさそうに目を細め始めた。「なんで、そんなリストなんて知らない、って言うんだよ!」と叫びたい気持ちを押し殺して僕は言った。「バフェットがあんな噓を言うなんて思えない」ケヴィンは僕を見てこう言った。「バフェットが噓をついていないとしたら、考えられるのは……」
ほどなくして、ケヴィンの言うとおりだとわかった。株主総会の後すぐに、ダンのガールフレンドから電話があって、彼女もダンを怪しんでいたと言うのだ。彼女がバフェットのアシスタントに連絡したところ、ダンがバフェットの直属として働いたことはないと聞かされた。僕は信じられなかった。ダンに電話すると、彼はきっぱり否定した。そしていきなり、誰かがこの電話を盗聴して、僕たちの会話を聞いていないかと言い出した。そんなわけないだろと言って、彼の経歴をさらに尋ねると、会話はピリピリしたものになった。ダンは僕の質問に答えはするものの、最低限のことしか話さなかった。ダンは電話を切った。以来彼とは話していない。これほど裏切られた気持ちになったことはなかった。知らない人の噓とはわけが違う。信用していて、好きだった人間につかれた噓だけに、なおさら心の傷は深かった。痛い目に遭わないとわからないことがあると、僕自身、身をもって知る必要があったということか。口から出まかせで自分を飾る人間もいるということだ。そういう僕も、バフェットにたどり着こうと夢中になるあまり、ダンが発していた危険信号を無視していた。学ぶべき教訓ははっきりしている。必死になりすぎると直感が鈍るということだ。そして僕にも、後ろめたいところがあった。ダンに会った瞬間から、僕は計画を練っていた。彼と親しくなった唯一の理由は、バフェットに会うためだ。サンフランシスコでダンの船に乗せてもらったとき、彼のガールフレンドの前で質問をぶつけて彼を困らせた。彼は真実をゆがめたが、僕が全部真に受けてやってみたりしなければ、彼だって噓をつき通す必要はなかっただろう。僕に下心があって正直でなかったことが、逆に彼を追い詰めたのだ。噓がさらに噓の連鎖を生むということだ。オマハからロスに戻っても、憂うつな気分は晴れなかった。最大の奇跡少し経ったある午後、食料品店の前の歩道に座って、コーウィンとサンドイッチを食べていた。彼は、僕を励まそうとしてくれた。「なあ」とコーウィンは口いっぱいにほおばりながら言った。「お前が怒るのも無理はないし、お前を責めるつもりもないけどさ、いいかげんに忘れて前に進んだらどうなんだ」僕はため息をついてサンドイッチをかじった。「またいつもの作業に戻るしかないだろ」と彼は言った。「他は誰にインタビューするつもりなんだ?」「他になんかないよ」と僕は言った。「あったとしても、どうせ失敗するさ。この間の株主総会がいい例だろ。アンドレに交渉術の質問をしてもらおうと思ってたのに、細かい情報を詰め込みすぎてバフェットから反発を買った。インタビューなんて受けてもらえないし、それ以前にやり方すらわからないんだ」「そう自分を責めるなって」とコーウィン。「インタビューは簡単じゃない。ただ質問すればいいってもんじゃないし。コツがいるんだ」僕たちがこんな話を続けていると、ミッション遂行の旅の中で最大の奇跡が起きた。曇りガラスの黒い高級車リンカーンが寄ってきて、僕たちの前に駐車した。ドアがさっと開いて出てきたのは、あのラリー・キングだ。世界で最も有名なインタビュアーの1人は、僕たちの目の前で食料品店に入っていった。しかもたった1人で。CNNの番組『ラリー・キング・ライブ』は25年も続き、彼は生涯で5万人を超える人たちにインタビューしている。〝なんで今までラリーを追いかけなかったんだ?〟彼が近くに住んでいるのは知っていたし、毎日どこで朝食を食べているかまで、オープンな情報になっているのに。でも僕は体を動かせないまま、彼が店の入り口をくぐるのをただ見ていた。「おい」とコーウィン。「話しかけるんだ」両肩にサンドバッグがのしかかってきた気分だった。「とりあえず店に入ろう」とコーウィンがせっついた。体が動かないのはフリンチのせいなのか、それとも半年間いろいろと断られ続けて、恥をかきまくって自信を失っていたせいなのかはわからない。「さあ!」とコーウィンが僕の肩を突いて、立てと促した。
「彼は80歳くらいだろ。そんな遠くには行けないよ」僕はしぶしぶ歩道から立ち上がり、店に入った。パン売り場を見回した。ラリーはいない。青果コーナーまで走った。カラフルなフルーツが積まれ、たくさんの野菜がある。ラリーはいない。そういえば彼は配送トラック用のローディング・ゾーンに駐車していた。〝ということは、すぐに立ち去るつもりなんだ〟僕は店の奥まで走っていき、走りながら各通路をチェックした。ラリーはいない。ラリーはいない。ラリーはいない。大きく左に曲がってツナ缶のタワーをよけ、冷凍食品のコーナーを進んだ。入り口の方まで戻り、全部のレジをチェックしたが、ラリーはいない。そこにあったショッピングカートを蹴りたくなったが自制した。またもやしくじってしまった。すぐそこにラリー・キングがいたのに、何もできなかったのだ。しょんぼりと駐車場を歩きながらふと視線を上げると、10メートルほど先にサスペンダーを着けたラリー・キングがいた。その瞬間、僕の中にため込んでいた怒りとエネルギーが弾けて、口からほとばしり出た。僕は思い切り絶叫した。「ミスターーー・キーーーーング!!!!!!」ラリーの背筋がピンと伸びて、ゆっくりと振り返った。彼の眉毛は弧を描いて上を向き、あんぐりと口が開いて顔のしわが伸びた。僕は彼の元へ駆けつけ、息をぜいぜいさせながら言った。「キングさん、僕はアレックスと言います。20歳です。以前からご挨拶をしたいと──」彼は手を挙げた。「オーケイ……こんにちは」そう言って足早に去っていった。僕は黙って後を追い、とうとう僕らは、彼の車の前の歩道まで来た。彼はトランクを開けて買ったものを詰め込み、運転席のドアを開けて乗ろうとした。そのとき、僕はまた声を張り上げた。「待って!ミスター・キング!」彼は僕を見た。「できたら……できたら朝食をご一緒させてください」彼は辺りを見回した。大勢の人たちが歩道にいて、成り行きを見ている。ラリーは大きく息を吸って、ブルックリンなまりのガラガラ声で言った。「わかった、わかった、わかった」シートベルトを締める彼にお礼を言うと、そのままドアを閉めようとするので、また叫んだ。「待って、ミスター・キング。何時に?」彼は僕を見て、それからドアを閉めた。「ミスター・キング!」と僕はガラス越しに叫んだ。「何時ですか?」彼はエンジンをかけた。僕は車の前に回って、フロントガラスに向けて手を強く振った。「ミスターーー・キーーーーング!何時ですかああああ!」彼は険しい目つきで僕に、それから周囲の人々に目をやり、首を振って「9時だ!」と言って走り去った。理由まで深く考えろ翌朝レストランに着くと、ラリーは第1ブースにいて、シリアルの入ったボウルの前で背を丸めていた。数人の男性と一緒だった。テーブルの上の壁には大きな銀のフレームが飾られ、ラリーが著名人にインタビューしている写真がある。相手はバラク・オバマ、副大統領のジョー・バイデン、俳優のジェリー・サインフェルド、オプラ・ウィンフリーなど、そうそうたる面々だ。テーブルには空いたイスが1つあったが、前日の振る舞いが後ろめたくて、さすがにそのイスを引いて座る度胸はなかった。そこで遠巻きに、穏やかに手を振って言った。「こんにちは、ミスター・キング。お元気ですか?」彼は顔を上げて僕に気づき、ガラガラ声で何か言ってから、友人たちの方を向いた。数分待っててくれってことかな。勝手にそう考えて、隣のテーブルに座り、声がかかるのを待った。10分が過ぎた。30分。1時間。ようやくラリーが立ち上がってこっちに向かってきた。僕の頰がこわばった。でも彼は僕を素通りして出口に向かった。僕は手を挙げた。「ミスター……ミスター・キング?」「何だね?」と彼は言った。「何の用だ?」またダメか。もうおなじみになった鋭い痛みが胸に刺さった。僕はかすれた声で、「正直に言います」と言った。「インタビューの仕方について、ただアドバイスをもらいたかったんです」すると、彼は次第に笑顔になった。そして「なんでそれを先に言わないんだ」と言わんばかりの目をした。「わかった」と彼は言った。「人は駆け出しの頃、インタビューの仕方がわからないときは、尊敬する人物を手本にするものだ。バーバラ・ウォルターズとか、オプラ・ウィンフリーとか、私とかね。それでインタビューのやり方を知ったつもりになって、そっくりコピーする。これは最大の間違いだ。私たちのしていることばかりに気を取られて、なぜ私たちがそうしているか、理由を考えもしないからだ」彼が言うには、バーバラ・ウォルターズはしっかり練った質問をする。オプラ・ウィンフリーはありったけの情熱と感情を込めた質問をする。そしてラリー自身は、誰もが聞きたがるシンプルな質問をするそうだ。「若いインタビュアーは私たちのスタイルをまねようとするばかりで、なぜ私たちがそうしているのかを考えない。私たちがそうする理由は、席についたとき
に自分が最もリラックスできるやり方だからさ。こちらが最高にリラックスすれば、ゲストも最高にリラックスしてくれる。これが最高のインタビューを生むんだよ」「秘訣を持たないことが秘訣さ」とラリーは付け加えた。「自分らしくいることに、コツなんかいらないだろ」彼は腕時計を見た。「なあ君、私は行かなくてはならないんだが──」彼は僕を見つめ、それから自分の中の迷いを振り払うように再び首を振った。僕の額に指を当ててこう言った。「よし、月曜だ!9時にしよう!じゃあここで!」カル・フスマンに出会う月曜日にレストランに行くと、全席がラリーの貸し切りになっていた。彼は手を振って僕を呼び、なぜそこまでインタビューに興味があるのかと聞いた。僕はミッションのことを話して、彼にインタビューを求めた。すると「いいとも、受けてあげよう」と言ってくれた。僕たちはミッションについてさらに語り合い、それから彼は紹介したい人物がいると言った。「なあ、カル」と彼はテーブルにいる1人の友人の方を向いた。「この若者のために少し時間を割いてくれないか」カルはスカイブルーのフェルト製の帽子を被り、べっ甲縁のメガネをかけていた。年齢は50代くらいで、ラリーの他の仲間よりひと回り以上若そうに見えた。ラリーによると、この人、カル・フスマンは『エスクァイア』誌のライターで、「私が学んだ教訓」というコラム欄を担当していた。彼はこのコラムを彩ったムハマド・アリ、ミハイル・ゴルバチョフ、ジョージ・クルーニーら、大勢の著名人にインタビューしていた。ラリーはカルに、自分と一緒にこの若者にインタビューについてアドバイスしてくれと言った。カルが近くに座り、僕はこれまでのインタビューの話をした。「どんなに準備しても、計画どおりに運ばないんです。自分でもなぜだかわからなくて」「インタビューはどんなふうに進めてるの?」とカルは聞いた。僕が数週間、時には数カ月かけて質問の準備をしていると話すのを、彼はうなずきながら聞いた。それから、インタビューのときは質問をたくさん書いたメモ帳を持参するという話をすると、彼は僕をじっと見てこう聞いた。「君がメモ帳を持っていく理由は?手元にあるとリラックスするから?それとも、それがないと何を尋ねていいのかわからないから?」「どうだろう」と僕は言った。「そういえば考えたことがないですね」「よし、じゃあこうしよう」とカルは言った。「明日また朝食に来てくれ。テーブルに席を用意しておく。インタビューとは思わなくていい。朝食を食べてリラックスすればいいよ」翌週は毎日同じことを繰り返した。毎朝僕はカルの隣に座り、ラリーがブルーベリー入りのチェリオスのシリアルを食べる様子を観察した。彼はどんなにシリアルが残っていても、ブルーベリーを全部食べつくした時点でボウルをどけてしまう。ラリーが携帯で話す様子や、見知らぬ人が挨拶や写真をお願いしますと言ってきたときの様子も観察した。1人ひとりに親切に対応しているラリーを見ると、食料品店の前で彼を追いかけたときの僕は、彼には相当イカれたやつに見えただろうと思った。その週の終わりに、明日録音機を持ってくるようにとカルが言った。「でもメモ帳は家に置いてくるんだ」と言う。「君はもうリラックスしている。テーブルに座って、好奇心の赴くままに質問をすればいい」バン!バン!バン!翌朝、みんないつもの場所にいた。ラリーは僕の真向かいにいて、身をかがめてチェリオスを食べている。その右手には、70年以上前からのラリーの親友シド。その隣にはブルーシー。ラリーの中学時代の同級生だ。それから彼らのブルックリンの幼なじみのバリー。そしてカルは、前回と同じスカイブルーの帽子を被っている。オムレツを半分食べたところで、僕はラリーに放送業界に入るきっかけを聞いた。「俺たちがガキの頃」とシドが先に答えた。「ラリーは紙を丸めてマイク代わりにしてさ、ロサンゼルス・ドジャースの試合を実況中継してたよ」「ラリーが映画のことを話し出すと」と今度はバリー。「その解説は実際の上映時間より長いんだ」ラリーはこんな話をした。自分の夢はラジオのアナウンサーになることだったが、どうすればなれるかわからなかった。そしてハイスクールを卒業してから、荷物の配送、牛乳売り、集金などの仕事を転々とした。そんなある午後、22歳のときに、転機が訪れた。友人と2人でニューヨークを歩いているとき、CBSに勤める人に出会ったのだ。「彼はラジオのアナウンサーとして働いていたんだ」とラリー。「それにショーの合間のナレーションもしていた。『こちらCBS。コロンビア放送です!』ってね」ラリーは彼にアドバイスを求めた。この業界に入るにはどうしたらいいでしょうかと。その人はラリーにマイアミに行けと言った。マイアミの多くの放送局には労働組合がなかったから、採用されやすかったのだ。ラリーはフロリダ行きの列車に飛び乗り、親戚の家のカウチで寝て、仕事を探し始めた。「私は扉を叩いただけだ」とラリーは言う。「小さな放送局があって、そこで発声の試験を受けて『いいねえ。次のオープニングは任せた』と言われた。そうやって局に出入りするようになり、ニュース原稿を読む人たちを観察して学んだんだ。そうして床を掃いていたある日、金曜日に1人辞めていった。そしていきなり『月曜の朝からスタートだ!』って言われた。その週末は緊張して眠れなかったよ」「待って。『扉を叩いた』ってどういうことですか?」と僕は聞いた。「どうやって扉を叩いたんですか?」ラリーは幼児に話すように、「バン!バン!バン!」と言いながら、拳でテーブルを叩いてみせた。「たとえ話じゃないんだよ」とシドが言った。「ラリーは文字どおりに、いろんな放送局の扉を片っ端から叩いたんだ。自分を売り込んで仕事をくれと言った。俺たちはまさにそうやってたんだ」「それしかできなかった」とラリー。「私にはマニュアルなんてなかった。大学にも行かなかったしな」
「なるほど、当時はそうですね」と僕は言った。「でも今の時代にキャリアを始めるとしたら、どうしますか?」「同じことさ」とラリーは言う。「扉を叩くよ。これだという扉を片っ端からね。ノックする扉ははるかに増えているだろ。しかもいいかい、目新しいものはない。インターネットはあるが、通信以外は何も変わっちゃいない。人間の本質は変わってないんだ」カルが言うには、この人を雇いたいと決断するのは今も昔も人間だ。実際に会ってその人の目を見てはじめて、その人が本物なのかどうかがわかる。同じ言葉でも、メールで読むのと、直接会って本人から聞くのとでは違うんだ。「みんな、人間が好きなのさ」とカルは言う。「メールボックスの中の、誰ともわからない名前を好きになる人なんていない」このとき、わかったことがある。スティーヴン・スピルバーグがミッションの初めの頃に僕を励ましてくれたのは、エリオット・ビズノーが僕をロンドンに連れて行ってくれたのは、そしてラリー・キングが朝食に招いてくれるようになったのは、僕が彼らに直接会って、目を見て話したからだ。〝ちょっと待てよ……〟これまでずっと、ビル・ゲイツの首席秘書にとって、僕はメールボックスの中の誰ともわからぬ名前だった。彼が僕と電話で話してくれたのは、チー・ルーに頼まれたからで、僕を知っていたからじゃない。首席秘書が返事をくれないのは、僕個人に問題があるんだと思っていた。でもそうじゃない。彼にとって、僕は素性のわからない単なる名前に過ぎなかったんだ。どう立て直せばいいのかが、ようやく見えてきた。
4週間後、カリフォルニア州ロングビーチウェスティン・ホテルのロビーにある、エスプレッソバーのイスに座った。そこはTEDカンファレンスの出演者の宿泊先になっていた。このとき僕は、これまでのミッションの旅の中で、最高のシチュエーションにあった。辺りを見渡すと、懐かしい光景が押し寄せてくる。少し先にあるダイニングエリアは、初めてエリオットと食事をしたところだ。エリオット・ビズノーとの出会いは、ちょうど1年前の今ごろだった。妙な偶然に、運命が微笑みかけている気がした。最初から気分が高揚していたのは、ザッポスCEOのトニー・シェイと朝食を共にしたばかりだったからだ。僕がウェスティン・ホテルにいる理由を説明すると、彼はホテルの前に停めてある自分のRV車でTEDカンファレンスのライブ配信を観ないかと誘ってくれた。もちろん、何もかもがスムーズにここまで来たわけじゃない。ひと月ほど前、僕はマイクロソフトのインサイドマンであるステファン・ワイツに連絡を取った。ビル・ゲイツの首席秘書が毎年TEDカンファレンスに出席しているのを知って、5分でいいからそのとき直接彼に会えないかと、ステファンに頼み込んだのだ。これでダメならもう二度と頼まないから、と念を押して。これは僕に残された最後のチャンスだった。ステファンは承知してくれて、数週間にわたって首席秘書にメールを送り続けた。それでも返事がなかったので、彼は同僚の1人に頼んで彼に代わってメールしてもらった。ステファンの惜しみない好意には以前から驚かされていたが、今回は言葉にできないほど感謝した。TEDの前日になっても、首席秘書から返事は来なかった。だがその夜の7時27分、ついに返事が来た。そして、TEDに参加した後で会ってもいいと言ってくれた。TEDカンファレンスの第1セッションが終わった後、10時15分にロビーのエスプレッソバーで会おうということになった。今僕はその場所にいる。壁の時計を見ると、午前10時14分だ。「お客様」とバリスタが声をかけてきた。「何になさいますか?」「ちょっと待ってください。連れがもうすぐ来ますから」しばらく経ってバリスタが僕の前にまた来て、ご注文はよろしいですかと聞いた。僕は時計を見上げた。10時21分だ。「すみません、相手の方が遅れてまして。あと数分待ってください」ロビーの方を見て、回転ドアから入ってくる人たちをざっと見た。そして時計に目をやると、10時31分だ。何かおかしいとは思ったが、僕はその不安を払いのけた。きっと第1セッションが延びて、まだ終わっていないのだろう。時間の流れがスローに感じられてきた。するとまた「お客様、ご注文は?」と声がした。10時45分。僕の隣の席は空いたままだ。あらゆる手を尽くしてここまで来て、こんなに待ったのに、結局このまま終わってしまうんだろうか?僕は首席秘書のアシスタントから前にもらったメールを探して、署名をチェックした。集中して深呼吸しながら、彼女のオフィスに電話した。「もしもし、ウェンディ。アレックス・バナヤンです。首席秘書との今日のお約束は10時15分でしたよね。彼が忙しいのは承知していますし、会う約束をしていただいただけでも感謝しています。でも、念のため確認させていただけますか。30分経ちましたが、まだ彼がいらっしゃらないので」「どういうこと?」と彼女は言った。「彼から10分前に電話があって、あなたが来なかったって言ってたわ」「えっ?」どうやら、ロビーのエスプレッソバーは2つあったらしい。1つはホテルのロビーで、もう1つはコンベンションセンターのロビーだ。僕は間違えてしまったようだ。電話をつかんだまま、懸命に落ち着こうとしたができない。ウェンディに心からの思いを打ち明け、ここまで来るのに2年間やってきたことのすべてを説明していると、涙があふれてきた。「わかった、わかったわ」と彼女は言った。「少し時間をちょうだい。できることがないか、検討してみるから」1時間後、ウェンディからメールが来た。首席秘書は午後4時半に空港へ向かうという。彼が乗る予定のハイヤーがホテルの車寄せの前に止まるから、空港まで僕を乗せて、その中で話をしようと言ってくれたそうだ。僕は疲れ切ってガッツポーズもできなかったが、顔にわずかな笑みを浮かべた。今度こそは。ホテルに車寄せは一つしかない。
リチャード・ソール・ワーマントニー・シェイのRV車でくつろぎ、TEDのライブ配信をフラットスクリーンのテレビで観た。それからトニーの友人たちとランチを食べようと外へ出た。車に戻る途中で、ホテルの車寄せからRV車までのルートを歩いてみて、時間を測った。たったの1分ちょっとで行ける。僕は携帯のアラームを4時10分にセットして、早めに着けるようにした。トニーの車の茶色いフカフカのカウチでゆったりしていると、男性が乗り込んできた。彼の後ろから日の光が差し込んできて、シルエットしか見えない。彼はゆっくりと体をかがめて、僕の向かいのカウチに座った。見覚えのある顔だ。年配の人で、薄くなった白髪に白いあごひげ、ふっくらしたお腹。よく見ると……やっとわかった。TED創設者のリチャード・ソール・ワーマンだ。「君は」と彼は僕を見て言った。「これをどう思う?」彼はテレビの生中継を指さした。TEDの創設者が、彼の創った会議について、何と僕に感想を求めてきたのだ。僕が意見を言うと、いつの間にか彼はTEDを立ち上げたいきさつを語り出していた。次から次へといろんな話が出て、夢中で耳を傾けた。僕は、知恵が詰まったピニャータ(くす球)を割って、中に入っていた知恵をできるだけたくさん集めてポケットに入れようとしているみたいな気分になった。世界を変える術を知りたいって?なら、世界を変えようと思っちゃだめだ。大きな仕事をして、その仕事で世界を変えるんだ。自分は何も知らないんだと知るまでは、結果なんて何も残せないよ。君はまだ気取っている。何でも学べると思っている。もっと早くできると思っているだろ?どうすれば成功者になれるかって?自分より年配で、賢く、成功した人たちに聞けば、こう教えてもらえるだろう。「そうなりたいと死ぬほど願いなさい」スライドを使ってスピーチをする人の気持ちがわからない。スライドを使ったら、自分はキャプションになっちゃうだろ。決してキャプションになっちゃだめだ。私の人生の教訓は2つだ。1つ目:人に教えを乞わなければ何も得られない。2つ目:大半のことはうまくいかない。〝ビービービービー!〟僕の携帯が鳴り響いた。4時10分になったが、ソール・ワーマンがものすごい勢いで話しているので、それをさえぎって失礼するというわけにはいかない。それに彼の深い話が面白くて、この場を離れたくなかった。何しろ相手はTEDの創設者だ。〝とりあえずスヌーズにしておこう〟彼はどんどん話し続けた。するとまた──〝ビービービービー!〟彼はアラームが鳴っても話し続けた。途中の駅を飛ばして次の駅まで走る急行列車に乗っているみたいだ。話の途中で立ち上がるわけにはいかない。車寄せはここから1分と離れていないからまあいいか。〝もう1回スヌーズにしよう〟僕は座ったまま、彼が一息つくのを待った。これは人生で最も貴重な機会の1つになるんだろうか。それとも僕は身動きのとれない人質になってしまったのか。どっちだろう。ずっと時間を気にし続けていると──〝ビービービービー!〟「天才とは」と彼は言う。「期待を裏切る存在だ!」「天才とは‼」と彼は繰り返し、くぼんだ目で訳知り顔で僕を見て言った。「期待を裏切る存在だ‼‼」〝ビービービービー!〟もうどうしようもなくなって、僕はさっと立ち上がり「残念ですが、行かなくてはいけません」と言って、彼が次の言葉を発する前に車を降りた。ダッシュで歩道を過ぎてホテルの車道を左に曲がり、ハイヤーを見つけた。スーツとネクタイ姿の運転手が車の横に立っている。息を整えながら時計をチェックすると、あと1分というところで間に合った。車に乗る前に運転手と軽く話をして、ホテル入り口の回転ドアに目をやった。するとついに首席秘書が現れた。機は熟した黒いレザーのブリーフケースを片手に抱え、もう一方の手には携帯電話。髪は黒くてフサフサで、わずかに白髪が交ざっている。レイバンの黒いサングラスとブレザーを身につけ、見事に調和したルックスだ。彼は車に近づき、サングラスを下げた。「君がアレックスだね」僕は自己紹介して、握手を交わした。「さあ」と彼は車を指した。「乗ってくれ」僕たちが乗り込むと、車は動き出した。「聞かせてもらおうか」と彼は言った。「プロジェクトの進行具合は?」「はい、とても順調です」と僕は言って、「機が熟した」ことが伝わるように、これまで取り組んできたことを次々に話した。「それで」と彼は言った。「ビルにインタビューしたい気持ちは今も変わらないようだね」それが僕の一番の夢ですと答えた。彼は静かにうなずいた。「他にインタビューした人は?」僕は財布を取り出して、インタビューしたいと思う人たちを書いたメモ用紙を取り出した。すでにインタビューした人には緑色で印をつけてあった。首席秘書は両手でそれを持って、通信簿を見るような目線でリストの下までチェックした。「ああ、ディーン・ケーメンか。彼のことはよく知ってる」
「ラリー・キング」と彼は続けた。「さぞ面白かっただろうね」彼が次の名前を言おうとしたときだ。僕は予期せぬ感情に支配されて彼の言葉をさえぎった。「名前じゃないんです」思わず大きな声が出た。彼はどうしたんだと言わんばかりに、こちらの方を向いた。「大事なのは名前じゃない」と僕は繰り返した。「大事なのはインタビューでもないんです。その、何と言うか、こう思うんです。リストにあるようなリーダーたちがみんな、一つの目的のために集まってくれたらって。何か商品の宣伝のためとか、売名のためじゃなくて、ただ次の世代に自分たちの知恵を伝えるっていう目的のために集まってくれたら。若い世代の人たちは、もっともっと多くのことができるんじゃないかって──」「わかった」と彼は手を挙げた。「十分わかった……」僕は体中が硬直した。彼は僕を見て、手を下ろしてこう言った。「……やろう!」
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