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STEP1│行列から飛び出せ

人生、ビジネス、成功。どれもナイトクラブみたいなものだ。常に3つの入り口が用意されている。ファーストドア:正面入り口だ。長い行列が弧を描いて続き、入れるかどうか気をもみながら、99%の人がそこに並ぶ。セカンドドア:VIP専用入り口だ。億万長者、セレブ、名家に生まれた人だけが利用できる。それから、いつだってそこにあるのに、誰も教えてくれないドアがある。サードドアだ。行列から飛び出し、裏道を駆け抜け、何百回もノックして窓を乗り越え、キッチンをこっそり通り抜けたその先に───必ずある。ビル・ゲイツが初めてソフトウェアを販売できたのも、スティーヴン・スピルバーグがハリウッドで史上最年少の監督になれたのも、みんなサードドアをこじ開けたからなんだ。

サードドア──目次STEP1│行列から飛び出せ1天井を見つめて3年前、大学1年のとき、寮の部屋で/ミッションを始めよう/0・3%に賭ける2プライス・イズ・ライトスタンの赤いスカーフ/値段は低めに/さあ出番だ!/ショーケース/みんなと答える/135ドル差で……3収納部屋二者択一/ジューネイマン/ザッポス伝説/夢の大学STEP2│裏道を駆ける4スピルバーグ・ゲーム未知の不安/フリンチ/バスから飛び降りる/スピルバーグの秘密/映画学部のルール5トイレにかがんで「週4時間」だけ働く。/セザールのサポート/フェリスを待ちながら/粘り強さの「勝利」/信用を借りる/コールドメールの書き方6チー・タイム2倍の速さで/幸運はバスのようなもの/犠牲を払うとは/君の力になろう7秘めた力ウルフギャング・パックの断り/シュガー・レイの第1歩/チャンピオンベルトSTEP3│インサイドマンを探せ8夢のメンター首席秘書からの電話/神出鬼没の男/どうすれば機は熟す?9エリオットの秘密転換点なんてない/5つのルール/面白おかしく語れ/ラリー・ペイジがそこにいる10チャンスをつかむノー・エージェントノー・ゲイツ/ロンドンへ行こう/冒険好きな者にだけチャンスは訪れる11実力以上の仕事をやれ翌日、ロンドンのとある屋上プール/コールドコールをかけまくる/サミットはこうして始まった12これがビジネスだ8時間後、バルセロナのナイトクラブ/さあ、君のことを話して/あいつは仲間だ13一足飛びの人生長い目で考える/ホワイトハウス・イベント/4日後、ニューヨークで/喜んでファストパスをやるよ14やらないことリスト翌日、ユタ州のエデン/ここはちゃんと呼吸ができる/夢を追いかける充実感/ダンのアドバイス/サミットか、ミッションか15まねじゃあ勝てないミキのエージェントを訪ねて/ウィリアム・モリス・エンデヴァー/お前はウォルマートだ/午前3時に考えたこと161日CEOトニー・シェイへのお願い/自分に正直に/ザッポスCEOの世界/誰も頼んでこないんだ17カレッジ・ドロップアウト2週間後、収納部屋で/すべてはグレーだ/人生の優先順位/祖母の涙STEP4│ぬかるみを歩く18ハレルヤ!夢の出版契約/噓と失敗の悪循環/下心を抱いて19グランパ・ウォーレンバフェットの魅力/バフェットの選択/脚注14を読め20モーテル6粘り強くいけ/1対1の勝負だ/片方だけの革靴/1つの的に執着するな/2日後、オマハ、冬の嵐21カエルにキスをしろセグウェイの発明者/2週間後、ニューハンプシャー州マンチェスター/ぬかるみを歩くコツ/別の解決策を探る22株主総会3週間後、ネブラスカ州オマハ/どのステーションが正しい?/バフェット登場!/アンドレの質問/いっせいの大爆笑/実績で納得してもらおう/噓つきは誰だ?23ミスター・キーング!最大の奇跡/理由まで深く考えろ/カル・フスマンに出会う/バン!バン!バン!24最後のチャンス4週間後、カリフォルニア州ロングビーチ/リチャード・ソール・ワーマン/機は熟したSTEP5│サードドアを開けて

25聖杯1現代のスーパーヒーロー/グラッドウェルの励まし/ゲイツのコールドコール26聖杯2ゲイツのオフィスへ/なだれにのまれる/売り込みのコツは?/ゲイツの交渉術/〝善処します〟27サードドア2カ月後、収納部屋/ノーに決まってるだろ/1週間後、セントラルパーク/マットがくれたチャンス28成功を考える1カ月後、ロサンゼルス/ウォズニアックのイタズラ/幸せって何だろう?29生涯見習い3週間後、フロリダ州マイアミ/ピットブルの挑戦力/王様と見習い30偏見と葛藤2週間後、サンフランシスコ/ジェーン・グドールの困難/いつだって、男ばかりだ31闇を光に変える姉妹からの苦言/マヤ・アンジェロウの人生/雲の中の虹/それがいつか、天職になる/楽に書かれた本は読みにくい/たいていのことは、学べる32死に向き合ってジェシカ・アルバの第1歩/ガンなんて、最っ低ね/2つの山頂に登るカギ/置かれた場所で輝く33僕は詐欺師?ザッカーバーグの返事/翌日、カリフォルニア州パロアルト/VIP用入り口の前で/痛恨のエラー34伝説のプロデューサークインシー・ジョーンズ/啓示を受ける/失敗は最高の贈り物/成功と失敗は同じもの35レディー・ガガ3カ月後、テキサス州オースティン/ガガの苦悩/ゲームに飛び入る/シンク・ディファレント/創作という名の反抗/決断は自分の手の中に謝辞

「さあこちらへ……」うながされて大理石の床に踏み出し角を曲がると、ロビーがあった。床から天井まである窓がキラキラと輝いている。下を見るとヨットが漂い、穏やかな風が海岸を包んでいる。マリーナを照らす午後の日差しが反射して、ロビーは明るい空の光に満ちていた。僕はアシスタントにくっついて通路を進んだ。オフィスのソファには、最高にイカしたクッションが置かれている。コーヒースプーンまでもが見たこともないような輝きを放ち、会議室のテーブルなんて、まるでミケランジェロが彫ったみたいだ。長い廊下に入ると、壁沿いに何百冊もの本が並んでいた。「彼は全部読んだのよ」とアシスタントは言った。マクロ経済学、コンピュータ・サイエンス、人工知能、ポリオの根絶。アシスタントは排泄物のリサイクルに関する本を取り出して僕の手に置いた。汗ばんだ手でそれをめくると、ほぼどのページにも下線が引かれ、余白には殴り書きがしてある。僕は思わずにやりとさせられた。小学5年の子どもが書いたような字だ。通路をずっと進んでいくと、「そこで待っていて」とアシスタントが言った。僕はじっとそこに立って、目の前にそびえ立つすりガラスのドアを見た。どれくらい分厚いんだろう。触ってみたい気持ちを抑えて待っていると、ここに至るまでのあらゆることが脳裏をよぎった。プロデューサーの赤いスカーフ、サンフランシスコのトイレ、オマハに送った黒い革靴、モーテル6のゴキブリ。そしてドアが開いた。「アレックス、ビルがお待ちよ」彼は僕の正面に立っていた。ボサボサの髪で、シャツをズボンにたくし入れ、ダイエットコークを飲んでいる。挨拶しなきゃと思ったが、言葉が出てこない。ビル・ゲイツは「やあ、ようこそ」と言って微笑み、眉を上げた。「さあ、入って……」3年前、大学1年のとき、寮の部屋で机に山と積まれた生物学の本に背を向けて、僕はベッドに寝転がった。勉強しなきゃとは思うが、本を見れば見るほど、ベッドにもぐりたくなってしまう。右に寝返ると、壁にはUSC(南カリフォルニア大学)のフットボールのポスターが貼ってある。貼ったときはまぶしい色だったのに、今はくすんで壁の色になじんでいる。僕は仰向けになって、何も言わない白い天井を見つめた。〝いったいどこで間違ったんだろう?〟物心ついたときから、僕は医者になるつもりでいた。ペルシャ系ユダヤ人の移民の息子として生まれたら、そうなるしかない。母の子宮から出てきたときに、僕のお尻にはMD(医学博士)のスタンプが押されていた。小学3年生のハロウィンの日には、学校に手術着を身につけて行った。僕はそんな子どもだった。学校では決してトップの成績ではなかったけれど、安定してBマイナスで、授業の要点をまとめたクリフノート(教科書ガイド)ばかり読んでいた。オールAじゃなかった分、常に目ざとくアンテナを張ってカバーした。ハイスクールでは病院でボランティアをし、科学の追加授業をとるなど、「必須課題」をこなして点数を稼いだ。SAT(大学進学適性試験)の成績にも執着した。落ちこぼれたくないと必死になるあまり、自分にとって必要なことは何かなんて、考えることもなかった。だから大学に入ったときには、そんな自分が1カ月後に、朝ベッドからなかなか起き出せなくなるなんて、思いもしなかった。疲れていたんじゃない。退屈していたんだ。それでも何とか、重い足を引きずって授業には出席し続けた。黙って群れに従う羊のような気分になりながら、医学部進学課程の必須課題をこなしていった。そして今、僕はベッドに寝転がって天井を見つめている。答えを探しに大学に来たっていうのに、湧いてくるのは疑問ばかりだ。〝本当のところ、僕は何に興味があるんだ?何を専攻したいんだ?どう生きたいんだ?〟僕はまた寝返りを打った。生物の本は『ハリー・ポッター』シリーズに登場するディメンターのように、生気を吸いとっていく。本を開くのが億劫になればなるほど、ますます両親のことが頭をよぎる。両親はテヘラン空港を突破して、難民としてアメリカに逃れてきた。何もかも犠牲にして、僕に教育を与えるために。南カリフォルニア大学(USC)から入学許可が届いたとき、母からはお金に余裕がないから通わせられないと言われた。うちは貧しかったわけじゃないし、僕は高級住宅街のビバリーヒルズで育ったのだが、多くの家庭と同様に、うちの生活には光と影があった。恵まれた地域に暮らしていたものの、両親は家のために二つのローンを抱えていた。家族旅行にも行けたけれど、旅行から帰ってくると「ガス止めます」という通知が玄関に貼られていることもあった。母が僕を大学に通わせてくれたのは、父のおかげだ。入学手続期限の前日に、父が目に涙を浮かべて、生活のやりくりのために何でもするからと、ひと晩かけて母を説得してくれたのだ。それなのに僕はこんなざまだ。ベッドに寝転がって本で顔を覆い、父に恩を仇で返している。

部屋の向こうに目をやると、ルームメイトのリッキーが小さな木の机に向かって宿題をしている。会計機みたいに口から数字を吐き出しながら。彼がカリカリと鉛筆を走らせる音は、僕をあざ笑っているかのようだ。彼の前には道が開けている。僕だって道が欲しい。でも目の前にあるのは道じゃなく、呼びかけても返事をしない天井だけだ。そういえば、前の週末にこんなやつに会った。キャンパスから数マイル離れたところで、アイスクリーム売りのバイトをしていた男だ。彼はリッキーみたいに机に向かい、リッキーみたいに数字を吐き出して、1年前に数学の学位を取得してUSCを卒業していた。大学の学位なんて、何の保証にもならない。そう理解し始めていた。僕は教科書に背を向けた。〝勉強なんて絶対やりたくない〟また寝返りを打った。〝でもパパとママは僕が勉強に専念できるように、すべてを犠牲にしてくれたじゃないか〟天井は沈黙したまま、何も答えてくれない。僕はうつぶせになって枕に顔をうずめた。ミッションを始めよう翌朝、生物の本を小脇に抱えて、とぼとぼと図書館に行った。勉強しようにも、体内のバッテリーは切れたままだ。何か刺激をくれるきっかけがほしい。イスをひいて立ち上がり、ふらふらと伝記のコーナーに行ってビル・ゲイツの本を取り出した。ゲイツみたいな成功者の本なら、心に火をつけてくれるんじゃないか。そしてそうなった──思いもよらないかたちで。そこには、僕と同じ歳で会社を立ち上げ、世界で最も価値ある会社へと育て上げた男がいた。彼は産業界に革命を起こし、世界一の金持ちになった。その会社、マイクロソフトのCEO(最高経営責任者)の座を降りた彼は、世界で最も寛大な慈善家となった。ビル・ゲイツが成し遂げたことを考えると、エベレストのふもとに立ってはるか山頂を見上げている気分になる。〝彼はいったいどうやって登頂の第1歩を踏み出したんだ?〟僕はただそれだけを思っていた。そして気がつくと、成功者の自伝を次々にめくっていた。スティーヴン・スピルバーグは、映画監督というエベレストの山頂にどうやって到達したのか。映画学校では認められなかった若者が、どうやってハリウッド史上最年少で大手スタジオの監督になれたのか。19歳のレディー・ガガは、ニューヨークでウエイトレスをしながら、どうやってレコード契約にこぎつけたのだろうか。僕は図書館に通いつめ、答えが書いてある本を探した。でも数週間が過ぎても、何も得るものがない。これだと思うような、人生の始まりに的を絞った本は1冊もなかった。知名度もなくまだ無名で、誰と面会できるわけでもない。そんな時に、どうやって彼らはキャリアの足がかりを見つけたんだ?そのとき、能天気な18歳の思考にスイッチが入った。〝誰も書いていないなら、いっそ自分で書くのはどうだ?〟バカな思いつきだ。期末のレポートだって1枚もまともに書けなくて、真っ赤に直されて返ってくるのに。やっぱりやめよう。そう決めた。でも日を追うごとに、そのアイディアが頭から離れなくなった。僕の関心は本を書くというよりもむしろ、答えを探す旅──〝ミッション〟を開始することにあった。もしビル・ゲイツ本人と話ができたなら、きっと伝説の聖杯のようなすごいアドバイスをもらえるに違いない。友人たちにこの考えを打ち明けてみた。天井を見つめていたのは、どうやら僕だけじゃなかったみたいだ。彼らも懸命に答えを知りたがっていた。〝なら、みんなを代表して僕がミッションを始めてみようか?〟ビル・ゲイツに連絡を取ってインタビューしたらどうだろう。時代を築いた有名人たちに会いに行き、その旅で得たことを本に書いて、同世代の人たちとシェアするのは?問題は、どうやって費用を工面するかだ。あちこち回って有名人たちにインタビューするには金がかかるが、そもそも僕には金がない。授業料もあるし、成人式の費用だって用意しなくちゃいけない。何か方法はないだろうか。0・3%に賭ける秋の期末試験が始まる2日前の夜、図書館に戻った僕は気晴らしにフェイスブックをチェックした。すると友人が、賞品の正しい値段を当てるテレビ番組『プライス・イズ・ライト』の無料入場券についての記事を投稿していた。この番組の収録は、大学からわずか数マイル先で行われている。子どもの頃、病気で学校を早退したときに家で見ていた有名な番組だ。客席から選ばれた人たちがその場で賞品を見せられ、値段を言う。実際の値段に一番近い値段を言った人が勝者となり、その賞品をもらえる。僕は番組を最後まで見たことがなかった。どれくらい難しいんだろうか。〝ひょっとして……ひょっとしたら、ミッションの資金が得られるかも〟いや、バカげてる。番組の収録は明日の朝だ。期末試験の勉強があるだろ?でもその考えが頭から離れない。これはひどい考えだと自分を納得させるために、最高のシナリオと最悪のシナリオをノートに書き出してみた。最高のシナリオ1ゲットした賞品を売って、ミッションの資金を手に入れる。最悪のシナリオ1期末試験に落ちる。2医大に上がる道を台なしにする。3母に嫌われる。4というか……母に殺される。5テレビで太って見える。6みんなにからかわれる。7番組にすら出られないで終わる。勝率を計算しようとネットで検索してみた。客席にいる300人の中で勝つのは1人だそうだ。携帯で計算すると、確率は0・3パーセント。はいはい、だから数学は嫌いなんだ。携帯の画面に映った0・3パーセントという数字を見てから、机に積まれた生物学の本に視線を移した。頭をよぎるのは、ひょっとして……という考えばかり。

誰かが僕の心にロープを巻きつけて、ゆっくり引っ張っているような気がした。ここは冷静に行動しよう、勉強しようと心に決めた。期末試験の勉強じゃない。『プライス・イズ・ライト』で勝つ方法を学ぶんだ。

『プライス・イズ・ライト』では、番組が始まるとすぐにナレーターが「さあ出番だ!」と登壇者の名前を呼び上げ、カラフルな服を着たキャラの濃い人がテレビ画面いっぱいに映し出される。演出では、彼らは客席からランダムに選ばれるかのように見える。でも明け方4時頃にグーグルで「『プライス・イズ・ライト』に出演する方法」を調べたら、ランダムな選出なんかじゃないことがわかった。プロデューサーが事前に観客1人ひとりにインタビューして、ふさわしい人を選んでいるのだ。もしプロデューサーがその人を気に入ったら、その人の名前はリストに書き込まれ、そのリストは離れて様子を観察している「影のプロデューサー」に渡される。もし影のプロデューサーもその人を気に入れば、リストにあるその人の名前にチェックが入る。そうなれば合格ということで、ゲームに参加できる。運じゃなく、ちゃんとした段どりがあったんだ。スタンの赤いスカーフ翌朝、僕はクローゼットを威勢よく開けて、手持ちで一番派手な赤のシャツとダボダボのジャケットを身につけ、蛍光イエローのサングラスをした。太った鳥のオオハシみたいに目立つ。完璧だ。車でCBSスタジオに向かい、駐車場に停めて受付へと向かった。誰が影のプロデューサーだかわからないから、誰とでも分け隔てないように接した。警備員とハグし、清掃員とダンスして、年配の女性たちにはお世辞を言った。ブレイクダンスも踊った。踊り方は知らなかったけど。僕はスタジオ入り口の前にできた参加希望者の列に並んだ。列が進み、やっと僕の番が来た。〝いた。彼がプロデューサーだ〟僕は前の晩に、何時間もかけて彼のことを調べ上げた。名前はスタンで、参加者の選別が彼の仕事だ。彼の出身地や通った学校のことまで調べた。クリップボードを愛用しているが、決してそれを手に持つことはないことも。そのクリップボードを持っているのは、彼の後ろに座っているアシスタントだ。お眼鏡にかなった参加者がいると、スタンはアシスタントの方を向いてウィンクする。そして彼女がその人の名前を書き入れるのだ。案内係が、僕ら10人に前に出るように合図した。スタンは僕らから3メートルほど離れて、1人ひとりの前を順番に歩いていく。「名前は?出身は?仕事は?」彼の動作にはリズムがある。公式には彼はプロデューサーだが、僕にはガードマンに見える。彼のクリップボードに僕の名前が記入されないと、中には入れないのだから。そして今、そのガードマンが僕の正面に来た。「どうも、アレックスといいます。ロスの出身で、USCの医学部進学課程の学生です」「医学部進学課程?じゃあ勉強漬けだね。『プライス・イズ・ライト』を観る時間なんてよくあるね」「プライ……何?ああ、それって僕が出る番組のこと?」僕のジョークに、彼は愛想笑いすら浮かべなかった。立て直さなくちゃ。前に読んだビジネス書に、体が触れ合えば関係が急接近すると書いてあった。ひらめいた。スタンに触れるべきだ。「スタン、スタン、こっちに来て!シークレット・ハンドシェイク(仲間うちだけのあいさつ)したいんだ!」彼は目を丸くした。「スタン!さあ!」彼が近づいてきて、僕たちは手を叩き合った。「ダメダメ、そうじゃなくて。やり方が古いよ」含み笑いをしたスタンに、僕はやり方を手ほどきした。彼はちょっと笑って、番組ではがんばってと言って去っていった。アシスタントにウィンクすることはなく、彼女がクリップボードに記入することもなかった。そんな感じで終わるところだった。それはまるで、目の前に夢があってあともう少しでつかめるというところで、それが砂のように指のすき間からこぼれ落ちて消えていくような瞬間だった。もう1回チャンスがあれば、夢をつかむことができた。それがわかっているだけに、なおさら最悪だ。自分でもよくわからないうちに、僕は腹の底から叫んだ。「スタン!スタアアアアン!」参加者全員がこっちを見た。「スタアアアアアアアアン!戻ってきて!」

スタンは走って戻ってきて、ゆっくりうなずき、「しょうがないなあ、君は。で、今度は何だい?」とでも言いたげな表情を見せた。「えっと……ええっと……」僕は彼の頭のてっぺんからつま先までを見た。彼の服装は、黒のタートルネックにジーンズ、赤い無地のスカーフだ。言葉が出てこない。「えっと……ええっと…………そのスカーフだけど!」彼はけげんそうな顔をした。本当に言葉が出てこない。僕は大きく息を吸い、ありったけの注意を集中させて彼を凝視しこう言った。「スタン、僕はスカーフのマニアで、寮の部屋には362本もあるんだけど、1本なくなってるんだ!そのスカーフ、どこで手に入れたの?」緊迫した空気が解けてスタンは吹き出した。僕のもくろみはお見通しのようで、僕が言った内容よりも、僕の必死さを笑っているようだった。「ああ、それなら、このスカーフをあげるよ!」と彼はジョークで返し、スカーフを取って僕に差し出した。「あっ、そうじゃなくて」と僕は言った。「ただどこで手に入れたか知りたくて」彼は一瞬微笑んでアシスタントの方を向き、彼女はクリップボードに何かを書き入れた。値段は低めに僕はスタジオ入り口の前に立って、ドアが開くのを待った。若い女性が歩きながら、僕らの様子と名札を見ているのに気づいた。後ろのポケットからラミネート加工のバッジをのぞかせている。きっと彼女が影のプロデューサーだ。僕が彼女を見つめ、変顔を見せて投げキスをすると、彼女は笑い出した。それから、1980年代に流行ったスプリンクラーダンスをやってみせた。彼女はさらに笑い、僕の名札を見て、ポケットから紙を取り出しメモをとった。僕は最高の気分になったが、そのとき気づいた。番組に出る方法までは徹夜で調べたけれど、肝心のゲームのやり方を知らないことに。そこで携帯を取り出して、グーグルで「『プライス・イズ・ライト』のルール」を検索した。でもその30秒後に、警備員に携帯を取り上げられてしまった。あたりを見回すと、警備員が全員から携帯を没収している。入場のための金属探知検査を終えた後で、僕はベンチにどしんと腰を下ろした。携帯がなきゃこっちは無防備も同然だ。隣に座っていた年配で白髪の女性が、どうしたのと聞いてきた。「バカだと思われるでしょうが……」と彼女に言った。「かなえたい夢があって、資金を得ようとここまでやって来たんです。でも番組を最後まで見たことがなくて、携帯も取り上げられたので、番組がどう進行していくのかわからなくて──」「あら、坊や」と言って彼女は僕のほっぺをつねった。「私なんかこの番組を40年前から観てるのよ」僕はアドバイスを求めた。「まあ、あなたを見ていると、何だか孫を思い出すわ」彼女は前のめりになってこう耳打ちした。「値段は必ず低めに言うのよ」彼女によると、ルール上、1ドルでも実際の値段を上回る値段を言ったら負けらしい。逆に、例えば1万ドル下回る値段を言っても、対戦相手がそれより低い値段を言ったら勝てるということだった。彼女は説明を続け、僕は何十年分の番組の歴史を脳にダウンロードしている気分だった。するとひらめきがあった。彼女にお礼を言って、左にいる男性の方を向いてこう言った。「どうも、アレックスです。18歳です。番組を最後まで通して観たことがないんです。アドバイスをいただけないでしょうか?」それから別の人に声をかけた。また別の人たちにも。大勢の中に飛び込んで、参加者の半数近くに声をかけ、「クラウドソーシング」さながらに知恵を求めた。さあ出番だ!ついに、スタジオ入り口のドアが開いた。中に入ると、1970年代にタイムスリップしたみたいだった。ターコイズブルーと黄色の幕が壁から垂れ下がり、金や緑の電球がその垂れ幕の間で点滅している。後ろの壁に描かれているのはサイケデリック模様の花。あとはディスコのミラーボールがあったら完璧なのに。テーマミュージックが流れ出し、僕は席に着いた。ジャケットと蛍光イエローのサングラスをイスの下に置いた。オオハシみたいな外見はもういらない。さあ、ゲームの始まりだ。僕は頭を垂れ、目を閉じて顔を手で覆った。神に祈る時間があるとすれば、今だろう。すると上の方から、低いガラガラ声が聞こえてきた。やたら語尾を伸ばしている。声はますます大きくなった。神の声じゃない。神は神でも、TVの神の声だ。はじまるぜええええ、ハリウッドのCBSにあるボブ・バーカー・スタジオから、『プライス・イズ・ライト』をお届けしまあああす!……司会はドリュー・キャリー!そしてテレビの神が、最初の4人の出演者の名前を呼んだ。僕は1人目でも、2人目でも、3人目でもなかった。きっと4人目だ。来るぞ。イスから立ち上がろうとしたけど……僕じゃなかった。4人の参加者がそれぞれ解答者席についた。このラウンドでは、ハイウエストのママ・ジーンズをはいた女性が勝利し、ボーナスゲームに進んだ。ショーが始まって4分が過ぎ、空席になったママ・ジーンズの解答者席を埋めるために、神が5人目の参加者を呼んだ。アレックス・バナヤン、さあ出番だ!僕が客席から飛び出すと、一斉に笑いが起こった。みんなとハイタッチをしながら通路を進んでいくとき、まるで観客はみな僕の親せきのような気がしてきた。そこにいるいとこたちはみんな僕が何もわかっていないのを知っていて、この先に何が起きるか、ワクワクしながら待っているんだ。席について息つく暇もないうちに、ドリュー・キャリーが神に聞いた。「次の賞品は?」モダンなレザーチェアと長椅子!「さあ、アレックス」とドリュー。〝値段は低めに、低めにだ〟「600ドル!」と僕は言った。観客は笑い、別の参加者たちも値段を言った。実際の価格は1661ドルだった。勝ったのは若い女性で、跳び上がって大声を上げた。大学のキャンパスにあるバーに行けば、彼女みたいな子が必ずいる。テキーラを一気飲みして、そのたびに「ウーーーーー」と叫ぶような子。ウー・ガールだ。ウー・ガールがボーナスゲームをやった後、次のラウンドが始まった。神の声だ。

ビリヤード台!〝いとこが持ってたビリヤード台、いくらくらいだったっけ……〟「800ドル!」と僕。他の参加者たちは次々と僕より高い値段を口にした。ドリューが明らかにした値段は1100ドル。他の参加者たちの値段は、みんなこれより高かった。僕がボーナスラウンドに進出だ!「アレックス!」とドリューは声を響かせた。「さあこっちへ」僕は解答者席からステージへと移った。ドリューは僕の赤シャツに付いていたUSCのロゴをちらりと見た。「ようこそ。USCに通っているんだね。何を勉強してるの?」「経営学です」。反射的に僕は言った。半分は本当だ。経営学も勉強しているし。でも全国放送のテレビに出て、なぜ医学部進学課程という真実を言わなかったのだろうか。自分でも気づいていない本音がぽろっと出たのかもしれない。それを気にする間もなく、神が僕のボーナスゲームの賞品を紹介した。最新のスパ・セット!このセットには、LEDライトのついた浴槽、滝、それに6人がけの寝椅子が含まれている。大学1年の僕にとっては、まばゆい黄金みたいなものだ。寮の部屋にはどうにも似つかわしくない。値段なんてわからない。8通りの値段を見せられた。正解を選べば、スパ・セットは僕のものだ。4912ドルを選んだが、実際の値段は……9078ドルだった。「アレックス、少なくともビリヤード台は君のものだ」とドリューは言って、カメラに顔を向けた。「チャンネルはそのままで。次は回転盤のコーナーです!」CMに入って番組は中断した。制作アシスタントが直径約4・5メートルの回転盤をカートに乗せてステージまで運んできた。キラキラ点滅する明かりのついた、巨大なスロットマシンみたいなやつだ。「あのう、すいません」と僕は制作アシスタントの1人に声をかけた。「ごめんなさい、ちょっといいですか。誰がこの回転盤を回すんですか?」「誰かって?君だよ」彼が言うには、最初のラウンドを勝ち抜いたママ・ジーンズ、ウー・ガール、僕の3人が回転盤を回す。これには5の倍数の、20種類の数字が書いてある。最大の数字は100だ。3人の中で、一番大きな数字を出した人が、ショーケースという最終ラウンドに進める。最大の100を出した人は、追加で賞金ももらえるそうだ。テーマミュージックが流れ出し、僕はポジションについた。ママ・ジーンズとウー・ガールに挟まれている。ドリュー・キャリーは歩み寄ってマイクを掲げた。「ゲームを再開しましょう!」ママ・ジーンズが最初だ。彼女が前に出て回転盤を回した……チッ、チッ、チッ……80。客席から歓声が上がる。これがかなり大きい数字なのは僕でもわかる。次は僕だ。前に出て回転盤を回した……チッ、チッ、チッ……85!客席から、会場を揺らすような大喝采が沸き起こる。次はウー・ガールの番だ。結果は……55。僕は「やった」と両手を挙げようとしたが、客席が静まり返っているのに気づいた。ドリュー・キャリーがウー・ガールにもう1回チャンスをあげたのだ。彼女がもう一度回転盤を回す。ルールでは、2回の数字の合計が、僕が出した85より上で、かつ100を超えないなら彼女の勝ちとなる。彼女の数字は……またもや55だ。僕が勝った!「アレックス!」とドリューが叫んだ。「君がショーケースに進出だ!番組はさらに続きます!」ショーケース僕はステージ脇に案内され、壇上では、最終ラウンドのショーケースで僕と対戦することになる参加者がしのぎを削っていた。僕らと同じように、最初のラウンドをこなし、ボーナスゲームに出て、回転盤のコーナーをクリアする。20分後、僕の相手が決まった。名前はタニーシャだ。彼女の勝利は圧倒的だった。まるで品ぞろえが自慢の大型小売店コストコで、値札を調べるのに人生を捧げてきたみたいだ。彼女は1000ドルの旅行カバンセットと、日本への旅行費1万ドルをゲットし、回転盤では100を出した。そんなタニーシャと闘うなんて、旧約聖書に出てくる巨人ゴリアテに挑むダヴィデみたいなものだ。しかもダヴィデの僕には、頼みの武器である投石器もない。最終ラウンドに入る前のCMの最中、僕は今までこの番組を観たことがなかったんだとあらためて実感した。客席の誰も僕がここまでくるとは思っていなかったから、ショーケースについてアドバイスをくれなかった。タニーシャがやってきた。僕は握手しようと腕を伸ばした。「がんばって」と僕は言った。彼女は僕を上から下まで眺めてこう言った。「それはあなたの方でしょ」彼女の言うとおりだ。こうしちゃいられない。僕はドリュー・キャリーのところに行って両腕を広げ、「ドリュー、僕、あなたが司会していたTV番組『フーズ・ライン・イズ・イット・エニウェイ?』が大好きでよく見てたんです!」と言って彼をハグした。彼は後ろにのけぞり、けげんそうに片手でポンと僕を叩いた。「ドリュー、ショールームってどんなコーナーだか教えてください」「そもそも、ショーケースだよ」彼は幼稚園児に語りかけるように説明してくれたが、僕が理解する前に再びテーマミュージックが流れ始め、僕はダッシュで解答者席に戻った。マシンガンサイズの6台のカメラが僕の方に向けられる。目もくらむような白いライトが上から浴びせられた。左側ではタニーシャが踊っている。〝ちくしょう、こっちは今晩図書館で勉強しなきゃならないのに〟右側では、ドリュー・キャリーがネクタイを直している。〝ヤバい、ママに殺される〟音楽が大きくなった。僕は客席にいる、僕のほっぺをつねった年配の女性に気づいた。〝集中だ。アレックス、集中しろ〟

「ゲームの再開です!」とドリューが切り出した。「アレックス、タニーシャ、さあ始めよう!グッドラック」みんなと答える神の説明が始まった。まずは僕の番だ。ジェットコースターに乗って、いざアクション・アンド・アドベンチャーの世界へ!まずは、カリフォルニアのマジックマウンテンへの旅!僕は興奮のあまり、この説明を最後まで聞き取れなかった。〝テーマパークのチケットってどれくらいだっけ?50ドルか?〟そのとき聞き逃したのは、それがVIP用の優待パスポートで、ペア食事代も込みだという情報だった。次の説明では、「何とかかんとか、フロリダへの空の旅!」しか聞き取れない。飛行機のチケットなんて買ったことがない。〝いくらだろう?100ドル?いや……数百ドルか?〟またしても、レンタカーと一流ホテルに5泊付きというパッケージ部分を聞き逃してしまった。さらに、体が宙に浮く無重力体験を!これも遊園地の乗り物なんだろうか。〝いくらだ?もう100ドル足すか?〟後でわかったのは、これはNASAが宇宙飛行士の訓練に使う装置で、15分体験するのに5000ドルかかるということだった。そして最後に……この素敵なヨットで大海原の冒険をご堪能あれ!ドアが開いて、手を振るスーパーモデルと一緒に、輝くパールホワイトのヨットが登場した。ようやく気を落ち着かせてよく見ると、ヨットは比較的小さいもののようだ。〝4000、いや、いっても5000ドルか?〟またしても聞き逃したのだが、そのヨットは全長約5・45メートルの「カタリナ・マークⅡ」で、船内には居室と客室が備わっていた。このショーケースで勝てば、一瞬たりとも退屈しないマジックマウンテンの旅、フロリダの休日、新品のヨットが待っている。正しい値段をつけたなら、すべて君のものだ!観客の喝采がスタジオの壁にこだました。吊り下がったカメラが前後に揺れる。合計額を計算すると、ある数字が浮かんだ。ズバリな気がする。僕は前かがみになってマイクをつかみ、ありったけの自信をかき集めてこう言った。「6000ドルだ、ドリュー!」しーん。客席がなぜ静まり返ったのか、わからない。僕はその場に立ち尽くし、数分間も過ぎたような気持ちになった。ドリュー・キャリーの方に目をやると、困惑して、あっけにとられたような表情を浮かべている。どうやら、ドリューも僕の答えを真に受けていないらしい。そうか、やっと事情を飲み込めた。僕は背中を丸めてマイクに手を伸ばし、おどおどと言った。「まあその……冗談だけど」客席から一斉に拍手が起きた。ドリューは我に返り、本気の答えを求めた。〝いや、マジで答えたんだけどな……〟僕はヨットを見て、それから客席の方を見た。「みんな、僕を助けて!」彼らのヤジが大きな笑い声に変わった。「アレックス、答えてくれよ」。ドリューがせっつく。客席からは繰り返しある数字が聞こえ始めたが、「サ」以外の音を聞き取れない。「アレックス、答えを」僕はマイクをつかんだ。「ドリュー、客席のみんなと一緒に答えるよ。3000ドル!」ドリュー・キャリーはすかさず言った。「3000ドルと、3万ドルでは大きく違うけど?」「そう……もちろん、わかってるさ!ちょっとからかっただけだよ」僕は独り言を言っているように客席に話しかけた。「2万ドルだと思うけど、それより高いかな?」観客はイエーース!と叫んだ。「3万ドルかな?」イエーーーーース!「2万9000ドルだと?」ノーーーーーーー!僕は「わかった」と言ってドリューを見た。「みんなが3万ドルって言ってる。僕の答えは3万ドルだ」ドリュー・キャリーはその値段を僕の答えとした。135ドル差で……「タニーシャ」と彼は呼びかけた。「次は君の番だ。がんばって」タニーシャはゾーンに入っていた。彼女は踊り続けていて、一方の僕はずっと汗をかいている。新品のバギー、オフロードを楽しむアリゾナの休日、新車のトラック。正しい値段をつけたなら、すべて君のものだ!彼女が値段を答え、正解が発表されるときが来た。「タニーシャ、まずは君からだ」とドリュー。「アリゾナ州フェニックスへの旅と2011年型ダッジラム・トラック。君の答えは2万8999ドルで、小売価格は……3万322ドルだ。差は1323ドル!」タニーシャは後ろに反り返り、天に向けて腕を高く上げた。〝まあ、しょうがないか〟と僕は思っていた。〝最終試験が始まるまで、あと24時間ある。スタジオから直接図書館まで車を飛ばせば、生物の勉強に6時間使えるし、3時間あれば……〟ドリューが僕の賞品の小売価格を発表した。客席からこの日一番の歓声が上がる。プロデューサーたちが、身振りで僕に「笑って!」と言っている。僕は身を乗り出して解答者席の前にある数字をチェックした。

僕の予想は3万ドル。小売価格は……3万1188ドル。135ドル差で、タニーシャに勝ったのだ。試験前夜の不安を浮かべていた僕の顔は、宝くじに当たったときの歓喜の表情へと変わった。僕は解答者席から飛び出してスーパーモデルとハグし、ドリューとハイタッチをしてヨットに駆け寄った。ドリュー・キャリーが振り返って、カメラに視線を戻した。「『プライス・イズ・ライト』を観てくれてありがとう。それではまた!」

手に入れたヨットは船舶ディーラーに1万6000ドルで売れた。大学生にしたら、100万ドルに匹敵するくらいの大金だ。僕は金持ちになった気分で、メキシカンのチェーン店「チポトレ」で友人全員におごった。〝ここならグアカモーレは食べ放題だ!〟でも休日が終わり、春学期のために学校に戻ると、パーティは終わった。医学部進学課程の授業という現実から目を背けることはできなくなったのだ。同時に、ビル・ゲイツと会って学べたらどんなにいいだろうと考えるようになり、夏までの日数を指折り数えた。夏が来れば、すべての時間をミッションに充てられる。二者択一学校が夏休みに入る直前、医学部進学課程のアドバイザーと定例の面談を行った。彼女はコンピュータをクリックして、僕の記録を眺め、チェックの入っていない必須課題を調べた。「えー…あれっ、アレックス、ちょっと問題があるわ」「どんな?」「単位が足りてないみたい。医学部進学課程にとどまるには、この夏に化学の授業をうけなくちゃ」「無理です!」話を聞き終わるより先に、言葉が出てしまった。「そのう、つまり別の計画がありまして」アドバイザーはゆっくりイスを回転させ、コンピュータから僕へと視線を移した。「ダメ、ダメよ、アレックス。医学生なら別の計画なんて言っていられない。来週水曜までに化学の受講を申し込むか、医学部進学課程を去るかのどちらかよ。続けるか、あきらめるかね」僕はとぼとぼと寮の部屋に戻った。白い天井、USCフットボールチームのポスター、生物の本。いつもの退屈な光景がそこにある。ただ今回だけは何かが違った。僕は机に座って、両親宛てに、専攻を医学からビジネスに変えたいというメールを書いた。だがキーボードを打っていくうちに、言葉に詰まってしまった。ほとんどの人にとって、専攻を変えるなんてたいしたことじゃないだろう。でも僕にとっては一大事だ。両親は何年も前から、僕が医学部を卒業するのが一番の夢だと言い続けていた。それだけに、キーボードを打つたびに、2人の夢を打ち砕いているような気がした。それでも意を決してメールを仕上げ、送信した。母の反応を待っても、返事はこなかった。電話をしても、母は電話に出なかった。その週末、僕は車で実家に向かった。玄関を過ぎると、母がリビングのカウチに座って鼻をぐずぐずさせて泣いていた。手にはティッシュを握っている。母の隣には父がいて、姉妹のブリアナとタリアもそこにいたが、僕を見るなりその場を離れた。「ママ、ごめん。でも信じてほしいんだ」母は言った。「医者になる気がないのなら、これから何をして生きていくつもり?」「わからないよ」「ビジネスの学位を取って何をするの?」「わからないってば」「どうやって暮らしていくの?」「だからわからないって!」「そう、あなたはわかってない!何もわかってないのよ。現実の世界がどんなところなのか、新しい国でゼロから生き直すのがどういうことなのか。わかってないの。でも私にはわかる。もしあなたが医者になって、人を救うことができるなら、どこにいたってそうできる。冒険なんてしたところで、何の経歴にもならないわ。その時間を後で取り戻すことはできないのよ」助け船を出してくれないかと父を見たが、ただ首を振るばかりだった。ジューネイマン

週末は感情的な非難を浴び続けた。こういうとき、どうすればいいかわかっている。いつものようにやればいい。僕は祖母に電話した。祖母は僕にとって第2の母みたいな存在だ。子どもの頃、世界で一番好きな場所は祖母の家で、そこにいると安心できた。僕が初めて覚えた番号は、祖母の家の電話番号だ。僕と母が口論になると、決まって僕は自分の言い分を祖母に話し、祖母は、あの子を許してあげなさいと母を諭すのだった。だから今回も、祖母ならわかってくれると思っていた。「私が思うには」と言う祖母の声は、穏やかに僕の耳に響いた。「……ママの方が正しいわ。私たちはアメリカで暮らすために何もかも犠牲にしたの。ちょうど今あなたがすべてを捨て去ろうとしてるみたいにね」「捨てるつもりなんてないよ。大事なことが何かもわからないのに」「ママはあなたに私たちの二の舞をさせたくないのよ。革命が起きたら、お金だけじゃなくて仕事まで奪われる。けれど医者になれたら、あなたが得た知識まで奪われることはない」「でも医学が好きじゃないなら」と祖母は続けた。「仕方ないわね。ただし、この国では大学の学位だけでは足りないわ。修士号を取らないと」「そういうことなら、MBA(経営学修士号)を取るか、ロースクール(法科大学院)に行くよ」「ならいいわ。でも言っておくけど、あなたには世間の若者みたいに、自分を〝見失って〟世界中に自分探しの旅に出るような人にはなってほしくない」「ただ専攻を変えるだけだよ!MBAとか何か資格を取るからさ」「それがあなたの考えなら、私からママに言っておきましょう。でも約束して。どんなことがあっても、きっと大学を卒業して修士号を取るのよ」「わかった、約束するよ」「ダメ」と祖母の声は強くなった。「『わかった、約束するよ』じゃなく、私の命に誓って『ジューネイマン』と言って。修士号を取ると」ジューネイマン(joonehman)はペルシャ語で最も強い約束の言葉だ。祖母は彼女の命にかけて約束してくれと僕に頼んでいるのだ。「うん、誓うよ」「ダメよ。ジューネイマンと言いなさい」「わかったよ。ジューネイマン」ザッポス伝説日に日に暑さが増し、ついに夏が来た。僕は寮の部屋を片付けて、自宅に戻った。でも帰宅した初日から落ち着かない。本気でこのミッションをやりたいなら、それにふさわしいちゃんとした場所が必要だ。その日の夕方遅く、母の寝室のナイトテーブルにあった鍵をつかみ、車で母のオフィスまで行った。階段を上がって母の収納部屋に行き、明かりをつけた。狭くてクモの巣が張っている。古い書棚とボロボロの収納ボックスがあり、ねじの緩んだ木の机とくたびれたイスが置かれていた。僕は収納ボックスを車に積んで自宅のガレージに移した。翌朝、収納部屋の空いたスペースにいくつか本棚を持ち込み、ホコリだらけの床に掃除機をかけ、ドアの上部にUSCの横断幕を掲げた。それからプリンターを設置し、自分の名前と電話番号を記した名刺をこしらえた。僕は机に座り、足を乗せてニヤリとした。マンハッタンの高層ビルの一角に陣取った気分だった。まあ実際は、ハリー・ポッターが暮らした階段下の粗末な部屋みたいなものだけど。最初の週に、アマゾンから何十箱と段ボールが届いた。入っていたのは、ヨットを売った金で買った書籍だ。ビル・ゲイツに関する本を一列に並べた。もう一列は政治家に関する本、さらに起業家、作家、アスリート、科学者、音楽家と列は続く。何時間もかけて本を棚に並べ、僕の土台が次々とできあがった。一番上の棚に置いたのは一冊だけだ。表紙をこちら側に向けると祭壇みたいになった。その本は、『顧客が熱狂するネット靴店ザッポス伝説(DeliveringHappiness)』。同社の最高経営責任者(CEO)、トニー・シェイが書いたものだ。僕が初めて「人生をどう生きるか」という問題にぶち当たった頃、ボランティアでビジネス・カンファレンスの手伝いをした。そのとき配られたのがこの本だ。トニー・シェイが誰なのか、彼の会社がどんな会社なのかも知らなかった。でも大学生は無料で配られる物は何でももらう。僕もそうした。その後、僕が専攻を変えると聞いて両親がヒステリックになり、自分でもそれが正しい選択なのかわからなくなっている今、机の上にあったこの本に気づいた。タイトルに「Happiness」という文字があったので、気晴らしに手に取ったら、一気に読んでしまった。書かれていたのはトニー・シェイの人生の旅だ。たとえすべてが間違った方向に行っても、自分の信じた道を進もうという決意の旅だった。この本を読み、自分でも気づいていなかった僕の中の勇気が目覚めた。彼の夢について読むうちに、僕も無性に自分の夢を追いかけたくなった。だからこの本を一番上の棚に置くことにした。可能性を見失ったときには、この本を見ればいい。収納部屋の片づけが終わる頃に気づいた。そもそも、僕にとっての「最も成功した人」が誰なのか、今まで考えていなかったことに。ミッションのインタビュー相手を、どうやって決めればいいだろうか。夢の大学僕は親友たちに電話してこの問題を伝え、収納部屋に招いた。するとその晩遅くに1人ずつ、まるで先発選手がスタジアムに入場するように順番にやってきた。最初はコーウィンだ。もじゃもじゃの髪を肩まで伸ばし、手にはビデオカメラを持っている。大学で知り合ったコーウィンは、映画制作を学んでいる。彼を見かけるときはいつも、瞑想にふけっているか、地面にねそべってカメラのファインダーをのぞいている。コーウィンなら、ミッションに新鮮な視点を与えてくれるはずだ。次はライアンだ。いつものように携帯を見て、NBA(アメリカ・プロバスケットボールリーグ)のデータを調べている。ライアンと知り合ったのは、12歳の頃の数学の授業。僕が授業をクリアできたのは彼のおかげで、数字に関することなら、彼が頼りだ。それからアンドレ。ライアンと同じように携帯を見ている。彼を知らない人のために言うと、女の子とメールしてるに決まってる。彼も12歳の頃からの友人だが、僕が知る限り、こいつの頭の中は女の子のことばかりだ。次にブランドン。目の高さに構えたオレンジ色の本を読みながら歩いている。ブランドンは1日1冊の本を読む。歩くウィキペディアだ。最後に入場してきたのはケヴィン。満面の笑みを浮かべている。彼が来て収納部屋に活気が満ちた。ケヴィンは僕たちをまとめる活性剤で、オリンピックの聖

火みたいな存在だ。僕たちは床に座ってブレインストーミングを始めた。もし夢の大学を作ることができるなら、誰を教授に迎えようか?「ビジネスはビル・ゲイツに教えてもらおう」と僕が言った。「音楽はレディー・ガガだ」「テクノロジーはマーク・ザッカーバーグだな」とまとめ役のケヴィンが声を張り上げる。「金融はウォーレン・バフェット」。数字に強いライアンが言った。30分ほど語り合ったが、ただ1人、ブランドンだけが誰の名前も挙げなかった。誰かいないのかと彼に聞いたら、持っていたオレンジ色の本を掲げて表紙を指さした。「この人の話こそ聞くべきだ」ブランドンが指差した先に、著者の名前があった。「ティム・フェリス」「誰?」と僕。ブランドンは僕に本を手渡して言った。「読んでみなよ。お前のヒーローになるよ」ブレインストーミングは続いた。映画はスティーヴン・スピルバーグ。メディアはラリー・キング。コンピュータ・サイエンスはスティーヴ・ウォズニアックだ。程なくしてリストが出来上がった。友人たちが帰宅した後、挙がった名前をメモ用紙に書き出し、モチベーションの糧とするため財布に入れた。翌朝ベッドから飛び起きた僕には、これまで以上に強い決意があった。メモ用紙を財布から取り出して、書いてある名前をもう1度しげしげと見つめた。夏の終わりまでに彼ら1人ひとりにインタビューできるんだという根拠のない確信は、僕を突き動かす原動力だった。この後、ミッションの旅がどのように始まるのかわかっていたら、たちまち打ち砕かれて傷つくのがわかっていたら、旅を始めることは決してなかったかもしれない。でも知らないからこそ、思い切ってやれるときがあるんだ。

 

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