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GTD現象

『はじめてのGTD』で私が紹介したシンプルな手法は、自分でも驚くほどの広がりを見せた。同書に書かれているのは、誰もが簡単に理解できる、わかりやすい概念と行動ステップだつた。

なぜ、この手法にこれほどのブームを引き起こす力があったのだろうか。

ブームや社会現象は何の理由もなしに広がることもあるが、GTDについては次の3つの要因があると私は考えている。

1.GTDが、誰にでも理解できる論理的なプロセスとして機能している。

2.GTDは、誰もが持っている日常的な道具を用いて、誰もが思い立ったときに気軽に導入できる。

3.GTDが解決しようとしている問題が世界的な規模で広まりつつある。

目次

G丁Dの考え方には実効性がある

GTDの理論は、机上の空論ではない。さまざまなことが起こりうるビジネスの現場において、その理論と手法が研究し尽くされてきた。

私がやってきたのは、自己管理においてうまくいく手法があったときに、なぜそれが機能するかをとことん考え抜くことだった。

その手法の基礎となる原則さえ突き止めてしまえば、他の場面にも広く応用ができるはずだ、と考えたのだ。

そのような思考から生まれてきた疑間の1つが「頭の中にあることをリストとして書き出すと、なぜそれらに対する意識が変わり、前向きに対処することができるようになるのか」というものだった。

ただリストに書き出しただけであって、自分が置かれている状況そのものは、いっさい変わっていない。それなのに気分が前向きになるのはなぜか。私は次のような仮説を立ててみた。

それは「何かをやらなくてはいけない、という意識が頭の中だけにあると、意識の一部が常にそのことを考えつづけてしまい、そのストレスから生産性が下がってしまう」というものだった。

つまり頭の中にあることを書きだすことでそうしたストレスが軽減されるはず、と考えたのだ。

そしてもしこの原則が正しければ、いつ、どこで誰が使っても同じように効果を生むのでは、とも考えた。

私はこうした試行錯誤を繰り返し、GTDの基礎となる数々の原則を発見することに成功した。「気になること」をどう処理すべきか。「済んでいないこと」を効果的にレビューするにはどうしたらよいか。

こうした問題を深いレベルで理解し、解決していくためにそれらの原則が使えることに気づいたのだ。

IT業界におけるGTDの成功

GTDは特にIT業界において大きな広がりを見せた。

本稿を書いている現在でも、何らかのかたちでGTDに言及しているブログ記事が、英語で書かれているものだけでも1日平均50を超えるペースで増えつづけている。

GTDの原則そのものは、続々と登場してくるハイテク機器やソフトウェアなどとは直接関係のないものだ。にもかかわらず、この業界で働く人たちは熱心にGTDを実践している。なぜ彼らはそうしているのだろうか。

私自身、他の人々と同じくらいの怠け者だが、パソコンが生活の中心になっている人々には特にそういった傾向があるからでは、と私は考えている。

プログラマーは、長時間働かなくて済むようにコードを書く人たちだ。コンピュータはそもそも、物事をより簡単に、より速く、よリパワフルに処理するためのものだ。

より少ない労力でより多くのことを達成するのがこの業界に働く人の目指していることであるとも言える。そして、これはGTDの本質でもある。

だとするならば、この業界の人々がGTDに強く引きつけられるのもうなずける。

プログラミングでは、一貫性のあるルールでコードを書き、その閉ざされた世界の中でありとあらゆる可能性をチェックすることが求められる。

GTDにおいてもそれは同じである。曖味な部分や見逃しなどがあってはならない。GTDは、日常生活において遭遇するあらゆることに、一貫したやり方で対処していくためのシステムである。

GTDの愛好者になったエンジエアの一人は、ある日、次のように教えてくれた。

「デビッド、君はこの世界に起こったことに対処するためのサブルーチンを解き明かしてくれたね」と。

GTDは、時間管理と整理という積年の問題の一部に新たなアプローチを示したうえ、ほとんどの人が最初からあきらめていた、ストレスフリーでありながらも生産性を発揮するという状態を実現している。

また、ある特定の道具やシステムに依存しないのもGTDの大きな特徴である。どのような整理システムやソフトウェアを使っていても、すでに使っているものだけではぼ例外なく導入可能だ。

私が教えているのは、実際にはシステムの使い方ではなく、「システマチックな考え方」である。新しいシステムを購入する必要はない。ふだんから慣れ親しんでいるツールにリスト管理機能があれば、ほとんど用は足りるだろう。

また、GTDが幅広く支持されるようになった結果、多くのエンジエアたちが独自にGTDを実践するための専用アプリケーションを開発しており、その数もすでに数百種類に上っている。ライフスタイルによってはそうした新しいツールを使ってもいいだろう。

他のシステムやモデルが失敗してきた理由

多くの人々がGTDを導入してうまくいっている最大の理由は、これまでまともに機能するモデルがなかったからだと思われる。

同じ目的のもので、GTDほどうまく機能するモデルは、私が知る限り見あたらない。これまでのアプローチは、シンプルすぎたり、不完全だったり、不自然だったりするものが大半だった。

人が「整理術」を身につけたいと思つたとき、それは身の回りのモノの整理だけではなく、同じように気分もすっきりさせたい、という場合が多い。

だが、複雑な現代においては、モノも気分も整理していくためには、シンプルすぎる手法やシステムでは十分ではない。

こうした混沌とした状況をコントロールしていくにはまず、身の回りの整理されていないものをすべて集め、その意味を明らかにしていかないといけない。

そのうえで、それらを適切に整理し、定期的にレビューしていく必要がある。

GTDは、このように頭の中に抱え込んでいるものをすべて書き出してしまってから、それらの意味について考えることを提案した、最初の手法であると私は考えている。

他の手法が抱えているもう1つの問題は、高い水準で自己管理を維持していくためのすべての手法が含まれていないという点だ。

例えば、優先順位を決めることに重点をおいている手法には、同時に優先順位の低い課題をも可能な限り効率的にさばいていくための手法が含まれていないことが多い(現実にはどちらも同じように片付けるべきタスクなのだ)。

また、目標設定を重視している手法では、目標を多層的なレベルから考慮し、それぞれに対して異なったアプローチをとらなくてはいけない、といった見方に欠けている。

私がこれまで見てきた手法やテクニックはすべて、あまりに理論的すぎて複雑な現代社会ではうまく使えないように思える。

これらの手法は、現状を完壁に把握するところから出発し、ガチガチに決めた目標や計画を達成するために必要な行動を確実にこなしつづけなさい、と説いている。

理論的にはもちろん理解できるが、変化のスピードや量が増大しつづける現代において、そんな単純なやり方で何の問題もなく過ごせている人に、私はお目にかかつたことがない。現実はそんなにうまくはいかない。

私たちは周囲と関わりながら生きており、いくつものレベルでさまざまなことの重要度を意識しながら、必要なときに必要なことに注意を向けて状況をコントロールしつづけようとしている。

ところが、実際には常に予期しないことが頻繁に舞い込んでくるし、私たち自身の見通しも常に変化しつづけている。

それらの変化を考慮に入れず、状況に応じて改善していくことができない手法を使っても、それを続けていくことはできない。

だが、GTDにはそれを続けられるだけの柔軟性があるのだ。

障害を取り除くことが優れた設計につながる

GTDがこれほどうまく機能する理由を理解するには、その基本的な設計思想から見ていくのが手っとり早いだろう。GTDでは、障害を取り除くことに何よりも重点が置かれている。

私が長年、疑間に思っていたことがある。どういうわけか、いちばんGTDを必要としていなさそうな種類の人たちが最もGTDに関心を持ち、実践に対して前向きなのだ。

私たちのコーチと契約してワークフローの指導を受ける人の大半は、仕事の効率が低い人たちではない。

むしろ、業績がトップだったり、優れたリーダーシップを発揮していたり、誰よりも効率的に作業をこなせる人たちなのだ。

なぜだろうか。

この人たちこそが、自分たちの整理システムがいかに非生産的なものであるかをいちばんよく理解しており、なんとか生産性を低下させるボトルネックを取り除こうとしているからである。

すでに現状に満足していて、よリスムーズに、より大きな成果を上げていきたいという気持ちのない人は、生産性向上のためのテクニックにはあまり目が向かないはずだ。そこに価値や必要性そのものさえ認めないかもしれない。

GTDが普及している最も大きな理由は、人生や仕事で高いパフオーマンスを発揮している人たちが、自分の整理システムをより効率的にしてくれる、実効性のある新しい考え方を強く求めているためだ。

GTDは複雑な事柄をきちんと取り込める構造になっているうえに、柔軟性も兼ね備えており、事態の拡大や変化、予想外の出来事など、ありとあらゆる問題が起こってくる中でも安定して機能しつづけてくれる。

シンプルで実践しやすい原則

GTDを実践するには、特別なものを買ったり、新しいスキルを身につける必要はない。誰でも今すぐに始めることができる。

GTDの各プロセスで行なっていることはすべて、ごく常識的な考えに根ざした、誰もがふだんからやっているようなシンプルな行動だ。

絶対に必要なものは、書き留める道具と、きちんと働く頭、作ったリストを置いておく場所だけである。

GTDが広まりつづけている理由の1つは、人の営みのごく基本的で普遍的な原則に基づくテクニックを用いており、文化や職業、精神的な違いに依存していない点にある。

私はスタッフと共に長年GTDの普及に取り組んできたが、ある特定のグループが他のグループより効果的にGTDを理解して導入できた、ということはない。

子どもたち、大企業のCEO、アーテイスト、プロジェクトマネージャ、学生、聖職者、定年退職した人たちと、これまであらゆる人々にGTDを指導してきた。

組織でいっても、フオーチュン50社の企業、国際NPO、ハイテクベンチャー、個人事業、政府機関とさまざまだし、業種も金融サービス、公益事業、ヘルスケア、エネルギー、運輸、航空宇宙、メーカー、ハイテク、教育など多岐にわたる。

GTDは、ドイツ、サウジアラビア、エストニア、プエルトリコ、カナダ、ブラジルと、どの国でも同様に受け入れられているし、性格や学習スタイル、性別などでも受け入れやすさに違いはないことがわかっているc

拡大する問題の対策

GTDが一握りの層に向けて、ある特殊な問題を解決するためだけの手法なら、ブームは限定的なものになったはずだ。

また、人生と仕事における大きな課題や深刻な問題を扱っているのでなければ、ここまで広く受け入れられることはなかっただろう。

現在は、多くの人々が、より多くのストレスを抱えているため、集中して物事に取り組むのが難しい状態になっている。

そのような状況の中で、なんとかしてバランスを取り戻さないとまずいという認識が世界的に広まっているのだ。

最終的には、仕事ではなく自由が増えてほしいというのが私たちの願いである。また、増えつづける予想外の事態にもうまく対処できるようになってほしいと感じている。

私たちに必要なのは、物事の意味を管理し、それぞれがどう関係しているかを理解する方法なのだ。

絶え間ない変化

私はよく「テクノロジーがもたらした新しい変化で、大きなストレスの元になっているものはありますか」という質問を受ける。

そんなときは、いつもこう答えることにしている。

「別にありませんよ。ただ、あらゆることが新しくなっていくペースそのものはどんどん加速しているでしょうね」。

変化は常に、何らかのストレスを生み出す。私たちは基本的に安定した状態を好むからだ。

何か新しい事態が生じたときには、何かを捨ててそのためのスペースを空けなければならない。

極めて建設的な変化でさえ、かなりのプレツシヤーや痛みを伴うことが少なくない。

人間関係や自己認識を改めて見直し、慣れ親しんだ枠組みやパターンを変えなければならなくなるためだ。

もちろん、このような変化はずっと昔からあつた。ただ、今日ではその変化が起こる頻度が違う。

過去3日間にあなたに生じた、変化を必要とすること、優先度の変更を追られることの数は、かつてあなたの親がlヵ月(場合によつては1年)の間に経験した数よりもずつと多いはずだ。

彼らの時代には変化は滅多に起こらなかつたので、ストレスにじつと耐えるだけでよかつた。けれども、私たちはほとんどひつきりなしに変化にさらされている。

新しい技術を受け入れた結果、メールやボイスメールのかたちであらゆる変化が押し寄せるようになり、そのいずれもが優先順位に影響を及ぼす可能性を持っているのだ。

そのように新しいことがどんどん押し寄せてくる事態をどう感じるかは、物事を整理し、突発的な事柄にも対処しうる能力を、あなたがふだんから身につけているかどうかにかかつている。

そうした能力を身につけていれば、次々と訪れる変化を前向きに捉えることができる。一方、そうした能力がなければ、優先順位がころころ変わる混沌とした状況の中で、押しつぶされそうな息苦しさを常に味わうことになる。

大量に押し寄せる、意味の明らかになっていない物事

自己管理手法の大半は、時間管理と情報管理という2つの(私が思うに表面的な)問題を扱っている。

たいていは、既存のシステムにいくつかの新しい仕組みを取り込んで、プロセスの迅速化やスペースの有効活用を実現しようとしている。

だが、時間や情報をこうして管理したところでストレスが解消されることはない。そもそも時間を管理することなど不可能なのだ。時間は私たちに関係なく流れていく。

管理できるのは私たち自身―意識を向ける対象と、実際にそれに対して起こす行動である。

時間は束縛感をもたらし、それがエネルギーなどの限られたリソースをいつ、どこで使うかといった問題を引き起こす。

逆に時間ではなくて、自分自身をうまく管理できていれば時間を意識することはなくなり、ただ、日の前のことをスムーズに片付けていくことができるようになる。

そうした境地に達することができれば、時間に追われるような感覚を覚えたり、言いようのないストレスを感じることもない。

解決しなければならない真の問題とは、意味が明らかになっていない物事が大量に押し寄せてきているという状況である。

物事が複雑になってきているというのは問題ではない。それらの意味がぱっと見てわからないのが問題なのである。

私たちにとって最も複雑なものの1つである自然は、それが複雑であってもむしろ心を和ませてくれる。

人間は、限りなく複雑で変化に富んでいるものが好きなのだ。ただ、それは基本的に見たままに理解できる場合に限られる。

クマやハチ、野イチゴなどの見た目や、それらが立てる音は、どんなに複雑なものであつても、何度か見たり聞いたりするだけですぐに判別できるようになり、素直にそれらを楽しむことができる。

ところが、メールのような情報は、これらに比べてずっと意味が曖味だ。

どんなメールも届いたときは同じように見えるが、その中身はその時点ではわからないし、それに対してどうしたいかもすぐに判断することができないものばかりだ。

このようなストレスと付き合っていけるかどうかは、その1つひとつに対して効果的な思考テクニックを速やかに適用し、それらに含まれている意味のあるものをしかるべき容れ物に入れていけるかどうかにかかつている。

GTDがヵバーしているのはまさにそこであり、それゆえに変化の激しい現代社会においても見事に機能するのである。

GTDは誰にでも身につけられる

GTDが広まっているもう1つの理由は単純明快である。生産性や効率性に対する要求が高まっているのだ。現代社会においては、より多くのことをこなしていくことが人々に求められている。

アイデアや戦略はもちろん大切だ。だが、実際にそれを行動に移し、実行していかない限りは、どんなに優れたアイデアや戦略も役には立たない。

とはいえ、この複雑な現代において、生産性を高める方法を人に教えるなどということが、本当にできるのだろうか。

一般には、一部の人々は生まれつき生産性が高く、他の人々はそうでないと信じられている。営業の人たちに関しても同じことが言われてきた。

だがそれは、効率的な営業パターンがあることを誰かが見つけるまでのことだった。そのパターンさえ見つかったおかげで、それは誰もが学び、実践できるものになったのだ。

これと似たようなことが創造と革新の分野でも起こっている。かつては創造的で革新的な人とそうでない人は別の人種だと考えられていた。

だが、そんなことはない。革新のためのプロセスがきちんと存在するのだ。

しかるべき行動様式を実践すれば、誰でも創造的で革新的なアイデアや解決策を導き出す能力が高まるのである。

生産性に関しても、同様のプロセスが存在する。それがGTDだ。GTDは世界中の誰もが学び、導入していくことができる実践的な理論なのである。

すでにあるものに目を向ける

GTDでは新しいものや大きなことを始めることを薦めたりはしない。人生にシャカリキになることを押しつけたりもしない。そうではなくて、あなたがすでに抱えているものをきちんと認識するように促しているだけである。

私たちは多くの「やるべきこと」を抱え込んでおり、それに必要な創造性とモチベーションと知性をすでに持ち合わせている。

あと必要なのはそうした能力をより深いレベルで効果的に活用していくための考え方とツールだけなのだ。

独特のスタイル

GTDを実践すれば、自分がすべきことを常に見渡せているという実感を得ることができるようになる。

繰り返すが、GTDはシステムそのものではなく、システマチックな「うまくいく考え方」である。

たとえうまく動くシステムがあったとしても、あなたや周りの状況が変われば(これらは必ず変わる)、またそれを解体して作りなおさなくてはいけなくなる。しかし「うまくいく考え方」は違う。

正しい考え方なら、時代や環境が変わってもそれにあわせて柔軟にアレンジできるし、扱う内容が新しくなったり増えたりしても対応していける。

そして、GTDが提唱するこの「うまくいく考え方」が他の手法と大きく異なるのは、いかなるものも特別扱いしない点だ。

人生の目的といつた大きな問題も、買わなければならないキヤツトフードという日常的なタスクも、あなたの意識に引っかかったものはすべて同じやり方でシステマチツクに扱っていくことができるのだ。

またGTDは一見、どうアプローチしていいかわからないデリケートな問題にも対処することが可能だ。

とらえどころのないあいまいな「気になること」が頭の中に浮かんできて集中力が削がれてしまった、という経験をしたことがある人も多いだろう。

GTDはそれらの問題についても、きちんと認識して意味を明らかにしていくための枠組みを提供している。

例えば、「父の老後」といった重い問題も、inlbox(書類受けなど、「気になること」をいつたん集めておく場所)に「収集」して、「望んでいる結果」を冷静に見極め、その結果に至るために必要な「次にとるべき行動」を選択していけば、他の日々のタスクとまったく同じように前に進めていくことができるようになる。

GTDのことをあまり知らない読者のために、ここでGTDのいくつかの基本原則について見ていこう。すでにGTDの経験がある人にとつても、全体像をとらえるのに役立つはずだ。

GTDの3つのモデル

今はGTDと呼ばれるようになったこの考え方は、実際のところ、私が長年、さまざまな個人や組織のコンサルテイングをしてきた中で気づいたものに肉付けし、洗練させてきた、3つのモデルの組み合わせに他ならない。

これらのやり方は本に書いてあつたり講義などで教わったりしたものではなく(そういうかたちで伝えることはできるし、実際、現在はそうやって教えられている)、基本的には、より高い生産性を求めて日々努力してきた人たちと現場で付き合っていく中で発見し、検証してきたことである。

これらのプロセスを洗練させていった結果、ワークフローやプロジェクト、優先度を把握して管理するための最も効果的な方法が誕生した。

また、大雑把に言って、ワークフロー、プロジェクト、優先度の順で完成されていった点にも言及しておいたほうがいいだろう。

GTDはこの順番で理解し、導入するのが最も効率的だ。

ここからは、この3つのモデルを簡単に紹介していく。本書の残りの部分の大半は、これらがなぜ、どのように働くのか、どのように活用していけばょいかを、より詳細に見ていくことになる。

ワークフローをマスターする

効率的なワークフローを実践していくためには次の5つのステップが必要だ(詳しくは付録4を参照)。

  1. 1.収集
  2. 2.処理
  3. 3.整理
  4. 4.レビュー
  5. 5.実行

効率的に物事を達成していくには、自分のところにやってくるあらゆるものを把握し(収集)、それぞれについて適切な判断を下し(処理)、その結果を適切なカテゴリーに分類して(整理)、必要に応じて全体や一部を評価し(レビュー)、それらをどうするかについて信頼できる選択をしていく(実行)ことが必要だ。

このモデルは私が自己管理の「水平思考」の要素と考えているもので、GTD理論のメインにもなっている。これは、最も実践しやすく、すぐに生産性が高まるテクニックである。

ナチュラルプランニング

ワークフローモデルで視野に入っていながらも、直接対応できていないものがあつた。それは「プロジェクトの管理」である。

「収集」したもの(メール、書類受け、会議メモなど)を「処理」するには、少し上のレベルからそれらを見渡し、それぞれに必要なプロジェクトを見極め、それらを進めるために必要な次の行動を決めなければならない。

あなたが関わっていることの大半は、この2つをやるだけで管理できていると感じられるようになる。

ただ、直面している状況や望んでいる結果によっては、より細部まで考えなければならないことも多い。結婚式や新しいサイトの立ち上げ、本の執筆、次の休暇のプランなどだ。

これらのより複雑なプロジェクトの計画を立てて実行できるように、私は5段階の極めて効果的かつ明快なモデルを考案した。

私たちは物事について、どうすれば終わらせられるかを考えるが、ほとんどの場合はその作業を無意識下で行い、そのプロセスを意識することはない。

外で夕食をとつたり、ガーデニングをする場合はもちろん、部屋から出るだけでも、実は具体的な行動計画を立てる必要がある。

あなたが意識しているかどうかは別として、行動の順番を計画しないで1日を乗り切るのは、極めて困難だ。

私たちは、意図したことを、規模の大小に関係なく次のような5つのステップで自然に進行させている(付録2と3を参照)。

  • ・目的と価値観を見極める。
  • ・結果をイメージする。
  • ・ブレインストーミングをする。
  • 思考を整理する
  • 次にとるべき行動を判断する

最初に意図(目的)が生じ、それに対する考えと態度が各人の価値観に基づいて規定される。次に、その目的が達成されたときの状況がイメージされる。

次いで、実現していないビジョンと現状のギャップのために生じるフラストレーションを取り除こうとして、実現に役立ちそうなアイデアを無意識のうちにどんどん思い浮かべる(ブレインストーミング)。

そしてそれらのアイデアが、構成要素、順番、優先順位で並びかえられる(整理)。

それによって、実際に何をしたらよいのかに意識が向かい(次にとるべき行動)、そのプロジェクトが実現に向かって動きはじめるのだ。

このプランニングモデル(詳しくは『はじめてのGTD』第3章を参照)は、自然(ナチュラル)であるにもかかわらず、よリフォーマルな問題や複雑なことに対しては標準的なやり方にはなっていない。

それらに関してもこの自然なアプローチを用いれば、最小限のエネルギーと努力で適切な行動に意識を向けていくことができる。

プロジェクトや問題を考えるのに欠かせない、「垂直的な視点」の思考ができるのだ。

これらのワークフローとプロジェクト管理のプロセスを実際の問題に用いると、環境を問わず驚くべき進歩が見られた。ただし、もう1つ重要な作業が残っていた。優先順位の決定だ。

6つのレベルで優先順位を判断する

いつ、何をするべきかを戦略レベル、戦術レベルで考える必要があるというのは、私にとっては自明のことだったが、生産性コンサルテイングの仕事を長年続けた結果、その思いはさらに強くなった。

生産性を「管理」することとは、エネルギーなどの限られたリソースをうまく配分していくことに他ならない。

それには、そのときどきで適切な選択をしていく必要がある。つまり、優先度を決定するということだ。

だが、いわゆる時間管理術のほとんどは、優先順位の判断において私たちの行動に影響を与えるすべての要因を十分に考慮できていないか、方向性そのものが間違っているという印象がある。

プロジェクト管理のモデルを作るにあたって、私はまずこう考えてみた。私たちはふだん、ごく自然に優先順位を定めているはずだ。だとすれば、そのプロセスに何かのヒントがあるにちがいない。

その考えに基づいて、行動選択に影響を及ぼしている要因を解析した結果、たどりついたのが、6つのレベルで俯賊するモデルだった(それが実際に役立つこともわかつた)。

このモデルが誕生したのは、ある意味偶然だった。以前、ウオール街にある某企業の上級幹部の指導をしていたときのことだ。

彼は当時「会議が多すぎる」ことに悩んでおり、スケジュールに割り込もうとする人々の防波堤役を務めていたアシスタントもくたくたになっていた(カレンダーは何力月も先まで予定が埋まっている状態だった)。

私がオフィスに入ると、彼はドアを閉め、ほとんど懇願するように言った。「このスケジュール、何とかなりませんか」。

その時点では何の手がかりもなかったので、私は状況を見通すのに役立ちそうな質問を逆に問いかけてみることにした。

壁にかかっていたホワイトボードのところに行くと、私はモデルのひな形となった項目を書いた。

  • 目的と価値観構想
  • 目標
  • 責任を負っている分野・プロジェクト
  • 行動

それぞれのレベルにおいて、会議が多すぎるという問題に影響を与える要素が含まれているはずだった。私は彼に聞きながらそれぞれの項目を埋めていった。

そしてすべてを書き終えたとたん、彼は私を見て「なるほど……わかりました」と言った。「何がわかったのですか?」私は尋ねた。

「問題は会議ではありません。子どもなんです」

彼がすべての会議に出席していたのは、そのほうが一所懸命仕事をしているように見えて会社での立場がよくなると考えていたからだつた。

だが、彼はそこに書かれたものを見て、まだ幼い息子たちと過ごす貴重な時間を失っていること、そこまでしてすべての会議に出席する価値はないことに気づいたのである。

コンサルテイングでこのような気づきを得る人は珍しくないし、指導自体も特別なものではない。

ただ、このとき私は、関わっているさまざまなことを大きな視野で眺めるための、シンプルな枠組みを見つけたのである。

この枠組みを思考や選択のツールとして用いると、すぐに効果が上がることもわかった。これらは決して難しいことではない。

私たちは通常、これらの6つのレベルのすべてにおいて、やらなければならないことを抱えている。ただ、ほとんどの人はそれらの大半について部分的にしか意識していないのだ。

私たちは誰もが目的と価値観を持っている。

誰もが構想(ネガテイブなものである場合もある)に近づくために前進し、それらのビジョンを実現するのに必要な、いくつかの大きな目標を抱えている。

そしてそれらを達成するには、仕事と人生におけるいくつかの重要な分野を一定の水準に保つ必要もある。

私たちはいくつものレベルにおいて、自分自身と約束をしたことを達成するために、終わらせなければならないプロジェクトを抱えている。

そして誰もが、それらを実現するために何らかの行動をしていかなければならない。

実際に起こす行動が最も上のレベルと密接につながっていればいるほど、その行動の(少なくとも実質的な)優先順位は高くなる。

言い換えれば、大局的な目的を達成するために最善であることがわかっている行動であるほど、その行動はあなたにとつて価値あるものとなるのだ。

『はじめてのGTD』でも説明したことだが、あなたが明日の午後3時15分に何をすべきかを判断するときに考えなければならないことは他にもある(優先順位の問題についてはまたあとで触れる)。

時間、エネルギー、場所といった現実的なことも考慮しなければならない。

だが、6つのレベルで俯隊して見通しを達成するモデルは、単純で一面的な「優先度決定」のアドバイスに比べると、置かれている状況をはるかに包括的かつ一貫したかたちで考察できる実用的で確実なアプローチと言っていい(6つのレベルで見通しを達成するモデルの概要は付録7を参照)。

3つのモデルを統合する

私は数年前から、「状況のコントロール」と「将来への見通し」という2つを改善すれば高い生産性を発揮できるはずだということに気づいていた。

そこでGTDの行動をこの2つのポイントに絞った結果、以前は「水平管理」と「垂直管理」と呼んでいたものをよリスムーズに理解して活用してもらえる理論体系に行き着いた。

「水平管理ができていない」と言ってもふつうの人はピンとこない。単に「状況のコントロールができていない」と言ったほうがわかりやすいだろう。

「垂直管理ができていない」も同じで、「将来への見通しが定まっていない」のほうがすっと頭に入つてくる。

ワークフローをマスターするためのモデルは、収集、処理、整理、レビュー、実行というステップを通じた「コントロール」の枠組みを与えてくれる。

一方、ナチュラルプランニングモデルと6つのレベルで俯蹴するモデルは、「将来への見通しを定めること」を可能にする。

後者の2つのモデルの類似点にすでにお気づきの読者もおられることだろう。

6つのレベルのモデルは、ナチュラルプランニングを人生、会社、長期的な取り組みといった大きなものに当てはめて階層的に思考するもので、意識を向けるべきことを明らかにしてすっきり見渡すための、最も効率的なやり方だ。

これらのモデルは、私たちがなぜ、今これをやっているのか、うまくいったときにどのような結果がもたらされるのか、そこに至るために管理し、達成していかなければならない要素は何か、次にとるべき行動は何かといつたことを見極めるのに役に立つ。

意識に注意を向ける

近年、電子メールやスマートフオン、インスタントメッセージ、携帯電話などの新しい技術によって、人々の注意が散漫になり、それによつて生じる社会的コストの問題がクローズアツプされるようになった。

実際にどれだけ経済的な損失があるかを計算するのは困難だが、押し寄せつづける情報によつて人々が集中力を欠くようになり、作業を中断せざるをえないような事態が増大したことによつて、ある程度は想像することができる。

企業はこれまで「金曜日はメール禁止!」「邪魔が入らない時間を持とう―」などの方式を取り入れて、余計な雑念による効率低下を抑えることに務めてきた。

ナレツジワーカーにとって最も大切な「静かに深く思考する時間」を確保するためである。

この問題を扱った研究のほとんどは、主に外的環境(大量のメール、コミュニケーションの過多と不足、変化の多さとスピードなど)を改善するための対策を提案している。

ただ、入ってくるものの量とスピードを軽減することだけに注目している解決策は、たとえうまくいつても一時的な効果しか期待できないと私は考える。

なおかつ、かえつて自由を奪い、知性をマヒさせてしまう恐れもある。

そうではなくて、私たちに本当に必要なのは、こうした混沌とした社会ともうまく付き合っていくための思考法とそれを実践するためのツールである。

それらを身につけることこそが、長期的な解決につながるのだ。

GTDの考え方

これは私が武術を学んでいて体感できるようになったことだが、何もない空間にこそ力は宿っている。空手ではその境地を「水のように澄んだ心」と表現している。

これはGTDのキーワードにもなっている。水はあらゆる物に対して実にムダのない反応を見せる。放り込んだ石に過剰に反応することは決してない。

その際にストレスや緊張を感じることはないし、ムダなエネルギーを費やすこともない。

それと同じように、人も外部からの刺激に対して、ムダのない反応を心がけるべきだ。

その境地にいたることができれば、あらゆる物事により適切にエネルギーを振り向けることができるようになり、時間やリソースを有効に使っていくことができるようになる。

また、別のことに意識を向ける必要が生じたときには速やかにその対象を切り替えることができるようにもなる。

生産性向上に必要なのは意識をいかに柔軟かつムダなく操作するかであり、その妨げになるものはすべて生産性の低下につながる。

上司からメールが届いたとき、何かのアイデアが頭に思い浮かんだとき、子どもが押し黙っていて気になったとき―,これらの状況に対してどう対処していくべきだろうか。

もちろん具体的な行動はそのときどきの無数の要因によって変わってくるが、そうしたときにシステマチツクな思考ができるかどうかが問題だ。

ただ闇雲に考えている人は、そのことに必要以上のエネルギーを奪われてしまう。十分な対処ができないのでいつまでも気になってしまい、ムダなエネルギーを浪費してしまうだろう。

別の会議が始まつたのに前の会議での発言ミスを引きずってしまつたり、家の問題を会社に持ち込んでしまったりしたことはないだろうか。そういうことをしていては生産性は上がらないし、気分も決してよくならない。

1つのことについて同じやり方で2度以上考えるのは、多くの場合エネルギーのムダ遣いになる。システマチックに思考をし、必要十分なエネルギーで物事に対処していくのがGTDだ。

ここで、GTDの基礎となっているいくつかの考え方について見ていこう。

集中=力エネルギーは集中させたときに最も大きな力を発揮し、最大の成果が期待できる。

ビアノの演奏、空手の板割り、子犬の訓練、外国語の勉強、年頃の子どもとの話し合い――あらゆることは、集中していないと最大限の効果を上げることはできない。

気がそれる原因の排除=集中何かに気を取られたときのことを思い出してみてほしい。そのとき、生産性はどうなっただろうか。騒音、予期せぬ訪問者、パソコンの故障など、そのような要因はいくらでもある。

しかも、自分以外に誰もいない静かな部屋で、いっさい邪魔が入らない状態で過ごせたとしても、問題が解決するとは限らない。さまざまな雑念が湧いてきてしまうからだ。

やるべきことの管理不足=気がそれる原因

本書を読んでいる最中に他のことに気持ちが行ってしまった人は、おそらく、自分がやるべきこと(対処したり終わらせたりしなければならないこと)に意識が向いてしまったのではないだろうか。

それらはおそらく、きちんと管理できていないことであるはずだ。決めていないことがあったり、必要なリマインダーが設定されていなかったりといった状態だ。

本が日の前にあるときに、他のことに意識を向ける行為自体は悪いことではない。

書いてあったことがきつかけでニューヨーク出張のことを思い出し、向こうでやることを考えるといったように、一時的にそちらを優先させたくなるケースもあるだろう。

ちょっと頭を休めて心の赴くままに考えてみたいという人もいるかもしれない。

一方、意識がそれることが問題になるのは、″意図しない″ことのために作業が中断されるケースである。

典型的なのは、そのとき考える必要のないものが突然頭に浮かんでくる場合だ。これは何かが管理されていないことを示している。

つまり、あなたの心が「あれが管理できていないよ!」と教えてくれているのだ。

逆に、きちんとすべてが管理されていればこうした事態は十分に防げるのだ。心はやるべきことを効率的に管理できない私が思うに、心と知的な思考は別物で、心そのものはそれほど賢くはない。

心は、あなたがやるべきことを管理するのが極めて苦手なのだ。

ところが不思議なことに、あなたという存在に忠実に従うその性質ゆえに、きちんと対応できていないものがあることに気づくと、心はそれにこだわってしまい、先ほどのように悲鳴をあげてしまうこともしばしばだ。

そうした事態を避けるためには、どこか別なところでやるべきことを管理しなくてはならない。

言い換えると、外部の何らかのシステムに取り込まれていないものは、いつまでも心の中にとどまってあなたの心に負荷を与えつづけるのである。

記憶したり、思い出したり、自律的に考えて決断する能力に関しては、心ははなはだ当てにならない。

ほとんどの人は心にそれらの能力があると信じて、やるべきことを外部のシステムに預けようとしないが、もし心に本当にそんな力があるなら、そのときどきでできることだけをあなたに思い出させてくれるはずだ。

今朝起きてから今まで「あ、あれをやつていなかった」ということがあつただろうか。それは何回あつただろうか。そしてそのときに適切な対処をしただろうか。

もしあなたがそうした対処をせずに、同じことを2回以上思い浮かべてしまったなら、あなたは、完全に時間とエネルギーをムダにしている。あなたの心は、この種の記憶に関してごく限られたスペースしか持っていない。

脳の短期記憶がたった10個のことさえまともに扱えず、忘れたり混乱したりしてしまうことが、いくつもの研究で明らかになっている。

それ以上詰め込もうとすると、同じ量が押し出されてしまい、意識的な制御が及ばなくなるのである。心は他の面でもかなり効率が悪い。

そこにあるもののうち、いちばん新しく入ってきたものと、最も自己主張の強いもの(いちばん感情に訴えかけるもの)を最優先事項と判断してしまう傾向があるのだ。またあなたの心は過去や未来といった時間の概念も持ち合わせていない。

つまり、やるべきことが頭に入ってきた瞬間から、心の一部は常にそれをやろうとしつづける。

たった2つのことを覚えておいてやり繰りしようとしただけでも、心には何らかのストレスが生じ、うまくできていないと感じることになる。2つのことを同時にできるように心は作られていないからだ。

よりよいシステムに預けないと、気になることは消えないある瞬間に意識を向けていることがあると、表層意識からは他のことが消えるのがふつうである。

ところが潜在意識のほうは、外部のシステムに記録されていないことをすべて気にしつづけてしまう。他人はだますことはできても、自分の心をだますことはできない。

一度意識を向けたことが完了していない場合、それがどこかに書き出され、あとでちやんと見直されると心がわかっていない限り、心の中にずっととどまりつづける。

しかも、これらの記録されていない「済んでいないこと」は、まったく予想していないときに意識の表層に上ってくる傾向がある。

午前1時にベツドの中にいるときに「そうだつた……来週シンガポールに行くとジャニタに伝えるのを忘れないようにしないと―」といつた考えが浮かんできてしまうのだ。

ほとんどの人は、心の能力を信頼し、「済んでいないこと」を心の中だけで管理しようとする。

ところが、心は自分に課した約束をすべて同時に覚えておこうとする。もちろん、そんなことは無理なのだ。

その結果、「済んでいないこと」のストレスを解消しようとしつづけ、さらにストレスを溜め込んでいくのである。

では、この悪循環から抜け出すにはどうしたらよいのだろうか。

自分との約束を果たせていないプレッシャーからの解放

自分に課した約束が放置されているという罪悪感から逃れるには、次の2つをする必要があス”)

  • やるべきことをすべて収集し、意味を見極めて、整理する。
  • 必要な頻度でそれらに向き合えるようにする。

たいていの人は、カレンダー(やスケジュール帳)に書いてしまったことをいちいち思い出したりはしない。

例えば、再来週の木曜日の午前10時の予定をカレンダーに書き込んであれば、そのときどこにいなければならないかが気になったりはしないものだ。

なぜだろうか。あなたがカレンダーというシステムを信頼しているからである。

あなたはそこにすべての予定が書き込まれていて、見直すべきときに見直せる状態になっていると知っているからだ。カレンダーに書き込んでも、予定は完了したわけではない。

また、書き込まれたことはあまり気の乗らないことかもしれない。

それでも、それらの未来の予定事項はもう、あなたが現在意識を向けていることの妨げにはならないし、心から完全に追い出すことができている。

では、突然カレンダーがなくなったら、何が起こるだろうか。あらゆるプレツシャーが、また心の中に戻ってくることになる。

カレンダーの代わりに予定を記憶して思い出す役目を再び負わなければならなくなったと心が認識するからだ。

アシスタントや秘書に予定を任せきっている人たちは、彼らが事前連絡なしに休んでしまったりすると、同様の暗浩たる気分を味わうことになる。

あなたはおそらく、信頼できるシステムがあるおかげで心配をしなくて済んでいる状態と(カレンダーを使っているときなど)、信頼できるシステムがないために不安になっている状態の両方をすでに知っているはずだ。

抱えているすべての義務に対して、いっさいの心配をしなくていい状態を達成することは可能だ。ただし、それにはカレンダーと同じような仕組みを用意する必要がある。

すべてがそのシステムで保管され、いつでも必要なときに注意が向けられると確信できなければならない。

誰もがカレンダーを使っているのに、カレンダーに書けないものはほとんどの人が放置している。すべてを集めて、適切に評価していく仕組みを作ればよさそうなものではないか。予定以外の「やりたいこと」についてこうしたシステムが作れていないのはなぜだろう。

理由は次の3つだ。

1つ目は、カレンダーに書き込む情報はすでに考慮され、判断がなされているが、その他の「やりたいこと」はそうではないという点だ。

カレンダーに書かれることはすでに物理的な行動として解釈されている。

月曜日の正午にジミーに電話するという予定は、とるべき行動に関してもはや考えることは何もない。いつ、どこでやるかという点についても同じだ。

ところがカレンダーに書けないものについてはこうした行動が明らかになっていないものがほとんどだ。

2つ目は、予定を書きこむのはカレンダー、と決まっているが、その他の「気になること」に関してはどこに書き出すべきか決められていないという点である。

3つ目は、予定の場合、そこに書かれている行動をしなかったときに、あなたが大切だと考えている人たちから即座にネガティブなフィードバックが返ってくるが、そうではないことに関してはそうしたフィードバックがないということだ。

子どもの送り迎えやビジネスミーティング、上司との話し合いなどを忘れてしまえば、すぐにそのことに気づくし、嫌な思いを味わうことになるが、そうではないことに関しては、それをやらなかったとしてもすぐに嫌な気分になるわけではない(例外もあるが)。

カレンダーに書けないことの大半は、いつそれをすべきかの期限が決まっていないこともほとんどだし、日々の予定に対するカレンダーのようにそれを保管しておくための標準的なシステムも決まっていない。また、それをやり忘れても、たいした事態にはならないのだ。

夏休みが近づいていて、子どもとの予定を立てなければならないことがわかつていても、たいていの人は「次に具体的に何をするべきか」を意識的に考えようとしないだろうし、あとでそれを思い出すためのリマインダーを設置することもないはずだ。

また、家族のことで妻(あるいは夫)といろいろ相談するべきだと考えたとしても、そのリマインダーをどこに置けばいいかがわからないし、相談しなかったとしてもすぐに困るような事態にはまずならない。

私はGTDを使ってすでに信頼できるシステムを確立している。

このシステムー‐さまざまな「プロジェクト」や「行動」「連絡待ち」「いつかやる/多分やる」のリストや、仕事で負っている責任、日標、ビジョン、価値基準などのリストを見たとき、たいていの人は「こんなにたくさんリストがあるのですか―」と仰天する(ただし感動したというより呆れたという口調である)。

そんなとき、私はこんなふうに応じる。

「あなただってスケジュール帳を持っているでしよう。それを捨てられますか」。もちろん、捨てられるという人はまずいない。だが、それは私に言わせればちょつとおかしい。

ストレスフリーで生産性を高めるのに役立つリストを1つ、すでに使っているのに、なぜ他のことについてもすべてリストで管理しようとしないのだろう。

結論を出す

私たちに最も欠けているのは、考えて結論を出す能力である。

カレンダーに書かれているのは、あなたの思考の結果(物理的な行動に関するあなたの判断)だ。

それは最善の結論ではないかもしれないが、少なくともあなたの世界においては、それについて決断したり判断したりしなければならないことはもうなくなったはずだ。

ところが、私たちがやるべきことの大半は、カレンダーに書き込んだ予定のようなものを除いて、まだ判断しなければならないことがずいぶんとたくさん残っている。

年老いてきた母親の世話や次の休暇、家計のやり繰り、スタッフをめぐる問題といったものは、それらのプロジェクトを進めるのに必要な、目に見える具体的な物理的行動を決めてやらなければならない。

この手の「気になること」で問題なのは、意識に上ってきたときに複雑でとらえどころのないものだと感じられて、考えることを拒絶してしまいがちなことである。

いろいろ考えないといけない気がするが今はそんな時間も気力もない、と思ってしまうのだ。

これらのことについて、ほとんどの人は、きちんと理解して解決するか、終わらせるための計画を立てない限り頭から追い出すことはできないと思い込んでいる。

だが、これは間違いである。

必要なのは、それらのことを今の状態から一歩前に進めるために必要な、次の物理的行動を見極めることだけなのだ―‐そしてそれこそが「結論を出す」ことに他ならない。

あなたは自分が抱えているすべての「気になること」について、もう少しだけ考える必要があるのだ(ただ、それはあなたが思っているほど難しい作業ではない)。

心の中にあるすべてのものについて「次にとるべき行動」を決め、必要な場所にリマインダーを置いてしまえば、もうそれらのことを気にする必要はなくなり、自由に行動できるようになる。

私の経験では、時間があったときに、さて何をしようかとその場で考えるようでは、お世辞にも効率的な時間の過ごし方をしているとは言えない。そういうことは事前に決めておくべきことなのだ。

車でホームセンターの前を通りかかったときに、そこで買う物をいちいち考えていては通り過ぎてしまうだろう。

必要なものを買う時間とエネルギーがあっても、その場で何を買うべきかを考えていては間に合わないことが多い。

どこで何が必要かを前もってきちんと決めていない人は、生産性が大きく損なわれている可能性が高いということだ。

このようにきちんと頭を働かせてあらかじめ結論を出していないことこそが、人生と仕事の荒海の中で視界を保ちつつも前に進んで行くうえで最大の障害の1つとなっている。

何より大切なのは見通しを持つこと

仕事というゲームと人生というビジネスに勝利できるかどうかは、それらを広く遠く見通せているか否かにかかっている。

どんな逆境にあっても、正しい見通しがあれば、自信を持って乗り切っていくことが可能だ。ただし、こうした見通しは、油断しているとすぐに失われてしまうことも覚えておくべきだろう。

GTDの原則や手法は、人生や仕事の見通しを保ち、それが失われたときに速やかに取り戻す能力を最大限に高めることを視野に入れたものになっている。

私たちは森全体を管理しながら、1本1本の木を育てていかなければならない。

ただしそれには、「気になること」の意味を明らかにし、信頼できるシステムに組み入れることで、心にまとわりつくそれらのことをすべて頭の外に追い出していく必要がある。

でないと、たつた3通のメールと2本の電話を20分間でさばくことすら難しくなる。

見通しを持つことは、あなたに必要な、最も重要な精神的枠組みである。当然ながら、それをサポートしてくれるツールやテクニックも重要だ。

あなたの心を拡張する

私たちの心はある状況下においては、現代の最も優れたコンピュータでも太刀打ちできないくらいの優れた創造性を発揮することがわかっている。

ほとんど無限といつてもいいくらいのパラメータを同時に考慮しつつも判断を下していく能力には、神がかっているという印象すら覚える。

ただし、こうした能力を発揮できるのは、他のことにとらわれずに、1つの問題やプロジェクトに集中したときである。

ところが、2つの問題を同時に考えさせると、とたんにその能力は失われ、パンクしたようになってしまう。

小さなこと、大きなこと、個人的なこと、仕事に関すること、高度なこと、日常的なことなど、あらゆるレベルで私たちはやるべきことを抱えている。

それらのうち1つでも、終わらせないで放置しておくと、それは「やりかけのこと」として認識され、心の一部が常にそれに占領されることになる。

釣り針に引っかかった魚が、リールを巻くか逃がすかしない限り延々と暴れつづけるようなものだ。

その結果、何十ものことを同時に調整しようとして、1つのことに集中して考えることができなくなってしまうのだ。

このやっかいな状態を解決するには、それらの気になることをどこか別の場所に移しておく必要がある。

ほとんどの人がカレンダーでやっているのと同じことを、予定以外のあらゆることについてもするわけだ。

たいていの人は、何らかのカレンダーを利用しており、頭の中にスケジュールを入れたりはしていない。

会議や予定などの情報がすべてカレンダーに書き込まれていて、必要なときにそれを見なおすことができる、という確信が持てている人は、いつ、どこにいなければならないということを常に意識しておく必要はない。

また、カレンダーはこのように安心して見ることができるので、それを見たときに自由な発想が浮かんでくることも多い。

カレンダーを眺めて、ここ数日の予定をチェックしてみるといい。

おそらく、他のやり方では決して思いつかなかったことがいろいろと浮かんでくるはずだ。

カレンダーは、心を外部に拡張した自己管理システムの最も典型的な例と言えるかもしれない。リラックスして考えることを助けてくれる同種のものは、他にもたくさんある。

高速道路に標識があることで、私たちはどこで降りるかを気にすることなく運転できるし、ダツシュボードの計器類のおかげで、給油のタイミングを知り、車の異常に気づくことができる。

これらのシステムには基盤となる仕組みが存在し、私たちはそれらを信頼することで安心して生活できているのである。

ただ、それ以外の「気になること」や「気にすべきこと」は、カレンダーに書き込めないことのほうが圧倒的に多い。

また、それらが意味するところはカレンダーに書き込まれている予定やガソリンメーターのように明快ではないものがほとんどだ。

だが、それらについても、カレンダーと同じように、共通の原則でもって対処していくべきだ。

それぞれが自分にとつて具体的に何を意味しているか、それを完了させるために必要な行動は何か、そのためのリマインダーをどこに置いておけば意識の外に追い出すことができるかを考えていこう。

経済的な不安や、母親の健康、生活に関するさまざまな問題などは、「月曜日の2時15分にジョージを迎えにいく」「高速まで2マイル」といつたものに比べれば、(少なくとも最初のうちは)ずっと厄介なことに思えるかもしれない。

だが、しかるべきテクニックさえ身につけていれば、同じように心から追い出すことができるようになる。

もちろん、言うはやすし、である。

カレンダーや交通標識と違い、より曖味で複雑な大量の情報をさばく方法は、自然には身につかないようだ。しかもこうした変化を要求する事柄はその量もスピードも増大する一方である。

だからこそ、「水のように澄んだ心」を実現してくれるGTDモデルの仕組みを理解し、実践していかなければならないのである。

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