55プロ秘書は新人に「あなたが秘書になった理由」を教える 秘書は、なりたいと思ってなれる仕事ではありません。人事部や役員など、基本的には第三者から「適性がある」と見込まれなければ、任命されません。では、秘書の適性とは一体何なのでしょうか。プロの秘書は、新人秘書に「あなたが秘書になった理由」を語ることができます。 そもそも、なぜ「秘書の適性」について語らなくてはならないかというと、秘書という職に不満を感じている新人も少なくないからです。一般的な規模の企業であれば、入社した新入社員の中から、適性があると見込まれた社員が秘書に抜擢されます。しかし、本人たちには上昇志向があるため、一見すると「上司のために仕事をする召使い的な役目」のように見える秘書に、不満を感じるというわけです。なかには「秘書なんてなりたくなかった」と言う人もいます。せっかく適性がある新人でも、「秘書なんかにさせられてしまった」とネガティブな感情を持ったままでは、いい仕事をすることはできません。そこで、新人の教育担当係になった場合には、まず秘書という仕事の価値を理解させてあげる必要があります。 秘書の適性として一番に挙げられるのは、「細やかな気遣い」です。上司が働きやすいようあれこれ目配り気配りして、環境を整えること。けれども、そのことに見返りを求めないこと。たとえば、友達と一緒にいるときに、旅行の計画を立てたり、飲み会の幹事や進行の役目をしたりしている人たちは、気配りをすることが得意で、そうした役割があまり嫌いではないということです。しかも「ありがとう。あなたのおかげで楽しかった」と言われれば満足できるということは、秘書にとって大切な、「見返りを求めない」「自分の手柄を求めない」精神が備わっているということ。こうした人は十分に秘書としての適性があります。 また、秘書は「思いやりのある人」でもあります。上司のために何をかしようと思えば、自然とコミュニケーションをとり、相手の立場に立ってものを考える必要があります。そこで、相手がどんな人物でも、「私がしましょう!」という思いやりを持てるかどうかも大切なポイントになります。最終的には上司や周囲の人たちに心から接することができるのが、秘書としての適性がある人なのです。 それでもまだ自分の上昇志向が優っている新人には、秘書という職の「メリット」について語るといいでしょう。秘書という職は、企業のトップの考え方や経営方針が一番よくわかるポジション。今の秘書としての経験を糧にほかの業務に就くことができれば、こんなに良いポジションはほかにない、というわけです。 そして、どんな新人にも必ず伝えなければいけないのは、秘書というのは特別な仕事ではないということです。ビジネスパーソンであれば誰もがする仕事を、特定の上司のためにするのが秘書。テレビで見たような型通りの「秘書」のイメージに振り回される必要はありません。しかも、たくさんの人間を見てきた第三者から「この上司に合う」と抜擢されているのです。最初はうまくいかないことがあっても、必ず報われる日が来るとアドバイスしてあげましょう。 新人秘書には、まず「秘書に向いている」と第三者から思われたことに、自信を持たせてあげてください。そして、秘書という職の楽しさ、喜びを、先輩として教えてあげましょう。本人の意識が前向きになれば、成長もグッと早くなるというものです。 □秘書課に配属されたこと自体が才能と伝える
56プロ秘書は入社一年目の新人にまずこれを叩きこむ 企業の規模によって内容は多少異なりますが、基本的な秘書の仕事は、「上司が仕事に専念できる環境をつくり、補佐すること」です。では、入社したての新人秘書に教えるべき心得は、一体どんなことでしょうか。 まずは、「自分で自分の限界値を決めないこと」です。これは、秘書業務そのものというより、「仕事をする」ということにおいて大切な土台となる姿勢です。「自分はこの業務はできる」「この作業は苦手だ」「この人とはやっていけない」など、思い込みはすべての成長の妨げになります。自分で決めた境界線に縛られることなく、まずは素直にすべてを受け入れ、「言われた通りやってみること」を教えましょう。そのうえで、もっと自分なりの良いやり方が見つかれば、改善策を提案すればいいのです。その際も、反発するのではなく、あくまで提案することの大切さを説きましょう。これがコミュニケーションの基本になります。 新人に仕事を覚える土台ができたら、次に教えるべきは、実質的な秘書業務です。秘書業務は、大きく分けると三つあります。 ①スケジュール管理(面談、会食、出張等の日程調整、各種予約・チケットの手配など) ②接遇業務(来客への対応、会議・出張等の同行など) ③雑務一般(文書作成・管理、部屋の環境づくり、慶弔手配など) これらは、企業によって規定や慣例などで処理の仕方が決まっているものもあれば、状況に応じてその都度変えていかなくてはならないものもあります。とはいえ、社会人経験のない新人には、すべてがはじめての業務です。「簡単なものだから」と説明を省いたりせず、丁寧に教えてあげるといいでしょう。そして、どんな業務にもコミュニケーションと確認が必要であることを教え込みます。 実質的な秘書業務をひと通り教えることができたら、次に秘書として大切な「気配り、心配り」について教えます。これは、どんな秘書業務にも通じることなので、「スケジュール管理をするときには、こんなことに気をつけて」「会議中はこんなことに注意するといいわよ」など、具体的な事例に紐付けて教えるとわかりやすいでしょう。しかし、ある意味センスの問題でもあるので、新人のタイプに合わせた教え方が必要です。 上司にもおおらかなタイプや神経質なタイプがあるのと同じように、新人にもいろいろなタイプがあって当たり前。仕事をスムーズに覚え、進めていくことができるよう導くことは大切ですが、個性を潰してまで「完璧な秘書」という型に矯正していく必要はありません。秘書は、個性が生きる仕事でもあることを覚えておきましょう。 これまでに簡単に触れた秘書の実質的な業務がイメージしやすいよう、実際に社長秘書を務めている Aさんのある一日をご紹介します。社長秘書 Aさんの一日 8: 30 出社社長執務室を社長の好みの環境(室温、明るさ)に整える。そして、その日処理すべき案件をひと目で分かるようにデスクにセッティング(机上整理)。その後、自分のデスクとパソコンのメールをチェックし、急ぎのメモや情報がないか確認。そのうえで今日一日の社長の予定を確認する。 9: 00 社長出社社長が出社したら、朝の挨拶に伺い、好みの飲み物を出す。その際、社長の体調、さらには身辺(家族など)に変わったことがないか、さり気なく確認する。今日一日の予定を社長と確認し、変更が生じた部分については関係各所に伝達、再手配を行う。そして、社長の指示を受ける(昨日の会食の礼状作成など)。 9: 30 会議資料と来客情報の提出社長が出席する会議資料を準備する。変更部分に関して、会議前に社長に説明する。午後の来客が初対面なので、プロフィール等の情報を提出する。社用車のドライバーと、行き先や道順に関して打ち合わせをする。 10: 00 社長出席の会議会議室に人数分のお茶を出す。その後、各部署から届いた書類を整理して、郵便物を分類する。電話対応(主に社長への面談や講演依頼)。社長指示の会食礼状を作成する。一一時半、会議終了。 11: 35 会議中にあった諸連絡を報告会議中にあった面談依頼の電話などを報告する。指示に従い、新たにスケジュールを組む。 13: 00 社長が来客と面談お客様を玄関にて出迎え、応接室に案内する。初対面なので、名刺をいただく。社長に来社を伝えて、お茶を出す。一四時半、面談終了。玄関まで見送り。 15: 00 業界団体の会合出席のため、社長外出ドライバーに連絡し、配車。社長を見送る。午後に届いた書類の整理と郵便物の分類。電話対応(主に社長への面談や講演依頼)。 17: 15 社長帰社飲み物や、時にはおしぼりを用意し、体調を確認する。外出中にあった面談依頼の電話などを報告。新たにスケジュールを組む。終業時間が近づいたら、明日の予定と変更の有無を確認する。その日のうちに対処すべきことがあれば、素早く処理する。 18: 00 社長退社社長が退社したら、執務室の机上整理を行い、環境を整える(ゴミの処理等)。 18: 30 退社自分のデスクとパソコンのメールをチェック。机周りを確認、整理し、退社する。 □まずは自分で「自分の限界値」を決めない!
57プロ秘書は新人がつまずくポイントを知っている 新人がつまずくのは、大抵自分の仕事に慣れ、自信を持ったときです。「自分は一〇〇パーセントできている」と思った段階で、成長は止まってしまいますし、他人の意見を聞く耳も持てなくなってしまいます。さらには、必要以上に相手に厳しく当たってしまったりもするのです。プロの秘書は「相手のミスを言及しない、自分のミスを弁明しない」ことをモットーにしています。 特に新人のときは、「自分はまだできていない」「自分には足りていない部分がある」という謙虚な気持ちが必要です。これは、自分の実力を誠実に見つめ直すということ。その気持ちがあればこそ、他人のアドバイスを素直に受け入れ、自分のものにしていくことができるのです。その気持ちがなくなった瞬間、多くの人は自分を過信し、大きな落とし穴に落ちてしまいます。 間違いを犯さないためには、自分を完璧だと思わないこと、自分で自分を過小評価、過大評価しないこと、自分を第三者的に見ること、が必要です。自分はどんなに完璧にやり遂げたと思っていても、上司や周りからの評価は違うものです。一〇〇パーセント完璧どころか、ギリギリ合格点の六〇パーセントという場合もあるかもしれません。そう思っていれば、仕事が完成しても「何かミスはないか」と必ず確認することができますし、上司に提出する際にも自然と「お待たせいたしました。これでよろしいでしょうか」という謙虚な言葉が出るはずです。自分が完璧だなどと思わなければ、他人のミスを必要以上に責めたり、上から目線で発言したりすることもなくなります。 それには、自分で自分を評価しないということを肝に銘じる必要があります。そもそも評価というのは、第三者がすることなのです。新人にかぎらず、それをわかっていない人が驚くほど多いように思います。そして、自分の評価は得てして甘くなりがちなので、実力を過信したり、さらには「上司が認めてくれない」「会社はわかっていない」と不平不満を言うことになります。しかし、その実態はといえば、周りや上司の評価のほうが正しく、自分が実力を見誤っているケースのほうが断然多いものなのです。 失敗は、少し仕事に慣れてきた頃にこそ起こりやすいものです。それは、ちょっとした自信が邪魔をして、最初の頃には徹底されていたダブルチェック、トリプルチェックが疎かにされるからです。 手痛い失敗から学ばずにすむよう、常に謙虚な心を持ち続け、慎重な行動を心がけてください。これは新人だけでなく、どんなベテランビジネスパーソンにも必要なことです。 □自分で自分を評価しないということを肝に銘じる
58プロ秘書は「かわいがられる新人」を育てる プロの秘書は、上司と「阿吽の呼吸」で仕事をします。上司にとって心地の良い距離感で仕事をする。指示を受けなくても、先回りして仕事をする。だから上司に頼られ、意見を求められるのです。プロの秘書は、自分と同じように「かわいがられる」新人を育てます。「かわいがられる」とは、つまり信頼されている、上司が心を許せるという意味です。「自分のことをよく理解してくれている」と思えばこそ、意見を求められたり、重要な仕事を任せてもらえたりするのです。まずは、上司をよく知ることが肝心。思考回路に合わせた動きをするためにも、コミュニケーションをしっかりとるようアドバイスしましょう。 そして、新人であれば特に、「申し訳ございません」が言えることも大切です。あってはならないことですが、新人時代はミスを犯しがちです。そんなときに「なんとか取り繕おう」とするのではなく、素直に謝り、すぐに事態の収拾に取りかかれること。ミス自体はマイナスですが、その後の働きで、信頼を回復できることもあるのです。 少し意外かもしれませんが、「上司のイエスマンにならないこと」「媚びへつらわないこと」もポイントです。「かわいがられたい」と思うと、つい上司の気分を良くすることばかりを考えて、ヨイショしたり、すべてを「いいですね!」と肯定したりしがちです。しかし、それは一瞬上司の機嫌が良くなるだけのこと。本当に上司のためを思うなら、耳の痛い意見も言うことができる秘書でなくてはなりません。 私も以前、宗次から「客観的に見ておかしいことがあれば、それを伝えるのもあなたの仕事だ」と言われたことがあります。できる上司ほど、自分と違う意見を大切にするものなのです。 ただし、ここで間違えてはいけないのは、「イエスマンにならない」ことと「上司に反対意見を突きつける」ことはまったく違うということです。「それは間違っています!」と声高に主張しても、上司の反発をまねくだけで、発言の真意を心に響かせることはできません。「こういったやり方もあるようですが……」「実はこんな情報を得たのですが、参考までに……」と、押し付けがましくならないよう気をつけながら提案してこそ、上司も素直に耳を傾けてくれるのです。控えめな言い方では、なかなか通じないと感じるかもしれませんが、それなら何度でも表現を変え、伝えるタイミングを変えて、「手を変え品を変え」提案を続けることです。上司にぴったりとはまる方法が見つかれば、そこから先はグッと意見が届きやすくなるでしょう。「なかなか自分の意見が聞き入れてもらえない」という新人には、まずは根気強くアプローチすることの大切さを説いてください。そして、上司に「かわいがられている」、よく会話をしている人を観察し、その話し方を真似させてもいいでしょう。上司にかわいがられるためのヒントは、やはり上司とのコミュニケーションの中にあるのです。 □上司に「媚びへつらわないこと」もポイント
59プロ秘書は「マイペースな新人」に一度ミスをさせる 新人を指導するときには、新人の資質に合わせた教え方をする必要があります。これは、上司に接するときと同じこと。プロの秘書は、上司にも後輩にも自在に自分を合わせ、歩み寄ることができます。上司の場合は三タイプに分けましたが、新人は大きく二つのタイプに分けて指導法の違いをお話しします。 まず一つ目のタイプは、「マイペースな新人」です。マイペースな新人は、積極性や自信のあるタイプといえます。行動は早いが確認を怠りやすく、うっかりすることが多いようです。また、他人のやり方に合わせることがあまり得意でないため、「ここで必ず先輩に確認してね」「上司にこれを聞くのよ」と念押ししていても、うっかり忘れて「自分流」を貫いてしまうこともあります。ただし、自分で考える能力があるので、あれこれ状況を改善するための対策を立てることは得意です。また、得意分野に関しては「一つ教えただけで一〇理解する」という理解力の高さも発揮します。 説明を聞いているときの態度を例にとるとわかりやすいかもしれません。マイペースな人は、渡したマニュアルに「書いていいですか?」と聞くことなく、どんどんメモしていってしまいます。「全員共通のマニュアルで、書き込んではいけないものかもしれない」という思いが働きません。こういうタイプの新人は、思い込みでどんどん暴走してしまう危険性があります。 そのため、マイペースな新人系だなと判断したら、要所要所にストッパーを掛けておくことをおすすめします。「資料ができたらこのボックスに入れる」「新規のスケジュールが入ったら赤字で書く」などのルールを決めて、いちいち確認するのです。「その資料はもうできたんじゃないの?」「新規のスケジュールなのに赤字で書いてないわよ」などなど。マイペースな新人は、他人からとやかく言われることが好きではないので、「その通りにやらないと注意されるな」とわかれば、自然と行動も伴ってきます。 また、自信過剰なところがあるぶん、ミスをしないと自分の実力に気づけないこともあるようです。たとえば、あってはならないことですが、関係者へのメールを「 B CC」でなく「 CC」で送ってしまうという重大な問題を引き起こした場合、「注意が足りないからこういうミスをするのよ」とストレートに叱ります。そして、「二度目はないわよ。次は確認してから行動ね」と釘をさします。そうすれば、負けん気が強いマイペースな新人は、確認の重要性を認識し、二度と同じことで注意されないように努力します。そして、ミスを挽回するために、必死で働くようになるでしょう。当然、こちらも十分な確認をおこたってはいけません。 私は宗次直美から、「社員は自分の子どもと同じ。愛情をかけるから人は育つのよ」と言われました。マイペースな新人は、多少扱いにくい後輩かもしれませんが、そこで「面倒なのが来ちゃったな」と嫌々指導していては、新人は育てられません。宗次直美の言葉を借りれば、新人教育は子育てと同じ。愛情が必要なのです。彼らの個性を伸ばすにはどうすればいいのか、どういう説明をすればきちんと伝わるのか、大きなミスをしないためにどんなストッパーをかければいいのか……。新人の行いを嘆く前に、自分ができることはないのか、模索して最善の策を見つけましょう。 □「二度目はないわよ。確認してから行動ね」と釘をさす
60プロ秘書は「不安だらけの新人」を叱らない 秘書が新人をうまく指導していくためには、話し方や教え方を相手の資質に合わせる必要があります。新人を大きく二タイプに分けた場合の傾向と対策として、この項目では「不安だらけの新人」についてお話しします。「不安だらけの新人」は、自分にまったく自信がありません。そのため、どんなに簡単な仕事でも確認に確認を重ねてしまい、大幅に時間をロスすることも多いようです。また、石橋を叩いて渡る性格なので、極度に失敗を恐れる面があり、言われたことしかやりません。ただし、慎重さという取り柄があるので、基本的には大きなミスは少ないといえます。また、きちんとしたマニュアルや説明さえあれば、安心して仕事に取り組むことができるようです。 不安だらけの新人についても、説明を聞く態度で判断することができます。彼らは、マニュアルを前にして説明を受けていてもきちんと「このマニュアルに書き込んでもいいですか?」と確認します。そうでない場合は、自分のノートを取り出してメモをとっていきます。「このマニュアルは、自分専用のものではないかもしれない」という気遣いができるのです。 そのため、不安だらけの新人には確認しながら、自信をつけてあげられるよう、得意分野の仕事をさせて「できるじゃない」と褒めたり、彼らの仕事ぶりに対して「すごく助かったわ」とマメに評価したりすることが必要です。「この行動は喜ばれる」とわかれば、次からは何も言わなくても同じことをしてくれるでしょう。少し時間はかかりますが、自信がつけば自ら行動できるようになるのです。 たとえば、先ほどと同じように「 B CC」で送るべきメールを「 CC」で一斉送信してしまった場合。不安だらけの新人は、さんざんチェックをした挙句の失敗で、本人はひどく落ち込んでいます。「やっぱり自分はダメだ」「この仕事は向いていないかもしれない」とまで思っているかもしれません。そのように、放っておいたら自分を責めてしまうタイプの新人には、さらに追い打ちをかけるような個人否定は禁物。まずは「たしかに、誰でもミスはします」と一般論を伝えます。そして、「次は絶対にしないように、確認を工夫してみたらどうかな」と優しく論理的に伝えます。ミスをした事象について重大なことを理解させ、反省させます。でも人格の否定はしません。 対応を誤って、マイペースな新人と同じように叱ってしまうと、不安だらけの新人の僅かな自信をさらに削ぐことにもなりかねません。教える、説明する、注意する……どの場面でも、新人のタイプに合わせた行動がポイントになります。新人の長所を伸ばすことができるかどうかは、こちらの指導にかかっているのです。 □反省させる。しかし人格の否定はしない
61プロ秘書は新人に先輩のフィルタを外させる 新人は、先輩の指導を素直に受け止めることが必要です。たとえ、少し自分のやり方とは違うなと感じても、最初から他人の考えを否定していては、何も成長できません。秘書業務に関しても基本的には同じですが、私は「一度は先輩の指導をきちんと聞き理解しなさい。慣れてきたら、自分なりの工夫をして提案しなさい」とアドバイスしています。実は、上司のためには、先輩のフィルタを外してみる過程も大切なのです。 たとえば、礼状の書き方やお茶の入れ方などの実務的なことであれば、まずは先輩の指導通りにするのが一番でしょう。自分で勉強をして、「より良いやり方」や「効率の良い進め方」が発見できる場合もあるとは思いますが、経験ある先輩の指導にまず間違いはないはずです。 問題は、上司の思考傾向や好みに関する事柄についてです。たとえば、朝はどんな飲み物が飲みたいのか、どの郵便物が不要なのか、どんなファイリングが使いやすいのか、などなど。先輩からは「朝は日本茶」「投資関係の相手には会わない」と教えられていても、時には「朝は毎日日本茶でよろしいですか?」「証券会社の方から面談のお申し込みがありましたが、お会いになりますか?」などと聞いてみます。すると、「最近はコーヒーに凝っていてね」と言われたり、「会ってみようかな」と言われたりする場合もあるからです。これは、先輩の情報が更新されたということです。上司の好みや習慣は変わるかもしれません。先輩の指導を受け入れたうえで、改めてもう一度確認する過程が必要なのです。 上司への確認が必要なのは、自分が誰かの後任で秘書を務める場合に限りません。私のように二〇年以上同じ上司に仕えていても、定期的に確認することにしているのです。特に、面談の相手は企業の状況によって刻々と変化するので、一度「会わない」と言われても、その情報に固執しないこと。その日は「忙しいから会いたくない」と思っただけかもしれませんし、新規事業に参入したことで、あるときから面談が必要になる場合もあるのです。 秘書は、上司に対する理解を深める必要があります。しかし、「自分は上司のことをよく理解している」と過度な自信を持っていると、いつの間にか上司の判断ではなく、自分の判断で仕事を進めてしまっているのかもしれないのです。それは秘書として決してあってはならないことです。新人秘書には、時には客観的に先輩のフィルタをはずして仕事を見直すよう、アドバイスしましょう。そして、常に自分のフィルタに間違いがないか上司の意向通りか確認することも忘れないでください。 □自分の判断ではなく、上司の判断で仕事を進める
62プロ秘書は新人に息抜きをさせる ビジネスパーソン全員に言えることですが、仕事で知りえた秘密事項を軽々しく口にしない、「口の堅さ」は重要です。なかでも秘書は、「口の堅さ」が特に求められる仕事。トップの考えを直接聞くことのできる立場にあり、まだ公になっていない情報が多く飛び交う場所にいるのですから、当然のことでしょう。しかし、新人秘書にはまだ、あまりその自覚がありません。そこで、プロの秘書は新人のために「話をしてもいい場所」を設けます。 たとえば私の場合なら、秘書仲間を集めて定期的に食事会を開いています。そこでは楽しく食事をしながら、ある程度は具体的な話も出てきます。しかし、そこ以外の場所では決してお互いに何も喋ってはいけませんよ、というわけです。本当は、仕事で知りえたことは誰にも話さないのが一番ですが、一人ではその重荷を背負いきれなかったり、具体的な説明をしないと的確なアドバイスを求められないと感じることもあるでしょう。そのための場をあえて設けることで、若い秘書たちが気分転換できるようにしているのです。 社内に自分しか秘書がいない場合であれば、秘書の集まりなどに行ってもいいでしょう。守秘義務の重みを知った秘書同士なら、話せる範囲は決まっているかもしれませんが、そういう場所であれば、万が一具体的な話が出てしまったとしても、分かり合える者同士。安心して話ができるというものです。 また、ほかの部署と合同の飲み会があった場合などには、新人秘書の様子をうかがうことも忘れてはいけません。そして、「普段はきちんとしているけれど、お酒が入ると少しラフになってしまうタイプだな」などと思えば、シークレットな業務を担当した場合は対外的なこと全般に十分注意します。それが会社のためであり、本人のためだからです。 秘書はある意味、人と自由に話せない孤独な仕事です。しかし、そのことをあまりに重く受け止めて、強いストレスを感じていると、長く仕事を続けることはできません。何かのきっかけで、張り詰めていたものが切れ、ダメになってしまう可能性が高いからです。 そこで私は、新人秘書に、「すべてを忘れられる時間を持ちなさい」とアドバイスすることにしています。趣味に熱中してもいいし、エステなどでリラックスしてもいい。秘密という職の重荷から解放される時間を自分からつくるのです。自分で心のバランスを取るための行動ができるのも、プロの秘書にとって必要な素養なのです。 □「すべてを忘れられる時間を持ちなさい」と助言する
あとがき 私は、多くの素晴らしい方々の仕事術を素直に取り込み、時には真似をし、自分なりの工夫を加えながら、この四半世紀を「秘書」として過ごしてきました。どこまでいっても完璧はなく、正解もないのが人間相手の仕事です。それを「辛い」「大変だ」と言ってしまえばそれまでですが、ポジティブに捉えれば、だからこそ面白いし、楽しいのです。 考えてみてください。人は一人では生きていけませんし、ましてや人との関わりなくして仕事をすることはできません。対価である報酬を得ることもできないでしょう。 しかし、「仕事だから仕方ない」と自分の思いを押し殺し、まわりばかりを見て過ごすよりも、今ある環境を受け入れ、少しでも楽しく、ストレスなく仕事ができたほうがいいはずです。できれば自分の仕事ぶりを認められ、信頼されて、仕事を任されたいと思いませんか。 そうありたいと思うのであれば、すべてと前向きに向き合うこと。また、客観的な目を持つことが大切です。冷静に分析をしながら周りを見る習慣をつけることで、時には相手を反面教師にしてでも学ぶことができるのではないでしょうか。みなさんには、「ちょっと苦手」「ちょっとやりにくい」「ちょっと好きじゃない」といった自分自身の価値観や思いに縛られて、見る目や意欲を閉ざさないでいただきたいと思います。 気持ちは、育てようによっては鋼のように強くもなり、それでいて羽のように軽く、綿のように柔らかくなるものです。まずは自分自身を認め、まわりを認めてあげてください。そうすれば、仕事に対する真摯な気持ちは、天まで育つ豆の木のようにのびのびと伸びていくことでしょう。同期、先輩、上司、トップがいきいきと仕事に取り組んでいる職場なら、良い仕事ができる条件は揃っています。あとは、自分の気持ち次第です。逆に、自分の前に立ちはだかる壁を感じて苦しんでいる人、不満がある人も、「ここでは自分の力が発揮できない」と諦める必要はありません。改善すべき部分がたくさんあることに、やりがいを感じる方法もあるはずです。また、いきいきと働く姿を見せつけることで、職場の空気そのものが変わってくることもあるかもしれません。やはり、すべては自分次第なのです。 忘れてはいけないのは、仕事は必ず誰かのためになるということ、誰かのためにするものだということです。自分のためだけに仕事をしはじめた瞬間から、どんなに順調に見えても次第に人は離れていき、成果には繋がらなくなってしまうのです。 私も多くのみなさまに支えられ、育てていただきました。もちろん、秘書になって三〇年以上がたった今でも、私の学びは続いています。また、上司の理解がなければ、秘書検定の仕事に携わることもありませんでした。おかげで、秘書協会様や日本合理化協会様から自分の経験をお話しする機会をいただくことができましたし、プレジデント様には秘書としてのノウハウを何度も取り上げていただきました。こうしたみなさまとのご縁が、この本の出版につながっていると思っています。 さまざまな人にこの本を手にとっていただき、「みんな同じなんだな」「なんだ、こんなふうに考えればよかったのか」と、何かしらのヒントを得ていただければ、こんなに嬉しいことはありません。秘書として、さまざまな業務に携わることができたことを、心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。
【著者紹介】中村由美 Yumi Nakamuraコンサルタント会社の社長秘書を経た後、当時まだ 100店舗の中堅企業だった株式会社壱番屋に入社。秘書の経験を買われ、社長秘書に任命される。急成長の壱番屋において創業者・宗次德二氏をはじめ、 3代の社長に仕え、トップの側で上場も経験する。中小企業の秘書実務と上場企業の秘書実務の両方を知る数少ない人物。日本秘書協会(元)理事、ベスト・セクレタリー、日本秘書クラブ東海支部(元)役員、秘書技能指導者認定、サービス接遇指導者認定。カレーハウス CoCo壱番屋(株式会社壱番屋)創業者(宗次夫妻)秘書。
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