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Chapter4この「ひと言」で、相手との距離が縮まる

上司の間違いを本人に指摘することは、とてもしづらいものですよね。

普段から部下への愛情を注いでいるよい上司でも、かわいい部下に高圧的な言い方をされたら、表面には出さなくてもムッとするものです。

まずNGなのは、「これ、間違ってますよね?」という、断定する言い方です。相手が上司でなくても、先輩や同僚だとしても、高圧的に感じます。

「これ、間違っていませんか?」も、疑問形になる分やや柔らかくなりますが、受け取る側にしたら、まだ高圧的に感じます。

まして上司が完璧主義だったり、仕事以外の話ができそうもない距離感ならなおさら、気分を悪くさせてしまうかもしれません。

上司の間違いを本人に指摘するときは「私が間違っていたらすみません」と「もしかしたら」を添えて上司を立てるのです。

リクルートの上司も、ときには間違うことがありました。

その際は「私が間違っていたらすみません。もしかしたら、間違っていませんか?」と言うようにしていました。上司の間違いを指摘するときは、取引先と同じ対応をすると失礼にならないということです。

コツは、上司を立てるひと言をダブルで添えるのです。もし、上司の間違いを指摘する場面がきたときは、安心してダブル使いをしましょう。

信頼する上司に疑問を抱くなんて考えたくないかもしれませんが、それだけ自分が成長した証拠なのです。遠慮なく上司に疑問を投げかけてみましょう。

安心してください。

上司は〝王様〟ではありません。その際に「それはちょっとおかしくないですか?」というのはNGです。たとえ疑問形でも、正面から上司のアドバイスを否定しているように感じてしまいます。

高圧的な疑問形は避け、上司を立てるような言葉を添えるのです。

「お言葉を返すようで恐縮ですが、私はこう考えます」「とても僭越なのですが、私はこう考えます」よきコーチのような上司なら、このように言えば部下の考えを受けとめてくれます。

近づきがたい雰囲気の上司なら、もうワンクッション置いて上司を立てるのです。

「アドバイスありがとうございます。おっしゃることはよくわかるのですが、このような考え方はいかがでしょうか」まず、上司の承認欲求を満たす言葉を添えてから自分の意見を言っていますね。

このような言い方なら、かたいイメージの上司でも、受けとめてくれると思います。それでも聞く耳を持ってもらえなかったとしたら、残念ながらその上司は、王様は王様でも、〝裸の王様〟なのです。

上司や先輩に質問した後、いざデスクに戻って仕事を始めてみると、「あれ?何だったっけ」と、記憶が喪失することは意外とあるものです。

わからないと思った時点でタイミングを見計らい、勇気を出して再度聞くようにしましょう。そして、当然ながら言い方には気をつけるに越したことはありません。

「さっきの何でしたっけ」これはNGです。自分が自分につぶやいた、「あれ、何だったっけ」を、そのまま言っていることになります。

どんなに上司や先輩との距離が近くても、再度答えていただく手間をかけるわけですから、ここはていねいな言い方をしたほうが賢明です。

それに、もしも上司や先輩の虫の居所がよくなかったとしたら、「さっきの何でしたっけじゃないよ」「ちゃんと聞いてなかったのか」と、言われてしまうかもしれません。

「先程の件、もう一度確認したいので教えていただけますか?」このような言い方なら、気分を害することはないでしょう。

または、再度手間をかけさせてしまうことを申し訳なく思う気持ちを添えてから言うのもよいと思います。

「先程教えていただいたのにすみません。先程の件、もう一度確認したいので教えていただけますか?」これなら、びくびくすることなく、安心して上司や先輩に再度質問できそうですね。

質問を一つに絞ってくる人に、上司や先輩は安心して答えてくれます。なぜなら、上司や先輩は忙しいからです。「教えていただきたいことがあるのですが」だけだと、質問の数があいまいです。

この場合、上司や先輩は、忙しい最中に三つも四つも質問されるのではないかと不安になります。

または、それほど重要なことではない質問かと思って、仕事の手を止めずに話を聞く「ながら聞き」をせざるを得なくなる場合もあります。

実際に、パソコンとにらめっこしている上司のところに行って、「教えていただきたいことがあるのですが」と、かくかくしかじか話している同僚が「結局何が聞きたいの?」と、上司に逆質問されている姿を見たことがあります。

ところが同じ上司に「一点、教えていただきたいことがあるのですが」と声をかけている仲間には、仕事の手を止めて顔を上げ、質問に耳を傾けているのです。

部下や後輩に「教えてください」と言われて嫌な気持ちになる人はいないでしょう。わからないことは、上司や先輩にどんどん質問してよいと思います。

そのときは、「○点」と数を添えると、安心して話を聞いてくれるでしょう。聞きたいことが複数ある場合は、改めて時間をとっていただけるかを確認してからにしましょう。

テキパキと仕事をこなす部下は見ていて気持ちがよく、上司としては頼もしい存在ですよね。ですが人間です。誰だってミスをすることはあります。部下を注意するときの大原則は次の通りです。

「ほめるときは全員の前、注意するときは一対一」「まず評価してから、改善してほしい所を指摘する」某商社で20代の男性が遭遇した、この原則と真逆のケースを紹介しましょう。

ある日、男性は皆がいる前で上司に大きな声で注意されました。

「間違ってるよ!」新卒で入社して、2カ月経ったころのはじめてのミスでした。彼は傷つきました。なぜならいきなり頭から否定されたからです。

これが恐怖心となり、加えて皆の前で注意されたことも重なり、その後はすっかり気力も集中力もなくなってしまったといいます。部下のマネジメントは子育てに似ています。

もしこの上司が原則を身につけていて、皆の前ではなく一対一の場に移動し、彼の仕事の速さを認めてからミスを指摘していたら、結果は大きく違っていたと思います。

その後、新卒の彼は商社を退社して、新しい会社で現在も活躍をしています。新しい会社の上司は、まずいい所をほめてから、注意をしてくれるそうです。

頭から注意をした元上司が、将来有望な部下を失ったことは言うまでもありません。

「ほめるときは全員の前、注意するときは一対一」リクルートでは部下を注意するときの大原則が守られ、継続されていました。私が大きなミスをしたときの話をしましょう。

特集に入れるはずの求人広告を入れ忘れてしまうという、お客さまに大迷惑をかけるミスが皆の前で発覚したとき、上司はその場で私を叱りませんでした。

まずは急いでお客さまの所へ謝罪に行かせたのです。そして、帰社した私を待ち構えていたように、無言でフロアーの奥にある別室を指しました。大きなミスをしたのですからそれ相当の雷が落ちることを覚悟しました。

ところが上司は「お客さまにちゃんと謝ってきた?」と聞き、私が真摯に謝罪をしてきたことを伝えると、大きくうなずいてから「今度から気をつけましょう」と、それだけ言って部屋を出ていったのです。

上司いわく「ミスをした本人は叱られる理由をわかっているのだから、上司はくどくど言わずにスパッと注意をして『今度から気をつけましょう』で終わらせばいいの。

そのほうが部下の気持ちの切り替えは早く、同じ失敗をする確率が低くなるの」くどくど注意されることなく「今度から気をつけましょう」という上司の前向きなひと言が私をホッとさせ、メンタルが壊れることはありませんでした。

ある派遣社員の女性は、自己評価シートに記入する時期がくると、数年前まで働いていた某商社でのことを思い出してしまうといいます。

それは、自己評価のレベルを、謙虚な気持ちから下げて記入したのにもかかわらず、人事から戻された評価がそれ以下のレベルだったときのことだそうです。

ショックを隠し切れない彼女に上司は、「今回は残念だったね」と言うだけで、具体的な理由を聞いても、あいまいな答えしか返ってきませんでした。

現在の会社では、たとえ評価が下がったとしてもやりがいとモチベーションは保てると言っています。

なぜなら、上司は彼女に評価を伝えるとき、「がんばっていることはわかっているよ」という言葉を添えて「でも今回は評価が上がらなかったね」と言ってくれるので、心が軽くなるからだそうです。

心が軽くなるから、安心して改善点についてのアドバイスを聞くことができるのだと言っていました。部下を注意するときの大原則の一つに「まず部下を評価してから、改善してほしい所を指摘する」がありましたね。

「がんばっていることはわかっているよ」と、彼女の努力を先に認めてから今後のアドバイスをしてくれる現在の上司は、言うまでもなく大原則を心得ていたのです。

「上司と部下の関係は、高校野球のキャプテンとメンバーの関係に似ている」当時の直属の上司がよく言っていたのですが、これはリクルートの創業者である江副浩正氏の言葉だそうです。

確かにリクルートの営業部のチームリーダーは、自らが高い目標を達成する憧れ的な存在でありながら、10人前後のメンバーを日々鼓舞していました。

チーム全体が一丸となって目標達成に向かうため、チームリーダーは細部にわたり熱心にメンバーの指導をします。それでも部下が勘違いをして、言われた通りにできないことも時々ありました。

そのようなときでもリーダーは「私の言い方がわかりづらかったかもしれないね」と言ってから、改めてわかりやすく伝え直していたのです。

責めるつもりはなくても、熱心さゆえについ「〜って言ったよね」と言ってしまいそうなものを、自分にも非があったかもしれないというひと言を添えたリーダーに、私は深く感動しました。

つまり、常に部下の目線でいてくれるのですね。同じ目線で寄り添いながら、熱心に指導をしてくれる。そんな上司のためにも、部下はがんばろうと思うものなのです。まさに、高校野球のキャプテンとメンバーの関係に似ているのです。

なかなかエンジンがかからない人はいるものです。ギリギリにならないとやらない、ギリギリボーイズ、ギリギリガールズです。

彼らには、つい「何でやらないの?」「いつやるの?」と言いたくなってしまうかもしれませんが、それではかえってモチベーションが下がってしまう可能性があります。

送別会シーズン、退職する人へ贈る色紙を担当していた同僚が、なかなか書いてくれないギリギリボーイがいると嘆いていました。

困り果てた同僚は上司に相談したのですが、そのときのアドバイスに目からうろこが落ちました。

「優先順位が低いから、やる気スイッチが入らないのよね。そういうときは、押したらだめ!一歩引いて『どうしたらやってもらえるかな』と聞いてみるといいわよ」上司のアドバイスをもとに改めてギリギリボーイの所へ行き、「どうしたら書いてもらえるかな?」と声をかけるとハッとしたように同僚を見上げてこう言ったのです。

「いま書いて持っていきます」頼まれたことが途中で後回しになってしまうことはあります。そのことを念頭において、ギリギリパーソンズには「どうしたらやってもらえるかな」と、一歩引いた声がけを心がけるとよいのですね。

社員の定着率が高い会社に共通するのは、上司が部下たちをよく観察し声をかけていることです。たとえばそれは、新人が入ってきたときによくわかります。

「わからないことがあったら何でも聞いてね」と、先輩が新人に言ったとしましょう。しかし実際には、業務に集中している先輩の姿を前にすると、聞くタイミングを逃してしまう新人は多くいます。

勇気を出してやっとの思いで聞いても、余裕のない顔で早口で答えられて、よく理解できなくて不安になった話は意外とあるものです。

このような場面を目にしたとき、信頼される上司はスルーしません。雰囲気を変えようと動きます。まず先輩のほうに、ねぎらうように言葉をかけます。

「忙しくて大変だと思うけど、しっかり教えてあげてね。もし時間がなくて無理そうだったら相談にのるから言ってね」そして、新人へも安心するように「わからないときは、遠慮しないで先輩に聞くようにね」と声をかけます。

こんなふうに言葉をかけてもらえたら、先輩は「上司は忙しい自分のことを理解してくれている」と感じます。そして新人は、不安な気持ちがなくなるでしょう。

信頼できる上司は、教える側の気持ちと新人の気持ちに寄り添ったひと言で、双方をフォローするのです。相手が緊張しているかを確認したいとき、「緊張してる?」と聞くのはダイレクトすぎます。

人によってはプレッシャーを感じ、さらに緊張してしまうからです。もちろん、慈悲の心に満ちあふれているような笑顔の人に聞かれるなら別でしょう。

たとえば、体調を崩して詳しい検査結果を聞くときは、誰もが緊張しますよね。

緊張しているのに医師から「緊張してる?」と聞かれたら、「はい、緊張しています」と答えながら、結果が悪かったのかなと不安になり、さらに緊張してしまいます。

私が長年かかりつけている医師は、子どもから年配者にいたるまで地元の人に信頼され大変人気があります。いつも、患者さんを少しでも安心させてくれるような言葉をかけてくれるからです。

検査の結果を伝えるときは、微笑みながら「緊張しなくて大丈夫だからね」と、最初に言います。このひと言が、結果を聞く不安な気持ちをコントロールしてくれるのです。

もう何十年も同じ言葉を聞いているので、ほとんどの患者さんが先生のこのひと言で、安心をプレゼントしてもらっているのだと思います。

仕事関係でも家族でも友人でも、誰かが緊張をしていると感じたら、「緊張しなくて大丈夫だからね」という言葉をかけて、相手の不安を少しでも取り除くことができたら素敵ですね。

神経質そうな人に「神経質?」と聞くと気にしてしまいます。なぜなら、神経質という言葉の響きがネガティブだからです。

人によっては「ちょっとのことでも気にする面倒くさい人」と言われているようでショックを受けます。そもそも相手のネガティブを確認すること自体、本来は避けたいことです。ですが、時と場合によっては、ちょっとした会話の中で十分に起こることなのです。

相手の気持ちに寄り添った心づかいのできる人は、ネガティブなことを確認するときも、ネガティブな響きの言葉をポジティブなイメージの言葉に変換して聞きます。

どこかイライラしているような神経質タイプの人には、「どちらかというと繊細なほう?」と聞きます。すると「自分は繊細で神経質なほうだと思う」と穏やかに認める返事がきます。

何度も汗をふいてタオルが離せない人には「どちらかというと、寒いほうが好き?」と聞きます。すると「汗っかきだから、冬のほうがだんぜん好き」と笑顔で答えてくれます。

誰だってポジティブな言葉で言われたほうが、嫌な気持ちになりませんよね。

自分でもわかっているネガティブ要素だからこそ、ポジティブな言葉で聞いてくれる人には、心を許すようにホッとして、素直に自分を認めたくなるものなのです。

人との距離を縮める方法の一つに「愛称」があります。ですが、心がけておいたほうがよいことがあります。それは、呼び方を変えるときは相手の承諾を得てからにすることです。

今まで「〇〇さん」と苗字で呼んでいたのに、いきなり「〇〇ちゃん」とファーストネームで呼ぶと、相手が驚いてしまいます。

友人の女性は、婚活パーティで知り合った男性と初のお食事デートをした翌日に、「〇〇ちゃん、おはよう!」と、ちゃん付けでラインがきてびっくりしたといいます。

友人は彼の落ち着いた雰囲気に惹かれ、ライン上でのていねいな言葉使いにも好感を持っていました。

友人いわく「今まで下の名前で『〇〇さん』と呼んでいたのに、いきなり次の日からちゃん付けで『えっ?』って思った」とのこと。

彼女との距離を早く縮めたかった彼の心理はわかりますが、ひと言「○○ちゃんと呼んでいいですか?」と確認をしていたら、交際は続いたかもしれません。

フランクな呼びかたに変えたいときは、相手からの承諾を得ることで、安心して愛称で呼ぶことができ、自然に相手との距離が縮んでいくのだと思います。

コンプレックスはやっかいなものですね。人によっては一生ついて回るほど、心の奥深くにくすぶっています。

特に、学歴に関してのコンプレックスがあると、いくら周囲が「学歴なんて関係ないですよ」と言っても、昇進や年収など出世についてネガティブな想像をして、自分で自分を苦しめることになります。

私のところには、コミュニケーションが苦手で人間関係がうまくいかないという人が相談に来ますが、学歴コンプレックスの人もいます。

その多くは、幼少期の家族や友人、学校の先生とのコミュニケーションに原因があったりします。そのトラウマ的な心を少しでもほぐせたらと、必ず伝える言葉があります。

それは、「これからは学歴より、学習歴ですよ」です。もちろん、学歴が高いことは素晴らしいことです。ですが、社会人経験を積んでくるとわかることですが、学歴が高いからといって出世できるものではありません。

そんなに社会は甘くないのです。実際には、素直に勉強し続けていく人が周りに信頼され、自分の活躍できる居場所を見つけていくのです。

皆さんの周りに、もし学歴を気にしている人がいたら、「これからは学歴より、学習歴ですよ」と言って、その人の心の呪縛を解いてほしいと思います。

お恥ずかしい話ですが、私は新人時代に求人雑誌を営業するというロールプレイング研修で大泣きをしたことがありました。私の結果は散々でした。

パンフレットをめくる手がガクガク震え、笑顔が不自然になり、自分でも何を言っているかわからないうちにタイムオーバーを告げるベルが鳴るという始末でした。

情けなくて悲しくて、「私なんてもうダメかもしれない」と涙が止まらなくなってしまったのです。そして私にはコンプレックスがありました。

「アラフォーのシングルマザー」という劣等感です。そのくせ、営業の経験があり、自分の力をどこかで自負していたところがあったのだと思います。それだけに、この大失敗が堪えたのです。

研修終了後、お客さま役をした上司が「どうした、大丈夫か」と飛んできました。「私なんてもうダメかもしれないです」と、涙ながらに訴えると、上司は次のように言って私をポジティブにしてくれました。

「もうダメってことはないですよ。まだまだ伸びしろがある。今日の経験が財産になっていくんだよ」「伸びしろがある」という言葉が、もうダメかもしれないと悲観的になっていた気持ちを救い、私の劣等感を軽くしてくれたのです。

若いということ、そして若く見られることも、とてもすばらしいことだと思っています。ところが人によっては、コンプレックスになる場合が、意外と多くあるのです。

知り合いのセールスマンは、30代半ばで独身なのに、仕事のときだけダミーの結婚指輪をしています。お客さまに年齢を聞かれて答えるたび、「若いね!まだ20代前半かと思った」と言われるのだそうです。

若く見えるから頼りがいがないように思われて、契約が取れないんだと思い込んでいたのです。

ある日、契約してもらったお客さまから「〇〇君は若いのに結婚しているんだね」と言われ、指輪をするに至ったコンプレックスを打ち明けると、お客さまは、次のように言って彼の心を軽くしました。

「確かに外見は20代に見えるけど、話せばちゃんと落ちついた30代に見えますよ。だから、若く見られることはすばらしいこと」彼の左手薬指から、ダミー指輪が消えるのはそう遠くないような気がします。

さて、「若いね」と言われると、なんだか小バカにされたような気がしてほめ言葉として受け取れないという20代がいることも事実です。

誤解を生まないためにも、「若いね」というときには、「若いってすばらしいね!」と言ってみましょう。事実、若い人には多くの可能性があるのですから、本当にすばらしいのです。

「がんばったね」と言われるのと、「よく耐えたね、がんばったね」と言われるのとでは、どちらが救われたような気持ちになりますか?もちろん「がんばったね」と言ってもらえるだけでも心が軽くなりますよね。

ですが、「よく耐えたね」というひと言があると、自分のつらさに寄り添ってくれているような気がして、張りつめていた糸が切れるように安堵感を持つのではないでしょうか。

以前、リクルートの先輩が体調を崩して入院し、その後無事に復帰をしたとき、「おかえりなさい」「待ってました」と、皆が一斉にウエルカムコールを響かせました。

しばらくすると、復帰した先輩に個別に声をかける先輩たちの声が聞こえてきたのですが、中でも「よく耐えたね、がんばったね」という言葉がとても印象的でした。

仕事を休まなくてはならなくなるほど体調を崩してしまうことは、つらいことです。また、久しぶりに職場に顔を出すことも、何かと不安になるものです。

先輩は、「そんなふうに言ってもらえるとホッとする。思いきって今日出社してよかった」とうれしそうでした。

「よく耐えたね」というひと言は、体調を崩してつらかった気持ちに寄り添い、久しぶりに出社した先輩を安心させてくれたのです。

励ましの言葉は、どんな言葉でも気持ちが伝わってくればうれしいものですが、人間とは勝手なもので、ときにガンガン励まされるより、何でもないようなさりげないひと言が、不安な気持ちをコントロールする場合があるのです。

「いつも通り、平常心でね」これは、リクルートの仲間が、よくかけていた言葉です。

特に、はじめて訪問する会社に向かうときや、突然入った予定外のアポイントに、慌てて準備をしているときなどに、このように言って励ましていました。

ある日、飛込み先の社長から「できるだけ早く話が聞きたい」と電話があり、3時間後に訪問することになったときのことです。

「いきなり社長アポとは」と、緊張を隠せないで資料を準備していると、となりの席の先輩が「いつも通り、平常心でね」と、笑顔で声をかけてくれたのです。

「いつも通り」という言葉に、私は「そうか、いつも通りでいいんだ」と思いました。すると、身構えていた緊張がとけるように、不思議と気持ちが落ち着いてきたのです。

「平常心でね」だけだったら、単に「落ち着いてね」と言われているように感じて、気持ちが張り詰めたままだったかもしれません。「いつも通り」というひと言が添えられただけで、気持ちが安定したのです。

お客さまに迷惑をかけてしまったときや、営業成績が伸びない時期が続いているときなどは、精神的につらいものです。

そんなときは、「私も同じだよ」と、同志の心が伝わるように励ますと、相手の暗くなった心に優しい明かりが灯るでしょう。落ち込んでいた私を、一人の先輩が励ましてくれたことがありました。

毎日50件、60件と訪問しても門前払いばかりで、気が沈んでいた私に「それは落ち込むよね、でも、落ち込むことないよ」と言って、自分にも同じような時期があったこと、そして必ずスランプは抜けることを話してくれたのです。

「それは落ち込むよね、でも、落ち込むことはないよ」私はこれを「励ましのイエスバット方式」と名付けました。「それは落ち込むよね」というひと言がイエス、そして「でも、落ち込むことないよ」がバットです。

最初からバットで励ますのではなく、一度イエスで相手に共感することで寄り添いながら励ますことができるのです。仕事に熱中していると、時に自分一人だけでがんばっているような孤独感に襲われることもあります。だからこそ「私も一緒だよ」「その気持ちわかるよ」と共感してもらうと心がホッとするのです。

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