07社長は「機能にすぎない」と心得ている「自分は偉い」と勘違いしている社長が会社をダメにする傲慢で偉ぶっていたり、理不尽を言ったり、公私混同していたり……。「社長は何をしてもいい」なんて考えは、すぐに捨て去るべきです。 社長は責任が重い立場にいる分、報酬が多いだけ 突然ですが、一つ質問です。「社長」は、人間的に偉いのでしょうか? たしかに、社長は社内で一番権限を持った存在、序列化すると一番上の地位かもしれません。社外の人からも、「社長、社長」と持ち上げられるかもしれません。 しかし、人間として特別優れた力を持っているわけではありません。 そもそも、肩書とは「役割分担」を示すものです。 組織は、効率良く仕事を進めるために、業務を細分化、専門化しています。 営業部は営業の機能を集中的に果たし、経理部は経理の機能を集中的に果たす。 社員には社員の、課長には課長の、部長には部長の役割がある。 それと同じように、社長は社長という役割、機能であるにすぎません。 社長は、最高の意思決定者として会社の方向性を決定する立場です。権限も大きいですが、課せられている責任も重い。 一倉定先生は、「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、すべて社長の責任であると思え」とおっしゃっていましたが、社長とはそのくらい、すべての結果に責任を負わなければならないものだということです。 それほど背負うものが大きく、厳しい立場だから、その分、報酬が多い。 そういう仕組みになっているだけで、無条件に「偉い」わけではないのです。 ところが、社長という肩書を自分自身の力のように勘違いしてしまう人がいます。 職制として多くの権限を持つようになっているだけなのに、組織を自由にできる権力を手にしたような気になってしまう。人は社長という役割や、会社のお金に頭を下げているだけなのに、自分の力にひれ伏しているように思ってしまう。 やたらと偉ぶり、傲慢な態度を取る。無理難題を平気で言い、人を顎で使う。 会社のお金を、自分のお金のように思って、社用の高級車を私用で乗り回したり、私腹を肥やしたりする。 勘違いして正常な判断力を失うと、人は歯止めなく愚かな道を突き進みます。 成功する社長とは「社長になる準備ができている人」 世の中には「地位は人をつくる」という言葉がありますが、私は疑問を抱いています。 然るべき立場に身を置いているうちに、誰でもその地位にふさわしい人間になるのであれば、世の中にはもっと立派な社長があふれているはずです。 しかし、そうはなっていません。つまり、地位は人をつくったりしないのです。 私の持論ですが、「チャンスを活かすのは準備だ」と常々思っています。 チャンスを活かすためには、準備ができていないといけない。 したがって、社長の地位に就いて、良い社長として評価を得られるようになるには、経営者として必要なマインドを身につけ、準備を整えていなければいけない。その準備ができている人だけが、立場を得たときに本領を発揮できる。私はそう考えています。 もともと準備のできていない人は、地位を得ても良い働きはできません。 成し遂げたいものをはっきり自覚でき、自身の考え方を向上させ、そこに向かって正しい努力のできる人が、チャンスをものにすることができるのです。「企業は社会の公器である」。これは松下幸之助さんの考え方です。「会社とは社会に役立つことをするためにあるのだ」という使命感を持つこと。 これはどんな会社であろうと共通のミッションです。
「自分たちの仕事を通じて社会に貢献する」「お客さまも社員も幸せにする」──本気でこう思っている人でなければ、社長として本当の成功はないと私は思います。 第 1章では、できる社長が心得ておくべき視点についてお話ししました。こうした基本を踏まえたうえで、できる社長は実際、何をやっているのか──。 次の第 2章では、社長の仕事の 8割を占める「方向づけ」について論じていきます。 Point社長も一つの機能。企業は社会の公器である。
第 2章社長の仕事は「方向づけ」が 8割
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