MENU

プロローグ 1997年 12月 24日

社長失格ぼくの会社がつぶれた理由電子書籍版データ作成日   2012年 12月 25日  第 1版著  者  板倉雄一郎発行者  瀬川弘司発行所  日経BP社 © Yuichiro Itakura 1998 ●この電子書籍は、日経BP社より印刷物として刊行した『社長失格  ぼくの会社がつぶれた理由』( 2012年5月 9日発行  初版第 20刷)に基づき制作しました。掲載している情報は、刊行当時のものです。《電子書籍版について》 ●おことわり  本作品を電子書籍版として収録するにあたり、技術上の制約により一部の漢字を簡易慣用字体で表したり、カナ表記としている場合があります。  ご覧になる端末機器や、著作権の制約上、写真や図表、一部の項目をやむなく割愛させていただいている場合があります。また、端末機器の機種により、表示に差が認められることがあります。あらかじめご了承ください。  この電子書籍は、縦書きでレイアウトしています。 ●ご注意  本作品の全部または一部を著作権者ならびに株式会社日経BPに無断で複製(コピー)、転載、公衆送信することを禁止します。改ざん、改変などの行為も禁止します。また、有償・無償にかかわらず本作品を第三者に譲渡することはできません。

――目次――プロローグ   1997年 12月 24日第 1章  創業   1984年2月 ~ 92年9月第 2章  展開   1992年 10月 ~ 95年8月第 3章  ハイパーシステム   1995年9月 ~ 97年1月第 4章  転落   1997年2月 ~ 10月第 5章  倒産   1997年 11月 ~ 12月エピローグ  再び、 1997年 12月 24日  あとがき  付録

[プロローグ] 1997年 12月 24日  一九九七年一二月二四日、ぼくは東京地方裁判所の前に立っていた。  裁判所というと、古ぼけた「伝統」「格式」を象徴するような陰うつで荘厳な建造物を想像するかもしれない。おそらく外国の法廷物映画で植え付けられたイメージだろう。しかし、霞ケ関の中心からやや皇居寄り、赤レンガの法務省ビルの隣に位置する東京地裁は、そんな雰囲気とは一切無縁だった。くすんだグレーの直方体の建物は、どこの地方都市にもある無個性なお役所ビルと同じ顔をしていた。映画やドラマで見かける裁判所独特の風情を伝えるのは、大時代がかった裁判官の衣装と、長椅子が並んだ妙に天井の高い法廷の内装だけだった。  前回訪れた時は、例の地下鉄サリン事件、オウム真理教の松本智津夫被告の法廷があった。今日は大事件がらみの裁判はないようだ。裁判所の入口には係官が立ち、持ち物検査を行っていた。空港で見かけるのとおそらく同じ類の機械であろう、金属製品を所持していれば「ピンポン」と鳴るやつをくぐらされる。飛行機に乗るのは大嫌いだったが、それでも何度となく利用する機会があったから、ぼくは手際よく携帯電話と小銭をトレイにあけ、関門を通過した。  ナイフも拳銃も麻薬も携帯しているわけではないのに、ぼくは軽い緊張を覚えた。くぐり抜けるときに、係官と目が合った。自分の表情が瞬時に「何も悪いことはしていませんよ」と変わっていくのを感じた。「ピンポン」は鳴らなかった。ぼくは先に進んだ。歩き方がぎこちなかったのは、久しぶりに身につけたスーツと革靴のせいだろうが、それだけではなかったかもしれない。  弁護士との待ち合わせの時間よりも少し早く到着したので、ぼくは一階にある「本日の法廷」という冊子に目を通していた。冊子は二種類あって、それぞれ何冊かコピーされ、守衛とおぼしき人の前にあるカウンターに並べられている。  ぼくは刑事事件の冊子に目を通した。いくつもの「本日の法廷」の予定が記されていた。刑事事件の項目で多いのは覚せい剤取締法違反。たまに強盗殺人のような重罪の法廷がある。民事の冊子には、大手金融機関が原告となり個人が被告となる事件が何ページにも渡って記載されていた。  ――ずいぶん事務的なものだな。  クレジットカードの支払いを遅延した人も、大麻取締法違反者も、強盗殺人犯も、ここでは同列に一冊の小冊子にまとめられている。  ふと、以前読んだ本の一節を思い出した。――裁判官は法廷で双方の言い分や証拠を鑑定する前にある程度判決を決めていて、理論的に裏付けていく、それが彼らの仕事のやり方だ――。  なるほど、そうかもしれない。膨大にして多様な事件と法廷を手際よく一冊にまとめた小冊子をめくりながら、ぼくは妙に納得していた。被告になったわけじゃないが、法の裁きを受けるという点では、ぼくもこの冊子の中の一員である。  自己破産を宣告される。それがこの日の用事だった。弁護士が到着し、軽く挨拶を交わした。当然ではあるが、ぼくはこのときひどく落ち込んでいた。一方、弁護士は淡々としている。別にロボットのように事件を処理するような無表情な態度ではなく、かといって、ぼくの気持ちを汲んでいっしょに暗い表情をするわけでもない。そりゃそうだろう。彼らにとっては自己破産なんてものは日常茶飯事。事件のうちに入らない。  ここに来るまでに、この弁護士とは何度か打ち合わせをしていた。あるとき、会社が破産したら得意先に与える営業上の損害をどうすればよいのか、質問したことがある。「板倉さん、会社の破産にそんなのはつきものですよ。不動産会社がつぶれりゃ、ほら、見たことあるでしょう、作りかけのビルが何年も野ざらしになったりするじゃないですか」  ぼくはそのとき思った、どうやら考え方を根本から変える必要があるようだ。ベンチャー経営者として過ごしてきたそれまでのように、いかに会社の業績を伸ばしていくかという発展的な考え方から、いかにきちんと後始末するかという考えに、である。  東京地裁の建物の一三階には、中央の廊下を挟んで、「特許紛争」と「自己破産」の課があった。まるでぼくの事業を象徴しているようだ。新しいアイデアを商品化する特許戦略を前面に出し、業績を伸ばす。それがぼくのやり方だった。そしてその果てに待ち受けていたのが今回の破産である。  ぼくは、「自己破産」の看板が掲げられた部屋に入った。  あたりを見回した。先客が順番を待っている。無個性なスーツ姿の男たち。その中に大きなかばんを持った弁護士が幾人か混じる。破産課といっても、疲れきった中小企業の親父さんや賭博におぼれた人格破綻者風がぞろぞろ列を作っているわけではないようだ。自分が当事者でなければ、まさか破産宣告を受けに来た人々とは思いもよらないだろう。  女性が一人、部屋の隅に立っていた。  灰色の集団の中で、彼女だけが浮いていた。それほど派手な格好をしているわけではなかったが、どんな職業に就いているのか、すぐに想像がついた。ぼくがそれまで好んで出かけていった六本木や銀座にあるクラブでよく見かけるタイプだ。  場所が場所だけに、精一杯落ち着いたいでたちで来たつもりなのだろう。しかし、その化粧、髪型、洋服のディテール、ブランド物のバッグをみればだいたいわかる。  自分で店でも出して失敗したのか、それともホステス稼業で売掛を持っていたお得意客が行方不明になって資金ショートでも起こしたのか。銀座あたりで売掛を持っているホステスの中には、月に一〇〇〇万円ほどのリスクを抱えている連中がぼくの知っているだけで何人もいた。客に逃げられれば即破産である。彼女もおそらくそんな一人なのだろう。  スピーカーからのアナウンスで名前を呼ばれ、女性は弁護士と一緒に別室に姿を消した。  ぼくには周りを注意深く観察する余裕があった。スーツの群れの中から、弁護士でもなく、特許紛争のために来たのではない人、「自己破産者」を発見することができた。そして、彼らを見つけるたびに、自分との違いを、この場を訪れる他の自己破産者たちと一線を記す理由を、頭の中に並べていった。  おれは違う。時代を見越したアイデアを考え、お金を集め、事業化し、アメリカや韓国に子会社をつくり、数多くの講演をこなし、新聞や雑誌に載り、ニュービジネス関係の賞だってとったし、あのビル・ゲイツだって会いに来た……。  ――もう止めよう。ぼくは彼らと何も変わらない。数々の栄光は、その数だけ「罪」に変わってしまった。ぼくは社会的な「落伍者」の烙印を押された存在なのだ。  ぼくは、自分の自信と意欲の根拠となっていたものが失われてしまったことに気づいた。  小学五年生のときだ。生まれて初めて女の子が好きになった。それまで全然勉強のできなかったぼくが、必死に、と言うと大袈裟だが、とにかく勉強をするようになり、成績は一気にトップクラスになった。中学から高校にかけては、学校成績が良いばかりでは満足できず、バンド活動を通して自己表現を

した。勉強ができる、音楽をやっている。それが、女性を口説くとき、友達と話すとき、自分の意見を押し通すときの自信の根拠となった。  二〇歳で会社を興してからは、事業がそれに代った。事業が自分の表現手段だった。自信の源だった。その源があっさり無くなった。  ぼくは以前この建物を訪れたときのことを思い出した。もう十数年前の話になる。当時創業したソフトウエア会社が、開発の遅延を理由にクライアントから損害賠償請求をされた。要するに被告になったわけだ。しかし、開発が遅れた理由は明らかに先方の資料不足にあったとわかっていたので、裁判という初めての体験を前にしてもまったく気落ちすることはなかった。むしろ意欲的に事態に臨んだ。結果は、第一審で完全にこちらの勝ちだった。  勝ち負けを争っていたあのときはよかった。「勝つ」可能性が残されていた。そして実際のところ、勝利をおさめた。  今回は違う。最初から明らかに負けが確定しているのだ。なのにわざわざ裁判所からお前は負けたんだと「宣告」されるために、そう、自分の会社ハイパーネットの総額三七億円の破産を宣告されるためだけに、ぼくはここに来ている。  一体なんでここに来る羽目になったんだ?  ぼくは、これまでの起業家としての人生を振り返らずにはいられなかった。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次