最終章は「おわり」をテーマとします。 人間には生と死があり、これで人生が完結します。社長業だって、永遠に続けることはできず、おわりを迎えてようやく完結となります。 あなたが上手に会社を操縦していたとしても、社長をやめるまで結果がどうなるかはわかりません。よきおわりが迎えられなければ、そこまでに積み上げた価値は失われます。 おわりは、自分で創造するものです。おわりをよきものとするための秘訣です。「どのような社長のおわりを迎えるか?」 社長はこの問いに対して、相当な裁量を与えられています。 ここで姿勢が問われます。おわりと向き合い、おわりをよきものとするために行動するか。ただ成り行きにまかせてしまうか。 自分でおわりを創らなかった男の話をしましょう。 私の祖父の家業の事件については前にも触れました。今回は、祖父を中心に事件を見てみます。 戦争に行ったという私の祖父は、いくつか新しい事業に挑戦し、食品製造を手がけたときに一発当てました。広い敷地に工場を建て、大きな自宅を併設していました。 最もお金があったときには 10億円以上あって、金庫の中に札束の山があったと聞いたことがあります。 私がものごころついたころには、祖父は成功した経営者として周囲からペコペコされていました。毎日のように、取引先や銀行、証券会社の担当者がご機嫌とりにやって来る様子が印象に残っています。 そんな祖父も年をとりました。年齢は、 80歳を超えました。 このころになると、会社のことを、長女であった私の母にまかせていました。信頼と言えば耳障りがいいのですが、ほったらかしという言葉のほうが適切だった感じがします。 形式上は祖父はまだ社長です。しかし、代表印などは母が管理し、意思決定も母がしていました。 当時の祖父は、工場の横にある自宅で暮らしながら、一日に何度か会社に顔を出すという毎日でした。悠々自適を体現しているように見えました。おそらく本人も、このまま平穏に一生をおえていくと思っていたことでしょう。 しかし事件は起きました。母らがヤクザの罠に引っかかり、祖父と会社の金と不動産はすべて巻き上げられてしまいました。 祖父が事件を知ったときには、もう何もかもなくなっていて、なすすべない状態でした。人生の最終フェーズで、自分が知らないところで起きた事件に巻き込まれ、崖から突き落とされたのです。 事件が発覚してからは、危害が及ばぬよう、祖父の身は田舎に移されました。 財産はなくなり、あれだけいた周囲の人間はいなくなりました。 寂しく余生を過ごし、そのまま最期を迎えました。 隠居生活では、祖父は酒を飲みながら、先にあの世に行った祖母のことを思い出しては「早く死ねてうらやましい」「長生きしてもいいことない」と弱音を吐いていたそうです。無口で、我慢強さの鬼のような人だったので、この話を聞いたときは衝撃を受けました。 この事件の根底には、様々な要因が絡み合っていたと思います。子や後継者との関係性や教育の問題、資産の管理や残し方、会社のコンプライアンス……等々。 その中で、事件の最も大きな原因となったのは「事業承継を中途半端なものにしていたこと」だと私は考えています。 祖父が自分の出処進退を明確にし、次世代に権限だけでなく責任まで押し付けていたら起きなかった事件でしょう。自分でケジメをつけ、退職金をもらってしっかり身を引けば、こんな終焉は迎えないで済んだはずです。 しかし、残念ながら祖父には「おわりを創造する」という発想がありませんでした。 おわりの場面で失敗すれば、もうやり直しはできません。 43 生き残る社長は、自分で、自分のおわりを創造する
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