父親である社長を会社から追い出した息子がいました。 社長と息子は同じ会社にいたものの、元から折り合いはよくありませんでした。 社長の年齢が 70歳手前に差し掛かった頃から、仕事のミスが多くなり、お客さんや社員との約束を忘れたり、発言や指示が二転三転したりするようにもなりました。息子をはじめとする従業員は、そんな社長にいらだち、邪険に扱うようになりました。 社長は口では「俺は状況が整ったらすぐにでも引退する」と言うものの行動に移しません。話を詰めると、いつものらりくらりとかわされます。 堪忍袋の緒が切れた息子は、あるとき、全従業員とともに社長を囲み「早く社長をやめろ」と糾弾しました。それに対して社長も、売り言葉に買い言葉で「だったら今すぐやめてやる」と退任を約束してしまいました。 こうして社長の交代が実現しました。登記も変えました。 ただ、これで問題が解決したわけではなかったのです。「退職金を出せ」「俺が持っている株式を買いとれ」 追い出された前社長は、後継者や顧問税理士、他の役員にまで、手あたり次第執拗な要求をはじめました。 さらに、前社長は夜な夜な飲み屋をはしごしながら、後継者と会社の悪口を言いまくります。相当恨んでいたのでしょう。小さな町なので、噂はどんどん広がりました。 ほとほと困った後継者である新社長から、私は相談を持ちかけられました。 話を聞くに「あきらめの悪い負け犬のおやじがギャンギャンわめいている」くらいに、彼は父親の行動を捉えている印象でした。 しかし、私は「 M& A的な取引の世界を考えれば、前社長は決して的外れなことを言っているわけではない」という意見を伝えました。 退職金も株式も本来、社長の交代のときにまとめて決着をつけるべき論点でした。 全株式が前社長の手元にある以上、彼はいつでも社長に戻ることができます。 また、会社の業績はよかったので、株式には価値がありました。「自分で啖呵を切って前社長をやめさせた経緯もあるのですから、株式を買いとることが筋かもしれませんね」 私は少々、焚きつけるような言い方をしました。後継者は鼻っ柱の強い男だったので、売られたケンカから逃げませんでした。「あいつのお望みどおり、株式を買いとってやりますよ!」 買いとるための資金を銀行から借り入れ、顧問弁護士に株式売買の契約書をつくってもらい、本件は終結となりました。 この後、新社長はさらに業績を上げ、株式買収のために投じた費用を余裕で回収できるレベルに至りました。馬力のあった人が肚をくくるとすごい成果を出すものです。 親から子への、ある意味で「異常な」事業承継でした。 後継者が子どもならば、通常、会社の株式は相続や、生前贈与で譲られます。無償です。このケースのように後継者が、金を出して株式を買いとるケースはめったにありません。 しかし、この件に関わったことで「これが本来あるべきかたちかもしれない」と、私は感じるようになりました。 たとえ親子での事業承継であっても、 M& A的であっていいと思うのです。 社長の子どもといえど、会社を継ぐも継がぬも自由です。「望んでいないのに継がされた」などと不貞腐れたことを言う後継者がたまにいますが、だったら継がなければいいだけです。 逆に、本当に継ぎたいならば自腹を切ってでも買うべきです。身銭を切るからこそ、本気になれます。また、金を出すから、先代から会社を継がせてもらえる価値をちゃんと理解できるのではないでしょうか。 親の立場からしても、会社の着地の選択肢は子どもだけではありません。外に売ることもできれば、自分の手で会社をとじる選択肢だってあるわけです。「わが子だから」と当然に会社をあげるのではなく、縁談がまとまったときにだけ子どもに会社を譲ればいいのです。 親子の事業承継は、 M& Aの感覚をとり入れたほうがうまくいきます。 46 生き残る社長は、 「M& Aだったら?」で、子への承継も考える
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