社長の原体験からミッションやビジョンをつくると、構造的に必ず生まれることがあります。それは、「従業員との想いのギャップ」です。 当然なから社内のメンバーは社長と同じ原体験を持っていません。方向性はなんとなく共感するとしても、ミッションやビジョンに対する想いの強度にギャップが生じるのは当然のことでしょう。 違う人生を歩んできた人たちが同じミッションやビジョンを共有し、同じゴールを本気で目指していく、そのための努力が社長には求められます。 ゼネラル・エレクトリック( G E)元 CEOのジャック・ウェルチは、「社長自身が吐きそうになるくらい、同じ思想を、意志を持って繰り返せ」と言ったそうです。 他者に対して、自身のビジョンの意義やその先の未来をいかに伝え、共感してもらえるか。社員に限らず、設定したミッションやビジョンに本気で共感してくれる仲間を集めてくる。こうしたことを愚直に行なっていく必要があります。 ここにもまた別の落とし穴があります。 社会的に素晴らしいミッションやビジョンを掲げると、それに共感し、スタッフや外部の協力者のような仲間や投資家が集まってきます。普通に考えれ
ば、極めて喜ばしいことです。しかし、その段階になってから悩み始める社長は少なくありません。「このミッションとビジョンについて、自分は本当に心からそう思っているんだろうか?」 そう、心のどこかに疑問を持ち始めるのです。 関係するステークホルダーや社内のスタッフに毎日のようにミッションやビジョンの説明をするうちに、話すこと自体に慣れていきます。「しかし……本当にこれ、やりたかったのだろうか?」「これって、本音だろうか」とふとした瞬間に我に返るのです。 自身の原体験のもとに掲げたミッションやビジョンを伝えていたとしても、しんどい局面に立たされると、自分に嘘をついているような感覚になってしまいます。 会社組織で働く皆さんであれば、入社動機を毎日問われ続ける、でも、本当にそうだったのか、今でもそうなのか、そんなことを考える感覚に近いと思います。 こうしたことを防ぐには、まず、ありのままの自分と向き合うことです。創業時にミッションやビジョンを十分に考える際に、「こういう世界をつくる」「世の中のこういう課題を解決する」といったそれっぽいお題目を並べるのではなく、本当に自分が大事にしている信念を描くのです。 もう一つは、変える勇気を持つことです。 新卒社員でも、「自己分析をしてやりたいことを考えて入社したけど、やっぱり違っていた」というようなことがありますが、社長と新卒社員では背負っているものが大きく異なります。自分の会社で働いてくれている社員や出資してくれた投資家への責任感から、「やっぱり違いました」とは簡単には言えません。自分が走らせた船とはいえ、全速力で走り出してしまったら、自ら止めることは困難です。 すると、自分の本心ではなくなってしまったミッションやビジョンをあたかも本音であるかのように、「これは自分の本心なんだ」と言い聞かせようとするのです。それで心の底から納得するはずがなく、社長は苦しみ続けるわけです。 ミッションやビジョンに関して違和感を覚えたら、ステークホルダーのことはもちろん考えますが、アップデートしても良い。私はそう思います。 180度変わるということは少ないと思いますが、修正や力点が変わることはありえます。むしろ、自分に嘘をついているような感覚を持つと、社員や投資家に対しても魂のこもったことが言えなくなり、結局のところ、それが伝わってしまいます。 実際に、大きい会社を見ても、ミッションやビジョンの表現を変えている会社はたくさんあります。 全社員に向かって「やっぱりビジョンを変えたい」と急に言い出すのではなく、まずは経営陣に「本気でコミットするにあたり、ここがちょっと引っかかっている」と話してみる。ひょっとしたら経営陣も「じつは私も……」と本音をこぼすかもしれません。 ミッションやビジョンを考え直すことは悪いことではありません。むしろ、社長は、今のミッションやビジョンで本当に良いのか、この会社はどこを目指しているのか、ということを定期的に見つめ直すべきでしょう。 トップが違和感を持たないミッションやビジョンを掲げている会社だけが、継続的に成長することができるのです(*)。*この仕事をしていると、「起業したいけれどもどうしたらいいですか」という H o wの質問をよく受けます。そういう人は「そもそもなぜ起業したいのか」と Whyを自分に問い直すことをおすすめします。それがなぜ必要なのかはここまで本書を読んでいただいた方ならおわかりになるはずです。
第 5章「事業の売却」から新たな経営がスタートする──失敗しない「スタートアップの出口戦略」
1社長から見た IPOは「出口」ではない
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