事業の方針だけでなく、これまで培ってきた「仕事のやり方」まで変えるよう、迫られることもあります。 買収した会社や事業をうまく活かすための統合プロセスを、 PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション、 Post Merger Integration)と言います。 PMIによって、売却先のファンドから送り込まれた人たちが経営に就くことがあります。すると、良くも悪くも、これまでの仕事やマネジメントのやり方を否定されていきます。 売却される会社や事業は、元の会社の枠組みではうまくいっていないケースのほうが圧倒的に多いので改革は必然であり、だからこそ受け入れざるをえない部分はあります。 見方を変えれば、買収されたら注力事業として投資対象となり、リソースが手厚くなったりして、働きやすくなる側面もありますが、心理的なハードルの高さはぬぐえません(*)。 このように、会社を移るにしても移らないにしても、従業員の環境は激変します。経営陣は、移籍しなければならない方々にちゃんと説明をして、理解してもらうことが必要ですが、どう説明しても、一生懸命頑張っていた従業員からすると「梯子を外された」という思いは残るでしょう。 私も幹部社員と従業員との面談に同席することがありますが、「つらいだろうな」と同情することもあります。会社が本当にきつくなって、つぶれる寸前のつらさよりはマシですが、そんな話をしても、従業員は知ったことではないでしょう。 しかし、それでも M& Aに踏み切らなければならない状況はあります。そうした意思決定を迫られたときも、社長は孤独に耐えて決断しなければなりません。*給料は、経過措置として、買収から 1、 2年間は前職の給料を踏襲した後、売却先の評価水準に合わせるケースが多いですが、いきなり売却先の基準に変えられるケースも。日本企業はいまだに年功序列の人事考課制度を続けていて、事業部ごとの給与水準が変わらない会社も少なくないものの、売却先によって大きく変わることもあるでしょう。
3「社長の立場を離れたい……」と思ったら会社を畳みたいと思ったら、畳んでも良い IPOや M& Aの話をしてきましたが、ここまで辿り着ける起業家はほんの一握り。現実には、会社を立ち上げて数年間頑張ったけれども、うまくいかないので、会社を畳みたいと思っている起業家も少なくありません。 あくまで私の肌感覚ですが、社長の 8 ~ 9割は、積極的に「辞めたい、会社を閉じたい」とまではいかないまでも、「ちょっと責任のある社長の立場を離れたいな」と思ったことが一度や二度はあるのではないかと思います。 事業が立ち上がらなかったり、お金や人で苦労したり、とさまざまな困難に対して、「やった! 困難きた! マジ毎日楽しいわ、イェイ!」と思える変わった社長もいますが、さすがに少数派。「困ったな」「もう責任から離れたい」と思うのが普通の反応でしょう。 従業員や金融機関、投資家など、社長にはさまざまな責任がのしかかります。時にはそうした責任からちょっと離れたいと思うのは、人間ですし、自然な感情だと思います。 また、社長の立場から離れたい理由には、「経営をしていくなかで、新たな目標が見つかり、それに挑戦したくなった」というポジティブなパターンもあるでしょう。 では、会社は絶対に畳んではいけないかというと、本当に畳みたいなら畳んだらいいと、私は思います。無責任に聞こえるかもしれませんが、その人の人生ですし、社長を続けるには「孤独に耐え続けるエネルギー」が必要ですから、それが枯れてきているのであれば、無理を強いることはできません。 もっとも、多くの場合は、畳むのを躊躇する理由があるはずです。 表向きの理由としては、「これまでの顧客への責任」「従業員や投資家に対する責任」といったものでしょう。でも実際のところ、畳みたくない本当の理由は「ビジョンやミッションを実現できていないことへの心残り」ではないでしょうか。 自分の本音と一回向き合って、それでも自分が「続けられないかも……」と思うのであれば、会社を畳むことや、畳み方を考えても良いと思います。「ガチガチの鎧」を外す勇気を持つ もし「会社を畳みたい」と相談されたら、私は次の三つをすすめています。 一つ目は、「自分の会社がなぜ存続できているのか」を改めて考えることです。 会社が存続できているのは、社会にとって何らかの価値があるからです。売上が 1円でも立っているということは、対価を払ってくれている方がいることを意味します。その価値を見つめ直してみるのです。 提供している商品やサービスによって、お客様が喜んでくれているのかもしれませんし、従業員がいるのであれば、その方の人生に貢献できているとも言えます。給料か経験かはわかりませんが、その人の人生に何らかの良い影響を与えているのでしょう。 本当に嫌だったら他の会社に行けばいいのに、自分の会社を応援してくれているわけです。そういう存在になっている会社を、自分の意思でつくり出して社会に貢献しているという意味では素晴らしいことですよね。 二つ目は、いきなり畳もうとしないで、思い切って 1週間ぐらい休んでみることです。 いったん日常から離れて、これからのことを考える「社長の個人合宿」を実施しても良いでしょう。 社長は休んではいけない、と思われるかもしれませんが、実際に休んでみたら、それはそれでなんとかなるものです。仕事を誰かに任せるのが心配なら、新規の仕事はちょっとだけ減らしてみても良いと思います。 会社を畳みたいと思うときは、たいがいこの先どうなるかわからないという不安を抱えているので、仕事で埋めたくなるかもしれませんが、ちょっとだけ距離を置いてみると、冷静になって自分を見つめられると思います(*)。 三つ目のアドバイスは、支えてくれているパートナーがいれば、会社を畳もうか悩んでいることを本音で相談してみることです。 これは意外と重要です。 私は、いろいろな会社の社長に会社のシリアスな悩みを相談される立場にありますが、「その話を、パートナーの方に話したことはありますか?」と聞くと、ほとんどの場合、話していません。パートナーにはつい強がってしまうのでしょう。 しかし、話してみたら意外と理解を得られるケースは多々ありますし、話すだけで気がラクになるものです。パートナーとは、奥様・旦那様といったプライベートなパートナーでも、あるいは本気で信頼してきた会社の同志でも良いと思います。 周りを見渡すと、ガチガチの鎧で武装している社長が多いように思えます。 もちろん、勝負のときは武装する必要があるのですが、闘いから戻ってきても常にガチガチの鎧を着たままだと、しなやかさがなくなり、あるときポキっと折れやすくなります。 いつもパーフェクトである必要はありません。少なくともパートナーの前では武装を解いてみてはいかがでしょうか?*社長になると、文句を言われることは多くても、ほぼ褒められなくなります。褒められたくてやっているわけではないにしても、一度、自分で自分を褒めてみる。意外と、冷静になり適切な判断を下せるようになるかもしれません。第 5章社長の心得
●投資家から見れば IPOや M& Aは「出口」になるが、社長にとっては「新たな始まり」。上場すれば特に、資金調達しやすくなり、信頼度も上がるが、その半面、社会の公器として外部からの目も厳しくなる。 ●事業が好調であれば M& Aを検討するのもいいが、移籍する(残る)社員の待遇などを考慮して慎重に進めるべき。 ●いずれにしても、「社長自身がどうありたいのか」が極めて強く問われる意思決定であることは忘れない。 ●「会社を閉じてもいいかな」と頭をよぎったら、まずは会社の存在意義を思い返す。さらに創業の原点に立ち返り、自分を見つめ直す時間をつくる。あるいは、信頼できるパートナーに相談する。それでも無理だと思ったら、自分の心に従うこともありうる。
Column session 5「二代目社長が会社をつぶす」には理由がある
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