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人を「自立させる」とは?

感情セラピスト養成講座の誕生  第 6章では、社長さんにとって避けては通れない、「社員を成長させて、会社を託すこと」「会社から身を引くこと」に関する事例を、3つ紹介しました。  くるときがきたら、社員に会社を任せて、自立させる。  これは、社長さんにとっては、永遠の課題かもしれません。  ここで、感情コンサルとして感情セラピストを育てて、自立・独立を支援している私自身の、「ある体験」をお話しさせてください。  私は、この体験によって、「本当の意味で人を自立させるとは、どういうことなのか?」について学ぶことができたのです。  私が、感情セラピストを養成する講座を作るきっかけになったのは、オーストラリアで感情セラピーのセミナーをやったことでした。  ことの始まりは、オーストラリア在住の方から依頼を受けて、 5日間の滞在で、計 7回実施した「感情セラピーセミナー」です。これが大好評で、半年後に、今度はオーストラリアの 3都市でセミナーを開催。このときは、個人セッションも毎回 20席くらいやりました。  その 1年後、今度はメルボルンを含めた 7か所でセミナーをやったのですが、そのときに、第 1回のセミナーを受けた方がきてくださり、ものすごく変化されていたんです。  そして、「自分をこんなに変えてくれた感情セラピーを、人に教えられるようになりたい」という要望を受けました。  この言葉は、私にとっては大きな気づきでした。それまでは誰かを救いたいと思ってやってきた感情コンサルや感情セラピーを誰かに引き継ぐことで、より多くの人たちを救うことができることに、初めて気がついたんです。  そんなわけで、第 1期の感情セラピスト養成講座のメンバーは全員がオーストラリア人。日本とオンラインで結んでの実施でした。   2期からは日本人相手のセミナーが誕生し、今に至ります。  セミナーが目指すのは、自立した感情セラピストを養成することです。  しかし、今から 9年前に、この講座の原型となる半年講座を開催した私は、大きな壁にぶち当たったのでした。メンバーが真っ二つに対立  私が「頑張らないで自分らしく成功しようよ」をコンセプトとした、感情の扱い方についての講座を開催していた、 2012年のこと。  父の病が発覚したのです。  父が重い病だと知った私は、講座に参加してくださっているメンバーに伝えました。「実は、父が病気になってしまいました。今後もこのセミナーは続けますが、父と少しでも一緒にいたいから、毎日のメールでのフォローは、時間がとれるときしかできなくなります」  状況が状況ですから、メンバーは当然受け入れてくれると思っていました。  ところが、メンバーの 1人から「満里子さんは、親の死に目にも遭わない覚悟で、講座をやっていたんじゃないんですか?」って言われたんです。  驚きましたが、この言葉に同調するメンバーもいて、講座の受講者 6人が、私の提案を受け入れる派と受け入れない派で真っ2つに分かれてしまったのです。  これは、正直ショックでした。  父の前では笑顔を絶やさないようにつとめましたが、 1人になると、どうしようもなく落ち込みました。  講座を開催して、「人を育てる」と決めたからには、たとえ、親の死に目に会えなくても、責任をまっとうすべきなのか?  人を育てるとは、そういうことなのか?  私は、自分に感情セラピーを行い、感情との対話を続けました。  そして、ようやくわかったのです。  私は、講座のメンバーに対して、「私がなんでも教えるから」と思っていたけれど、それは、結局、「私が、あなたたちが自分ではできないところをフォローして助けてあげるから」というスタンスだった、と気がついたのです。  つまり、相手のことをぜんぜん信頼していなかった。自分も相手も自立できない道を歩んでいた。  そして、もう1つ気がつきました。  私のなかに「他人を助けたいと思う自分」がいたのは、「子どもの頃に学校でいじめられたとき、そして、父の会社に入って悩んだときに、助けてもらえなかった、置き去りにされた、という思いが心の奥にあったからだ」という事実です。  父に対しても同じです。  私は、もう命の時間がない父を助けたい。そのためには「自分が犠牲になっても構わない」って思ってしまっていました。  誰かを助けたいと思うことがいけないわけではありません。でも、そのために自分を犠牲にしてはいけない。  感情セラピーで大切なのは、まず、自分は誰よりも自分を信頼して、自分で幸せになる。その溢れた幸せを渡すことで、相手も幸せになるということ。  父の病と、講座メンバーの対立は、私に、その重要なポイントを確認させてくれました。他人は、「コントロール」では成長しない  大事なことなので、繰り返します。  人は、自分を信頼した深さでしか、相手を信頼することはできません。  そのことを、私は初めて理解しました。  他人はコントロールでは変わらないし、成長もしない。  課題は満載だけど、「自分の問題」と「相手の問題」があって、「自分の問題」については、自分がその感情に責任を持って変化すればいいことです。「

相手の問題」には、相手が望めば惜しみなくフォローする、と決めました。  こうして、さまざまなことがきれいに整理されました。  そこに至るまでに、過去、誰にも助けてもらえなかった頃の自分を、「あのときは本当に辛かったね、よく頑張ったね」と認めてあげました。  ここが大きなポイントでした。自分をねぎらってあげて、「自分の感情を成仏させてあげる」ことができたのです。  それまでは、相手を助けたいという思いの背景に、過去の自分を助けていなかったという「置き去りにした自分」がいました。そんな自分を助けたいために、目の前にいる講座のメンバーを助けてあげたかった、ということです。  依存関係が生まれる原因は、ここにありました。  感情の扱い方の講座を主催する私が「助けるよ」という救済の姿勢を見せ、その私に「助けてほしい」と考える一部の参加者との間で、依存関係が生まれていたのです。  私から、父の病気のことがあって救済してもらえない、と知った参加者は、依存できないことを「裏切られた」ととらえ、それがクレームになっていたのでした。  この「救済 ⇔依存関係」に気づき、私が過去の自分を助けたことで、私は大丈夫という自信が芽生えました。すると、救済しなくては、と思っていた人たちのことも大丈夫という信頼に変わりました。  私に、お互いが自立した状態で付き合っていく、という覚悟ができたのです。  私は依存と救済で繋がっていた絆を思い切って断ち切り、自立と信頼で、もう一度つなぎ直しました。  それによって去った人もいますし、ずっと残ってくれたメンバーもいます。  私に依存していた人は去り、本当に自立したい人は残ったのです。  父については、おかしな表現ですが、こう思うようにしました。「お父さんは大丈夫。死んじゃうけど大丈夫」  父の人生と私の人生は別のもの。そう考え、心のなかで、 2人の関係をつなぎ直したのです。  余談ですが、それは、私が父との関係を心のなかでつなぎ直した翌日のことでした。  父が突然、こんなことを言ったんです。「いつも笑ってる満里子じゃなくてもいいよ。心から笑っているのはありがたいけど、でも、そのまんまの満里子も見ていたい」  聞いた途端に、涙があふれました。  それまで、どんなに辛いときも、父の前では無理して笑顔を作っていた私。  父には、その日の私の表情が、いつもと違って見えたのでしょうか。「私、お父さんを選んで生まれてきてよかった」「よかった。俺の娘でいてくれてありがとな」  その日、そんな会話をしました。  父と、対等な立場の会話をしたのは、そのときが初めてのことだったと思います。本当の自立を促す講座に  以来、私は主催する講座において、「自立」というものを強く意識するようになりました。  まず、講師と受講者の立場はあくまで対等で、依存の関係は結ばない。講座のコンセプトは、「感情セラピーのやり方は全部、渡すし、深い部分を見つけるお手伝いはするから、自分らしくどんどん結果を出してね」です。  一般的に、独自のノウハウに関する講師の養成講座というのは、受講者が講師として独立したあとも、利益のうち何割かを納めてもらう、というものが多いようです。  でも、私が代表を務める一般社団法人感情セラピー協会では、講座への参加費用はいただきますが、独立したあとはいっさいいただきません。  それこそ、「感情コンサルや感情セラピーも、どういう使い方をしてもいいから。そのままの名前で使ってもいいし、自分で手を加えて別の名前で使ってもいいから」と、そこまで自由にしてもらっています。  ルールも規則もありません。同じような協会を運営する人からは、「それでよく組織として成立しているね」と不思議そうに言われます。  私たちメンバーの間にあるのは、お互いを尊重して信頼すること。  すべて本音で話して、マイナスの感情が出てきたら、それは自分が責任を持って愛に変えること。  ただ、それだけです。  なぜなら、それが、自立ということだと考えているからです。  私は本当の自立とは、「その人がその人らしく生きて、結果を出すこと」だと思っています。  長々と、私の体験を語ってしまいました。  でも、私は、この「講師と受講者の立場はあくまで対等で、依存の関係は結ばない」という考え方は、そのまま、会社における経営者と社員の関係に置きかえることができると思うのです。  経営者と社員は、たまたま、現在の会社での関係が、経営者と社員になっているというだけです。当然のことながら、人間として、どっちが上とか下ということはありません。  そこをはき違えると、支配やコントロール、そして、依存という関係が生まれてしまいます。  経営者と社員は対等。そう思っていれば、社長さんが社員の意見を聞き入れることに、なんのためらいも生まれないのではないでしょうか。「感情コンサルや感情セラピーのやり方は全部、渡すし、人の心の深い部分を見つめるお手伝いはするから、あとは自分らしく結果を出してね」という考え方も同じ。そのまま、会社に転用可能な考え方だと思います。「経営者は、後継者に、会社のすべて、人も商品もノウハウも、すべてを譲る。それをどう生かすかは後継者次第。あとは自分で好きにやっていってください」  それが、会社を引き継ぐときに必要な考え方なのではないかと思うのです。

社員が辞めていくことの痛み  社員の自立に関連して、もう1つだけお伝えします。  社員の採用など、人事も自分で担当されている社長さんが、よく、「自分が採用した社員が辞めていくときには、とても胸が痛む」ということをおっしゃいます。  私も父の会社で人事を担当していた時期があるので、自分が採用した社員が辞めるときの心の痛みはよくわかります。「もっと声をかけてあげれば、辞めなかったかもしれない」なんて、心を痛めたこともありました。  でも、それは、「人が辞めていくことは寂しい」「自分の会社にいることが相手にとって正しいことだ」という思い込みでしかありません。  なぜなら、この会社で働き続けるよりも、ほかの会社へ行ったほうが、その人にとって幸せなのかもしれないからです。  その人の本当の幸せを考えて、「ここじゃないかも」と考えたら、別に辞めていくことをネガティブにとらえる必要はないと思うのです。  さらに言えば、相手が会社を辞めたのは、「自分の力が足りなかった」わけでもありませんし、自分の会社が否定されたわけでもありません。  たまたま、自分の会社と合わない人がきてしまっただけのことです。  世界に名だたる一流ホテル、リッツ・カールトンは、社員同士が家族のように深い絆で結ばれているそうですが、誰かが別のホテルに引き抜かれても、みんなで、その人を気持ちよく送り出す、と聞きました。  ホテルのスタッフ 1人ひとりが自立した存在であり、「自分のステップアップのために別の場所へ行くだけのこと」なのだと、ちゃんと理解しているのだと思います。

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