役割の違いは、契約に置き換えて考えると理解しやすい。契約には必ず相手方がいて、契約を結ぶときには、それぞれの権利、義務、責任、立場を確認する。すると、それぞれの立場・役割が見えてくる。 契約というものに基づいて物事を見ると、自分の立場を意識することになり、それぞれの役割の中で見え方が変わってくる。例えば、社長であるにもかかわらず、あなたが営業をしていたとしよう。本来、社長であるあなたは営業担当者を採用し、その人物と何かしらの契約を交わしているはずだ。 それは雇用契約かもしれないし、業務委託契約かもしれないが、いずれにせよ、どんな業務を担当してもらうのか、どんな基準やノルマがあるのか、どんな報酬形態で、どんな責任があるのか、といったことが規定されている。 これら、他人に業務を依頼する場合には当然決めるべき事項が、自分自身でその業務を担うことで、非常に曖昧になってしまうのだ。その曖昧さは、目先ではメリットになるかもしれないが、中長期的に見ればデメリットになってしまう場合も多い。 メリットは、他人に支払う追加の報酬が発生しないことであったり、業務の目的や目標をすでに理解していることだったりする。 一方でデメリットは、人が育たない、社長の限界が会社の限界になる、といったことがある。他の誰も代替できない社長の判断という仕事が疎かになり、まるで船頭を失った船のように会社が漂流してしまう可能性も高い。さらには、そうやって漂流していることに社長自らが気づかないうちに、会社は弱体化していく。 業績不振や何らかの問題を抱えたまま走り続ける会社の多くは、適切な判断機能(つまり社長の任務遂行能力)が低下していることがほとんどだ。 これはある人から聞いた話だが、「もしあなたの会社が業績不振だったとしたら、その諸悪の根源は何だと思いますか?」という問いに対して、最も適切な答えは「私の会社の諸悪の根源は、社長である私自身だ」というものだという。 その理由は、「もしあなたの会社の社長が、パナソニック(旧・松下電器産業)創業者で『経営の神様』と言われる松下幸之助氏だったら、あなたの会社の業績はどうなると思いますか?」という問いで理解できるだろう。 もしあなたの会社の社長がマイクロソフトのビル・ゲイツ氏だったら。ソフトバンクの孫正義氏だったら。京セラ創業者の稲盛和夫氏だったら……。偉大な社長たちは、どんなに多くの複雑な仕事を兼任しても、社長業を全うしている。だからこそ、偉大な社長になれたのだとも言える。 社長次第で会社は変わる。素晴らしい会社を作ってきた社長に唯一共通するのは、その時々に応じた判断が適切だった、ということだ。
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