社長の仕事は判断であり、社長は日々、大小様々な判断を下している。 だが、判断は大変だ。判断には常に責任が伴うし、先の見えない、正解のわからないことについて Aか Bかを決めるのは、非常にストレスがかかるものだ。したがって、判断というのは精神的に負担がかかりやすく、疲れる。判断に悩みすぎて身体を壊すこともある。 また、社長も人間なので、やりたくない判断や、苦手な判断もあるだろう。なかには、どちらの選択肢を選んでも結果が悪くなることがわかっているのに判断しなくてはいけない、というような場合もある。 先にも述べたように、私はかつて建築会社の社長だった。建築会社というのは少し特殊で、ひとつひとつの案件がそれぞれ、ひとつの会社のようなものでもある。規模も関わる人数も異なり、外注先が違うことも多い。全く同じ現場は2つとなく、毎回すべてが新しいチャレンジだった。 例えば、「階段に手すりをつける」といった小さな仕事もあれば、大型マンションを土地の仕入れから設計・施工・販売まですべて行う、という巨大プロジェクトもある。前者であれば職人が一人いれば済むだろうが、後者なら何百人ものスタッフや職人が長期にわたって活動することになる。大きなマンションの場合は 2年ほど要することもある。 私は当時、こうしたプロジェクトを常に、いくつも並行して進めていた。それぞれのプロジェクトごとに関わる従業員や外注業者、必要な人数やプロジェクトの期間などの要素は、毎回違う。だから、その都度、ゼロから始めることになる。 社長として、こうした建築プロジェクトをいくつもこなすことは、ある意味、たくさんの会社経営を経験するようなものだったと言える。私は、様々な現場に、数多く携わってきたことで、社長として多くのことを学んだ。 その反面、当時の私は、判断の大変さを日々感じていた。 建築会社の社長は、様々なプロフェッショナルたちをまとめる立場でもある。だが、当時、私は 20代前半。周りにいるのは自分より年上で、自分よりも経験が豊富で、金銭的にも余裕があり、なかには私よりも成功している社長もいる。私は、そんな人たちを仕切らなくてはいけなかった。 要するに、判断しなくてはいけないのだが、当初、職人に何か質問されても、専門的でわからないことばかりだった。例えば、電気工事の職人に木工事のことを訊ねられたら、「では、木工事の担当者に聞いてきます」と言って聞きに行き、教えてもらった内容を職人に伝える。そんな、まるで未熟を絵に描いたような、いわば「御用聞き社長」だった。 そんなことを続けていると、当然ながら、仕事のスピードは上がらず、会社も成長せず、誰もが苛立ちを見せるようになる。 しかし、あるときから判断の大切さに気づき、意識して判断をするようになった。すると、自分が目的に沿った判断を下せば下すほど、現場が進む。新たな仕事も決まる。判断によって、会社がうまく進み始めたのだった。
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