社員は、やめたいときにいつでも会社をやめることができるわけですが、会社の社長というのは、やめたいときにやめることができません。 つまり、やめる自由がありません。 その理由は、会社にはたいてい借入金がありますし、支払い資金の問題もあります。さらに、取引先のことや、お客様との取引もありますから、「はい、さようなら」と、簡単にやめることはできません。 でも、ここで少し立ち止まって、じっくり考えてみましょう。 こうした社長個人が抱える不安や心の重圧は、確かに存在するものなのでしょうか。 単に社長本人も含めて、誰もが当然のことだと思っているだけなのではないでしょうか。 会社がどんな状況、状態でも、社員と同様に、社長にも会社をやめる自由があるのです。 社長たちには、「社会的責任」という思い込みがあります。 取引先に迷惑をかけてはいけない。 対外的な信用を失ってはいけない。 社員に対して迷惑をかけてはいけない。 などの思い込みが、どんどん発展していってしまうために、苦しくなっていくのです。 世の中には、本当に正しいものなどありません。 正しさってなんでしょう。本当に自分の判断は正しいのでしょうか? もし、その判断が正しければ、そんなに苦しむ必要はないのではありませんか。苦しむ理由は、その判断に誤りがあるからかもしれません。 たとえば、今日正しくても、明日には正しくない場合があります。ですから、主観のみで社長が「正しい」と判断する場合、自分の判断は偏っているかもしれないと考えるべきなのです。 自分の「正しさ」に疑いを持つ必要があるかもしれないということです。 では、なにが「正しい」のかといえば、その基準は周囲にいるいろいろな人たちの話を聞き入れる、取り入れることで作られます。それによって、自分の判断が正しいのか、正しくないのかが明確になり、自分の思い込みを外すことにつながるのです。 社長の「思い込み」を取り去るには、苦しいときほど社員、家族、知人の意見を聞くことです。 自分の考えた「思い込み」に対して、間違いかもしれないと疑ってみることが、その「思い込み」を外す方法です。社長は、社員を疑って、取引先を疑うことは多いのですが、自分を疑う社長は意外と少ないものです。 自分が考えていることや「思い込み」を疑ってみることが、その「思い込み」を外すことにつながります。 ただ、自分を疑っているだけでは答えが得られないので、他者の意見を聞く必要があります。 社長にはやめる自由がない、という「思い込み」から、社長にも会社をやめる自由があるということに気づくことができると、「思い込み」が生み出している苦しい局面が、オセロゲームのようにひっくり返っていきます。 黒いオセロの石が、瞬間に真っ白な石に変わるのです。 そこで見えてくるのが、会社と社長の現実の姿です。現実の姿は、「思い込み」にすぎなかったということに気づかせてくれる瞬間です。 そして、社長にもやめる自由があるのだから、いつでもやめられるのではないか、と考えてみることが必要なのですが、現実には、社長という職務上、
そう簡単にはやめられないのも実状でしょう。「やっぱり、無理だ」と諦めるしかないと思うかもしれません。 しかし、自分自身が「やめられない」と思うことへの疑いを持つことは、社長である自分に「やめてもいいんだよ」という考え方を得ることにつながります。
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