人は誰もが終い時を考えています。「後十年は生きられるかな」「もう数年しかない」「もう年だし、なによりも体力がなくなった」「身体はいうことを聞いてくれない、身体中が痛い、なによりも、若さがなくなった」「若い人をうらやましく思う」「世の中は大不況の嵐の中、社長を続けるのがむずかしくなった」「しかし借金が残っているし、仕事をやめるにも簡単にはやめられない」 人は確かに年齢を重ねるごとに体力気力が衰え始め、いままでのようにものごとを進めることができなくなります。しかし、人間はすべて考え方でその人の人生までも決定してしまうということがおわかりでしょうか。 私の師匠に豊澤豊雄という人がいます。 私が彼と初めて出会ったのは、彼が九十七歳のときでした。その後百三歳近くまでお付き合いさせていただきました。(社団法人発明学会初代創始者・会長、百三歳没) 彼の口癖は、「九十歳になったらわかることがある」「九十五歳になれば見えるものがある」「百歳になるといままで感じなかったことを感じるようになる」というものでした。
そして、「早く百歳を超えてみたい」とも言っていました。 彼は会社の代表取締役社長でした。 社員が十五名程度の会社ですが、いつこの世を去ってもいいように、後継社長が決まっていました。 会社には毎日溢れんばかりの訪問者が来ます。 その一人ひとりと話をするのが彼の仕事でした。「あんたは、いまいくつじゃ」「はい、六十歳になりました」「ほほう、若いなあ」 次の人にも同じ質問をします。「はい、七十五歳です」「ほう、いいなあ、うらやましいなあ。若いって素晴らしい」 ある日、元気のない私の父を連れて行きました。 すると、同じような質問をしました。「あんたは少しばかり年季が入っているようじゃが、おいくつかな」「はい、八十七歳になりました」「ほほう、あんたはわしよりずうっと若い、わしは若い人たちと話すのが好きじゃ。元気をもらえるから」 父は、その日に生涯現役を決めました。 この話を聞いて、みなさんはどう感じるでしょう。 豊澤会長に会いに来る人たちの大半は、世間からは高齢者と呼ばれる人ばかりです。その人たち全員が、豊澤会長からみれば若いのです。 若いと言われた側のほとんどが驚いた顔をします。 自分よりはるかに年上の、現役の社長から目の前で言われるのですから、「そうか、もしかするとまだまだ若いかもしれない」と思ってしまうのです。もう年寄りですなんて言っていられなくなるのです。 人によって終い時は違います。 ただ、生涯仕事ができるということはとても幸せなことです。 定年だとか、もう六十代後半だから引退する必要があるとか、勝手に決められるのも社長の立場だと思いますが、後身の成長を最後まで見届けようという豊澤会長のような生き方も素晴らしいと思うのです。 なんといっても一世紀にわたる体験と経験、知識があるのですから、それだけでも会社の財産といえます。「みんな社長になればいい。小さな会社がたくさんできて、その小さな会社がみんなで力を合わせれば、日本の大不況など吹っ飛んでしまう。大切なことはアイデアだ。知恵はただでいただける神様からの授かりもの。みんなも知恵を使って社長になりなさい」 彼は、みんなにこう語りかけました。 豊澤会長のところに訪れる人たちは、アイデアで起業しようと考えている者たちばかりですから、豊澤会長は、起業学校の先生のようなものです。「わしは早く百歳を超えたいと思っている。とても楽しみにしているんだ。それはなあ、生まれて初めて九十歳を迎えたとき、九十五歳になったとき、九十九歳になったとき、すべて生まれて初めての体験じゃ。まだ見たことのない素晴らしい世界を見てみたい。九十五歳のとき、九十九歳のとき、いままで見えなかったこと、見えなかったものを感じることができた。ならば百歳になったらなにが見えるだろうか? 楽しみだ」 このような話を聞いていると、人の年齢ってなんだろう、どうして人は年齢を感じ、その年齢に引け目を持ったり、年齢を言い訳にしたりするのだろうかと思ってしまいます。「百歳になった。空がきれいだ。鳥の声が美しい。梅の香りがこんなにもいい香りだとは知らなかった。女性がみなきれいに見える。いま、恋をしそうだ。食べ物がおいしい。世界が美しい。君にも見せてあげたい」 豊澤会長は、こう私に語りかけました。 彼は、百三歳まで現役を貫きました。最後の最後まで付き添いを断り、車での送り迎えを嫌い、成城から新大久保まで電車で通勤したのです。 最後に、私に向かってこう語りました。「人生とは面白く、楽しく、素晴らしいものだよ。わしは女子高の教師をしていたが、どうも雇われるのが好きじゃあなかった。自由に生きたかったのじゃ。会社もたくさん作った。苦しいときは無限に近かった。 団体も作った。国会議員にもなった。テレビにもたくさん出演し、発明品やアイデアも作り、全国に百万人近くの後継者を育てた。本も書きまくった。 そして、いまは小さな会社の社長になった。私の『終い時』は『始まりの時』。こうしてこの始まりが、次の後継者の始まりとなる。わしは社長になってよかったと信じている」
第 4章 これからの社長の新しいあり方
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