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11  商売をする人の使命感

11商売をする人の使命感商売は聖なる仕事である。きわめて格調の高い仕事である。そういう仕事をしているのだという、自覚と意志をもつこと。そして商売をさせてもらえることに対して感謝する。卑屈になる必要など何もない。 ――儲けなければ続けられない。しかし儲けようと思えば理不尽なお客様に対しても頭を下げなければならない。息子には得意先を接客している自分の姿を見られたくないと思うことさえあります。終始一貫、プライドをもって商売を続けてこられた松下さんに、ぜひとも商売の意義をお教えいただきたいのですが……。松下  ぼくが思うには、ここに品物があるとすると、あっちのない人に送りたい、使わせたい気持ちになる。しかし、自分がいちいち運んでいって「これ使ったらどうですか」と言うことは事実上できない。  この国の品物を隣の国に持っていってあげたら、隣の国はないから喜ぶだろうと思っても、持っていく人がいない。自分が持っていくのは、手数が要ってしかたがない。その運ぶ役割をするのが商人ですね。  だから、こちらの余っているものを、あちらの足らんところへ動かして、バランスをとるという仕事が商人の基本的原則でしょう。それが商人の使命で、それがあるために商売が成り立つわけですわ。  しかしタダで運ぶわけにはいかん、それで飯を食わなならんから。そのためには、適当な手数料をもらう。これが商売の原点でしょう。  その原則に忠実かどうかということですね。自分が儲けるために商売するんやないわけです。品物がある、その品物がほしい、そういうように社会的に必要があるために、商売ができるわけです。そういう使命感というものをはっきり、その人たちがつかんでいないと商売にならんと思います。  ぼくは、誠実にものを売って、儲けさせてもらうというのは第二のことで、第一は、より必要なものを運ぶことだと思う。これは神の仕事ですわ。神さんがやる仕事や。  それほど聖なる仕事ですわ。その聖なる仕事を、聖なる仕事と思っていない、みんな。政府も思っていないし、会社も思っていない。社長も、商売人も思っていない。そういうことをはっきり理解していないから、商売といえば、なにか次元の低いものだと考える。そして卑屈になる。そうやないんです。  一般に、国家社会を論じていると、なんとなく格調の高いものだと思う。ところが、商売の話をしたり、儲けの話をすると、一段下みたいに思ってしまうが、これはたいへんな間違いです。商売や儲けを論ずるということは、国家社会を論ずるのと同じことなんです。  こっちはなくて困る、あっちは余って腐らす、それを助けて仲立ちするのが商売、聖なる仕事ですよ。きわめて格調の高い仕事です。  そういう聖なる仕事をさせてもらうんやから、当然感謝の念が起こってこないといかん。聖なる仕事をしているんだという自覚と意志、そしてさせてもらえることに対する感謝、この二つをはっきりともっていないといかん。  そうするとまた逆に、商売とはどういう仕事か分かってきましょう。次元が低いと思ったり、卑屈になったりしないわけです。ぼくは、そういう考えでやってきました。〔一九七六〕

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