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19  悩みもまた結構なもの

19悩みもまた結構なもの悩み、嘆きたくなることもある。その悩みを悩みとせず、かわしていくことができるかどうか。悩みごとがあるたびに知恵を授かる、悩みもまた結構なものだということに気づくことができるかどうか。 ――経営者として悩みも多く、特に最近は夜も眠れない日々が続いております。松下さんも経営者として数々の悩みに直面されてきたと思うのですが、その際、それをどのように乗り越えてこられたのでしょうか。松下  そういうときが来たら、いっさいのしがらみから抜け出て、解釈のしかたを変えてみるんです。  私自身、そういうことも、たくさんあったと申していいと思います。やはり坦々たる道は歩んでおらなかったと思うんです。これは例をもって話をしたほうがいいと思います。  私が五十人ばかり人を使うようになったときに、私が中心になって若い人々を集めて仕事をしていたんですが、みなよく働いてくれたわけです。非常に喜んでおった。しかし五十人の中に、一人悪いことをする者があった。品物をごまかす、というところまではいかないけども、ややそれに似たことをやった者がある。  そうすると、私は神経質であったために、非常に悩んだわけです。わずか五十人の人の中に、そんな悪いことをする者があったら困るなということで、その晩寝られないわけですね、どうも気になって。  そういうことで、その人を辞めさせたものかどうかと、いろいろ迷った。これもやっぱり一つの悩みですね。そのときに、私はハッと気がついたことがあるんです。どういうことに気がついたかというと、つまり、今、日本には悪いことをする人が何人あるかということです。いわゆる法を犯した人間は何人あるかということを考えてみた。  そうすると、かりに十万人ある、十万人が刑務所におると仮定します。いわゆる刑法にふれた人ですね。刑法にはふれないけれども、軽罪にして見のがされるという人が、その三倍も五倍もあるだろう。それは五十万人もあるかもわからない。そういうような人はどうしているのかというと、日本から追放しませんね。ごく悪い人は刑務所に入れますけども、あとは説諭したりして、日本の国内にとどめていますね。こういうことに、ハッと気がついたんです。  当時、昔のことでありますから、天皇陛下は神さんのように、われわれは尊んでいたんですが、その天皇陛下の力をもってしても、罪人を少なくすることはできない。そこで罪人をどうしているかというと、あまり悪い者は隔離している。けれどもそれほどでもない者はやはりお許しになっている。これが現実の日本の姿ですな。  その中にあって自分は仕事をしているんだ。いい人だけを使って仕事をやるということは虫がよすぎると、私は思ったんです。だから自分はたくさん人を使っていくのであれば、その比率だけは引き受けないといかんと、そういうように考えたんです。  そうすると、頭がスーッと楽になったわけです。今までは〝あんなやつはかなわんな〟と思っていたのを許す気になったわけです。これからも、会社が将来幸いにして千人にも二千人にもなれば、何人かは会社に不忠実な人も出てくるだろう。しかし、それすらもかかえていかなければ陛下に申しわけない、こういうような理論が出てくるわけですよ。  そうしてみると、私はこんなことで悩んでおってはいかん。つまり大きな仕事をするのに、いい人ばかりをもって仕事をするというのは虫がよすぎる。こういう解釈ができると楽になりましょう。私はそういう解釈をしたんです。そういうことから、その後は非常に大胆に人を使うようになったんです。  幸いにして、会社をつぶすような悪い人間も出なかった。もちろん、多少の過ちを犯す人間はありました。けれども大勢をくつがえすというようなことはないわけです。それで非常に楽になったわけです。これは困難に面した場合の、一つの解釈のしかたですね。  また商売でも、金を払ってくれないというようなところもできてきます。これはやっぱり悩みですな。せっかく働いて商品をつくったのに、金をくれんというのはけしからん、というようなものです。けれどもこれは、皆さんも始終お考えになっていることでしょうが、全体のお得意の何パーセントかは、猿でも木から落ちるんやからしかたがないと、これはやっぱりあきらめが肝心です。  要するに全体の売上げの一パーセントというものは、目こぼしでしかたがないんだ。だからそんなことに嘆いたり、腹を立てたりしないでおこう、金を払ってくれないところに対しては、それぞれ話をして、払ってもらうように努めるけれども、それは悩みに思ってはいけない。こういう理解をもってそのお得意に会うと、比較的払ってもらいやすくなる。こういうふうなことになりまして、そのつど、心がひらけるように解釈していったわけです。  しかしそう解釈する前には、やっぱり何時間か、また多いときには何日か悩みますよ。これは免れないと思いますね。だから人間は、やっぱり悩みが伴います。だが、その悩みに負けないように、最後の結論においては、悩みをかわしていくというような解釈を下さねばいかんと思います。  私は幸い、そういうように努めながら、ともかくもやってきた、ということになるんです。だからあなたにしても、私はご商売は知りませんが、いろいろといやだなと思うことができてくるかもしれない。晩の食事がおいしくない、ということもできてきます。こと志と違うということですね。しかし、そのつど、みずからの向上になるのではありませんか。そういうことがあるたびに、

知恵が一つついてくるんやないですか。そう思えば、悩みもまた結構であるということになりますな。〔一九六三〕

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