MENU

30  叱るという苦労

30叱るという苦労叱りもせず何もせずして部下が一人前になることはない。叱られてありがたいと部下に感じてもらえる、そういう社長でいるかどうか。 ――日ごろ社員と接するなかで、ついカッとなって社員を怒鳴りつけてしまいます。こんな私を見て友人は、怒ってばかりいては逆効果で、かえって反発をかうだけだと忠告してくれます。やはり叱る際には、感情を抑え、冷静に話すほうが効果的なのでしょうか。松下  カッとするときには、今まではカッと怒ったものですが、このごろはちょっと元気がなくなりましたから、多少辛抱できるようになったんです。けれど、少々怒ったりするくらいの意気が必要ですね。  商売を熱心にやって、命をかけていたら、ある場合には怒鳴ることも自然起こりますよ。それをこらえる人はよほどの聖人か君子ですね。聖人君子すぎて、結局、力がないということでしょうな。(笑)  どんどん口角泡を飛ばして怒るくらいの意気が一面なければいけませんね。私が三十四、五歳のときはもう、社員に対しても机を叩いて怒ったもんです。  それで私のほうの店では、ある期間、私に叱られたら一人前になったと言ったもんですよ。「おまえまだ叱られへんのか、それならまだあかんなあ」というようなもんですね。(笑)しかし、しまいには叱りきれませんわ、数が多いから。(笑)なかなか回ってきませんからね。今はそういうことはなくなりましたけどね。叱りうるような人数のときに叱られないことは、むしろ寂しがったものですよ。それで人も育ったわけです。  叱りもせず何もせずして、その部下が一人前になれば、それはこれほど楽なことはありません。しかし、そんな楽なことはできませんわ。いかなる人でもやっぱり叱ることは苦労ですよ。自分がしゃくにさわって思わず怒ったことでも、その思わず怒ることは、一つの努力ですわ。叱られる者から見たらそれはありがたいことです。  このごろの人は、それを、「叱りやがった」と言って不足に思いますな。それは間違っていますのや。叱ってくれる人があるということは、ありがたいことです。だから、叱るたびに何かくれんか、とこういうわけですわ。(笑)「忙しいのに、一時間もおまえにいろいろ言うてやった。もったいなくてしょうがない、何かくれ」とこういうことです。(笑)そう言うたら分かりますわ。  ぼくが実際今、十分間でも叱ったり、言うて聞かせたりすれば、何百万円の値うちがありますよ、ほんとうはね。(笑)そのくらい儲けないことには会社におられませんわ。それだけの責任の地位にあるんやからね。私は今、会長としてやっておりますけれども、自分の心づもりでは、まだ世間が、会社の人が会長として頼りにしているあいだは、自分は働いてやらないといかん。かたちで働かんでも心で働かないといかん。  その働きを評価したら、一時間なんぼぐらい働かないといかんというわけですわね。一時間百万や二百万働いたのでは皆が満足しないだろう。だから少なくとも、何千万円働いてやらないといかんなあと、こういう考えをふともつことがあるんですよ。  そういうことをふと考えますからね、叱るときにも、「十分間は叱っているのやから、おまえに何百万円やってるのやぞ」と言うわけです。(笑)まあ半分冗談ですけれども、半分は冗談やなく真理があるわけです。そうすると分かってくれるわけですね。〔一九六七〕

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次