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40  発意と反省の繰り返し

朝に発意して活動し、晩に反省する。年初に発意して、年の暮れに反省する。そういう経営をしたいものである。

松下

現在の政治に理念がないんです。大きくいえば人類全体に対して何をすべきか、あるいは日本の国自体としては何をすべきかという、国家経営のあるべき理念というものがない。

明治の初年は、富国強兵という国是があった。それで百年来た。だから、日本は戦争しても勝った。この理念がなかったら、日清戦争にも負けていたかもしれない。

しかし、それに幸い勝ったがために勢いづいて、方針を変えずに今度は日露戦争をやった。

それも勝って日本は継子いじめされるようになる。そこでしゃくにさわって、〝なにくそ、もっと勝ったるぞ〟と始めたのが、この前の戦争です。だから、反省しなければいけない。

勝っては反省し、勝っては反省していればいい。そうしたら、あんなバカな戦争はしなかっただろうと思います。

けれども、日本人に限らず人間というものは、二へん勝てば、もう鼻が高くなる。そして三べん目にはやられる。これは鉄則です。

――それは企業経営にも共通する話ですね。

松下

経営でもうまくいったあと、急に倒れるところがあるでしょう。千円ぐらいしか儲からなかったときは、〝ああ結構や。しっかりやろう〟と思い、一万円儲かったら〝なかなか結構やな〟となる。そして今度十万円儲かったら、〝もうええわい〟と考えて、使いかける。それで倒れてしまう。それと一緒です。人間にはそういう本性がありますな。

「勝って兜の緒を締めよ」という戒めがあるでしょう。昔の人の言ったことも、最近発見した学説とともに大事にしなければいけない。昔のものは古いとして軽くあしらうと、えらい目に遭う。

――故事にあるとおり、勝った場合もおごらずというわけですね。

松下

人間というのは、朝、発意して、そして活動する。晩には、その発意して活動したことを反省してみる――この連続でないといけません。

年の初めには、今年はこういう工場を建てよう、そしてこういうものをつくろうと発意し、そして、年の暮れには、そういうものがよかったのかどうか、反省してみる。そういう経営をしていたら、大丈夫です。――そうすれば自信も出てくる。

松下

そうです。松下電器の場合も、それでわりかたうまくいった面があると思います。戦争直後、財閥解体で私は五年間、何もできなかった。幹部もみな散り散りバラバラになった。

昭和二十五年の十月に諸制限のほとんどが解除になって、ようやく経済活動が自由にできるようになった。そのとき、私個人の財産はまったくなくなっていたし、会社も莫大な負債があった。それを立て直さなければいかん。たいへんなことだった。

五年間、〝罪人〟として律しられたが、そんなバカなことはないと、会社を辞めずにがんばってきたわけです。

――そういう〝ド根性〟というのは、日本人に共通している魂なんでしょうか。

松下

日本人に共通しているともいえるが、ぼくにはそれが人一倍あった。個性だともいえます。

今の局面は、経済界としてはたいへんな時代だ、政治も混迷している、暗雲低迷して、極端にいえばなすところを知らないという点もあるが、終戦直後の時代を考えれば、悲観してうろたえることはないといっていいでしょう。

――うろたえるまではいかないが、気迷い気分は強いですね。

松下

天候みたいなもんでね。台風が来たらたいへんだが、一カ月も続かない。早かったら数時間、遅くても一日です。それで台風は過ぎてしまう。雨天のあとは晴天になるし、心配は要らない。必ず恵みも回ってきます。そういう悪いときにはうまくよける、抵抗しない。そして、視界が広がって、むこうが見えてきたら、大いに働く……。それでいいんやないですか。

〔一九七九〕

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