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41  「オヤジ」でありたい

威厳は必要。しかしそれだけで人はついてくるものではない。社員が安心感をもってくれているだろうか。ものを言いやすい「オヤジ」になれているだろうか。

――使われる側から見て、松下さんは〝怖い社長さん〟だったのでしょうか。

すべてお見通し、といったような……。

松下

そんなことはありません。なかったと思います。そんな社長だったらいかんね。怖さを感じさせるということではいけないですよ。怖さというものは一面では必要だけれど、怖さだけでは人はついてこないですよ。

第一、ぼくが使われる立場に立ったとき、怖いオヤジさんやったらかなわんもの。

やはり、何でもものが言える人、そしてある程度理解できる人、全部理解できなくても、ある程度理解できる、そういう感じの主人のほうが仕えやすいものね。

あんまりシャープじゃ具合悪いもんですよ。結局、部下なら部下がぼくに対して、〝安心感〟をもつかどうかということでしょうな。

社員がぼくに対して怖い社長だと思うか、偉い社長と思うか、いろいろありますわな。問題はそこだと思うね。

ぼくは怖い社長とは思われていなかったと思うんですけど、どうでしょう。(笑)

早くいえば、気安い社長やなあという感じやなかったかな。昔、まだ五十人や百人ぐらいのとき、いつも一緒になって仕事をしていた。

そのころは五時で店じまいですよ。

工員さんたちは帰るのだけれど、見習いの連中は遅くまで仕事をしていることがあった。

「いつまで仕事しとるんや。早う終わりにしろ」と、逆に叱るくらいでした。それでもまだコツコツやっている。

体を悪くされては困る、頼むから早く切り上げてくれと注意しなければならんようなことがよくありましたわ。

そのころから、ぼくは怖い社長だとは思われてなかったと思います。

――松下さんの伝記その他の中に、ほめるときは徹底してほめ、一方で、叱るときは皆の前で叱るといった場面がよく見られます。

ほめるコツ、叱るコツといったものは……。

松下

結局、ぼくというものをそのままさらけ出しているわけですな。それがいちばんやないかと思うんです。自分というものを化粧せずに、じかに接することです。そうすることで、ぼくという人間がどういうものかということを、その人なりにつかむわけです。ぼくの場合、それが比較的つかみやすかっただろうと思う。だから妙な怖さはなかったと思うんです。

それと、叱るとかほめるという場合でも、それが適当に出ていたろうとは思います。

「こんなことできんのか、何をしているんや」と言って叱ることも、適当に出ていたろうと思いますね。

机を叩いて叱ったことも覚えています。

今の幹部連中などは机を叩かれた口ですな。(笑)

しかし、毎日机を叩いたりはしませんからね。(笑)たまにですわ。

逆にうまいことやってくれた、遊びに来ないかというようなことのほうが多かった。そうですな、よくやったとほめるのが五回か六回あって、叱るのはそのあいだに一回ぐらいでしょうかな。二回に一回も叱っていたんでは、これはダメです。第一、こっちが疲れてしまいます。

(笑)

ただ、小さかったころは、こっちも真剣ですからね。失敗したら血が出るわけですから、怒るときは厳しかったですな。毎日毎日が必死で仕事しているんですから。叱るのもほめるのも真剣ですわ。

〔一九七六〕

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