鬼 100則 18オドオド・ビクビクの経営 千利休の「人の行く裏に道あり花の山」という言葉がある。要は、多くの人が取るのと反対のところに価値を見出すということだ。 生来、体が弱くそれでいて際立った能力もなく、どちらかと言えば弱者の側に分類される私は、人と同じ道を歩んだのでは到底勝ち目がないと思った。 これを「弱者が強い者に勝つ戦略 =弱者の戦略」と名づけ、私は「人の行かない道、それも確実に成功する道」を探し当てて、そこを歩んでいこうと努力した。自信のある人にはむしろ気づきにくい戦略かもしれない。私の多くの成功は、全てこの戦略がもとになっている。そして、この戦略を支える哲学、即ち経営信条として大切なのは「オドオド・ビクビクの経営」ということである。 なまじ能力があって特別な成功経験を一度でも味わうと、人はこれが「自分の実力だ」と錯覚し、その後とんでもない事態に陥り、没落していった例は枚挙に暇がない。最初に成功するとそのあとが怖い。強さがかえって足枷になるものだ。このことから私は、少々の成功があっても、徹底して「弱者の戦略」を貫いた。 忙しい会社社長でありながら、よく協会の名誉職的な仕事を引き受ける人がいる。「オドオド・ビクビクの経営」を信条とする私は、いつも「ただいま戦争中」として、やんわりご遠慮申し上げてきたものである。 私も何もしない訳ではなく要所要所で役割をうまくこなしてきた。しかし大きく引き受けてしまうと、自社の仕事に専念できなくなるからだ。 確かに協会の理事長ともなれば箔がつき、自分への信頼が増したように思うが、会社の利益とは何の関係もない。現に、とある組織の理事長の何人かの会社が倒産していった。 社会貢献というなら、成功の暁に一気に資金を使ってボランティアをやればいい。 失敗は成功のもとという。だが、後半の人生は速い。歳を取るほど時間の流れは速くなる。 弱者の私にはそんな余裕はなく、どこまでも「オドオド・ビクビクの経営信条」をベースに、いついかなるときにもクールさを失わず「弱者の戦略」を貫いてきたのである。
鬼 100則 18オドオド・ビクビクの経営 千利休の「人の行く裏に道あり花の山」という言葉がある。要は、多くの人が取るのと反対のところに価値を見出すということだ。 生来、体が弱くそれでいて際立った能力もなく、どちらかと言えば弱者の側に分類される私は、人と同じ道を歩んだのでは到底勝ち目がないと思った。 これを「弱者が強い者に勝つ戦略 =弱者の戦略」と名づけ、私は「人の行かない道、それも確実に成功する道」を探し当てて、そこを歩んでいこうと努力した。自信のある人にはむしろ気づきにくい戦略かもしれない。私の多くの成功は、全てこの戦略がもとになっている。そして、この戦略を支える哲学、即ち経営信条として大切なのは「オドオド・ビクビクの経営」ということである。 なまじ能力があって特別な成功経験を一度でも味わうと、人はこれが「自分の実力だ」と錯覚し、その後とんでもない事態に陥り、没落していった例は枚挙に暇がない。最初に成功するとそのあとが怖い。強さがかえって足枷になるものだ。このことから私は、少々の成功があっても、徹底して「弱者の戦略」を貫いた。 忙しい会社社長でありながら、よく協会の名誉職的な仕事を引き受ける人がいる。「オドオド・ビクビクの経営」を信条とする私は、いつも「ただいま戦争中」として、やんわりご遠慮申し上げてきたものである。 私も何もしない訳ではなく要所要所で役割をうまくこなしてきた。しかし大きく引き受けてしまうと、自社の仕事に専念できなくなるからだ。 確かに協会の理事長ともなれば箔がつき、自分への信頼が増したように思うが、会社の利益とは何の関係もない。現に、とある組織の理事長の何人かの会社が倒産していった。 社会貢献というなら、成功の暁に一気に資金を使ってボランティアをやればいい。 失敗は成功のもとという。だが、後半の人生は速い。歳を取るほど時間の流れは速くなる。 弱者の私にはそんな余裕はなく、どこまでも「オドオド・ビクビクの経営信条」をベースに、いついかなるときにもクールさを失わず「弱者の戦略」を貫いてきたのである。
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