はじめに 私がまだ 10代前半だった頃のこと。世の中は「ノウハウ」と「マニュアル」に溢れていた。 まだ彼女もできない 10代男子たちがこぞって読んでいたのは、人気雑誌『ホットドッグ・プレス』だ。毎号のように「モテるノウハウ」「モテるマニュアル」「モテるハウツー」が掲載され、同世代の男子はほぼ全員が同じファッション、同じ髪型、同じ趣味で、同じ話し方をしていた。 まあ、私の見ている世界が狭かっただけなのかもしれないが、ともあれ、こうした雑誌で特集を組まれるノウハウやマニュアルは、自分がヘタに個性を出すよりも確実に女子にはウケた(と思う)。このことは、 10代の自分にとって素晴らしい成功体験だった。 だからこそ、当時の私は、ノウハウ、マニュアル、ハウツーという文字が載った雑誌は、文字どおりすべて目を通していたように記憶している。書店の雑誌コーナーの前に何時間も居座り、「モテるマニュアル」を貪り読むのが日課になっていた。 当然ながらインターネットもなく、まとまった情報といえば雑誌から手に入れる以外になかった時代の話だ。それらの雑誌には、若かりし私の「成功の原点」のすべてが詰まっていたと言っていい。 それ以降、勉強でも、仕事でも、投資でも、趣味でも、私はあらゆる場面において「魔法のノウハウ」「絶対に成功するマニュアル」を探し続けた。そのために費やした時間は学業に使った時間より遥かに長いし、使った金額は、累計にすると高級車が何台も買えるとわかった時点で計算をやめた。 ただ、それほどの時間とお金を投じてもなお、マニュアルだけでは答えが見つからない問題に直面することが多々あった。というよりも、人生とはそういうものだし、社長としてビジネスを運営していくならなおさらだ。 そうやっていくつもの壁にぶつかりながら、私は、マニュアルを超える武器を身につけることに成功した。本書は、言うなれば「社長の解説書」だが、単なるマニュアルではない。マニュアルだけではたどり着けない世界まで、あなたをお連れする。 それと同時に、この本は、「社長業とは何か」という問いに対する、私なりのひとつの解を示すものになっているのではないかと思う。
成功と幸せを手に入れたい起業家・経営者の方へ この書籍を手に取ったあなたは、きっとビジネスでいま以上の成果を出したいと思っているのではないでしょうか? そんな起業家・経営者のために、この『社長のための「判断」の教科書』に加えて学んでいただくことで、より成果を加速させることになる2つのプレゼントをご用意しました。【プレゼント 1】 ●ビジネスの成果を劇的に変える「質問の極意」 ──業種も時代も超えてビジネスを成功へと導く9つの質問(動画 +書き起こし PDF)詳細はこちらのページをご覧ください【プレゼント 2】 ●資産家と収入家の違い ──幸せな社長になるために知っておきたい2つの「感覚」(動画)動画視聴ページへ移動して動画を見る
目次はじめに社長の唯一の仕事は「判断」「社長」ほど素晴らしい職業はない会社経営は社長の仕事では…ない社長の唯一の仕事は「判断」ダメな社長の落とし穴「社長に資格はいらないんだ」「要は、判断ができればいいんだ」「何のための知識なのか?」判断以外の仕事は「兼務」船頭を失った会社は漂流する社長とは「役割」に過ぎない社長に特別な能力は必要ない社長に求められる唯一の力社長が判断を放棄すると…社長が判断できないなら判断すべき人が判断する原因と結果の法則価値提供を掲げる意味何のために判断するのか「正解」はないが「基準」はある目的がなければ判断できない会社の目的よりも大切なことフレームワークで悩まず判断するそもそも「判断」とは何か「小さな判断」を積み重ねる判断は「考えない」「悩まない」フレームワークで判断を下す判断は常に「二択」で二択の答えは2つじゃない適切な判断に必要な「環境分析」 S字の上まで調べ尽くす価値を生み出す「資源」とはチャンスをつかむ「資源出し」フレームワークで判断を加速させる判断の委任で限界を超える判断は大変だ社長の限界は会社の限界判断を任せるということ判断を任せるメリット判断を委任できない3つの理由どうやって委任すればいいのか理念の共有で判断が進む誰に委任すればいいのか自由度をもって委任するためにどこから委任すればいいのか常に最適な判断を下すには ROIで「効率の良い道」を選ぶ ROIを意識するということ効率の良さが大切である理由シナリオが心の余裕を生むすべてを「想定の範囲内」にする判断の「先」を想定するあらゆる立場の視点を持つもし判断を誤ったら悩まない社長のためのフレームワーク集全体像を捉えるフレームワーク死角をなくすフレームワークデータを見極めるフレームワーク判断の質を上げるフレームワーク人を見抜くフレームワークおわりに──人生は「判断」の積み重ね
社長の唯一の仕事は「判断」「社長」ほど素晴らしい職業はない この本を手に取ったあなたは、すでに社長をしているか、これから社長を目指す人だろう。私自身は 20代半ばで社長になり、かれこれ 30年近く社長業をしているが、この仕事ほど費用対効果の高い職業はないと思っている。とにかく効率が良く、かつ、メリットが多い。 その理由のひとつは、社長になるための資格や試験がない、ということだ。 世の中には様々な職業があり、なかには「高給取り」と呼ばれ、人々から羨望と嫉妬のまなざしを浴びる仕事もある。試しに「高給を取れる仕事」でネット検索してみると、航空機パイロット、医師、公認会計士、弁護士などが出てくる。 ただ、これらの仕事に就くには資格を取得する必要があり、試験は非常に難易度が高く、結果として、その職に就ける人数は限られている。 現在、それぞれの資格を有している人数は、医師 34万人、公認会計士 3万 6000人、弁護士 4万 6000人。パイロットに関しては詳細なデータが見つからなかったが、日本の航空会社に勤めるパイロットは 5000人ほどのようだ。 一方で社長は、これらの職業の何十倍、何百倍も多くいる。国税庁が発表している「会社標本調査」(令和 4年度分)によれば、日本にある会社(法人)の数は約 290万。 つまり、全国に 300万人近くの社長が存在するということだ。法人化していない個人経営の社長を含めれば、さらにこの何倍もの数になるだろう(実際、「 1000万人」とする資料もある)。 これほど多くの社長がいるにもかかわらず、この仕事は平均年収が高い。これが、社長業について「効率が良い」と言う2つ目の理由だ。 先に挙げた社長以外の職業(資格が必要)の場合、業種によってばらつきはあるものの、おおむね 1000万円から 2000万円が平均収入の相場となっているようだ。 社長業はどうだろうか。これについては、人事院が「民間企業における役員報酬(給与)調査」をまとめており、それによると、社長の年間報酬の平均は 5197万円(令和 5年度)だ。 さらに、社長業の効率の良さを語る上で重要な3つ目のポイントとして、時間の自由度が高い点がある。社長ほど、時間を自由にコントロールできる職業はなかなかない。なぜなら社長は、時間のルールを自分で決めることができる立場にあるからだ。 平日のゴルフ場が、中小零細も含めて多くの社長たちで賑わっているのは、つまり、そういうことだ。私自身もそんな社長のひとりだが、一緒にラウンドを回るのは全員社長、前の組も、後ろの組も、みんな社長。そんな光景はまったくの日常だ。他の職業では、なかなかこうはいかない。 そうは言っても、誰でも社長になれるというわけでもないでしょう? それなりに、人にはない特別な才能や能力を持っているから、人の上に立つ社長という職業に就けているのでは? と思う人もいるかもしれない。 だが、これがまさに、社長業が効率の良い仕事である最後の理由なのだが、社長に特別な能力や才能はいらない。持って生まれた才能も必要なければ、特別な能力を身につける必要もない。 優れたひらめきを生むアイデアマンである必要などないし、モノづくりに秀でていたり、営業能力が飛び抜けていたり、突出したコミュニケーション能力を発揮できたりする必要もない。記憶力すら必要ない(これは本書の重要なテーマのひとつなので、詳しくはあとで述べる)。 それでいて、試験も資格もなく誰でもなれて、時間を自由に使え、なおかつ数千万円の年収を長きにわたって稼ぎ続けられる可能性が、他の職業よりも高い。 いかがだろう。社長という職業に、改めて魅力を感じるのではないだろうか。会社経営は社長の仕事では…ない そんな社長業だが、「では、社長とは何をする人か」「社長の仕事とは何か」と問われても、多くの人がすぐさま明確には答えられない。なかには、「社長の仕事とは何だと思うか?」と問われて、すぐにこれといった答えを出せない社長もいる。 世の中にはこれだけ多くの社長がいるのに、社長の仕事とは何かが曖昧になっているのだ。 では、「社長」とは、何をする人だろうか? 言い換えると、「社長の仕事」とは何か、という問いになる。まずはこのことについて考えてみよう。 社長とは、「起業・創業する人」だろうか? 「会社を経営・運営する人」だろうか? 「会社のお金を管理する人」だろうか? それとも、「組織を作る人」が社長だろうか? 会社を設立する人、組織を作る人、売上目標を立てる人、実際に売上を作る人、人気商品を生み出す人、素晴らしい人材をリクルーティングする人、従業員が効率的に働けるようなシステム作りをする人、資金集めが上手な人、うまく資金を管理する人、会社に対して責任を全うする人……。 様々な社長像、「社長の仕事」が考えられるだろう。何でもわかっていて、あらゆる点に目を光らせ、常に気が抜けないのが社長、と思っている人もいるかもしれない。 考えてみていただきたい。会社を設立することや組織を作ること、売上を立てることは、本当に「社長の仕事」だろうか? 会社は、世襲で親から引き継いだり、他人が作った会社を買って建て直したりすることもある。組織作りにしても、人事責任者がいる。また、売上を立てるのは営業担当者や営業責任者の仕事であり、必ずしも社長の仕事ではない。 売上目標ですら銀行や株主総会の意向が強く反映されるし、商品開発はマーケティングリサーチや技術者によって生み出され、優秀な人材を採用するのは人事担当者の仕事だ。システム作りはシステム開発部門の仕事で、資金繰りや経理業務は経理の責任者が担う。 そして、社長の選任権は株主にあるので、最終的な財務リスクを負うのは株主だ。 そう、ここに挙げたような業務内容はすべて、本来的に社長の仕事ではないのである。会社の重要な方針や経営理念でさえ、社内の戦略企画室や外部のコンサルタントが行えば、社長以外の人間でも作ることができる。 あるいは、よくある社長のイメージとして「企業理念を全社員の前で話す」という場面を思い浮かべる人もいるかもしれないが、必ずしも社長が行う必要はない。他の役員などでもその役割を担えるし、その内容さえも、秘書室や経営企画室が作ることがある。リーダーシップを発揮してメンバーを牽引することも、社長以外の人でも可能だ。 もし社長がこれらの業務を行っているとしたら、それは社長業以外の仕事を兼任しているに過ぎない。社長が必要に応じて、ここまでに挙げたような業務を他人に任せず自らが行っているというだけのことだ。
私が考える社長像は、これらの業務をする人たちの役割と全く異なる。社長の仕事とは、これほど様々な言葉で語られるものではなく、実は非常にシンプルなのだ。社長の唯一の仕事は「判断」 それでは、社長の仕事とは一体、何なのだろうか? 結論を先に述べると、社長の唯一の仕事、それは「判断」だ。判断することが、社長のただひとつの仕事であり、社長にしかできないことだ。言い換えれば、判断をしなくなれば、もはや実質的に社長ではなくなる。 ここで、矛盾を感じる人もいるかもしれない。売上目標を立てることや、会社の重要な方針や理念を考えることは、社長の仕事ではないと先ほど言っていたではないか。でも、これらは判断そのものではないか、と。 まさしくこの点を深く理解する必要がある。判断に至るまでのプロセスにおいて、そのための準備・調査を行い、意思決定ができるだけの十分な材料を揃え、複数の選択肢を比較検討できる状態にする、といった最終判断を下す直前までの作業は、社長以外の人間が行えばいい(もちろん、社長自身で行ってもいい)。 だが、最後の判断、最終判断だけは、社長は絶対に手放してはいけない。なぜならそれが社長の唯一の仕事であるのだから。 会社は、社長が下すその時々の判断が正しければ、大きく、かつ末長く繁栄する。しかし、間違った判断を繰り返せば凋落し、場合によっては倒産や廃業の危機にさらされる。 その分かれ目となる判断が、経営理念に関することの場合もあれば、新商品や主力商品を選ぶことだったり、出店の立地だったり、人事採用基準だったり、資金繰りだったりする場合もある。 実際のビジネスにおいては、「この商品を取り扱うか、取り扱わないか」「 A案にするか、 B案にするか」「デザインはどうするか」「価格はいくらにするか」「このクレームにどう対応するか」「この人を採用するかしないか」「この契約は行うべきか、やめるべきか」……などの最終判断を現場に任せることもある。 その任せ方は、人に依存する方法もあれば、マニュアルやルールで決めることもできる。 例えば、経験も豊富で、能力が高く、倫理観も道徳心もある人を責任者として任命し、その分野(営業とか経理とか人事とか商品開発とかシステム開発とか)のすべての判断を任せてしまう。あるいは、マニュアルやクレド(行動規範)や基準を作って、その範囲内で判断してもらう。また、これらをミックスさせたやり方もある。 こういった場合、社長自身は最終判断を行っていないので、「仕事を放棄しているのではないか」と思うかもしれない。だが、判断の権限を現場の担当者に引き渡すことも、その担当者から権限を外すことも、社長自らが判断を下した上で行っている限り、「真の最終判断」は社長の手中にあると言っていい。 また、どんなルール(マニュアルやクレド、基準)を採用するのかという判断を社長が手放さなければ、やはり、「真の最終判断」は社長が行ったと言えるだろう。 だからやっぱり、「判断こそが社長の唯一の仕事だ」と断言できる。違う言い方をするなら、社長は、他の作業や業務は一切しなくても、素晴らしい判断さえしていれば社長であり、どれほど重要で素晴らしい業務を行っていても、判断を手放してしまったら社長ではない。 要するに、社長は会社における「判断担当者」なのだ。 本書の主たるメッセージは、「社長の唯一の仕事は判断である」ということに尽きる。そして、「社長の唯一の仕事」である判断について、様々なケースの中で、どのようにしてより良いと思われる判断を行っていくのか、ということに関する私なりの考え方を提示する。ダメな社長の落とし穴 とはいえ、現実問題としては、社長が「判断だけ」をしていればいい、というわけにはいかないケースも多いだろう。 小さな会社では特に、人手が足りないことなどが理由で、社長自ら営業担当者として売上アップに注力したり、マーケティングの責任者を担ったり、商品開発担当として企画を考えたり、といったことはある。 しかしそれらは、単に「兼務」しているに過ぎない。 兼務すること自体は構わないのだが、そうした「社長本来の仕事以外の仕事」が多忙になりすぎるあまり、社長本来の仕事である「判断」がおろそかになる、ということが非常によく起きる。 例えば、判断以外の営業や商品開発など、自分が得意なことばかりを率先して行ったり、反対に、社長はすべてにおいて一流であるべしという誤った認識から、資格を取ったり、必要以上に専門知識を詰め込もうと時間を浪費したりする社長もいる。 しかしながら、それらは大きな間違いであることを認識しなければいけない。 実際、私がこれまでに見てきた「行き詰まった社長」の多くは、ストレスの多いと感じる重大な判断をしたくないがために、自分が働いていることを感じられる得意な業務に逃げてしまう。つまり、会社に必要な処置を施さず、根本治療ではなく対症療法でやり過ごそうとするのだ。 その結果、その日その月は乗り切れても、本来の問題は解決せず、会社の健康状態は悪化していき、ちょっとした出来事で会社が消滅してしまうこともある。「社長に資格はいらないんだ」 ここで、私が社長の概念を理解したエピソードを紹介しよう。私は、父も社長、祖父も社長、叔父も社長、他の多くの親戚も社長、父の友人も社長……という社長だらけの環境で育った。幼い頃から、周りの大人の多くはみな社長だったわけだ。 当然、私もその影響を受けて、「大きくなったら社長になる」という意識が当たり前のように育まれていった。そして、 5歳になった端午の節句の祝いの席で、親戚のおじさんからの「ひろくんは大きくなったら何になりたいの?」という質問に、「大きくなったらお父さんみたいな社長になる!」と宣言してみせたのだ。 今にして思えば、特に強い決意があったわけではなく、単に口が滑った程度の発言だったとは思う。ところが、その発言に親戚中が非常に喜んで、それからは驚くほどチヤホヤされた。 これは、子供ながらに強く自尊心が満たされる成功体験だった。以後、私は事あるごとに「将来は社長になる」と言ってまわった。そして、小学校に上がる頃には、どうしたら立派な社長になれるんだろう?」「こんなとき、社長だったらどんなふうに考えるのかな?」などと、いつも漠然と考えるように
私が考える社長像は、これらの業務をする人たちの役割と全く異なる。社長の仕事とは、これほど様々な言葉で語られるものではなく、実は非常にシンプルなのだ。社長の唯一の仕事は「判断」 それでは、社長の仕事とは一体、何なのだろうか? 結論を先に述べると、社長の唯一の仕事、それは「判断」だ。判断することが、社長のただひとつの仕事であり、社長にしかできないことだ。言い換えれば、判断をしなくなれば、もはや実質的に社長ではなくなる。 ここで、矛盾を感じる人もいるかもしれない。売上目標を立てることや、会社の重要な方針や理念を考えることは、社長の仕事ではないと先ほど言っていたではないか。でも、これらは判断そのものではないか、と。 まさしくこの点を深く理解する必要がある。判断に至るまでのプロセスにおいて、そのための準備・調査を行い、意思決定ができるだけの十分な材料を揃え、複数の選択肢を比較検討できる状態にする、といった最終判断を下す直前までの作業は、社長以外の人間が行えばいい(もちろん、社長自身で行ってもいい)。 だが、最後の判断、最終判断だけは、社長は絶対に手放してはいけない。なぜならそれが社長の唯一の仕事であるのだから。 会社は、社長が下すその時々の判断が正しければ、大きく、かつ末長く繁栄する。しかし、間違った判断を繰り返せば凋落し、場合によっては倒産や廃業の危機にさらされる。 その分かれ目となる判断が、経営理念に関することの場合もあれば、新商品や主力商品を選ぶことだったり、出店の立地だったり、人事採用基準だったり、資金繰りだったりする場合もある。 実際のビジネスにおいては、「この商品を取り扱うか、取り扱わないか」「 A案にするか、 B案にするか」「デザインはどうするか」「価格はいくらにするか」「このクレームにどう対応するか」「この人を採用するかしないか」「この契約は行うべきか、やめるべきか」……などの最終判断を現場に任せることもある。 その任せ方は、人に依存する方法もあれば、マニュアルやルールで決めることもできる。 例えば、経験も豊富で、能力が高く、倫理観も道徳心もある人を責任者として任命し、その分野(営業とか経理とか人事とか商品開発とかシステム開発とか)のすべての判断を任せてしまう。あるいは、マニュアルやクレド(行動規範)や基準を作って、その範囲内で判断してもらう。また、これらをミックスさせたやり方もある。 こういった場合、社長自身は最終判断を行っていないので、「仕事を放棄しているのではないか」と思うかもしれない。だが、判断の権限を現場の担当者に引き渡すことも、その担当者から権限を外すことも、社長自らが判断を下した上で行っている限り、「真の最終判断」は社長の手中にあると言っていい。 また、どんなルール(マニュアルやクレド、基準)を採用するのかという判断を社長が手放さなければ、やはり、「真の最終判断」は社長が行ったと言えるだろう。 だからやっぱり、「判断こそが社長の唯一の仕事だ」と断言できる。違う言い方をするなら、社長は、他の作業や業務は一切しなくても、素晴らしい判断さえしていれば社長であり、どれほど重要で素晴らしい業務を行っていても、判断を手放してしまったら社長ではない。 要するに、社長は会社における「判断担当者」なのだ。 本書の主たるメッセージは、「社長の唯一の仕事は判断である」ということに尽きる。そして、「社長の唯一の仕事」である判断について、様々なケースの中で、どのようにしてより良いと思われる判断を行っていくのか、ということに関する私なりの考え方を提示する。ダメな社長の落とし穴 とはいえ、現実問題としては、社長が「判断だけ」をしていればいい、というわけにはいかないケースも多いだろう。 小さな会社では特に、人手が足りないことなどが理由で、社長自ら営業担当者として売上アップに注力したり、マーケティングの責任者を担ったり、商品開発担当として企画を考えたり、といったことはある。 しかしそれらは、単に「兼務」しているに過ぎない。 兼務すること自体は構わないのだが、そうした「社長本来の仕事以外の仕事」が多忙になりすぎるあまり、社長本来の仕事である「判断」がおろそかになる、ということが非常によく起きる。 例えば、判断以外の営業や商品開発など、自分が得意なことばかりを率先して行ったり、反対に、社長はすべてにおいて一流であるべしという誤った認識から、資格を取ったり、必要以上に専門知識を詰め込もうと時間を浪費したりする社長もいる。 しかしながら、それらは大きな間違いであることを認識しなければいけない。 実際、私がこれまでに見てきた「行き詰まった社長」の多くは、ストレスの多いと感じる重大な判断をしたくないがために、自分が働いていることを感じられる得意な業務に逃げてしまう。つまり、会社に必要な処置を施さず、根本治療ではなく対症療法でやり過ごそうとするのだ。 その結果、その日その月は乗り切れても、本来の問題は解決せず、会社の健康状態は悪化していき、ちょっとした出来事で会社が消滅してしまうこともある。「社長に資格はいらないんだ」 ここで、私が社長の概念を理解したエピソードを紹介しよう。私は、父も社長、祖父も社長、叔父も社長、他の多くの親戚も社長、父の友人も社長……という社長だらけの環境で育った。幼い頃から、周りの大人の多くはみな社長だったわけだ。 当然、私もその影響を受けて、「大きくなったら社長になる」という意識が当たり前のように育まれていった。そして、 5歳になった端午の節句の祝いの席で、親戚のおじさんからの「ひろくんは大きくなったら何になりたいの?」という質問に、「大きくなったらお父さんみたいな社長になる!」と宣言してみせたのだ。 今にして思えば、特に強い決意があったわけではなく、単に口が滑った程度の発言だったとは思う。ところが、その発言に親戚中が非常に喜んで、それからは驚くほどチヤホヤされた。 これは、子供ながらに強く自尊心が満たされる成功体験だった。以後、私は事あるごとに「将来は社長になる」と言ってまわった。そして、小学校に上がる頃には、どうしたら立派な社長になれるんだろう?」「こんなとき、社長だったらどんなふうに考えるのかな?」などと、いつも漠然と考えるように
なっていた。 中学生になり、高校受験を考える時期になった。どんな高校に進学し、その後どんな大学に行けばいいのか。学校で何を学び、将来どんな資格を取って、どんな道筋で立派な社長になるかを考える中で、身近な成功者である父に尋ねたことがある。 このときの父の回答が、私の人生でひとつの大きなターニングポイントになった。 そのとき私は、こんな質問をしたと思う。「お父さんはどこの高校に行ったの? 大学はどこに行ったの? 何の勉強をしたの? 資格は何を持っているの?」 それに対する父の回答は、私の全く想像していなかったもので、非常に大きな衝撃を受けたことを、今でも鮮明に覚えている。父の回答はこうだった。「お父さんは、となり町のあの工業高校(私が当時認識する限り、さほど学歴レベルの高くない高校)の出身だよ。大学には行っていない。資格も何も持ってない。あるのは運転免許くらいかな」 驚いた私は食い下がった。「でも、建築士の資格は持っているんだよね?」 当時、父は建築会社の社長だったので、当然、建築士という仕事の資格は持っているはずだと思っていた。だが、それすらも違った。「お父さんは何の資格も持っていないよ。全然、何も持っていない。建築士の資格もそうだけど、社長に資格はいらないんだ」「要は、判断ができればいいんだ」「資格っていうのは現場で働く人が持つものであって、社長は資格なんていらないんだ。うちの会社も、建築士の免許を持っている人を雇ってはいるけれど、お父さんは何の資格も持っていない。 資格どころか、本当の専門家としての知識だって、社長には大していらない。当然、学歴もいらない。学歴で銀行がお金を貸してくれるわけじゃないし、学歴で仕事が取れるわけでもないんだから。 学歴や、勉強ができることや、資格を持っていることと、仕事ができることは全く違うんだよ」 予想外の内容にショックを受ける私。そして、続いて聞こえてきた父の言葉が、良くも悪くも私の人生を大きく変えた。 要は、判断ができればいいんだ。何をやればいいのか? それとも、やらないほうがいいのか? いくらで仕事を受けるか? 誰に任せるか? どんな物を作るか? そういう、「何が自分の会社にとっての正解なのか?」という判断さえできれば、それでいいんだ。 建築士になるには膨大な時間を使って勉強しなくてはいけない。建設業には建物の知識以外に、電気や水道の知識、土地の知識、金融や法律の知識も知らなければいけない。それらを全部、プロのレベルまで勉強したり、資格を取って専門家になったりするなんてことは、時間がかかりすぎて無駄だし、そもそも専門知識があったとしても良い社長になれるわけじゃない。 社長に必要なのは、その時々の状況に応じた適切な判断だ。適切な判断ができれば、それ以上の知識なんていらない。ただし、その適切な判断ができるくらいまでは、その分野のことを理解する必要がある。でもそれは、その道の専門家として生きていくレベルの半分以下でいい。数分の一か、数十分の一の理解で、ほとんどの場合は事足りる。 技術だって法律だって年々変わっていく。それを全部覚え、習得する必要はない。正しい判断ができる基準さえ持てば、あとは専門家に聞けばいいんだ。専門家はそのためにいるんだから。「何のための知識なのか?」 私はそれまで、父の背を見て建築会社の社長になるつもりでいた。だから、高校や大学の進路も、いずれ建築士や宅地建物取引主任者(現在の宅地建物取引士)の資格を取得するときに有利になるところを探したほうがいいだろうと思っていた。 将来、建築会社の社長になるために、たくさんの勉強をして、たくさんの知識を詰め込んで、たくさんの資格を取るつもりでいた。それが素晴らしい社長になる、最高の道だと思い込んでいた。だが、その考え方は、父とは真逆だった。 ふと、父の周りにいる人たちを見渡してみれば、たしかに、取引先の業者には資格を持っている人がたくさんいた。高学歴の人もいた。でも、みんな父の言うことを聞いている。父に判断を仰いでいる。そして、父のほうが成功している。「成功する社長になるために、たくさん勉強したり、深く知識を詰め込んだり、資格を取ったりするのは、時間の無駄だ」 父のこの言葉は、そのときから私の頭に染み付いて離れなくなった。同級生が受験勉強している様子を見ても、私自身は受験そのものに全く興味がなくなり、学歴に対する焦りもなくなった。「成功に学歴は関係ない」──遊びたい盛りの学生が、成功して幸せそうな父親にそんな言葉を投げかけられたら、勉強などするはずがない。結局、学生時代は大いに遊んでしまった。「判断さえできればいい」という部分も全く抜け落ちたままではあったが、そういう学生時代を送ったことには満足しているし、後悔もしていない。 そして今では、建築、不動産、金融、法律、営業、マーケティング、コミュニケーションなどそれぞれの分野で、経営や投資のための判断に必要な一定の知識を身につけている自負がある。ただし、それらはあくまでも判断のための知識であり、私が最も効率が良いと考える、最低限だが必要十分な知識だ。 言うなれば、知識には 2種類あるということだ。つまり、効率の良い知識と、効率の悪い知識だ。 効率の悪い知識をいくら溜め込んでも、社長として適切な判断を下すための助けにはならない。それよりも、効率の良い知識を必要なだけ備えていれば、それで社長としての役目は十分に果たすことができる。「何のための知識なのか?」 中学生のときに父に発したひとつの質問が、私にとって大きなターニングポイントであったことは間違いない。この問いは、のちの人生を大いに豊かにしてくれた。判断以外の仕事は「兼務」 私は、これまで多くの社長たちと対話してきたが、「社長の唯一の仕事は判断である」ということを、自身が明確に認識している社長は非常に少ない。むしろ、ほとんどいないに等しい。 私自身は、これまで社長業を 30年近くやってきて、この「社長の唯一の仕事は判断である」というパラダイムを覆されたことはない。 時代によって、「社長はかくあるべき」といった流行や、トレンドのようなものは多少なりともあるが、それでも、「判断」が社長の唯一の仕事であるという
考え方が揺らぐことはなく、むしろ社長業を続けるほどに、その確信は強化されるばかりだ。 社長が「判断」以外の仕事をする場合、それは「兼務」ということになる。その際には、「今は本来の社長の仕事ではない別の役割を行っている」と常に意識することが重要になる。 今、社長として判断を行っているのか。それとも兼務で、商品開発担当者として企画を考えているのか。経理担当者として見積書を作成しているのか。顧客対応係として電話応対しているのか。社長は、常にこれを明確に意識する必要がある。 役割の違い、すなわちアイデンティティが分けられていないと、目先の出来事に振り回されるようになる。目先の出来事に振り回されると、重大な欠落や、本来やるべきことができないことになり、時間的生産性、効率性が落ちる。 例えば、営業が忙しくなると、営業に注力するあまり大事な資金繰りがおろそかになったり、組織運営や人事採用に時間を取られるあまり顧客対応がおろそかになったり……という具合に、目先の業務に反射的に動くようになってしまうのだ。 これでは、社長という肩書きを持つ人間( =あなた)は会社にいるものの、社長という業務は手薄になってしまう。兼務のほうを優先するあまり、社長不在の会社になっているも同然だ。そして、判断担当者としての社長がいない会社は、思いのほか小さな出来事で大きなダメージを受けることが多い。 社長がいろいろな役割を兼務的に抱えたままでいると、社長としての本来の仕事である重要な判断ができなくなり、優先順位を立てられなくなる。なぜなら、兼務している仕事の担当者として、その仕事への思い入れが強くなりすぎるあまり、他の仕事を軽んじてしまいがちになるからだ。 例えば、営業が得意な社長は営業に力が入って商品開発が二の次になり、商品開発が得意な社長は商品こそがビジネスの根幹だという信念がより強くなり、営業が手薄になってしまう。 こうなると、それぞれの判断が鈍ってしまう。また、担当者として仕事が忙しくなりすぎて、何をいつ判断したらいいのかわからなくなってしまうこともある。それゆえ、業務に抜け・漏れが出やすくもなる。 こうした事態を防ぐため、社長は、「現在の自分の立場」を常に理解することが重要だ。そして、それぞれの業務から一定の距離を置き、正しく評価した上で、社長として適切な判断を下さなくてはいけない。 自分は今、どんな立場や役割で仕事をしているのか? この視点は、正しい方向へ進みつつ、 ROI(費用対効果)高く会社の目的に向かうために欠かせない。船頭を失った会社は漂流する 役割の違いは、契約に置き換えて考えると理解しやすい。契約には必ず相手方がいて、契約を結ぶときには、それぞれの権利、義務、責任、立場を確認する。すると、それぞれの立場・役割が見えてくる。 契約というものに基づいて物事を見ると、自分の立場を意識することになり、それぞれの役割の中で見え方が変わってくる。例えば、社長であるにもかかわらず、あなたが営業をしていたとしよう。本来、社長であるあなたは営業担当者を採用し、その人物と何かしらの契約を交わしているはずだ。 それは雇用契約かもしれないし、業務委託契約かもしれないが、いずれにせよ、どんな業務を担当してもらうのか、どんな基準やノルマがあるのか、どんな報酬形態で、どんな責任があるのか、といったことが規定されている。 これら、他人に業務を依頼する場合には当然決めるべき事項が、自分自身でその業務を担うことで、非常に曖昧になってしまうのだ。その曖昧さは、目先ではメリットになるかもしれないが、中長期的に見ればデメリットになってしまう場合も多い。 メリットは、他人に支払う追加の報酬が発生しないことであったり、業務の目的や目標をすでに理解していることだったりする。 一方でデメリットは、人が育たない、社長の限界が会社の限界になる、といったことがある。他の誰も代替できない社長の判断という仕事が疎かになり、まるで船頭を失った船のように会社が漂流してしまう可能性も高い。さらには、そうやって漂流していることに社長自らが気づかないうちに、会社は弱体化していく。 業績不振や何らかの問題を抱えたまま走り続ける会社の多くは、適切な判断機能(つまり社長の任務遂行能力)が低下していることがほとんどだ。 これはある人から聞いた話だが、「もしあなたの会社が業績不振だったとしたら、その諸悪の根源は何だと思いますか?」という問いに対して、最も適切な答えは「私の会社の諸悪の根源は、社長である私自身だ」というものだという。 その理由は、「もしあなたの会社の社長が、パナソニック(旧・松下電器産業)創業者で『経営の神様』と言われる松下幸之助氏だったら、あなたの会社の業績はどうなると思いますか?」という問いで理解できるだろう。 もしあなたの会社の社長がマイクロソフトのビル・ゲイツ氏だったら。ソフトバンクの孫正義氏だったら。京セラ創業者の稲盛和夫氏だったら……。偉大な社長たちは、どんなに多くの複雑な仕事を兼任しても、社長業を全うしている。だからこそ、偉大な社長になれたのだとも言える。 社長次第で会社は変わる。素晴らしい会社を作ってきた社長に唯一共通するのは、その時々に応じた判断が適切だった、ということだ。社長とは「役割」に過ぎない「社長」も、会社における役割のひとつ。営業は営業、マーケティングはマーケティング、顧客対応は顧客対応。それぞれ役割がある中のひとつとして、社長という役割がある。 それを理解した上で、その時々に応じた役割を意識するだけで、自分が本来すべきことがおのずと明確になる。しかしながら、役割の違いを意識せず、場当たり的になってしまっている会社運営というのは案外多い。 社内におけるそれぞれの役割を示すものとして組織図が作られるが、多くの会社で見られるのが、トップダウンの図だ。社長がピラミッドの頂点に位置し、その他の役職が社長の下に連なって、全体に三角形を形作っている。 これは、もともと軍隊がトップダウンの形式だったため、会社経営にも同じような形に踏襲された、という背景がある。戦争と経営は似ているところがあり、戦争でうまくいった仕組みが経営でも使われる歴史があるのは事実だ。 しかし、会社は軍隊ではない。会社経営と戦争は似て非なるものであり、競合他社は必ずしも敵ではない。その意味で、この組織形態には大きな欠点がある。 会社を軍隊式のトップダウン型組織にする必要はなく、その欠点を補完するために、例えば、社長と他のメンバーが横並びで並列の関係にある組織図や、社長が従業員の下にいて、下から支えるような逆三角形の組織図にしてもいい。 それぞれに特徴があり、メリットがある。だから、会社の目的や状況によって組織図を変えてもいいだろう。組織図というのは、理由があってその形に
なっているものであり、形が変われば機能が変わり、結果も変わる。 もしくは、社長が中心に配置され、メンバーが社長を囲うように円をなしている関係図でもいいかもしない。他にも、例えば星型で、社長を含むそれぞれのメンバーが星の頂点に配置される図も面白い。この組織図なら、社長が偉いのではなく、それぞれがプロフェッショナルとして存在していることがわかりやすい。
ちなみに、組織図にトップダウン型を採用したほうが、社長が「偉そうにできる」ため、それを採用している場合もある。会社経営をやる目的が「社長である自分が偉そうにしたいから」というケースも、意識的にせよ無意識的にせよ、実際にある。それはそれで、ひとつの会社のあり方だ。 また、実際に会社を軍隊になぞらえて、「ライバル企業を倒す!」「蹴落としてでも勝つ!」と考える会社もあり、そういう社長もいる。それを否定はしない。「こうあるべき」という私の価値観はここでは控えるが、会社のあり方に正解・不正解はなく、それぞれがそれぞれの目的で会社経営を行っているということだ。社長に特別な能力は必要ない 多くの社長が口にしない事実がある。それは、社長には特別な能力は必要ない、ということだ。極端に言えば、誰でも社長になることができる。本来の社長の役割をこなすにあたって、特別な能力や才能、カリスマ性など一切不要だ。 そんなはずはない、と思うかもしれない。しかし、社長に能力があることが、むしろ、会社の成長を妨げることにもなり得る。もっと言うと、ほとんど場合、社長の能力や才能は、メリットとなるケースよりもデメリットのほうが多い。 なぜなら、社長が営業も得意で、商品も作れて、顧客対応も難なくこなし、資金繰りもできて……と何でもできる状態であれば、社長の時間と能力の限界が、そのまま会社の限界になってしまうからだ。そして、その限界点は往々にして低い。 このような「何でもできる」万能型の社長は、自分より能力の高い人を雇いにくい傾向にある。 能力が高い社長は、それだけ多くの努力を重ねてきているはずだし、その自負もあるだろう。つまりは、自分の努力が成功体験になっている。おそらく、努力して能力を高めれば多くの成功が手に入る、という経験を数多く積んできてもいるだろう。 だからこそ、この先も誰よりも努力することを意識し、自分の能力が常に成長していくように頑張るつもりでいる。 能力を高めれば社長として成功するという体験から、自分が「一番」になるための努力を続けて、ここまで来た。それゆえに、意識的・無意識的に、自分よりも高い能力を持つ人や、より多くの経験を積んだ人を扱いにくい、と感じてしまうことも多いのだ。 もしくは反対に、「自分以上にできるやつでなければ必要ない」という思いから、誰も雇えなくなることもある。また、雇えたとしても任せきれない、という現象も起きる。 だが、「社長には特別な能力や才能は必要ない」ことが前提であれば、不必要な自尊心は薄れ、自分よりも能力の高い人とチームを組んだり、自分とは違う考え、違う個性、違う特色を持つ人たちを雇ったりすることもできる。その結果として、会社は、社長の限界を超えて大きく成長することになる。社長に求められる唯一の力「自分があと 3人いたらいいのに……」というセリフは、多くの社長から聞かれる悩みだ。自分はこれだけのことができるのに、今いるメンバーは「気が利かない」「物事の理解力が低い」「言われたことすら満足にできない」などなど。だから、自分があと 3人いたら、もっとうまくいくはずと考える。 これもまた、自分が万能でなくてはならない、自分が一番できなくてはいけない、と考える社長の典型的な悩みと言える。私自身も過去に「自分があと 3人いたら……」と思っていた時期がある。しかし今は、全く思わない。 なぜなら、それぞれの分野で自分より能力の高い人や、自分とものの見方・考え方が違う人たちと仕事を共にして、そのおかげで、私自身の可能性を大きく超える成功を手にしているから。自分の独断でやるよりも彼らの意見を聞き、統合しながら仕事を進めたほうが、圧倒的に結果が素晴らしく、かつ効率が良いことがわかっているからだ。 それに、どんな人にも調子の波があり、良いパフォーマンスを発揮できるときもあれば、イマイチのときもある。当然ながら、得意なこともあれば苦手なこともある。会社を自分だけのリーダーシップでワンマン運営すると、調子の悪いときや体調がすぐれないとき、気分が乗らないとき、苦手な分野の仕事に直面したとき、そのまま会社の雰囲気や業績につながる。まさに、自分の限界が会社の限界になるのだ。 一方で、普段から様々な人の意見に耳を傾け、力を合わせて協力しながら会社を運営していれば、思わぬところで思わぬ人の力が発揮されることもある。結果、ワンマンで運営しているよりもリスク回避ができ、チャンスに強くなり、可能性も広がり、安定度も増してくる。いいことずくめだ。 また、世間的なイメージとして、「社長は偉い」というものがあるかもしれない。しかし、社長は偉いわけでもない。社長も単にひとつの役割に過ぎないからだ。 例えば、社長より腕の立つ職人がいれば、その人が社長よりも威張っている会社もある。仕事をとってくる営業担当者が威張っている会社もある。私の父親も社長だったが、その会社には、社長である父よりも偉そうな従業員がたくさんいた。 社長の仕事は判断をすることであり、社長自身が何でもできる必要は全くない。むしろ、あまりできないほうが従業員としては仕事がしやすいことも多い。 では、社長には何が必要なのかと言えば、それは「判断できる力」であり、そのための「知識」だ。誰でも社長になれるとは書いたが、全く無知の社長では、会社はすぐに行き詰まってしまうだろう。 では、どの程度の知識があればいいか。それは、会社運営に必要な出来事を「判断できるレベル」の知識だ。 会社の業務ひとつひとつには、それぞれ得たい結果があり、プロジェクト単位や月次、年次単位でも得たい結果があり、決算などでも得たい結果がある。それらの得たい結果を理解し、そこに達するためには何が必要なのかを理解できるだけの知識は、社長に必要だ。 その知識を備えた上で、他人の仕事を理解し、適切な人に適切な業務を任せる、という判断ができればいい。簡潔に言うと、「やるかやらないか」そして「任せるか任せないか」を判断できれば、それでいい。 社長は、仕事を任せたり、指示を出したりできるレベルの知識を持っていればよく、それ以上の勉強をする必要はない。だが、そのレベルにも達していなければ、誰にも何も任せられないどころか、誤った判断を下して、任せてはいけない相手に任せてしまうことにもなりかねない。社長が判断を放棄すると… 社長の仕事は判断。では、社長がその仕事を放棄したら、どうなるだろうか。 社長が判断をしなければ、会社は停滞する。場合によっては、会社の存続に関わる。しかし、社長がいつでも、どこでも、どんな状況でも、判断できるとは限らない。社長も人間であり、病気もするし怪我もする。私生活もあり、休養も必要だ。 しかし、会社経営においては、時が止まることは許されない。空白の時間は、即、会社の停滞につながる。だから、判断を先延ばしにするわけにはいかない。社長が判断しないのならば、誰かが代わりに判断せざるを得ない。 社長が判断を放棄すると、社長以外の人間が判断をしなくてはならなくなる。会社の業務とは判断しないと進まないことの連続のため、それぞれの出来事に直面している個々人が、それぞれに判断をするようになる。
だがそれでは判断基準がバラバラで、統制が取れていない状態になり、組織力が落ちる。 判断の中には、社長ではなく現場にいる人間が行ったほうが、効率がいい場合もある。しかし、社長から判断を任されたのならともかく、社長が判断を放棄しているために仕方なく現場が判断する、というのでは、全体のベクトルが合わず、費用対効果が悪い。 なかには、社長が苦手な判断を放棄し、実質的に別の人間が社長の代わりに判断をしているケースもあるだろう。これも本来的な形ではないため問題が起こりやすく、長期的にはうまくいかない可能性が高い。会社全体を理解せずに判断するため、効率が悪くなるからだ。 効率が悪くなると、時間に比例して資本金が減る可能性が高まる。会社というのは、存在しているだけでも維持費がかかる。もし何も判断しなければ、お金と時間だけがかかり、資本金を割り込んでキャッシュフローがなくなった時点で、その会社は潰れることになる。 判断すべき人が判断をしないと、それがあらゆるボトルネックになり、会社のスピードが遅くなるのだ。それは、結果として如実に現れる。社長が判断を放棄すると、結局のところ、会社は回らなくなる。社長が判断できないなら ただし、重要な判断を常に社長自身がその場で下すことが、現実的に難しいことも多い。 例として、クレーム対応を考えてみよう。顧客からクレームが入った際にどう対応するかの判断は、専門部署にとっても簡単なことではなく、また、判断が非常に分かれる部分でもある。 そして、おそらく多くの社長が、自分はなるべく前向きな仕事で力を発揮したいと考えている。クレーム対応に代表されるような、どちらかと言えば後ろ向きの業務に関わると、前向きな判断に迷いが生じることがあるからだ。 一方で、担当者としては上の指示を仰ぎたい。なぜならトラブルになると、会社全体に悪い影響が及ぶかもしれないからだ。それに、クレームは緊急事態だ。いかに短時間で対応するかが肝で、いたずらに判断を先延ばしにすると、クレーム自体が大きくなりかねない。 こうした場面で社長が判断を放棄すれば、会社にとって致命的な事態を引き起こすかもしれない。では、クレーム対応は、常に社長が判断を負うべき業務なのだろうか? それとも、やはり担当者の判断で解決すべきだろうか? 実は、どちらを選んでもメリットが少なく、デメリットが大きい。ではどうすればいいかと言えば、事前に対応策を用意する、という選択肢がある。要するに、あらゆるクレームを想定して、それが実際に発生した場合にどう対応するかを、社長と担当者とで相談して決めておくのだ。 ここで重要なのは、その対応策を決めるプロセスでは、社長と担当者が共に議論し、検討することだ。それぞれの役割と立場からの意見を出し合うことで、決定された内容には、社長の判断も担当者の判断も含まれることになる。それが、クレーム対応における判断の基準となる。 言ってみれば、「先に判断しておく(判断の時間軸をずらす)」のだ。クレーム対応などの後ろ向きの判断は、あとから行うと費用対効果が悪いケースが多い。時間が経てば経つほどリスクが増えて、負担が大きくなる。また、トラブルというのは得てして重なりがちだ。だから、絶対に早めに判断して早めに解決したほうがいい。そこで、事が起きる前に事前に判断をしておく、ということが重要になる。 また、このやり方は、あらかじめ用意した基準によって判断を担当者に委任する、ということでもある。クレーム対応のようなネガティブな業務だけでなく、ポジティブな業務であっても、同じように事前に判断基準を作って、判断を委任することはできる(判断の委任については、あとで詳しく述べる)。判断すべき人が判断する 私が判断を特に意識し始めたのは、建築会社の社長になった頃だ。どんな建設現場でも、作業の工程表を作る。その際、基本的には、天候が晴れになることを想定してスケジュールを組むが、雨が降ってほとんど作業ができないこともある。 だが、職人を現場に送っていれば、作業をしたかどうかにかかわらず、日当を支給しなくてはいけない。雨で作業ができなければ余分な日当を支払うことになり、利益が減る。また、雨の日が続くと工程表どおりに作業が進まず、工期が延び、一日あたりの利益が減る。それが積み重なると、大きな損害にもなりかねない。 こうした経験から、私は、「人が一日動くといくらになるのか」という、いわば日給感覚が身についた。そして、社長である自分が何も判断しないでいると、お金と時間を垂れ流すことになる、と気づいたのだ。まさにタイム・イズ・マネー。社長の判断が利益に直結することを、日々実感していた。 判断すべき人、つまり社長が判断をするメリットは、会社の目的に早く近づける、ということだ。もっと端的に言えば、社長が良い判断をすれば、利益が上がる。 反対に、社長が適切な判断を下さなければ、会社は利益を伸ばすことができず、それが損益分岐点を下回ったら、会社は潰れる。会社として得たい結果(目的と目標)を得られずに倒産してしまう。 したがって、判断をするには、まず、得たい結果である目的と目標を決めることが前提となる。なぜなら、目的・目標をしっかりと理解した上で判断をしないと、基準がないせいで、そもそも判断にならないからだ。 どんな判断を下すにせよ、そこには何らかの基準が必要だ。基準がないと道に迷ってしまう。無限に選択肢があるように思え、どうしたら良いのかわからなくなりがちだ。しかし、基準さえあれば、それが指標になる。そして、それはビジネスを成功させるのに欠かせないものと言える。 では、社長の判断における基準とは何だろうか。それは、会社の目的であり、目標だ。会社の目的や目標がそのまま、判断する際の「基準」になるのだ。原因と結果の法則 SUBARU(スバル)という自動車メーカーがある。この会社のありたい姿は「笑顔をつくる会社」で、顧客に提供する価値は「安心と愉しさ」、経営理念は「“お客様第一”を基軸に『存在感と魅力ある企業』を目指す」とされている。 これらは、 SUBARUという会社の目的だ。そして、この目的を実現するための具体的な目標のひとつとして、同社は「 2030年に死亡交通事故ゼロを目指す」ことを掲げている。 多くの会社が、会社の目的や目標を定めているだろう。ただ、一般的に目的や目標と言われるのは、自社の繁栄であったり、売上や利益の目標であったりする。 これらは、結果的な目的・目標だ。売上や利益というのは価値提供の対価であって、価値提供がなければ誰もお金を払わず、お金を払われない企業は存続しない。言い換えれば、何らかの価値提供の結果として、売上や利益といった結果が生まれることになる。 それに対して、 SUBARUが掲げているのは、原因的な目的と目標だ。つまり、どんな価値を、どれくらい、いつまでに、どんな形で提供するかという、原因(価値提供)の部分に焦点をあてた目的・目標であって、その結果としての売上や利益には触れていない。 結果には、何かしらの原因がある。会社の売上や利益には、何かしらの価値提供が必要だ。売上や利益など会社が得たい結果を考えたとき、その結果になるために必要な原因があるはずだ。
10人前のカレーを作りたいなら、 10人前の材料とレシピが必要で、それを作れるだけの調理道具と料理をする人も必要だ。そうして初めて、 10人前のカレーを作ることができる。 3人前分の材料しかなければ、どんなに 10人前のカレーを作りたくても、 3人前しか作れない。 これが原因と結果の法則だ。非常にシンプルな話で、当たり前のように聞こえるかもしれない。だが、これを意識せずに目標や目的を設定している社長が多い。価値提供を掲げる意味 原因と結果の法則を会社に当てはめてみよう。 飲食店を経営しているとして、「売上 1億円」「利益 1000万円」といった目標を立てているとする。目的は「会社の繁栄」だ。これらは結果的な目標と目的だ。では、この結果をもたらしてくれるのは、一体どんな原因だろうか? それは例えば、「健康的な食事でお客様の人生を豊かにする」という目的かもしれない。そして、この目的を実現するために、「 1日に必要な食物繊維が 1食で摂れる朝食を、 250円で、 40万食届ける」という目標があるかもしれない。 ●原因……健康的な食事でお客様の人生を豊かにする(目的)/ 1日に必要な食物繊維が 1食で摂れる朝食を、 250円で、 40万食届ける(目標) ●結果……会社の繁栄(目的)/売上 1億円・利益 1000万円(目標) どんな会社でも、会社として得たい結果は当然ながら継続的な繁栄であるだろうし、それを支えるのは売上や利益だ。だが、それらをもたらしてくれる原因は、結局のところ、顧客への価値提供であるはずなのだ。 会社経営について目的と目標が語られるとき、一般的には結果的な目的や目標が多く語られ、原因的な目的や目標が語られることは少ない。だが本来は、原因があって結果がある。語る順番が違うと言わざるを得ない。 つまり、社長としての判断の基準となるのは、売上目標など結果的な目的・目標ではなく、顧客にどんな価値を提供し、どんな喜びを与えるのかという原因的な目的・目標だ。それこそが、適切な判断を下すための指針となる。 そして、原因的な目的・目標をしっかりと定めて、それらを果たす努力をすることが、結果的な目的・目標の達成になる、ということは理解しておくべきだろう。何の価値提供もせずに売上や利益を出す行為は詐欺であり、そのような会社には需要がない。だから、健全な繁栄を続けることはない。 1986年冬。建設現場のアルバイトで貯めたお金でローンを組んで買った最初の車が、中古の「スバル・レオーネ」だった。現在も「レガシィ」を所有している、 40年来のスバリストだ。 SUBARUという会社が、今後も会社の目的・目標に沿って多くの笑顔をつくり、安心と愉しさを与え、交通死亡事故の撲滅に大きく尽力すれば、その結果として、会社は繁栄し、従業員は笑顔に溢れ、増収増益、さらには株価向上にもつながるだろう。何のために判断するのか 何のために判断するのか。それは、会社の目的を果たすためだ。会社の目的とは、ミッションやビジョン、経営理念などと呼ばれるものであり、「なぜ、この会社をやっているのか」という問いに対する答えでもある。 どんな会社にも、その会社が存在する理由があるはずだ。会社の方向性、目指す姿、指針、会社として成し遂げようとすること、在り方、会社の存在意義……それらが本来の会社の目的だ。 その目的を果たすための基準として、目標がある。より長期的な視点で未来に向けて目指す姿としての目的を掲げた上で、それをどうやって実現するか具体的な数値で表したものが目標だ。目的から逆算して、段階ごとに複数の目標があるかもしれないし、時間の経過と共に目標が変化することもある。 いずれにしても、目的と目標について議論する場合は、常に目的が上位概念だ。目標は、「目的を達成するための目安」として存在するに過ぎない。 例えば、ある会社が売上目標 10億円を掲げたとしよう。この数字を掲げる理由として、「会社の存続」という目的があるとする。 このとき、大事なのは売上 10億円ではなく、会社の存続だ。したがって、たとえ売上が 9億 8000万円であっても、会社が存続できればそれで目的は果たされたことになり、社長として得たい結果は得られているはずだ。 それに対して、売上 10億円には達したものの、不正や詐欺的な要素をも含んで無理やり進めてしまったがために、それらが明るみに出て即倒産……では、目標は達成しても目的を果たせておらず、本末転倒だ。目標に囚われすぎて目的を蔑ろにすると、こういう末路を辿りかねない。 不正は働かなかったとしても、売上のために従業員や下請けに無理をさせ、関わる人たちが離れてしまい、人手不足で会社の存続が危うくなるケースは後を絶たない。これも、目先の目標を優先して本来の目的を疎かにし、判断を誤るひとつのケースだ。 何のために判断するのか。それは、目標達成のためではなく、目的を果たすためだ。結果的な目的ではなく、原因的な目的にフォーカスすることで、会社は安定的に継続的に繁栄する。 結果にフォーカスする判断や目先の目標を優先してしまうような判断は、間違った判断になりやすい。すぐに軌道修正のための判断ができればいいが、そのまま誤った方向へ進んでしまってはプロジェクトが壊れたり、会社が衰退したり、最悪の場合には会社が倒産……なんてことにもなったりする。 たしかに会社は、いくつもの目標をクリアしながら前に進む。しかし、その土台となる目的をしっかり持つことで、質の高い判断を素早く下せるようになるのだ。日々、原因に沿った目的を果たすために判断を繰り返すことが、理想的な判断のあり方と言える。「正解」はないが「基準」はある 何か判断を下すとき、どこかに絶対の「正解」があって、それを選ぶことが正しい判断だと考える人が、意外と多い。しかし、それは誤りだ。 私のもとには、全国から多くの社長が経営相談にやってくる。そうした社長たちと対話していても感じるのは、「たったひとつの正解」を求めているということだ。直接そう聞いてくる人はいないものの、私が正解を知っているか、少なくとも自分より正しい答えを持っていると考えて、それを教えてほしいとやってくるのだ。 しかし、そもそも判断に正解などない。その前提があることを知ってほしい。私自身が実際に判断するときにも、これが絶対的に正解だと思って判断することは、まずない。この世に 100パーセントの正解などないのだ。 だが、ベストな判断をすることはできる。 判断は、一般的には、その人の経験や器によって変わる。また、人によって判断できる範囲が決まってしまう。だからと言って、個人の経験や勘に頼ってやみくもに判断しても、目的や目標には近づかない。
判断に正解はないが、最善の選択肢を選ぶための基準はある。社長が判断を下すのは、会社の目標を達成して、目的を果たすためだ。その目標や目的こそが、判断における根幹的な基準となる。 したがって、判断を下す際には、基準となる目的や目標を常に意識することが重要となる。だがそれ以前に、目的や目標が曖昧であってはいけない。目的や目標が明確でないということは、つまりは基準が明確でないということになり、それでは適切な判断を一貫して下すことなどできない。 まずは目的をしっかりと定義し、目的が定まったら、目標を定める。どんな価値を提供するのか、どんな方法で提供するのか、それはいつまでにやるのか、いくら売るのか……など具体的に落とし込んでいく。 目的が言葉で表すものであるのに対し、目標には数字が使える。だから、目標のほうがより具体的だ。 目的は、意図を理解したり共有したりすることはできても、人によって言葉の捉え方は少しずつ違うため、完全に共有することは難易度が高いケースもある。しかし、期間や売上目標といった数字で目標を示すことで、誰もが同じものさしで基準を共有することができる。 また、目的・目標には、一貫性が重要だ。例えばある会社が、「ひとり親世帯の子供たちのために、いつでも安くて栄養のある温かい食事を提供する」という目的を掲げ、当面の目標として「栄養バランスの取れた 250円の弁当 4万食の提供」「売上 1000万円」を設定しているとしよう。 しかし、不意に入ってきた「地方の観光地に出店すると、ものすごく儲かる」という話に飛びついてしまうと、「売上 1000万円」という目標には近づくかもしれないが、それよりも大切な目的からは遠のく可能性が高い。 こうなると、もはや、何のために会社をやっているのかわからなくなってしまう。「ひとり親世帯の子供たちのために」という目的で始めた店が、観光地に出店し、そのために価格帯も上げてしまえば、ひとり親世帯の子供たちはなかなか来てくれなくなるだろう。 これでは、その観光地での事業では大きな成功を収められたとしても、当初思い描いていたような達成感や満足感は得られないはずだ。本来の目的から外れているのだから、それも当然と言える。目的がなければ判断できない 会社の目的や目標をはっきりさせるだけで、判断の効率が上がる。なぜなら、基準ができるので常に迷いなく、すべきことがわかるからだ。 明確さは力だ。明確な目的・目標があれば会社が発するメッセージも強くなり、会社の存在価値を周知しやすくなる。商品やサービスの特性も明瞭になり、顧客に伝わりやすくなる。従業員も、自分たちの役割をはっきりと理解できるため、自信を持って仕事ができるようになる。そうして会社のあらゆる効率が良くなり、会社の利益も上がりやすくなる。 それに対して、会社に明確な目的や目標がなければ、目の前の出来事に対して場当たり的な判断をすることになる。 大抵の場合は、目先のお金で判断しがちだ。お金に囚われると、驚くほど軸のない判断になる。その場その場で儲かりそうなものに手を出したり、気分によってやってみたりやらなかったり。これでは、基準を持った判断というよりも、ギャンブルに近い。 目的という軸を持っていないと、世に溢れる儲け話に足を掬われるリスクもある。さらに、お金を追い続けて仕事をすると、大切な顧客や従業員、商品やサービスの優先順位が下がり、事業が不安定になる。いずれ、従業員も顧客も離れていくだろう。 また、目的を見ずに目標だけで判断を下していると、「何のためにやっているのか」という根本が抜けているので、どんなに目標を達成してもやりがいを見出せず、幸福度は永遠に上がらない。 つまるところ、目標より重要かつ大きな目的がないと判断がブレることになり、結果として成果が出続ける状態にならないのだ。 目的があれば、常に基準がはっきりする。社内で意見が分かれたときにも、本来の目的を確認することで、目的に沿った判断を下しやすくなる。また、会社の方向性を決める判断もスムーズになり、判断を人に任せることも容易になる。 そうやって社長以外にも判断できる人間が増えると、社長の時間や知識、経験などの限界を超えて、会社はどんどん発展し成長する。 大切なのは常に目的だ。何のために会社・ビジネスをやっているのか。そこをまず明確にした上で、判断を下す。 目的のない目標は全てを疲弊させる。ほんの一瞬、達成感を味わうかもしれないが、その後に待っているのは疲弊か逃避だけだ。いくら目標を達成しても、もっと難易度の高い次の目標を達成するために新たな苦しさと闘い続けることになり、それは永遠に続く。目標を追うことが嫌になったら、あとは逃げ出すしかない。 さらには、目的という名の基準がなければ、たとえ目の前の目標は達成できたとしても、いつまでたっても最終目的地にはたどり着かない。 判断基準であるところの目的がしっかりしていれば、どんどん判断を下すことができ、その度に目標がクリアされ、どんどん目的に近づいていく。目的を果たした先には、それによってもたらされる生活の充実がある。安心や愛、成長や感謝がある。 社長の唯一の仕事は判断である、と言うと、「私は毎日ちゃんと判断していますよ」と答える社長もいるだろう。しかし、私が言う判断とは、会社の目的に沿った目標に向かうための判断だ。だから、目的と目標がはっきりしていること、そして目的と目標に一貫性があることが、そもそも議論の前提となる。 目先だけでベストに思える選択肢に振り回されて場当たり的に決めることは、本当の「判断」とは呼ばない。常に真の目的を意識した判断ができているかどうか。それが非常に重要だ。会社の目的よりも大切なこと 会社に明確な目的・目標があって、常にそれに向かう判断を下すことができていれば、それで万事 OKかと問われれば、実はそうではない。会社の目的よりも優先させなければいけないものがある。それは、社長個人の目的だ。 会社の目的を決める前に、まず社長自身の「人生の目的」を明確にしておかなければならない。なぜなら、社長という仕事も、社長本人の人生の目的を果たす手段の一つにすぎないからだ。 まずは、個人の目的ありき。ビジネスを成功させること、会社を大きくすることではなく、ビジネスや会社経営を通して人生を豊かにすることこそが、社長たるあなたの真の目的のはずだ。それは、オーナー社長でも、雇われ社長でも、同じだ。 何のために社長をやっているのか。何を得たくてビジネスをやっているのか。なぜ自分で会社を立ち上げたのか。あるいは、なぜ自分で会社を持たずに雇われているのか。 それらを明確にしておかなければ、会社としての目的は果たしたものの、社長自身は不幸になってしまった……という悲劇を招きかねないのだが、これもまた残念ながら、よくある話なのだ。むしろ、ほとんどの社長が何かしらこの罠に掛かっていると言ってもいい。 成功している会社の社長で、個人としての幸せも同時に手に入れることができている人は、現実的にはかなり少ない。それは、目先の社長業に追われ、自分自身の人生の目的が、ビジネスよりも上位にあるという真理を忘れてしまったからに他ならない。
個人の人生においても、当然、目的と目標は別物だ。わかりやすく言うなら、目的を叶えた先にあるのが「幸せ」であり、目標の達成は「成功」だ。 社長として成功はしているが、実生活における幸せは手に入れられていない、そんな社長は多い。睡眠不足や運動不足で健康とは言えない生活をしていたり、趣味も仕事や接待などとセットになって、本当の意味での自分のやりたいことに十分な時間を割けていなかったりする。 また、いつ何があるかわからない不安から、好きなときに好きな場所に好きなだけ旅をすることができなかったり、社長業が忙しいことを言い訳に大切な人との時間すら十分に満喫できなかったりする。 もちろん、何をもって「幸せ」と感じるかは人それぞれなので、外側から計測できるものではない。一方、「成功」は、年商や会社の規模など、一定の尺度で測ることができる。要するに、わかりやすい。だから多くの社長は、成功に気を取られ、幸せにまで意識が向いていない。 しかし、そもそも自分の幸せが何なのかを明確にわかっていない社長が多いのも事実だ。そして、その答えを探すよりも目の前の成功を目指したほうが手っ取り早く、かつ楽なので、そうやって仕事に逃げ込んでいるのだろう。 目の前には常に「成功」という名の目標があり、そこを目指してひた走っている。少しでも早くそこに近づこうと、プライベートを壊してでも走り続けようとする。その結果、たしかに成功はするかもしれないが、「幸せ」という目的は叶えられない──悲しいかな、これが多くの社長の現実でもある。あなたの判断を下支えするもの 年収 1億円のために、肉体を酷使し、趣味の時間を削り、家族にはストレスを強いて、子供の成長にも関与せず、時には人間関係までも壊しながら、目標に向かう。だが、その 1億円で家や車は買えても、健康な身体や、笑顔が絶えない家庭を買うことはできない。結果、成功しても幸せにはなれない。 他人の目には大きな成功を手にしているように見えても、本人は、そこまでの過程で捨てたものに見合うだけの幸せを手に入れていない。むしろ以前よりも不幸になって、取り返しがつかないことをしてしまった……そう嘆く成功者は、実は世の中に多い。 目標に向けて突き進むことももちろん大切だが、それ以上に、目的を意識することが非常に重要だ。何のために目標(成功)を目指すのかといえば、それは「幸せ」のためであるはずだからだ。安心や愛を手に入れ、また好奇心を満たし、感謝され、自分の存在意義を感じることは、年収や肩書きだけでは得られない。 そのために社長は、まずは個人としての人生の目的をはっきりさせる必要がある。その明確になった目的によって、人生の目標も、さらには会社の目的や目標も見えてくるはずだ。 私は、ビジネスなどの相談にやってきた経営者に、目標とする年収をよく尋ねるのだが、そのとき、あわせて聞くことがある。それは、「なぜ、その年収が必要なのですか?」という質問だ。 「1000万円は欲しい」「目標は 5000万円」「年収 1億円を目指しています」などなど、様々な回答があるが、「なぜ、その年収が必要なのか?」と聞かれて、明確に答えられる人はまずいない。その理由は、目的が明確になっていないからだ。 もし目的が明確になっていれば、「年収は、 50歳までは 7500万円は欲しいですが、その後は投資収入で資産の 3%の配当があればいいです」とか、「無理して 5000万円を狙うより、健康と家族を大切にしながら 3000万円をキープし続けることを目指しています」といった、明解な答えが返ってくるはずだ。 もちろん、目的を明確にした上での目標が、「年収 1億円」であること自体は素晴らしいことだし、目的を突きつめた結果として「社長として 100億円企業を作る」といった大きな目標を掲げることになるかもしれない。それもまた、大いに立派な目標だ。 いずれにせよ、個人としての人生の目的・目標が明確になれば、会社の目的・目標にも力強さが生まれる。それが強固な土台となって、社長であるあなたが下す、あらゆる判断を下支えすることになる。
フレームワークで悩まず判断するそもそも「判断」とは何か 社長の唯一の仕事は「判断」だと述べてきたが、では、そもそも「判断」とは何だろうか。 ここでは、「限りなく二択に近い選択肢から、一方を選択すること」と定義したい。 Aか Bか、白か黒か、やるかやらないか、イエスかノーか。たった2つに絞られた選択肢から、どちらか一方を選ぶ。その究極の選択が、判断だ。 目の前に、赤と青、2つのボタンがある。どちらを押すのか。その最終的な判断を、社長が下す。あるときは赤のボタンを押し、あるときは青を押す──このように、判断とは非常にはっきりしているものだ。 言い換えれば、もしこれほど明確ではない、つまり選択肢を2つにまで絞り込めていないとしたら、それは「判断できる状態ではない」ということになる。そのような状態で何かを決めたとしても、それは真の判断とは呼べない。 何かを判断する際には、まず大前提として、二者択一ができるまで選択肢が細分化されている必要がある。「判断」と同じような文脈で使われる言葉に「意思決定」がある。判断と意思決定は何が違うのだろうか。 判断は、二択の中から一方を選ぶ。その前に、最後の二択になるまで、意思決定を繰り返して選択肢を絞り込んでいく。戦略や目的や目標を決めるのも意思決定だ。意思決定は、判断よりも抽象的で複合的であり、なおかつプロセスもここに含まれる。様々な思惑を天秤にかけている状態もまた、意思決定の最中ということだ。 判断の方法として、時には多数決で判断したり、判断を委任された別の人間が決めたりすることもあるだろう。しかし、そもそも「多数決で決める」「誰それに判断を委ねる」という判断を社長が下しているなら、それは社長の判断の範疇にある。だから、多数決や別の人物による判断の結果もまた「社長の判断」として成立する。「小さな判断」を積み重ねる 前章でも説明したように、すべての判断は目的が基準となる。だが、会社の目的に直結するようなものだけを「判断」と呼ぶのではない。日々の小さな判断もまた、社長にとって重要な仕事であることは変わりない。 ただ、どんな場面でも会社の目的だけを頼りに判断しようとすると、二者択一が難しいことも多い。そこで、目的を叶えるための目標を細分化して、タスク(業務)と計画にまで落とし込む必要がある。そうすれば、「小さな判断」を積み重ねることで、大きな目標(と、その先の目的)へと向かうことができるようになる。 例えば、目標が「年間利益 1億円」だとした場合、利益率 10%の会社なら、その目標を達成するには 10億円の売上を立てなくてはいけない。これを細分化すると、「ひと月あたり 8000万円を売り上げる」という計画ができる。この月次計画が、より時間軸の短い問題について判断する際の指標になる。 さらに、月 8000万円の売上を立てるには、商品をどれだけ売ればいいか、何件の契約を取ればいいか、誰が契約を取ればいいか、どうやって契約すればいいか、入金方法はどうするのがいいか、週単位ではどうか、一日の時間の使い方はどうなるか……といった細部のタスクまで見えてくる。そして、これらタスクをこなしていくと、その結果として、 1億円の利益に到達しそうだ、という道筋が見えてくる。 これが、日々の「小さな判断」の指標となる。例えば、むやみに見込み客を増やすよりも、より確度の高い見込み客を集めたほうが良さそうだ、とか、もっと販路を広げる必要がある、といった判断を下せるようになる。 もちろん、こうした場面でも、最終的な目的・目標を意識することは重要だ。だが、それだけでは判断が難しいことが多いのも事実。と言うよりも、むしろ、こうした小さな判断の積み重ねこそが、目標達成への着実な道のりだとも言える。 明確な目標を持っている社長ほど、そこに一足飛びでたどり着ける(と思えるような)大きな判断を下してしまいがちだが、それは同時に、取り返しがつかない事態になってしまう危険性を秘めている。 そうではなく、会社として目指すべき目的、それを叶えるための目標を明確に見定めながらも、日々のタスクの中で「小さな判断」を適切に下していくことで、会社は着実に前に進んでいく。 しかも、このほうが、ひとつひとつの判断の難易度は下がる。 たしかに、社長の判断は会社の命運を左右する重要なものだが、だからと言って、すべての判断に全身全霊を捧げていては、身が持たない。社長の唯一の仕事は判断なのだから、それをより効率的に行う術を身につけることもまた、社長には必要だ。判断は「考えない」「悩まない」 そうは言っても、社長たるもの、大きな判断を迫られる場面は数多い。私もよく、いろいろな経営者から「どう考えたらいいですか?」「どれが正解ですか?」といった質問を受けることがあるが、判断とは、そもそも「考える」ものではない。 判断を行う際の非常に重要なポイント、それは、「判断は自分で考えるものではない」ということだ。一見矛盾しているようだが、実は、決めるのは自分ではないのだ。判断とは、頭の中でじっくり考えてからひねり出すようなものではなく、また、何か突飛なアイデアを出して行うものでもない、ということだ。 では、一体どうやって判断するのかというと、その答えは「フレームワーク」だ。フレームワークをうまく活用することで、おのずと最適解が導き出され、それによって判断を下すことができる。私自身、ほぼすべての判断を、フレームワークを使って下しているため、考え込んだり、悩んだりといったことがない。 フレームワークとは、本来は「枠組み」という意味だが、ここでは「思考の枠組み」あるいは「思考の切り口」と思ってほしい。何か判断すべきことがあるときに、それをフレームワークに当てはめれば、答えが弾き出される。 また、フレームワークを用いることで、あらゆる角度から多面的に分析することが可能になる。それにより、物事をより深く理解できるようになるだけでなく、死角をなくすことにもつながる。 より適切な判断を下すには、状況をより正確に把握できていたほうがいいし、考え得るすべての利点・欠点を見据えた上で、判断できることが望ましい。
フレームワークで悩まず判断するそもそも「判断」とは何か 社長の唯一の仕事は「判断」だと述べてきたが、では、そもそも「判断」とは何だろうか。 ここでは、「限りなく二択に近い選択肢から、一方を選択すること」と定義したい。 Aか Bか、白か黒か、やるかやらないか、イエスかノーか。たった2つに絞られた選択肢から、どちらか一方を選ぶ。その究極の選択が、判断だ。 目の前に、赤と青、2つのボタンがある。どちらを押すのか。その最終的な判断を、社長が下す。あるときは赤のボタンを押し、あるときは青を押す──このように、判断とは非常にはっきりしているものだ。 言い換えれば、もしこれほど明確ではない、つまり選択肢を2つにまで絞り込めていないとしたら、それは「判断できる状態ではない」ということになる。そのような状態で何かを決めたとしても、それは真の判断とは呼べない。 何かを判断する際には、まず大前提として、二者択一ができるまで選択肢が細分化されている必要がある。「判断」と同じような文脈で使われる言葉に「意思決定」がある。判断と意思決定は何が違うのだろうか。 判断は、二択の中から一方を選ぶ。その前に、最後の二択になるまで、意思決定を繰り返して選択肢を絞り込んでいく。戦略や目的や目標を決めるのも意思決定だ。意思決定は、判断よりも抽象的で複合的であり、なおかつプロセスもここに含まれる。様々な思惑を天秤にかけている状態もまた、意思決定の最中ということだ。 判断の方法として、時には多数決で判断したり、判断を委任された別の人間が決めたりすることもあるだろう。しかし、そもそも「多数決で決める」「誰それに判断を委ねる」という判断を社長が下しているなら、それは社長の判断の範疇にある。だから、多数決や別の人物による判断の結果もまた「社長の判断」として成立する。「小さな判断」を積み重ねる 前章でも説明したように、すべての判断は目的が基準となる。だが、会社の目的に直結するようなものだけを「判断」と呼ぶのではない。日々の小さな判断もまた、社長にとって重要な仕事であることは変わりない。 ただ、どんな場面でも会社の目的だけを頼りに判断しようとすると、二者択一が難しいことも多い。そこで、目的を叶えるための目標を細分化して、タスク(業務)と計画にまで落とし込む必要がある。そうすれば、「小さな判断」を積み重ねることで、大きな目標(と、その先の目的)へと向かうことができるようになる。 例えば、目標が「年間利益 1億円」だとした場合、利益率 10%の会社なら、その目標を達成するには 10億円の売上を立てなくてはいけない。これを細分化すると、「ひと月あたり 8000万円を売り上げる」という計画ができる。この月次計画が、より時間軸の短い問題について判断する際の指標になる。 さらに、月 8000万円の売上を立てるには、商品をどれだけ売ればいいか、何件の契約を取ればいいか、誰が契約を取ればいいか、どうやって契約すればいいか、入金方法はどうするのがいいか、週単位ではどうか、一日の時間の使い方はどうなるか……といった細部のタスクまで見えてくる。そして、これらタスクをこなしていくと、その結果として、 1億円の利益に到達しそうだ、という道筋が見えてくる。 これが、日々の「小さな判断」の指標となる。例えば、むやみに見込み客を増やすよりも、より確度の高い見込み客を集めたほうが良さそうだ、とか、もっと販路を広げる必要がある、といった判断を下せるようになる。 もちろん、こうした場面でも、最終的な目的・目標を意識することは重要だ。だが、それだけでは判断が難しいことが多いのも事実。と言うよりも、むしろ、こうした小さな判断の積み重ねこそが、目標達成への着実な道のりだとも言える。 明確な目標を持っている社長ほど、そこに一足飛びでたどり着ける(と思えるような)大きな判断を下してしまいがちだが、それは同時に、取り返しがつかない事態になってしまう危険性を秘めている。 そうではなく、会社として目指すべき目的、それを叶えるための目標を明確に見定めながらも、日々のタスクの中で「小さな判断」を適切に下していくことで、会社は着実に前に進んでいく。 しかも、このほうが、ひとつひとつの判断の難易度は下がる。 たしかに、社長の判断は会社の命運を左右する重要なものだが、だからと言って、すべての判断に全身全霊を捧げていては、身が持たない。社長の唯一の仕事は判断なのだから、それをより効率的に行う術を身につけることもまた、社長には必要だ。判断は「考えない」「悩まない」 そうは言っても、社長たるもの、大きな判断を迫られる場面は数多い。私もよく、いろいろな経営者から「どう考えたらいいですか?」「どれが正解ですか?」といった質問を受けることがあるが、判断とは、そもそも「考える」ものではない。 判断を行う際の非常に重要なポイント、それは、「判断は自分で考えるものではない」ということだ。一見矛盾しているようだが、実は、決めるのは自分ではないのだ。判断とは、頭の中でじっくり考えてからひねり出すようなものではなく、また、何か突飛なアイデアを出して行うものでもない、ということだ。 では、一体どうやって判断するのかというと、その答えは「フレームワーク」だ。フレームワークをうまく活用することで、おのずと最適解が導き出され、それによって判断を下すことができる。私自身、ほぼすべての判断を、フレームワークを使って下しているため、考え込んだり、悩んだりといったことがない。 フレームワークとは、本来は「枠組み」という意味だが、ここでは「思考の枠組み」あるいは「思考の切り口」と思ってほしい。何か判断すべきことがあるときに、それをフレームワークに当てはめれば、答えが弾き出される。 また、フレームワークを用いることで、あらゆる角度から多面的に分析することが可能になる。それにより、物事をより深く理解できるようになるだけでなく、死角をなくすことにもつながる。 より適切な判断を下すには、状況をより正確に把握できていたほうがいいし、考え得るすべての利点・欠点を見据えた上で、判断できることが望ましい。
だが、常にすべてを把握し、常に全方位的に考えることは、かなり難しい。そこで、フレームワークの力を借りる。すると、自分の思考パターンに偏ることなく、いつでも中立な目で判断できるようになる。 例えば、「カレー屋の経営が儲かりそうだけど、やらないか?」と持ちかけられた場合を考えてみよう。あなたは、「やる」か「やらない」かを判断する必要がある。 判断を下すには、様々な観点から検討しなくてはいけない。「儲かりそう」というだけで「やる!」と判断しているようでは、その会社の先行きは暗い。 利益やコストのほかにも、やった場合・やらなかった場合のそれぞれで想定すべきことはたくさんあるし、何よりも、カレー屋経営が会社の目的に沿っているかどうかの確認が必要だ。 そうやって詳細を検討していくうちに、あらゆるメリットが見えてきて、だが同時に多くのデメリットも浮き彫りになり、一体どういう判断をすればいいのかわからなくなってしまう……なんてことも、思い当たる節があるのではないだろうか。 こういった場合でも、それぞれの問題をフレームワークに当てはめることで、ビジネスとしての成功確率を推測できたり、再現性があるかどうかがわかったりすることで、おのずと選ぶべき道が見えてくるのだ。フレームワークで判断を下す このようにメリットが豊富にあることから、私は普段からフレームワークを大いに活用している。そして、このフレームワークという強い味方がいるおかげで、「悩む」ということがない。課題があれば、その都度フレームワークに当てはめることで、おのずと自分がすべきことがわかるからだ。 それに、経営が上手くいかず悩んでいた社長や、明確な理念やビジョンもなくビジネスをやっていた人が、フレームワークを理解して活用することで、順調に売上を伸ばしていった、という事例を本当にたくさん見てきた。 何か判断すべきこと、解決すべき課題があれば、自分の頭で考えるのではなく、素早く適切にフレームワークに当てはめることで、悩みがなくなり、立ち止まることもなくなる。 結果として、より良い判断を速やかに下すことができる。慣れてしまえば、難しいことはない。 では具体的に、どんなフレームワークを使って判断を下すのか。どんなフレームワークが、どんな判断に役立つのか。私が実際に普段から活用しているフレームワークを、いくつか紹介しよう。 ●全体像を把握する…… MECE(ミーシー)、 5 W 1 H、 S字曲線 ●死角をなくす……対極、相対、マクロとミクロ、時系列(時間軸) ●データを見極める……代表値(平均値・最大値・最小値・中央値)、標準偏差 ●質を上げる……リスクとリターン、リスク許容度 ●人を見抜く……人格と能力、感情のクロスモデル よく知られているものもあるし、なかには初めて聞くものもあるかもしれない。一般的で有名なフレームワークもあれば、私自身が独自に開発したものもある。 これらのフレームワークの詳しい解説は、まとめて本書の最後に掲載したので、ぜひ参考にしてほしい。私が普段使っているフレームワークすべてを紹介することはできないが、使用頻度が高く、効果的なフレームワークは網羅したつもりだ。判断は常に「二択」で 判断とは基本的に二者択一だ。フレームワークを使って判断する際にも、二択のうちのどちらを選ぶか、というのが前提となる。 しかしながら、実際に判断するにあたっては、選択肢が2つではないことのほうが多いだろう。そのせいで、判断を難しく捉えてしまっている人が多いように思うが、何のことはない、それらを二択にしてしまえばいいだけのことだ。 どうするのかと言えば、要は「勝ち残りトーナメント方式」だ。 まずは、すべての選択肢を洗い出して並べる。次に、選択肢 1と選択肢 2を比較する。目標と目的を意識しながら、フレームワークを使って両者を見比べて、2つのうちのどちらを選ぶかを判断する。 その結果、選択肢 1を選んだとする。そうしたら、次は、選択肢 1と選択肢 3を比べる。そこで選択肢 3が勝ったら、次は選択肢 3と選択肢 4……というようにして、順々に二択から一方を選んでいけば、最終的には1つが残る。 これが判断の解だ。 そんな簡単なことでいいのか、と思ったかもしれないが、こうやっていけば、実際にすべての選択肢について検討した上で判断できているのだから、問題はないはずだ。 そもそも、たくさんの選択肢を一列に並べて検討しようとするから判断できないのであって、二択であれば、どちらを選ぶべきか、おのずと解が見えてくることも多いのではないだろうか。 もしも最終段階での判断に不安を抱いたなら、最後の二択について、さらに別のフレームワークを使い、あらゆる視点からの検討を加えてから、判断を下せばいい。 それでも、考慮しなくてはいけない要素がたくさんあるような場合には、もう少し複雑になるだろう。 この場合の「要素」とは、その判断によって影響を受ける物事のことだ。売上やコストなどがわかりやすい。それ以外にも、需要はあるのか、契約条件はどうか、人材は足りているのか、といった要素が判断する際の材料になることもある。 このように多くの要素があって判断が難しい場合は、要素を横軸に、選択肢を縦軸に入れた表を作るといい。 まずは、すべての要素を洗い出して横軸に並べ、次に、縦軸に選択肢を並べる。そして、要素ごとに各選択肢について順に評価をして、表に書きこんでいく。〇 △ ×でもいいし、 1〜 5点で点数をつけてもいい。 例えば、「売上」という要素について、選択肢 Aは 3点、選択肢 Bは 1点、選択肢 Cは 5点……というように。
そうやってすべての要素について評価したら、あとは先ほどと同じように、勝ち残りトーナメントで順に二択から1つを選んでいけばいい。選択肢 Aと選択肢 Bなら、 Aの勝ち。選択肢 Aと選択肢 Cなら、 Cの勝ち、という具合だ。 なお、各要素を点数評価した場合、それらの合計得点が最も高い選択肢を選べばいいのでは、と思うかもしれないが、実際にはそれではうまくいかない。なぜなら、要素ごとの重要度や優先順位が異なっているからだ。つまり、売上 3点と契約条件 3点を同等に評価して判断を下すことが果たして正しいのか、ということだ。 どちらのほうがより重要かは、そのときの状況次第で変わるだろうが、すべての要素が同等であることは、まずない。合計得点だけでは各選択肢を比較できないケースのほうが多いのだ。 そういう場合は、これらの要素について優先順位をつければいい。売上と契約条件なら契約条件のほうが優先順位が上なら、たとえ同点でも売上より高く評価する、というように。目的や目標に沿って、それぞれの要素の優先順位を考えるのだ。 実際にやってみればわかることだが、要素と選択肢をすべて洗い出して並べて、評価して、二択を繰り返して……という作業は、一見単純に見えて、そう簡単なことではない。慣れないうちは要素を挙げるのも難しいだろうし、その評価に悩むかもしれない。 ひとつひとつ見比べていくよりも、一気に「これ!」と選べないものだろうか……と思ってしまうこともあるだろう。最初のうちは時間もかかるだろう。だが、このノウハウは確実に積み上がっていく。 1回目より 2回目、 2回目より 3回目のスピードは格段に上がる。だから、最初は丁寧に行うことをお勧めする。 これは、今日の夕食を選ぶ判断ではない。会社の未来を左右する判断だ。「そこまで重要な判断じゃない場合もあるのでは?」と思うかもしれないが、あなたは社長だ。そして、社長の唯一の仕事は判断だ。そんなに簡単にできるものであろうはずが、ないのではないだろうか。二択の答えは2つじゃない 選択肢がいくつあっても、最もミニマムな形で、 Aか Bか、白か黒か、やるかやらないか……と二者択一をする、それが判断だ。 ただこのとき、「両方を選ぶ」「どちらも選ばない」「今は決定しない」というのも、実は判断になる。さらには、「第 3の案を選択する」という選択肢もあり得る。つまり、選択肢は2つに絞られているものの、判断の結果としては6つのパターンがあるということだ。 ①選択肢 Aを選ぶ ②選択肢 Bを選ぶ ③両方を選ぶ ④どちらも選ばない ⑤今は判断しない ⑥第 3の案を作る 多くの人は、目の前の選択肢から1つを必ず選ばなければいけないと思っている。そして、判断とは二択だと聞けば、「そのうちのどちらを選ぶか」しか選択肢がないと考えてしまう。だが、そうではない。 先ほどの勝ち残りトーナメントの場合でも、「最終的に1つに絞られる」とは書いたものの、実際には、その先に「最終決戦」とでも呼ぶべきステージが待っており、「その選択肢を選ぶか、否か」を判断することになる。 そして、そこで「選ばない」という判断を下すこともできるのだ。一旦保留にしてもいいし、もう一度、最初に戻って検討し直してもいい。 もっと言えば、「先に判断しておく」という道もある。前の章でクレーム対応について述べたときに触れた内容だ。あらかじめ判断の基準を設け、ルールやマニュアルに定めておけば、個々の場面でその都度、難しい判断に迫られることもない。 会社は、社長の判断によって前に進んでいく。必要十分な準備なしに安易な判断を下せば、会社が横道に逸れてしまうかもしれない。そうならないために、判断は必ずしも目の前にある選択肢から1つを選ぶことではない、と肝に銘じてほしい。 私もかつては、その場で Aか Bを選ぶか、もしくは判断を先延ばすか、という選択肢しか持っていなかった。まだ確証が取れていないのに顧客に「できます」と言ってしまったり、「 Aでお願いします」と答えた後で新たな Cという選択肢に気づいて悔しい思いをしたり。 社長として常に判断を迫られる中で、「決められない社長」と思われることを避けようとするあまり、早まった判断を下していたのだ。 だが、時間をかければあらゆる選択肢に目が行き届き、完璧な判断を下せるのかと言えば、そんなことはない。それに、社長の判断には慎重さが求められるとは言っても、いつまでも判断を先延ばしにはできないのも事実だ。 だから、フレームワークを使うのだ。フレームワークを活用することで、自分自身では気づけなかった可能性に気づいたり、見落としていた点が明らかになったり、時には新たな選択肢が見えてくることもある。 より良い判断を下すには、あらゆる確度から多角的に分析することが重要だが、それを手助けしてくれるのがフレームワークであり、様々なフレームワークを通すことで、結果的に、おのずと答えが導き出される。 フレームワークは言ってみれば、社長の唯一の仕事である判断をサポートしてくれる、特別に有能なツールだ。私自身もフレームワークを使い始めたことで、想定できるすべての選択肢の中からベストを選ぶことが可能になり、失敗が格段に減った。 そこから学んだのは、判断は即断即決である必要はない、ということだ。わからないときは正直に「わからない」と言うことも、時には重要だ。そして、すぐに判断できないのであれば「今は判断をしない」という判断を下し、その理由を明確にすることが大切だ。適切な判断に必要な「環境分析」 どのフレームワークを使うにしても、より適切な判断を下すには、たくさんの情報やデータが必要になる。それらが豊富に揃っていればいるほど、より早く、より良い判断をすることができるようになる。 そこで、適切な判断を下すための素地として、まず重要なのが「環境分析」だ。そう聞くと仰々しく感じるかもしれないが、要は、判断に必要な「調査」だと思ってもらいたい。これが、判断の第一歩となる。 判断の手がかりとなる情報やデータを入手するべく、自分の手で、とことん調べ尽くす。その精度が高くなればなるほど、質の高い判断を素早く下せるようになる。もしあなたが、あまり良い判断をできていないと感じているとしたら、その要因は、環境分析が足りていないことである場合が多い。 環境分析では、会社やビジネスを取り巻く外部的要因について調べる。例えば、需要と供給はどうなっているか、マーケットの現状はどうなっているか、
顧客はどこにいるか、競合他社の業績はどうか……といったことを、主にデータを集めることで把握する。 その際、最初はなるべく、誰かの意図や恣意の入っていないデータを調べることを心がけてほしい。政府や自治体をはじめとする公的機関が発表している、加工されていない元データということだ。 それは言ってみれば「生のデータ」であり、そのデータは事実そのものだ。それをどう読み解くか、という部分には分析者の意図が含まれるため、極力そうした恣意的な分析結果は避け、元のデータに触れることを意識したほうがいい。 同じように、シンクタンクなどが調査したデータも大いに役に立つし、業界団体や専門家、競合他社が公表しているデータを調べることもできる。 ただし、これらにはやはり恣意的な加工がされている場合も多いので、注意する必要がある。例えば、一概に「需要分析」と言っても、全人口比をもとにしたデータと、ある特定の層にだけ調査したデータとでは、全く違う。それらを混同していると、致命的な判断ミスにつながりかねない。 また、専門家の意見や顧客の声、あるいは自分自身が見聞きした情報といったものも、貴重な判断材料となる。 どのデータが重要で、どれが重要ではないということではなく、ここでも多面的に、あらゆる角度からデータを集めることが大切だ。また、それらのデータからたったひとつの正解を探し出すわけではない。そうではなく、データを調べることで、実際の現場では様々なことが起こり得る、という事実を感じ取ることが大切だ。 そうやって得た情報やデータをもとにフレームワークに当てはめれば、より適切な判断ができるようになる。 S字の上まで調べ尽くす 世の中には、偶然の成功でうまくいったケースも多い。だが、再現性を持って何度も成功できるかどうかは、環境分析をすることによって見えてくる。その意味でも、できる限り網羅的に調べ尽くしたほうがいい。 もしも、しっかりとフレームワークを活用したにもかかわらず、判断ミスにつながってしまった場合、それはおそらく、適切な判断に必要なデータ・情報を十分に集められていなかったことが要因だ。要するに、環境分析が足りなかったのだ。 環境分析という作業に慣れるまでは、ある程度の様子がなんとなく見えてきたところで、「もう判断できる」と思ってしまいがちだ。しかし、多くのビジネス上の失敗は、環境分析が足りないことによる判断ミスという側面があることを、覚えておいてほしい。 経営における判断は、たったひとつのミスで、取り返しのつかない事態を招くことも少なくない。それを防ぐには、あらゆる状況を把握した上で判断を下す必要がある。そのために、「とことん調べ尽くす」という気概で環境分析を行うことが重要なのだ。 ただ、そう考えると、調べる範囲は限りなく広く、やってもやっても切りがないようにも思えるかもしれない。だが、フレームワークを使えば、切りはある。 では、どこまで調べれば「十分に調べた」と言えるのか。その答えは、「 S字曲線」のクリッピングポイントだ。 「S字曲線」とは、横軸に時間、縦軸に成長度合いを示した成長曲線の典型で、最初はごく緩やかにしか成長しないが、ある時点で一気に急成長し、限界近くまで達する。その後は再び停滞し、ほとんど成長は見られなくなる。その転換点を「クリッピングポイント」という。
つまり、調べても調べても、もう同じようなデータしか出てこなくなったら、「もう十分に調べ尽くした」と判断していい。なお、私はあらゆる場面で、この S字をガイドラインとして活用している。 環境分析は、最初は慣れないだろうから、じっくりと時間をかけて行うことを意識してほしい。たしかに時間はかかるが、一度やっておくことで、その後のあらゆる判断がスムーズに行えるようになり、結果的に ROI(費用対効果)が高くなるのだ。また、判断の再現性も高まる。 判断の回数が増えれば増えるほど、原因と結果の結びつきが強くなり、あらゆる物事を予測しやすくなる。環境分析を行うことで、より良い判断の再現性を高められるというわけだ。価値を生み出す「資源」とは 環境分析によって得られる情報やデータは、いわば、外部の状況を理解するための材料だ。だが、社長としてより適切な判断を下すためには、それだけでは足りない。内部の状況についても当然、十二分に把握しておく必要がある。 自分の会社にはどんな人材がいるか。ビジネスに使える道具や設備としては、どんなものを持っているか。また、ビジネスの潤滑油とも言える資金は、どれくらいまで使うことができるか。 そういったことを常に把握しておかなければ、人手が足りないときに大きな仕事を引き受けたり、無理な設備投資をしたり、というような誤った判断を下してしまいかねない。 そこで、「環境分析」で外部環境を調べたら、その次には、「資源」を洗い出す作業が必要になる。自分が持ちうるすべての資源をリスト化し、その内容を把握するのだ。これを「資源出し」と呼ぶ。 なお、環境分析と資源出しの作業は、同時に行うのではなく、それぞれ別に行うのが正しい。 なぜなら同時に行うと、調べたばかりのマーケット(環境)に照らし合わせて資源を見たり、あるいは、手元の資源に見合ったマーケットを探そうとしたりして、それぞれの作業に偏りが出てしまうからだ。それでは多面的な視点に立った適切な環境分析ができなくなり、漏れなく抜けのない資源出しができなくなってしまう。 私が言う「資源」とは、価値を生み出す源泉となる、ありとあらゆるものを指す。だから、資源を数多く認識し、それらをうまく活用ができれば、たくさんの価値を生み出すことができるようになる。あとでも説明するが、資源は「所有」していなくてもいい。認識できて、活用できればいい。 資源には、「ヒト資源」「モノ資源」「カネ資源」の3つがある。一般的には、カネをたくさん持っている人がもてはやされがちだが、真に ROI(費用対効果)の高い資源はヒト資源だ。 なぜなら、すべての資源の使い手は、人間だからだ。モノも、カネも、それにヒトも、あらゆる資源は人によって動かされる。 さらに言えば、ヒト資源は汎用性が高い。あらゆる場面で価値を生み出すことが可能で、多様な価値を生み出すこともできる。モノは汎用性が限られ、カネは使ったらなくなるのが一般的だが、ヒトの価値には無限の可能性がある。時間とともに知識や経験の蓄積によって価値が上がっていくのが、ヒト資源の特徴だからだ。 そこで、資源出しにあたっては、まずヒト資源から洗い出す。具体的には、まずは人物を特定し、その人の知識、経験、実績、人柄、人脈など、わかっていることをすべて書き出してみる。それらが、そのヒト資源を構成する要素になる。 このとき忘れてはいけないのが、自分自身。あなたも重要な資源だ。その後で、自分の周りの認識できるすべての人を書き出す。スマートフォンやメールのアドレス帳に入っている人、 SNSでつながっている人などをひとりひとり特定し、同じように書き出してみる。 現時点では、実際にあなたの依頼を聞いてくれるかどうかは考慮しない。自分が認識できていて、何らかの手段で連絡が取れる人であれば、ヒト資源としてカウントしていい。 ヒトの次に大事なのが、モノ資源だ。モノ資源とは、ヒト資源とカネ資源以外のすべてのモノ、と思ってもらえればいい。自分が所有していなくても構わない。他人が持っている場合でも、自分が活用できる可能性がほんの少しでもあるモノは、すべて自分の資源として書き出す。 例えば、自宅の近くに雰囲気の良い公園があり、仕事で何らかの撮影に使ったり、人との打ち合わせなどにも使ったりできるようであれば、それも、あなたが使えるモノ資源としてリストに記載する。 また、モノには「有体物」と「無体物」がある。形あるモノ(有体物)だけでなく、データや情報、権利やノウハウといった、目に見えない形のないモノ(無体物)も、すべて資源として認識する。むしろ、無体物のほうが ROI(費用対効果)が高い場合も多いので、洗い出す際には特に意識してリストアップしてほしい。 最後にカネ資源だ。正しく現状を理解し、いつ・どれだけ使えるかを把握しておくことが重要になる。現金だけでなく、株式などの有価証券や不動産なども、それを現金に換算したらいくらになるかを確認して、カネ資源として、その価値を常に正確に把握しておく。 ちなみに不動産は、投資用として所有しているなら、基本的にはカネ資源として換算するが、モノとして使う場合と、それを換金したらいくらになるかの把握は必要だ。自宅やオフィスなど実際に使用している不動産なら、モノ資源として評価すると同時に、カネ資源としての側面も考えてみてほしい。チャンスをつかむ「資源出し」 どの資源についても言えることだが、資源出しを行う際には、「認識できれば資源」という考え方で、思いつく限りに出していくことが重要だ。自分が所有していなくても、認識さえしていれば、それは資源として活用できるはずだからだ。 例えば、友人の友人にシステム開発をやっている人がいる、と聞いたことがあるとする。自分はまだその人物に会ったことはない。だが友人の話によれば、複雑な顧客管理システムの構築などをやっているらしい。 そこで、その人物を自分のヒト資源としてリストに入れておけば、いつかシステム開発が必要になる仕事の依頼を受けた際に、前向きに検討することができる。実際にその人物を頼るかどうかは別として、少なくとも、その案件を最初から捨てずに済む。 だが、もしも自分の資源だと思っていなければ、システム開発が必要だと聞いた時点で、「うちには無理」と判断してしまうかもしれない。 つまり資源を把握することは、チャンスを逃さないことにつながるのだ。資源出しによってチャンスの可能性をなるべく高く、広く見積もった上で、どこに進めばいいのかを判断することが可能になる。「認識できる」という基準がわかりづらければ、「自分がアクセスできる」と考えてもいい。連絡できる、相談できる、そういう状況があれば、すべて自分の資源だ。全くつながりのない相手や有名人であっても、 SNSで連絡できるのであれば、それは資源と言える。 そう考えると、あらゆるものが資源のように見えてこないだろうか。それが重要だ。
この世は資源に満ち溢れている──その大前提のもとにビジネスを考えることで、より成功に近い道を選べるようになる。すべての資源を把握しておけば、あらゆる可能性を見出すことができ、目指すゴールに向けて ROI高く前進することができるのだ。 この資源出しについても、一体どこまでやればいいのか、という疑問が湧くかもしれない。答えは、「 S字曲線」のクリッピングポイントだ。 時間がかかるかもしれないが、「もう何も思いつかない」というところまで、まずは書き出してみてほしい。一度やっておけば、そのリストは、まさに貴重なモノ資源として、今後の判断に大いに活用できる。 また、先ほども書いたように、環境分析と資源出しはそれぞれ個別に「 S字曲線」のクリッピングポイントまで行うべきだが、一度やっておしまい、ということではない。 環境分析をしてから資源出しをしてみたところ、それまで見えていなかった新たな資源が見つかったとしよう。だが、そこですぐに判断を下すのではなく、その新たな資源を踏まえて再度、環境分析をしてみると、また違う判断になる可能性もある。 その意味で言えば、資源出しを先にやっても別に構わない。そのとき判断すべき課題によって、どちらが先でもいいが、同時にやるのではなく別々に行うことが重要だ。 そして、両方をやった上で判断を下したほうが、確実に見落としをなくすことができ、「そんな可能性があるなんて思ってもみなかった」という後悔を防ぐことにもつながる。 ここでのイメージは、ブランコのような「振り子」だ。どちらか一方をめいっぱい振り切って作業したら、もう一方も同じように、めいっぱい振り切って作業する。これを繰り返し行うことで、それぞれの質と量がどんどん上がっていく。ちなみにこの「振り子」も、フレームワークのひとつだ。フレームワークで判断を加速させる 判断とは、自分の頭で考えてするものではない。環境分析によってデータ・情報を集め、資源出しによってあらゆる可能性を発掘したら、それらを一堂に並べ、順にフレームワークに当てはめていく。 考えうるすべてのチャンス(もちろんリスクも)を公平に見比べ、自分の目的と目標に応じて精査し、二者択一を繰り返していくことで、最適解が導き出される。言ってみれば、判断とは非常に機械的な作業なのだ。 たしかに、環境分析や資源出しには時間がかかるし、ひとつずつフレームワークに当てはめて考えるのも慣れが必要だ。だが、このような思考をすることで、もう「悩む」ことから解放される。「この依頼は受けたほうがいいのだろうか」「そろそろ新規ビジネスを考えたほうがいいのだろうか」「もっと従業員の給料を上げたほうがいいのだろうか」「明日は出勤すべきか否か」「一体どうすればいいのだろう」…… こうしたあらゆる判断を、あなたの代わりに、フレームワークが下してくれる。フレームワークを存分に活用しているからこそ、私は、悩むことに時間やエネルギーを使うことなく、より質の高い判断をたくさん下すことができ、それによってビジネスを成長させられている。 慣れてくれば、どんな問題にはどのフレームワークで考えればいいか、すぐに判断できるようになる。それは、経験によってデータを集積させられたからとも言える。 環境分析を繰り返せば手元のデータは増えるし、そのうち調べる要領もつかめてくるので、より短時間で済ませられるようになる。資源リストは随時アップデートしておくといいが、これも慣れると、すぐに思考をめぐらせられるようになる。 とはいえ、最初のうちは、いくつかの、自分が使いやすいフレームワークに当てはめてみるのでもいい。 例えば、 MECEや 5 W 1 Hといった、全体を把握することができるフレームワークをまずは活用する。その上で、詳細を知るために、代表値や標準偏差のデータを確認する。そして、対極や時系列などで死角を埋めていく、といった具合だ。 こうやっていろいろなフレームワークに当てはめていくと、フレームワークによって出てくる解が異なる場合も、当然ある。 そのとき、どの答えを採用するかは、その判断を下す目的によって決めればいい。売上を伸ばすことなのか、損失を減らすことなのか、顧客満足のためなのか、従業員満足を優先させるのか。そのときの目的に照らし合わせれば、その判断は難しくない。 もちろん、すべてのフレームワークを使わなくても構わない。まずはできそうなものから使ってみればいい。 フレームワークを活用することの目的は、より早く、より適切な判断を、再現性を持って下せるようになることだ。そのために、より広い視野を持つ。そのツールとして、フレームワークを使うのだ。 そのため、他の方法で多面的な視点を持ち、それによって素早く適切な判断を下せるのであれば、無理にフレームワークを使う必要はない。フレームワークを使うことが目的になっては意味がない。 ただ、小さな判断から大きな判断まで、会社経営も、そして人生も、判断の連続だ。判断をせずに立ち止まっていたら、どこにも向かえない。課題に向き合ったとき、まずフレームワークに当てはめる、という癖をつけておくことは、ストレス軽減にもつながるはずだ。 判断は自分で考えてするものではない。フレームワークを大いに活用し、「悩まない社長」になっていただきたい。
判断の委任で限界を超える判断は大変だ 社長の仕事は判断であり、社長は日々、大小様々な判断を下している。 だが、判断は大変だ。判断には常に責任が伴うし、先の見えない、正解のわからないことについて Aか Bかを決めるのは、非常にストレスがかかるものだ。したがって、判断というのは精神的に負担がかかりやすく、疲れる。判断に悩みすぎて身体を壊すこともある。 また、社長も人間なので、やりたくない判断や、苦手な判断もあるだろう。なかには、どちらの選択肢を選んでも結果が悪くなることがわかっているのに判断しなくてはいけない、というような場合もある。 先にも述べたように、私はかつて建築会社の社長だった。建築会社というのは少し特殊で、ひとつひとつの案件がそれぞれ、ひとつの会社のようなものでもある。規模も関わる人数も異なり、外注先が違うことも多い。全く同じ現場は2つとなく、毎回すべてが新しいチャレンジだった。 例えば、「階段に手すりをつける」といった小さな仕事もあれば、大型マンションを土地の仕入れから設計・施工・販売まですべて行う、という巨大プロジェクトもある。前者であれば職人が一人いれば済むだろうが、後者なら何百人ものスタッフや職人が長期にわたって活動することになる。大きなマンションの場合は 2年ほど要することもある。 私は当時、こうしたプロジェクトを常に、いくつも並行して進めていた。それぞれのプロジェクトごとに関わる従業員や外注業者、必要な人数やプロジェクトの期間などの要素は、毎回違う。だから、その都度、ゼロから始めることになる。 社長として、こうした建築プロジェクトをいくつもこなすことは、ある意味、たくさんの会社経営を経験するようなものだったと言える。私は、様々な現場に、数多く携わってきたことで、社長として多くのことを学んだ。 その反面、当時の私は、判断の大変さを日々感じていた。 建築会社の社長は、様々なプロフェッショナルたちをまとめる立場でもある。だが、当時、私は 20代前半。周りにいるのは自分より年上で、自分よりも経験が豊富で、金銭的にも余裕があり、なかには私よりも成功している社長もいる。私は、そんな人たちを仕切らなくてはいけなかった。 要するに、判断しなくてはいけないのだが、当初、職人に何か質問されても、専門的でわからないことばかりだった。例えば、電気工事の職人に木工事のことを訊ねられたら、「では、木工事の担当者に聞いてきます」と言って聞きに行き、教えてもらった内容を職人に伝える。そんな、まるで未熟を絵に描いたような、いわば「御用聞き社長」だった。 そんなことを続けていると、当然ながら、仕事のスピードは上がらず、会社も成長せず、誰もが苛立ちを見せるようになる。 しかし、あるときから判断の大切さに気づき、意識して判断をするようになった。すると、自分が目的に沿った判断を下せば下すほど、現場が進む。新たな仕事も決まる。判断によって、会社がうまく進み始めたのだった。社長の限界は会社の限界 当時、私は社長であると同時に、営業担当であり、企画担当でもあった。また、現場監督でもあったし、経理の責任者でもあった。さらには、クレーム対応も、アフターフォローも、すべて社長である私自身が行っていた。 営業用の見積もりを作るのも私の仕事だったし、設計の仕様書も作らなくてはいけなかった。現場の細かな確認事項もあるし、資金繰りを考える必要もあった。一日じゅう、判断すべきことだらけの状態だったわけだ。一時期は、一年 365日、休みなくほとんど寝ないで働いていたが、それでもなかなか仕事が進んでいかない。 私は、建築の現場に足を運ぶことを特に大事にしていた。というのも、現場に行って自分の目で見ることが良い判断につながる、と考えていたからだ。 建築関係の職人というのは、大体、朝の 8時頃には現場に入る。そこで私は、朝 5時に起床して 7時には現場入りし、掃除をしてから職人たちが来るのを出迎える、ということを日課にしていた。 誰よりも早く現場に入り、現状を把握しておく。例えば足場や防護ネット、ヘルメットなどの装備がしっかりしているか、といった安全管理のチェック、作業の抜け漏れはないか、養生や近隣対策に問題はないか……などなど。 また、前日の作業が夜まで長引いたときなどは、暗くなってからの作業となっているため、どうしても粗が出てしまう場合がある。そういった点の確認や、時にはフォローしておくこともあった。 さらに言えば、床の踏み込みや水平、ドアを開閉しておかしな音がしないか、蛇口をひねってみて違和感がないか、といった品質面についても、五感を使って丁寧に確認することを心がけていた。こうした細かい点が、納品物のクオリティと顧客の満足につながるからだ。 現場に行くことで、初めて見えてくるものがある。と同時に、トラブルを回避できたり、チャンスがつかめたりすることもある。だから、自分の目で見ることが何よりも重要だった。 しかし、現場はいくつもあるのに対して、私の体はひとつしかない。この頃から私は、「自分があと 3人いたらいいのに」と思うようになった。言い換えれば、私は、自分ひとりですべてを判断することに限界を感じるようになっていた。 自分自身が、会社の成長のボトルネックになっているのではないか。社長である自分の判断の質と量が上がらなければ、会社はこれ以上発展できない……そのことに気づいたのだ。 そこでようやく、私は「判断を誰かに委任する」ことを始めた。 すべての判断や管理を自分自身で行おうとすると、時間が足りず、ビジネスが拡大せずに、会社が停滞してしまう。時間的にも、物理的にも、社長の能力の限界が会社の限界になってしまうのだ。 私は、自分自身の経験から身をもって、それを痛感した。社長の限界を超えるには、社長の仕事の一部を他の人に任せることが必要だ。判断を任せるということ 初めに言っておきたいが、判断の「委任」とは、決して判断の「放棄」ではない。「誰かに判断を委任する」ということも、それ自体が社長の判断だから
だ。 委任と放棄は違う。放棄するのは仕事を投げ出すことだが、委任はむしろ、どんどんやったほうがいいと私は考えている。 ただし私自身は、経営の根幹に関する判断は、委任しないことが多い。共同経営者や共同出資者になっている場合でも、そうした判断には極力関わるようにしている。だがそれ以外は、目的をしっかり共有した上で、積極的に委任している。 判断を「質 ×量(数)」で考えてみてほしい。質の高い判断を数多く下せることが理想だが、社長ひとりでは限界がある。そこで、社長以外の人間でも判断が可能なことについては、なるべく委任し、社長が自ら行う判断の数を減らすことが重要になる。 そして社長自身は、数をこなすことよりも、質の高い判断をすることを心がけたほうがいい。 判断を委任すると、社長の時間が増える。社長にしかできない重要な判断に集中することで、ひとつひとつの判断の質を高めることができる。それにより、会社としての判断の数は増え、質は向上することになる。これは、会社の発展を意味する。 また、判断にはストレスや責任が伴うが、人に任せれば、社長にも余裕ができる。意識的に判断しない時間を作り、頭を休めることも、社長には大切だ。会社の命運を左右するような重要な判断ほどストレスも大きくなるが、社長の上に会社のビジョンが厳然としてあれば、それも緩和される。 さらに、社長よりも能力のある人の力を借りることもできる。例えば、現場での判断は現場にいる専門職のメンバーに任せて、社長はより大きな判断に専念するなど、判断の「分担」も可能になる。 このように、判断を誰かに委任することで判断の質が高まると、社長としての質も高まる。社長の質が高まると、当然、会社の質も高まることになる。 質の高い判断をすることが社長の本業であり、会社の本来の形と言える。そのために、委任できる判断は他の誰かに任せることで判断のボトルネックを解消し、ビジネスを早くスムーズに回すのだ。判断を任せるメリット 判断を人に委任することを覚えれば、自分以外の誰かと組んで、会社を共同経営することもできるようになる。私も現在、複数の会社の経営に携わっているが、その多くは共同経営だ。 パートナーである共同経営者と私とでは、性格や性質、持っている資質が違う。そのことが、自分ひとりでの経営では得られない相乗効果を発揮することにつながっている。また、判断を委任できるようになれば、 1社だけでなく何社もの経営を同時に行うことも可能になる。 また、自分が会社にいなくてもビジネスが回る仕組みを作ってしまえば、時にはプライベートを優先して悠々自適に暮らすことも可能だ。 自由な生活に憧れて社長になる人は多いが、実際に社長になってみると、思い描いていた理想の生活とは程遠く、日々の仕事に忙殺されている人も多い。私の感覚で言えば、 8〜 9割の社長が、残念ながら忙しい後者だと思う。 言うまでもなく、判断をうまく委任できていないことが、その大きな原因だ。社長が自由な生活を送るための鍵は委任が握っている、と言っていいだろう。 判断を委任することには、「委任された人が育つ」というメリットもある。 社長の代わりに判断ができる人が増えれば、会社の裾野が広がる。判断できる人が多くなるほど、会社としての柔軟性と可能性が増す。だから、ピンチを回避し、チャンスをつかみやすくなる。すると、売上にも直結し、会社の成長も加速する。 社長がすべての判断を下す組織では、社長が他の仕事をしている間は、会社が止まってしまう。しかし、判断を委任できると、社長が寝ていてもビジネスが回り、会社はどんどん前に進む。 特に、社長が代替わりする場面では、社長以外の人間に経営全体の判断を委任できるかどうかが、非常に重要になる。社長しか判断ができない状態では、その職を引き継ぐことができず、社長の寿命が会社の寿命になってしまう。 また、どんなに優秀な人でも、必ず思考の癖やパターンというものが、良くも悪くもある。だが、判断のできる人が複数いれば、判断のパターンも広がる。すると、より大きな成果につながりやすくなる。 結局のところ、社長と同じ人間が 3人いるよりも、社長以外に判断できる人がたくさんいたほうが、会社はうまくいくのだ。 判断を委任することで、社長の限られた時間の枠を超えて、効率的に判断を行えるようになる。 すると、会社の目的に到達するまでのスピードが速くなる。しかも、社長の能力の限界を超えて、より速く、より効率的に、目的を達成できるようになる。会社の目的へ向かうための最短ルートの上に判断の委任があるのだ。 判断を委任するという考え方は、会社の可能性を高めるには必須だ。何が何でも委任しなければいけない、とまでは言わないが、委任したほうがビジネスの基盤が強くなり効率も圧倒的に良くなる、ということを理解してほしい。判断を委任できない3つの理由 ここまで見てきたように、判断を委任することには多くのメリットがある。だが現実には、多くの社長が判断を委任できていない。 かつての私も、「全部、社長の私に聞いてくれ」というスタンスで、限界を感じるまで、すべての判断を自分自身で行っていた。世の中の多くの社長も、「もっと時間が欲しい」「自分があと 3人いれば」などと言いつつも、大変な作業であるはずの判断を手放そうとしない。 もちろん、すべて自分で判断することで自身の経験を蓄積し、さらには自尊心を満たし、それこそが会社を経営する上位の目的であるならば、それもいいだろう。特に、初めての会社を立ち上げたばかりの新米社長なら、むしろ手放したくないことだらけだろう。そういう場合は、手放したいところだけ手放せばいい。 だが、もう何年も会社を率いて、判断に追われる日々に疲弊しているにもかかわらず、人に任せることができないでいる社長が、実に多い。 なぜか。その理由は3つ考えられる。 1つ目は、そもそも判断の基準ができていない、または共有できていないこと。2つ目は、社長である自分の判断が最も優れていると思い込んでいること。3つ目は、判断することに社長としての存在意義を感じていることだ。 ひとつずつ見ていこう。まずは、判断の基準ができていない、または共有できていない場合について。 判断の基準となるもの、それは会社の目的だ。だが多くの社長は、そもそも会社の目的を考えることをせずに、売上や利益といった数字上の目標だけを設定して、それを判断基準にしてしまう。つまり、原因となるべき目的を持たず、結果としての目標という短期的な視点だけで判断しようとしている。
会社の明確な目的がないまま、目標や条件という結果だけで判断を委任しようとしても、それではうまくいかない。なぜなら、なぜその判断をするのか、その判断によって会社はどこへ向かおうとするのかを理解していなければ、会社の成長に必要な適切な判断は下せないからだ。 どこへ向かおうとするか、という会社の目的は、顧客にどんな価値を提供するか、という原因として存在するのであって、その結果たる売上や利益に向かうのではない。 なぜなら、会社は、必要とされる価値を提供してこそ顧客に信頼され、それが売上につながるからだ。判断を下すことによって提供する価値(会社の目的)を明確にしないまま、自社の利益や目先の営利に向かっても、そこに継続的な繁栄はない。 また、会社の目的があったとしても、それを社長以外のスタッフやメンバーに共有できていなければ、やはり適切な判断にはつながらない。 私も、目標や条件だけで判断を委任しようとして、うまくいかなかった時期がある。だが、目的や会社が大切にしている価値観を共有し、全員がそれを基準として常に意識することで、委任が可能になった。また、メンバーのモチベーション向上にもつながった。 会社の価値提供における目的が明確でなく、結果としての数値目標を基準にすると、モラルや法律を無視した不正が起こったり、商品やサービスの劣化を引き起こしたりもする。結果的な目標を目指すことの重大な落とし穴であり、不正にせよ劣化にせよ、いずれ会社の価値を下げる要因になり、やはり継続的な繁栄は難しくなる。 次に、社長である自分が判断することが最も効率的で優れていると思い込んでいる場合について。 多くの社長は、判断を委任すると結果が小さくなる、と思いがちだ。実際、人に任せることで売上が少なくなってしまうことも、当然あるだろう。委任された人が常に自分より良い結果を出す保証はない。 多くの社長にとって、この点こそが障壁となり、なかなか人に任せる踏ん切りがつかない。判断を任せた結果が望んだものにならないとイライラもするし、判断に至る細かなプロセスさえも気になってしまう。一旦は任せたものの、途中で口を出してしまったり、文句を言ってしまったりすることもあるかもしれない。 たしかに、自分以外の人間に判断を委ねると、短期的には売上が減る可能性もある。しかし、長期的な視点を持てば、一定の判断については委任をしたほうが、会社の発展のためになる。それは、これまで述べてきたとおりだ。 社長は、会社において誰よりも長期的な視点を持っていなければいけない。短期的なデメリットに囚われすぎず、判断の委任とは、会社の未来を見据えれば必要不可欠なものだと考えたほうがいい。 最後に、判断することに社長としての存在意義を見出している場合がある。 誰だって、自分の存在が薄れてしまうようなことはしたくないものだ。判断を委ねることで、社長としての役割がなくなり、結果として、社内における存在意義までも失われてしまうのではないか……と心配しているかもしれない。 もちろん、判断を委任したからといって、社長の存在意義がなくなるわけではない。なぜなら、あくまでも委任であって、「委任する」という判断を下しているのは社長だからだ。 なかには、自己重要感を満たすために社長をやっている、という人も少なからずいるだろう。何を隠そう、私自身も、若い頃にはそう思っていた時期もある。こういうタイプの社長は特に、存在意義が揺らぐことへの不安が、判断の委任を妨げていることが多い。 そういう社長は、まず、「自己重要感を満たしたい」という思いと会社の発展の、どちらがより重要なのかを考える必要がある。優先順位をつけるのだ。その上で、どうしても手放せない判断は自分で行えばいいし、手放してもいいと思えるところから、判断の委任を進めていけばいい。 どんなに時間がかかっても、やっぱり自分が判断したいというなら、それでもいい。だが、繰り返し説明しているように、すべてを社長が判断しようとすると、自分の能力や時間の限界が会社の限界になることは、忘れないでほしい。 自分の能力や器を超えた大きな判断を迫られたときには、意固地になって自分ひとりで判断しようとするのではなく、誰かを頼ることも検討しよう。ひとつ上の自己重要感を満たすために、多くの委任を経験してみると、また違った世界が見えてくるのではないかとも思う。どうやって委任すればいいのか ここまで判断を委任することのメリットや、多くの社長が委任できない理由について説明してきたが、では、どのようにすれば、うまく委任することができるのだろうか。 まず、判断を委任する際に重要になるのは、会社の目的や目標、特に原因的な目的・目標だ。どんな価値を、どのような形で提供するのか、また、それに伴う会社の理念やビジョン、文化や価値観はどんなものか、といった会社として目指すゴールを定める必要がある。原因があれば結果があるので、おのずと、結果的な目的・目標も設定できる。 これらが明確になることで、業務に必要なルールやマニュアルを作ることができるようになる。明確な目的と目標を踏まえて「判断基準」となるものを用意するのだ。これを共有することで、社長以外の人間でも、社長と同じ基準で判断できるようになる。 ただ、人それぞれ思考する言葉には、微妙なニュアンスの違いが生じる。特に会社の目的は、表現としては曖昧なものになる場合もある。 だからこそ、社長だけが理解していても意味はなく、従業員をはじめビジネスに関わるすべての人に、なるべく自分と同じレベルで、会社の目的を理解してもらえるところまで落とし込んだ表現にする必要がある。 定められたルールは目的や目標を達成するための基準であって、ルールはすべて価値提供という目的のためにある。そのことを共有できていれば、ただルールに従うのではなく、なぜそのルールになっているのか、何のためにそうするのか、といったことを各人が理解した上で、それをもとに適切な判断を下せるようになる。 社長自身も当然、同じ基準に従って判断を下す。したがって、基準は社長よりも上に位置することになる。すると、従業員はいちいち社長に確認する必要がなくなる。その結果、社長がすべき判断の数が減る。
よくある社長の悩みのひとつに、「うちの会社は仕組み化ができない」というものがあるが、その理由は、明瞭で共有された判断基準がないことにある。その都度、社長である自分が判断を下さなければいけないという状況は、会社に明確な判断基準がない証しだ。 仕組み化とは、言い換えれば、業務に基準を作り、マニュアルに落とし込む作業だ。それを判断の基準にする。ただ、マニュアルは誰もが理解しやすく、従いやすいという利点があるものの、あらゆるケースにおけるすべての事項を網羅するのは難しいという欠点もある。 そのため、マニュアルだけで判断を委任しようとしても、それを超える課題が生じる度に、結局は、社長自らが出ていくはめになる。 だが、マニュアル化が難しい場合でも、目的を基準として置くことで、判断を委任できるようになる。マニュアルにない状況が生じたときでも、それより上位概念である目的を共有できていれば、社長でなくとも適切な判断が下せるのだ。 また、マニュアルによって判断を委任するよりも、目的に基づいて委任するほうが、自由度が高くなるという利点もある。作業が完全にマニュアル化されていると、いくら会社の目的に適っていても、スタッフが独自の判断をすることは許されない。 だが、目的による委任であれば、スタッフには一定の裁量が与えられる。原則としてのルールはあったとしても、目的に沿って独自の判断をしてもよい、という委任がされていれば、マニュアルを超える対応が必要な場合でも、目的に沿った適切な判断を下し、それに基づいた行動を取ることができる。 それは、顧客満足度をより一層上げることにもつながるだろう(明確な目的と目標をしっかりと共有できていることが前提だ)。また、場合によっては、目標を基準にして委任することもできる。品質管理や単純明快な作業では、これはとても有効だ。 ルールやマニュアルに基づく委任、目標による委任、目的による委任。それぞれに長所と短所がある。それらを理解して、自分以外に判断できる人を増やすことは、会社にとって非常に重要だ。会社の可能性と柔軟性をより高めたいなら、目的で委任することを試してほしい。理念の共有で判断が進む 私が経営していた建築会社では、「私たちは家を建てているのではない。お客さんが幸せに住まう空間づくりをしている」という理念を基準として置いていた。ただ単に家という箱を作っているのではなく、安らぎやつながりを感じ、人生を楽しみながら自尊心が満たされる、そんな空間を作っている、という認識だ。 そして、このことを家の設計士や現場の職人、もちろん顧客も含めて、家づくりに携わるすべての人に、事あるごとに話すようにしていた。 その家にいることで、顧客が幸せな気持ちになれる空間、家族と楽しく過ごせる空間、疲れを癒やしてくれる空間……それを作ることを、常に基準として意識するように促した。 家づくりには、材質や外壁など、細かく決めるべき事柄が非常に多いが、誰もが「お客さんが幸せになる空間を作る」という意識を持っていれば、工事の担当者も自分の役割の中で、ひとつひとつの判断を自分自身で下せるようになる。また、基準があることで致命的な判断ミスも少なくなる。 現場担当者が自ら判断できるようになると、社長自ら何度も現場に足を運ばなくても、問題なく仕事が進むようになる。 さらに言えば、「家族で一緒にいる時間を増やすには、室内の動線はこうしたほうがいい」とか、「スペースをもっと有効に使えるように、こんな設計はどうだろう」「こういう設備があるといいかもしれない」といったアイデアも出てくる。 だが、もしも基準がなければ、タイル職人は「タイルがまっすぐ貼れていればいいだろう」、水道業者は「水が出ていれば十分だろう」という考え方にもなってしまう。 たしかに、「タイルを貼る」「水道をつなぐ」という、それぞれの仕事(目標)は達成できているかもしれない。だが、それだけで「お客さんが幸せになる空間を作る」という理念(目的)に適っているとは言い切れない。 家の外壁にタイルを貼る場合、それは「見栄えを良くしたい」という顧客の要望から来ていることが多い。つまり、タイルを貼ることではなくて、家の見栄えを良くすることが、顧客の目的だ。となると、ただタイルを貼っただけでは、その顧客の目的は果たされず、「お客さんが幸せになる空間を作る」という理念からも外れることになる。 現場で働く職人たちが直接、顧客と接する機会は少ない。むしろ、彼らは図面どおり作るのが仕事だ。だからこそ、顧客がどんな家を望んでその図面になっているのか、なぜタイルを貼るのか、といった顧客の目的を事前に共有することは、社長である私の重要な役目のひとつだった。 もちろん実際には、基礎となるコンクリートの強度といった数値的な基準も必要だ。だが、それだけで家づくりを進めると、顧客満足度は下がり、些細なことでクレームになりがちだ。そうならないためにも、理念の共有が必要であることは間違いない。 スタッフや職人たち全員が、顧客が本当に望んでいることを意識して仕事をするようになったおかげで、ひとつひとつの判断が速く、より良いものになり、結果として、幸せな空間の提供という会社の理念が実現できるようになった。 タイルの貼り方ひとつにも、顧客の意見が反映され、個性が生かされ、それに沿った演出がされていれば、満足度はさらに上がり、自慢の家になる。目的を共有することで、そんな家づくりを、再現性を持ってできるようになった。誰に委任すればいいのか「うちは小さい企業だから、なかなか良い人材が集まらない。だから、判断を任せるなんて、ちょっと……」 これもまた、よくある社長の愚痴のひとつ。だが、この「良い人材」という言葉は極めて抽象的ではないだろうか? 一体、何をもって「良い人材」とするのか。学歴か、実績か、スキルか、それとも人格か。 社長にとっての「良い人材」とは、その会社の目的・目標を達成するために必要な人材であるはずだ。ある会社にとっては平日の昼間に働いてくれる人が「良い人材」でも、別のある会社にとっては週末の夜だけ働いてくれるのが「良い人材」かもしれない。 あるいは、何でも自分で自発的に発言して行動することを「良い人材」の要件とする場合もあれば、マニュアルに忠実に従って、それ以外のことは一切しない人を「良い人材」と考える会社もある。会社の利益よりも顧客の声に耳を傾ける従業員を「良い人材」と称える会社もあるだろう。 これは会社の在り方の違いだ。会社として目指すところの違いとも言える。言い方を変えると、会社の目的・目標が明確でないと、そもそもどんな人材が会社にとって「良い人材」なのかわからない。会社の目的・目標が明確になってはじめて、会社、そして社長にとっての「良い人材」像が明確になる。 目的・目標を明確にし、共有すると、それに合った人材が集まりやすくもなる。「目指すところが自分と似ているから働きたい」という人が現れるのだ。さらに言えば、会社の理念に共感している者同士で仕事ができるので、誰もが楽しく働ける。 反対に、会社が目指す方向に共感できない人は、「ここで働いても自分は幸せになれないな」ということがわかるため、合わない人を採用してうまくいかずに互いに嫌な思いをする、ということもなくなる。 このような素地があれば、「誰に判断を任せればいいかわからない」「判断を任せられる人がいない」といった悩みは極端になくなる。誰に任せても、会社の理念に反するような判断をすることはないと確信を持てるからだ。
そうは言っても、影響が大きい重大な判断を誰かに委任するとなれば、どうしても迷うことはあるだろう。複数の候補の中から選ぶ場合も、特定の人物に委任するかどうかを考える場合も、どんな基準で判断すればいいか悩むかもしれない(これこそ、社長が下すべき重要な判断のひとつだ)。 この場面でも、やはりフレームワークが有効だ。それが「人格と能力」だ。 人を評価する際、一般的には「能力」が重視される。具体的には、任せる職種における経歴やスキル、それまで残してきた実績、あるいは免許や資格などがあり、学歴もこれに含まれる。 だが、人材を見極めるにあたって非常に重要な基準がもうひとつある。「人格」だ。約束を守れる、信頼性がある、人を裏切らない、優しさや思いやりがある、協調性がある、嘘をつかない、といった人として根本的に大切な要素のことだ。これらが欠けている人に、会社の重要な判断を委ねてはいけないことは言うまでもない。 もちろん能力も大切だが、その前提となるのは人格だ。だから、まずは人格を見た上で、能力を見る。日頃の発言や行動の積み重ねから人格を分析し、会社が求める成果に対してどのくらいの力量があるのかを見定めるのだ。 一般的に人格よりも能力が重視されるのは、能力のほうが相対的に評価しやすいからだ。だが実際に事業を遂行し、拡大していくには、人格こそが絶対的に不可欠で重要な要素になる。なぜなら、能力が高く人格が悪い人物が会社に与えるマイナスの影響は計り知れず、組織を内側から破壊し、時には不正や不祥事で会社の存続すら危うくする存在にもなりうるからだ。 なお、委任をしたい相手に、自分が望むほどの人格や能力がない、という場合もある。その場合は、仕事は委任するが判断は委任しない、という方法もある。 ただ、能力が足りなくても人格が十分にあれば、能力には伸びしろがあると考えられる。人格の中には、「真面目」や「勤勉」「誠実」など能力を伸ばしていく際に必要となる要素も含まれるからだ。そうした人物にあえて判断を委任することは、成長を促すことにつながり、結果として、会社のヒト資源を膨らませることにもなる。自由度をもって委任するために 社長が自分の判断を委任するときの「良い人材」とは、自社の理念に共感していることを前提として、良い「人格」という土台の上に、必要な「能力」を備えている人材、ということになる。 その上で、ある程度の自由度をもって判断を委任するには、ひとりひとりについて十二分に理解することも必要になる。 私自身も、スタッフやメンバーの細かな管理はあまりしない。大事なのはあくまで目的に向かうことなので、目的に向かっているのであればそれでよく、プロセスは各自に任せることが多い。一定の基準を与えたら、あとはそれぞれの裁量に任せている。 目的に妥協はしない。だが、方法はそれぞれに任せる──これは、判断を委任する際の重要なルールだ。これを実践できるようになると、会社やビジネスに関わるひとりひとりの個性や能力が最大限に生かされ、会社はあなたの限界を超えて成長することになる。 多くの社長は、その人が「やれるか、やれないか」だけで評価しがちだが、私はそれよりも、メンバー個々人が「できること」と「やりたいこと」を一致させることが大切だと考えている。 と言うのも、「やれる」けれども「やりたくない」ことを任せても思うように進まず、結局、誰か別の人間が管理しないといけなくなることが往々にして起きるからだ。いくらスキルはあっても、そもそもやりたくないから精度は上がらず、ミスも増える。 一方で、「やりたい」し「できる」ことは、得意でやりたくて仕方がないのだから、管理などしなくてもどんどん進めて、どんどん成果を上げていく。好きだから上達も早く、集中力も続くため、結果的にミスが少ない。 そのとき、共有された会社の目的(あるいは、その業務の目的)にさえ向かっていれば、やり方は人それぞれでいい。社長である自分とメンバーでは、目的に向かうための方法や道筋が違う、ということはよくある。だが、全くの正反対を向いてさえいなければ、大枠としては前に進む。それで良しとするのだ。 また、なかには「自分は判断したくない」というメンバーもいる。そういう人に無理に委任することはない。誰かから受けた指示を作業としてこなすことが好きな人もいるのだ。反対に、「どんどん判断を任せてほしい」という人も、当然いる。 いずれにせよ、会社やチームというのは「人ありき」なので、その人たちの希望を踏まえた上で、判断を委任するか、誰に委任するかを考える必要がある。 私は一緒に働くメンバーに対して、「やりたいことをやってもらう」と同時に、「やりたくないことをやらせない」ことを大切にしている。だから、それぞれのやりたいこと・やりたくないことを理解する努力を惜しまないし、能力や実績、あるいは性格をわかっていない状態で判断を委任することはしない。どこから委任すればいいのか 判断を委任するときは、ボトルネックと思われるところから始めよう。そのひとつは、社長自身が苦手な判断だ。それ、自分自身には知識や経験が少ない分野の判断であることが多い。 法律が苦手、 ITが苦手、税務が苦手など、人にはそれぞれ苦手な分野がある。しかし、その苦手な分野であっても、社長は判断を放棄するわけにはいかない。だからこそ、その苦手な判断にもしっかり取り組む必要はあるのだが、どうしても時間がかかってしまう。 また、何とか判断を下しても、それに対して自信を持てなかったり、精度が低かったりする場合も多い。こうなると、いくら時間をかけても好ましくない判断を続けてしまうことになる。 社長の唯一の仕事は判断だ。まず自分が普段、どんな判断をしていて、どんな判断が得意で、どんな判断が苦手かを把握しておいたほうがいい。今すぐ判断を委任するつもりはないにしても、今後の判断の精度が驚くほど上がるので、ぜひとも時間を取って書きだしてみてほしい。 自分が得意な判断は、時間もかからず、ストレスも少ないので、そのまま自分が行えばいい。その一方、苦手な判断には時間がかかり、ストレスも多く、その割に精度が低くてリスクは高く、 ROI(費用対効果)が悪い。そういう判断は、委任する最優先の候補に上がる。 ただし、いくら苦手だからと言って、判断の丸投げは NGだ。丸投げは、中長期的に見れば ROIも低くなり、だがリスクは高い。丸投げされたほうの責任が重くなるため、トラブルも起こりやすい。丸投げすることなく、しっかりと委任できる体制を作る必要がある。 判断の中には、一度行うとずっと影響が続くものも多い。また、ひとつの判断が事例となって、次回以降はその基準で判断されることも多くなる。 そのため、精度の低い判断や間違った判断を一度でも下すと、ずっと精度が低く、ずっと間違った判断を続けてしまう可能性が高くなる、ということだ。たったひとつの判断が、中長期にわたって会社に悪影響を及ぼすかもしれない。 したがって、社長が苦手な分野の判断に関しては、自分の曖昧な基準で判断しようとせず、まずは一度、複数の専門家の意見を聞いて、判断基準を作っ
てしまうことをお勧めする。 このとき、完璧を目指す必要はない。まずは明文化された基準を作るのだ。その基準を作った上で、自分自身で行う判断と、その基準に沿って判断した場合で差異がないかどうかを確認する。自分の判断と基準による判断のどちらが、より会社の目的と目標に沿って、会社が目指す方向に向かうのかを確認してみるのだ。 そして、基準に従うだけでも概ね良好な判断ができると確認できれば、その基準をもとに、適任と思う人に判断を委任する。最初のうちは、その都度、自分の判断と担当者の判断を照らし合わせてもいい。 また、その基準では判断できない場合は社長や専門家に相談できるようにして、その度に基準を改定する。そうすると基準の精度が上がるので判断の精度も上がり、結果の精度も上がる。 こうしたことを何度か繰り返していくうちに、自分と委任された人の判断の差が少なくなっていく。もしくは、自分で行うよりも良好な結果につながるような判断の基準が出来上がる。基準が、あなたと同じか、あなた以上の判断を下してくれるようになるわけだ。 そうなれば、その判断の委任は完了し、あなたはもっと違うことに時間と労力を使うことができるようになる。これで、判断に伴うストレスは大幅に改善し、未来の可能性は大幅に広がっていくだろう。 もうひとつのボトルネックは、ルーティンになっている判断だ。こうした判断は、それに伴う作業量が多く、それに時間を取られる場合もある。だが、往々にしてルーティンは量が多く、それゆえ判断の基準も十分に磨かれているはずだ。 そのため、ルーティンの判断は委任しやすいもののひとつと言える。社長がやろうとすると負担が大きいものの、委任しやすい判断。あなたの業務効率を大幅にアップさせる委任になるに違いない。委任することの価値と意義 一度判断を委任したら、あとから自分で判断をしたくなっても、我慢することも必要だ。 時には、委任した後で「これは自分が判断したほうが良かったな」と思うことも出てくるだろう。委任した結果、短期的に仕事の質やスピードが落ちたり、思うように売上が上がらない、会社の信頼が落ちるといったことが出てきたりする可能性はある。 そういうときは、やはり口出ししたくなるものだ。しかし、ここは我慢のしどころ。最後まで責任を持って判断してもらうことが大切だ。なぜなら、そのほうが長期的に会社の発展のためになるからだ。 実際のところ、社長である自分が行っていた判断を委任すると、短期的には利益が損なわれることもある。だが、多少は時間がかかっても、会社の繁栄という長期的視野に立てば、委任する価値は十分にある。 世界的なホテルブランド「ザ・リッツ・カールトン」のクレドについて聞いたことがある人も多いだろう。 クレドは「信条」といった意味で、従業員のあるべき姿や行動規範が示されているもの。つまりは、基準だ。細かなルールではなく、価値観によって行動規範を設定している。そして、この基準に則った行動をするために、従業員には一定の裁量権が与えられている。何度もリピートを生む仕組みを持つ「ディズニーランド」でも、同様に行動規範が採用されている。 リッツ・カールトンやディズニーランドのような世界的企業と違い、中小企業の場合、社長自身の価値観や人生哲学が、そのまま会社のミッションや目的になっている場合も多い。それもあって、社長の考えをいかに社内に行き渡らせるかが重要視されている節がある。 だが、例えば会社がまだ小さくスタッフも少ないのであれば、社長や経営陣だけで会社の目的を決めるのではなく、スタッフ全員と話し合った上で決める、というのも一案だ。そうすれば、そのプロセスに参加した全員が、ある程度、納得した上で仕事を進めることができ、結果として、社長は非常に楽になる。 会社の目的に対して全員が、自分の意見もそこに含まれていて、その上で働いている、という意識が生まれるので、ひとりひとりが積極的かつ前向きになるのだ。当然、判断を委任しやすくなるし、委任されて行う判断の質も上がる。 社長の考えを一方的に押し付けると、目的に向かうための判断としては、どうしても社長本人がする場合よりも精度が劣ってしまう。どんな人であれ、 100パーセント自分の思いどおりにできることはない。だからこそ、違う価値観を持った者同士でも、同じ目的に向かえるようにするために基準を作るのだ。 私が経営に加わっている会社では、定期的に全社ミーティングを行っている。各自が会社の全体像を知ることで、会社の目的を理解し、日々の判断をしやすくするために、部署ごとチームごとではなく、あえて全員が参加する場を設けているのだ。 経営側の考えをメンバーに刷り込もうとするのではなく、全員で目的を掲げ、全員でそこへ向かうという意識が、会社の成長を促進してくれていることを日々実感している。 判断を委任するとき、多くの社長は、自分のイメージするやり方で事を進めてほしいと考えがちだ。なぜなら、それが最良の方法だと思っているから。そのため、ちょっと違うやり方をしたり、方向が少しズレていたりするだけでも、時に苛立ち、時に管理しようとすることがある。 だが、会社が目指す目的を共有した上で、あなたのやり方ではなく、それぞれのやり方で進めてもらうことが、判断の委任における重要なポイントだ。 あなたにとって効率的なやり方と、メンバーにとって最も効率のいいやり方は、必ずしも同じではない。世界でたったひとり、あなただけが正解で、それ以外はすべて不正解、などということは決してない。 すべてのメンバーが常に目的を意識できて、細かなやり方まで指示する必要のない体制をつくることは、会社の発展に大きく貢献するはずだ。各人が自発的に動けるようになれば、ストレスも減り、ひとりひとりの仕事の幅が広がる。そうして、力を合わせて目的と目標に向かおうとする力強いチームが生まれる。
常に最適な判断を下すには ROIで「効率の良い道」を選ぶ どんな判断を下すのか、その基準は常に「目的」だが、目的に沿ってさえいれば何でもいいのかといえば、残念ながらそうではない。資金が無尽蔵にあって、無限の時間を持っていない限り、ほとんどのビジネスにおいては「なるべく早く、そして効率よく、目的(目標)に到達する」ことが課題になる。 そこで考慮しなければいけないのが、本書でもすでに何度も登場している「 ROI」だ。「 Return on Investment」、日本語で言えば「費用対効果」「投資対効果」。つまり、かけた費用(投資)に対して、どれだけリターンが返ってくるか、ということで、社長が特に意識しなくてはいけない重要な概念のひとつだ。 判断を下す際には、すべての選択肢について ROIを計算して比較する、ということが必要であり、「なるべく小さな投資で大きな利益を出す」という考え方を持つことが社長には求められる。言い換えれば、判断をするときは必ず ROIを意識し、より「効率の良い道」を選ぶ、ということだ。 建築会社を経営していた 20代の頃のこと。受注単価 2億円ほどのビル建設の見積もり依頼があり、それからというもの、私はその案件の成約に向けて普段より多くの時間を割いた。 当時、私の会社は 3000万円から 5000万円の注文住宅の請負がメインで、 1棟で 2億円を超える受注は、会社にとっても私自身にとっても、かなりの大物だ。仮に利益率 10%だとして、約 2000万円の粗利益は出る。普段は 1棟 3000万円程度で粗利益 400万円ほどだったので、その 5倍になる計算だ。 これは何としても決めたい。だが、当然ながら競合他社もあり、簡単には受注できずに数か月が過ぎていた。設計と見積もりを何度もやり直す日々が続き、他の仕事への影響も少しずつ出始めていた。 そんなとき、自身も建築会社の社長である父から、思いもよらない視点からのアドバイスを受けた。父「その仕事は、受注したらどれくらいの利益になるんだ?」私「たぶん 2000万円以上の粗利は確保できると思う。普段の 5倍はいける」父「工期はどれくらい掛かる?」私「受注してから着工までに 3〜 4か月。着工してから引き渡しまで 1年。引き渡しをしてから直し工事や外構とかもあるから、プラス 2週間くらいかな」父「じゃあ、概算合計で 1年 4か月ってことか。 16か月で 2000万円の粗利。それくらいの仕事なら、現場監督はそこに付きっきりになるな」私「そうだね。その 16か月は、現場監督はほぼその仕事がメインで、他の仕事はあまりできないと思う。それで 2000万円の粗利だね」父「その現場監督が他の現場に付けない分、注文住宅の請負のほうは、どれくらいが先延ばしになるんだ?」私「そうだな、注文住宅なら 16か月で 3件はいけるかな。1つの現場は 5か月もあれば上がるから、 16か月あれば 3回転できる。木造住宅なら、大工も現場を仕切ってくれるから、ひとりの現場監督で同時に 3棟か 4棟は回せるね」父「今、注文住宅の平均請負金額と粗利益はどれくらいなんだ?」私「 1棟の請負は 3000万円くらいで、粗利は平均 13%くらい。 1棟で 400万円くらいの粗利。 16か月あれば、木造注文住宅なら 9棟から 12棟はいけると思う」父「そうすると、 2億円のビルの粗利が 16か月で 2000万円、その間に受注できたはずの注文住宅は、 9棟から 12棟で粗利 3600万円から 4800万円ってことだな。中間をとっても 4000万円の粗利は出せる」私「たしかに!」父「 16か月の仕事で、ビルの粗利は 2000万円。木造の注文住宅なら 4000万円。 2億円のビルの受注なんて、やる意味あるのか?」 ROIを意識するということ 父の言うとおりだった。私は、 2億円という受注額や、普段の 5倍以上という粗利に目がくらんで、期間あたりの利益についてまで考えが及んでいなかった。現場監督が生み出す利益だけでなく、自分自身の時間効率も十分に検討されていなかったし、その間の機会損失に対する配慮も足りなかった。 それだけではない。ひとつの顧客からの仕事を受けるために、 10件近くの仕事を流すということは、 10人の顧客を自ら手放すことだ。だが、無事に引き渡しを終えた後、どれだけの紹介をもらえるかと言えば、当然ながら 10人から紹介してもらったほうが多くなる。つまり、未来の売上という機会をも失うところだった。「費用に対して、どれくらいのリターンがあるか」。ここでの費用とは主に時間であり、リターンは期間あたり粗利額、そして、その後の紹介(からの売上)だ。その両者を考慮すれば、たとえ 1棟あたり 5倍の粗利が期待できる案件であっても、私の会社は絶対にビルを受注してはいけなかった。 「ROIを意識する」とは、こういうことだ。そして、これは会社経営だけに関わる考え方ではない。当時の私のように、目先の利益やメリットだけに心を奪われていると、見えてこないものがある。 利益やメリットは、必ず費用やデメリット、機会損失とセットになっている。何かをやるということは、その時間は他のことをやらないということなのだ。契約にしても、旅行にしても、日々の食事にしても、あるいはダイエットなどでも同じだ。 ダイエットをすれば体重を落とせるかもしれないが、それにかかる時間や費用や労力を他のところに振り向けたら、もっと素晴らしいことができるかもしれない。フランスに行っている時間に、同時にイタリアに行くことはできないし、夕食として中華料理を食べに行ったら、その日の夜に天丼やカツ丼を食べることは、少なくとも私には難しい。 何かを判断するときは、利益やメリットだけを考えるのではなく、費用や機会損失についても考えなければいけない。一方を選んだときの利益やメリット、費用や機会損失を把握したら、もう一方を選んだ場合の利益やメリット、費用や機会損失も同じように把握する。両者を並べて、トータルとしてどちらが最適かを見定めるのだ。 その際の判断基準は、会社経営なら会社の目的や目標だし、個別のプロジェクトならその目的や目標が基準になる。プライベートなら、自分の生き方や価値観に照らし合わせて判断する。そうすると、ビジネスも人生も非常に効率がいいものになる。
効率の良さが大切である理由 効率はとても大切だ。人生は時間でできており、人は皆、平等に一日 24時間を与えられている。効率の良さ、つまり同じ時間の中でより良い結果を出すことは、人生の豊かさに直結する。 ただし、ここで重要なのは「何に対して効率が良いか」という点だ。言うまでもなく、それは目的だ。目的なくして効率はない。 社長にとって、すべての判断は会社の目的を果たすためにある。いくら時間や費用などのコストが低くても、目的に向かっていなければ意味がない。より短い時間で、より少ない労力で、目的地にたどり着く。そうすれば、また新たなゴールに向かって進み始められる。 それと同時に、「人生は時に回り道も必要だ」とよく言われるが、ビジネスでは、意図しない回り道はしないほうがいい。なぜなら、回り道をするにもコストがかかるからだ。 目的への道のりは、決してフリーパスではない。時間もお金も費やして、ただ遠回りをするだけに終わることは、社長として大きな判断ミスと言わざるを得ない。 念のために言っておくならば、あえて回り道をして“勉強”することが目的なのであれば、それも一向に構わない。そのための時間とお金があって、それこそが会社経営をやっている意味だというなら、大いに回り道をすればいい。私も時には、意図して回り道を選ぶこともある。 ただ、いずれにしても、時間も労力も資金も無限ではない。ビジネスは、限られた資源の中で効率よく成果を出すことを優先させなければいけない。目的を明確にし、目標に向かいながらも、常に ROIを意識して、最適な判断を下さなければいけない。「目的に沿った最適な判断をする」。それが、社長の唯一の仕事なのだ。5つのシナリオを描く ROIの高い、質の良い判断を続けるには、その判断の先に何が待ち受けているかを理解し、そのシナリオを想定しておくことも重要だ。シナリオとは、つまり、様々な仮説を立てて、それぞれの場合にどうするかを考えておくのだ。 用意しておくべきシナリオには、大きく5つある。「標準のシナリオ」「最悪のシナリオ」「復活のシナリオ」「撤退のシナリオ」「最高のシナリオ」だ。どんなことが起きても対応できるよう、あらゆる事態を想定しておくのだ。 このうち「標準のシナリオ」は、想定される中で最も発生確率の高いシナリオで、「普通に進めていけば達成できるシナリオ」と言える。このシナリオが完結すればイメージどおりに目的に到達することができる。まずは、そんな標準のシナリオを作る。 次に「最悪のシナリオ」は、失敗や思わぬ事故・災害などが起きて、場合によってはさらにそれらが重なってしまう場合の想定だ。 ビジネスでは、想定外のことも起きる。そんな場合でも慌てずに適切な判断を下せるよう、事前に備えておかなければいけない。特に、再起不能な状態に陥ってしまうことを防ぐためにも、この最悪のシナリオを用意しておくことは非常に重要だ。 一般的には想定外と思われることも、極力、想定の範囲内にしておきたい。地震も、津波も、パンデミックも、前もって「あるかもしれない」と想定し、準備しておけば、それは「リスク」ではなく「タスク」になる。保険に入っておく、非常時の体制を整えておく、万一に備えて現金を残しておく、などの対策を立てられる。 また、最悪の場合を想定した時点で、それがあまりにも最悪すぎて、万に一つでも起きてしまったらマズい、ということがわかる場合もある。それで判断を変える(別の道を選ぶ)のもまた判断だ。 あまりにもリスクが大きいのであれば、無理をする必要はない。そう冷静に判断を下せるようになるためにも、最悪のシナリオは必ず事前に思い描かなければいけない。
最悪の次に考えたいのが「復活のシナリオ」だ。これは、「最悪のシナリオ」に進んでしまった場合に「標準のシナリオ」に戻すための、いわば復興計画だ。 先ほどの「最悪のシナリオ」は、万が一の事態が起きないようにするためのシナリオであり、それと同時に、万が一の事態が起きたときの緊急対応シナリオでもあった。それに対して「復活のシナリオ」は、その最悪の事態を何とか切り抜けたあと、再びビジネスをもとの軌道に戻すために用意する。もしも「復活のシナリオ」を描けそうになければ、「その道には進まない」という判断もあるかもしれない。 なお、この「復活のシナリオ」は ROIが最も悪い。「標準のシナリオ」でうまくいかなかっただけでなく、復活のためにさらなる資源を使うことになるからだ。そこで、あえて「復活させない」という判断をする場合もあるだろう。 こうした判断を下すことは、決して簡単なことではない。だが、復活までにはどの程度の時間や費用がかかるのかをあらかじめ見積もっておけば、緊急事態に慌てて計算する必要もなく、余裕をもって最悪の事態を回避し、その状況下でのベストな判断ができるようになる。シナリオが心の余裕を生む その次が「撤退のシナリオ」だ。最悪の事態が起きて、「復活のシナリオ」に進んだものの、最低限の目標も達成できない、あるいは、「復活のシナリオ」には進まないと判断した場合のシナリオだ。つまり、プロジェクトを中止したり、会社を廃業したり、といった判断だ。「標準のシナリオ」を進んでいたはずが、目標を達成しても目的は果たされないと気づいた場合なども、このシナリオになる。 撤退など想定したくないと思うかもしれないが、それでは、残された従業員や顧客はどうなるだろうか。全くの一文無しになるまで走り続ける社長がたまにいるが、それでは経営者としての責任を果たしたと言えない。 会社として、ビジネスとしてのリスク許容度に応じて、「ここまで行ったら撤退する」というラインを事前に設定しておくことで、目的を果たせないとわかっているのに走り続ける……という事態を防ぎ、かつ、次なるチャンスに向かうことができる。 撤退のシナリオを用意せず、あるいは、適切なタイミングで撤退のシナリオに進むことができずに、無理を続けてその先まで突き進んでしまうと、どうなるか。廃業や倒産の先には、もっと悲しいシナリオが待っている。 それは、家庭の崩壊だったり、多くの友人を失うことであったり、あるいは、健康を害してしまうことだったりする。なかには、再起不能なまでに信頼を失墜させ、自己破産し、長年住み慣れた街からも出ていくことを選ばなければならなかった人もいる。そうしたケースは、決して稀なことではない。 それに対して、最後に考える「最高のシナリオ」は、「標準のシナリオ」よりも高い成果が望めることを想定したシナリオだ。つまり、チャンスをつかむためのシナリオと言える。 ビジネスでは、予想以上にうまくいくことも往々にしてあるが、準備をしておかなかったばかりに、せっかくのチャンスをふいにする社長が多い。 例えば、突然、大きな案件が舞い込んできたらどうするのか。自分の知らないうちに SNSでバズって、注文数が爆発的に増えたらどうするのか。事前に思い描いて対策を想定しておけば、どんなチャンスでも確実につかむことができる。 いわゆる「幸運に恵まれて」大きな成功を収めた人は世の中にたくさんいるが、彼らは「幸運をつかむ準備」をしていたから、その幸運をしっかりつかんで離さず、自分のものにできたのだ。「こういう場合には、こう対処する」「こうなったら、あれをこうする」「こうなったら……」と可能な限りの仮説を立てて、あらかじめシナリオとして思い描いておくことで、あらゆる状況に手が打てるようになる。 すると、良くないことが起きても被害は少なくて済み、反対に、うまくいったときのリターンは大きくなる。もちろん、ただ想定するだけでなく、可能な限り準備しておくことが重要だ。 また、実際にその状況に立たされたとき、それを想定できていたか、準備をしていたかは、精神面にも大きな違いを生む。「標準シナリオ」以外は、いわば非常事態だ。そこでの判断はより重要性が増すため、気持ちに余裕を持って判断できることが望ましい。そのためにも、事前に想定してシナリオを立てておく必要があるのだ。すべてを「想定の範囲内」にする そうは言っても、具体的に、どんな事態を想定すればいいだろうか。考え得る最悪の事態とは、一体どんなことがあるだろう。そこからの復活を、まだ前に進んでいない時点で、どうやって想定すればいいのか。 幸運とは、思いがけないからこそ幸運であって、想定していたら幸運ではないのではないか……そんなふうに思うかもしれない。 だが、自分の想定を超えてシナリオを描くことはできる。自分では全く思いもつかないような幸運も、想像だにできなかった悲劇も、そこからの復活劇も、ある程度のところまでシナリオにして準備することは可能だ。 それには、とにかく調べればいい。つまり、環境分析だ。自分が知らないことでも、どこかの誰かは知っていて、そのデータがあり、情報が提供されている。可能な限りの情報を集め、データを分析するのだ。 実際のところ、私は普段から徹底的に調べる習慣が身についている。それを長年続けているため、「どんなことでも、とにかく調べれば、何かは見つかる」という認識を強く持っている。そのおかげで、今では様々な情報が自分の中に蓄積されている。 だが、ほとんどの人は、あまり環境分析をしようとしない。社長という立場になるとなおさらだ。 なぜなら社長は、他人に命令されたり、他人から指示されたりすることが、他の職業・役割と比べると格段に少ないからだ。どちらかと言えばルールを作る側で、ルールを調べて守る側ではない。それゆえ、外部環境に合わせる必要性も低く、実際、我流で生きていける人も多いのだ。 いやいや、自分は周りの多くの人に気を遣い、常に配慮を忘れていませんよ、という反論もあるだろう。だがそれは、直接的な影響がある人たちに対してであって、普段、自分が関わりのない外部環境に対しては、配慮する必要がないはずだ。 そのため社長は、自分を取り巻く環境や自分の中にある知識や情報・データだけでも、おおよその判断ができてしまう。これは、立場上許されることであり、特権でもある。だが、さらに上の判断をしようとするのであれば、これまで以上に多くのシナリオを描き、そのための環境分析をすることをお勧めする。 環境分析を普段から綿密に行っているおかげで、私は、ビジネスだけでなく投資においても長年大きな成果を出せている。判断の「先」を想定する シナリオを描く際の環境分析には、特に政府などが公開している統計データが役に立つ。
例えば、ある街に引っ越すとして、私なら、そこに隕石が落ちてくる可能性はどのくらいあるかをデータで確認する。少なくとも過去 100年は一度も落ちていないとわかれば、隕石の心配はあまりしなくていいとわかる。 隕石の話は極端だとしても(だが冗談ではない)、会社のある地域の地震発生率や津波の被害想定などは、実に多くの情報が提供されている。 あなたは、自分の住んでいる地域やオフィスがある街のハザードマップを確認したことはあるだろうか。自分が、大雨の際にどの程度浸水する可能性がある地域に住んでいるか、しっかりと把握しているだろうか。津波のときはどうだろうか。 あるいは、何らかの障害で長期間にわたって停電してしまったらどうだろう。キャッシュレスだけに頼っていると、電子決済ができずに何も買えなくなる可能性がある。となれば、ある程度の現金は手元に置いておいたほうがいいかもしれない。 こうしたシナリオは、いくつかの統計データを見るだけでも、イメージが湧いてくることが多い。企業の倒産に関する統計を見れば、よくある倒産のパターンがわかるし、実際の例を見れば、具体的にどんなことが起こり得るのか知ることもできる。 例えば、会社が高齢化すると倒産しやすい。だから、しっかりと人を育てなければ倒産が早くなる。設備投資をしなければ、いずれ倒産する。様々なデータに目を通すことで事前に対策が立てられるようになり、会社の安定度が増す。 環境分析が身につくと、そのうち、データや情報を眺めるだけで様々な仮説における対応が思い浮かぶようになっていく。あらゆる事態を想定してシナリオを描いておくことは、ビジネスと人生を盤石なものにしてくれる。 パンデミックによって世界中の経済どころか社会生活までも止まってしまうとは、誰も想定できなかった、という意見があるが、本当にそうだろうか? 人類にとって未知のウイルスとの遭遇は、何も新型コロナウイルスが初めてではない。よく引き合いに出されたスペイン風邪やコレラのほかにも、近年でも、 SARSや新型インフルエンザの大流行があった。 そうした情報をもとに、もしさらに謎のウイルスが発生して、大規模な感染拡大が起きて、世界中の移動が禁じられ、グローバル社会が一気に止まってしまったら……と考えておくことは、決して不可能ではなかったはずだ。 パンデミックに限らず、もし長期にわたって売上を立てられない事態になったらどうするか、という想定を一度でもしておけば、万全の準備はできていなくとも、ただ呆然として成り行きを見守り、どうすることもできずに従業員を解雇して会社を畳む、という事態にはならずに済む。 これは、予想を当てるとか、いつか人類は滅亡するとか、そういう話ではない。ただ、調べて想定しておきさえすれば、ほとんどの悲劇は避けられる、ということなのだ。社長として会社を経営し、ビジネスを進めていく以上、判断の「先」を想定してシナリオを立てることは、必要不可欠の作業だと私は考えている。「すべては想定の範囲内です。だから、立ち止まって悩むことはありません。みんなで力を合わせて、ベストを尽くしましょう」。スタッフや関係者に対して、自信を持ってこう言える社長で、私はありたい。あらゆる立場の視点を持つ 私は常に、ひとつの物事について、あらゆる視点から考えるようにしている。誰かと議論をする際にも、あえて様々な立ち位置から見た場合の意見を出すことがある。 経営者の視点だけでなく、マーケターの視点、営業の視点、ものづくりの視点、経理の視点、総務の視点、人事の視点、取引業者の視点、さらには顧客の視点……というように複数の視点を持って、常に自分の中で意見を戦わせているのだ。 私はこれを、意識的に行っている。それは、「ひとりディベート」とでも言える作業だ。ディベート(討議・討論)では、あるテーマについて肯定派と否定派に分かれて意見を戦わせ、最終的に勝敗を決める。 これをひとりで行うには、まず初めに肯定側に立って、テーマについて徹底的に肯定する。次に、対極の立場である否定側に回り、同じテーマについて徹底的に否定する(この「徹底的」とは S字のクリッピングポイントを指すので、それだけの情報を集めるには、それぞれの立場で環境分析を行う必要がある)。 そうやって両極の意見をひととおり出したら、今度は、振り子のように両者の間を行ったり来たりする。頭の中に振り子をイメージして、肯定意見と否定意見を様々な角度から検証するのだ。場合によっては、時系列を変えた意見を出してみたり、 5 W 1 Hの視点から違う意見を出してみたりもする。 なぜ、そこまでしてあらゆる立場の視点を持とうとするのか。それは、最適解を導き出し、適切な判断を下すためだ。それと同時に、関係する可能性のある視点(立場)を洗い出し、それぞれの視点からの想定をしておけば、目的へ到達できる確率も上がる。 また、すでにある程度の方向性が決まっていたとしても、「こういう考え方もある」「こんな立場の意見もある」と事前に把握している上で物事を進めたほうが、多くのリスクを想定でき、トラブル自体が起きにくくなる。そして、チャンスもつかみやすい。 では、あらゆる立場の視点を持つとして、どの範囲まで持てばいいのか。望ましいのは、関係者全員の視点を持つことだ。 まずは顧客。その中でも、長年にわたる顧客と新しい顧客では、視点が違う可能性があるため、それぞれを想定するといい。 社内では、営業担当者などの「売る」立場から、商品開発や仕入れ、原材料の生産者といった「作る」立場もあれば、資金調達や法務などを担う「守る」立場がある。さらには、競合他社や行政など関係各所の視点も持っておくといい。 かなり大変だと思ったかもしれないが、何度か時間をとって真剣に考えると、その後は自然と頭に浮かぶようになる。かつ、それらはすべて、のちのちの蓄積にもなる。 実際のところ、関係者の種類というのはそう多くはなく、大体いつも同じだと気づく場合もあるだろう。決して無限ではないので、いずれすぐに頭に浮かぶようになるのが理想だ。 判断には、意識的に行っているものと、無意識のうちに行っているものがある。社長歴が長くなると、テーブルから物が落ちそうになった瞬間にサッと手が出るように、無意識で行う判断が増えてくる。直感的に答えがわかるようになってくるのだ。 特に、経営者としての基準や、経営者としてどうあるべきか、といった本質的なことほど、無意識で判断できるようになる。経営者としての姿勢はそう変わるものではないため、何度も判断を繰り返すうちに、どうすればいいかがおのずとわかり、もはや意識的に判断する必要がなくなるのだ。 そうすれば、より複雑な課題や、それまで経験したことがないような問題に集中することができるようになる。むしろそれが社長の本来の仕事であり、最も大切な判断でもある。だからこそ、それ以外の判断は誰かに委任して、いつでも時間をたっぷり使えるようにしておく必要があるのだ。もし判断を誤ったら ここまで何度も説明してきたように、フレームワークを活用して多面的な判断を心がけるのも、5つのシナリオを描いてあらゆる事態に対処できるよう
にするのも、すべては会社の目的を果たすためだ。 社長は、会社が目指すべきゴールにたどり着くために存在しているのであって、その任務を確実に遂行するために、あらゆる立場のあらゆる視点から、あらゆるリスクを想定し、あらゆる展開を考慮しておかなければならない。 私は、誤った判断によって顧客や従業員に迷惑をかけたり、誰かに損失を負わせたり、その結果としてビジネスが回らなくなり、会社の未来が絶たれてしまったりする事態を何としても避けるために、可能な限りの努力を惜しまず、最善の判断を下すことを心に刻んでいる。 だが……常に正しい判断ができればいいが、判断を誤ることも、当然ある。私自身も、判断を見誤ったと感じる場合はあるし、悔やまれる判断もある。 判断の失敗には、外的要因と内的要因がある。 外的要因とは、例えば、震災が起きたとか、サーバーがダウンしてしまった、株価が急落した、といったものだ。これらについては、「最悪のシナリオ」として事前に想定しておけば、臨機応変な対応が可能になる。 ひとつの判断によって過去最大のピンチを招いたとしても、それが想定の範囲内であり、きちんと対応できるのであれば、それは判断ミスではない。しかし、想定できたはずのリスクを見逃し、それによって会社が危機に陥ったとすれば、それは失敗と言わざるを得ないだろう。 一方、内的要因としては、資源が足りなかったり、仕組みを準備できていなかったり、それがうまく活用できなかったり、従業員のモチベーションが続かなかったり、コミュニケーションが十分でなかったり……などが考えられる。 これも本来は、事前に想定できることなので、その場合の対応策が用意されているのが理想だ。特に、外的要因よりも管理しやすいため、そういう事態を引き起こさないような体制作りが必要になるだろう。 その上で、どんな判断にも失敗が付き物だと認識しておくことも、また重要だ。それによって、失敗から学び、次に生かすことができるようになるからだ。 何が原因で失敗につながったのか、判断のどの部分が甘かったのか、何を見誤ったのか。それらを確認し、次の判断を下す。その繰り返しによって、判断の精度は高まっていく。 もし判断を誤ったとしても、それによってデータの蓄積ができる。次の判断に生かすことのできる材料が増える。そして、対策を講じられる。つまり、判断を失敗することで、さらにリスクの想定範囲を広げ、対策できるようになることでリスク許容度を高められるのだ。 もしも、自分が下した判断が正解だったのか失敗だったのかわからない場合には、その判断によって目的に近づいたかどうかを確認すればいい。もし目的に近づいていれば、その判断はおおよそ正しかったと言える。 反対に、目的に近づいていなかったり、目的のほうに向かってはいるものの望む結果を十分に得られなかったりした場合には、良い判断を下すための材料が足りていなかったということだ。 そのときは、環境分析を見直し、資源リストを見直し、改めて判断を見直してみるといいだろう。そうすれば、どこに落とし穴があったのかが見えてくる。情報やデータが足りないのであれば環境分析をやり直し、資源が足りないのであれば補充すればいい。 だがそもそも、判断できる材料が揃っていない状態で、判断を下してはいけない。言い換えれば、二者択一のどちらを選べば「勝てる」のかはっきりするまでは、環境分析と資源出しを繰り返す必要がある。そうして十分な準備ができてはじめて、適切な判断を下すことができるのだ。 判断は、数をこなすことで質も上がっていく。もしあなたがビジネスを始めたばかりであれば、大きな判断をする場面はあまり多くないかもしれない。そんなときは意識して、小さな判断を積み重ねることも大切だ。 環境分析も、資源出しも、5つのシナリオ作りも、最初は地道なプロセスと感じるだろうが、それらをすっ飛ばして簡単にうまくいく魔法などない。小さな判断を下せない人間に、大きな判断は下せないのだ。
悩まない社長のためのフレームワーク集全体像を捉えるフレームワーク より適切な判断を下すには、その前提となる全体像をしっかりと捉えることが必要になる。「木を見て森を見ず」と言われるように、目の前の問題だけを見て判断を下してしまうことは、誰もが犯しがちなミスだが、社長の判断においては、そんな単純ミスは許されない。 ビジネスの全体像、その判断の全体像を捉えた判断を下すことは、思っているほど簡単なことではないが、フレームワークを使えば一気に整理することができる。 ● MECE(ミーシー) 「Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive」の頭文字を取った用語で、「相互に排他的な項目、完全な全体集合」という意味。要するに「漏れなく・抜けなく・ダブりなく」ということで、物事の全体を捉えるのに活用できるフレームワーク。 ビジネスでは、儲かることも大事だが、それ以上に失敗しないことが重要だ。失敗しなければ儲かるチャンスは続く。しかし失敗すれば、一発で立ち行かなくなることもある。 大失敗せず、コツコツ積み上げていく会社が長く存続するのだ。失敗を防ぎ、様々な可能性を見るために、 MECEで全方位的に物事を把握しよう。 ● 5 W 1 H When(いつ)・ Where(どこで)・ Who(誰が)・ What(何を)・ Why(なぜ)・ H o wどのように)と考えることで、あらゆる視点から検討すべき課題を洗い出すことができる。 Howには H o w many、 H o w long、 H o w muchなど複数の Howがあり、それぞれに分解して 2 Hや 3 Hにしてもいい。 ● S字曲線 横軸に時間・労力、縦軸に成果を示した「成長曲線」と呼ばれるもので、その名のとおり、 Sの字を描きながら推移する曲線のこと。これは、費用対効果( ROI)を理解するのに非常に有効なフレームワークだ。 心情的には、 2頑張ったら 2の成果はほしい、 5頑張ったら 5の成果がほしい、という気持ちがあるだろう。しかし実際には、 2頑張っても成果は 1しかなかったり、 4頑張っても 2の成果しか得られなかったりすることも多い。 成果は、費やした時間や労力に応じて直線的に増えていくものではない。それらが成果となって現れるまでには、ある程度の初期投資が必要となる。特に最初は、なかなか時間・労力に見合った成果が出ない。 それでも、あるポイントを過ぎた瞬間、一気に成果が伸び始める。しかし、その成長が永遠に続くかというと、そうではなく、ある地点まで到達すると、成果の出方は次第に横ばいになっていく。 実は、この最初のポイント(ティッピングポイント)に行き着くまでに、成果が見えないからといってビジネスをやめてしまう人が多い。だが、そもそも成果の出方は S字なのだとわかっていれば、今はまだその手前なのだと理解して、努力を続けることができる。 それと同時に、一気に成果が出始めた暁には、さらに時間と労力、お金を投じて成果を伸ばそう、という判断もできる。 成果を伸ばしていった先には、もうこれ以上は伸びないというポイント(クリッピングポイント)が、必ずやって来る。どんなに素晴らしいビジネスでも、そのまま永久に伸び続けることはない。 だが、最も費用対効果が高い、つまり、投資に対してより多くの成果が出やすいのは、この地点だ。それを理解しているか、何も知らないままビジネスを続けるかでは、判断は大きく異なってくる。死角をなくすフレームワーク ●対極 対極とは、名前のとおり、対になるものを指す。これも、ビジネスにおいて非常に大事な考え方だ。ある課題について判断するとき、一方の立場から検討したら、その反対側の立場からも同じように検討するのだ。 具体的にいえば、新しいサービスを始めるとき、最小限のリソースで始める前提だとしても、あえて最大限のリソースを費やしたらどうなるかを考えてみる。「最小」と「最大」という対極だ。 このように考えることで、多面的に物事を見ることができ、一方向からのみ見て判断するよりも、より広い視点を持つことができる。最小限の場合しか考えていなかったときには見えなかったものが見えてくるのだ。それが、最終的に判断を下すために重要になる。 MECEや 5 W 1 Hなどと同じように、「見えていない部分をなくす」ために、また、それによる安易な失敗を防ぐために、あえて正反対のものを見る癖をつけておくと、より良い判断を下せるようになる。その他の対極の例として、上下、左右、高低、多少、広い狭い、高い安い、善悪……など様々なものが考えられる。 また、市場分析などのリサーチをする際にも、この対極の考え方は役に立つ。ひとつのデータを調べたら、その対極も調べることで、そこに思いがけないチャンスを見出すこともある。 例えば、ブライダル関係のビジネスでは婚姻件数を調べるだろうが、そのときに、対極である離婚件数も確認してみる、という具合だ。すると、そのデータから、再婚する人たちへのビジネスの構想が生まれるかもしれない。 反対側から見ることによって、ビジネスや業界への見方も変わってくるのだ。常に対極を意識することで、より幅広い視野を持てるようになる。 意見や見解についても同様で、何らかの主張がある場合は、その対極に位置する、真逆の主張についても深く理解することに努める。特に重要な最終判断をする際は、心を決める前に、その真逆の判断をしっかりと検討するようにしたい。 そうすると、すべての判断が自分の認識できている幅の中に収まり、それらすべての判断の結果も想定の範囲内に入ってくる。そう、対極というフレームワークを使えば、すべてが「想定内」になるのだ。
●相対 判断する際に、「相対」という概念は欠かせない。「何かと比べる」という考え方を常に持つようにするのだ。 例えば、「投資をするなら積み立てがいい」と聞けば、他と比べて何がいいのか、他と比べたときのメリット・デメリットは何なのか、他と比べた場合の積み立ての特徴は何なのか、といったことを確認してみる。 すると、自分には積み立てよりも一括購入のほうがいいかもしれない、投資信託よりもデイトレードのほうが合っているかもしれない、といった方向性が見えてくる。その結果、冷静に判断することができるのだ。 多くの人は、「ビットコインが良いらしい」と聞けば、他の何かと比べることなく、そのものの利点・欠点だけを見てしまう。それで判断を下すのは、結局、主観に頼るか、他人の意見に乗っかることになる。 しかし、相対的に他のものと比較してみれば、もっと客観的な判断を下せるようになる。それによって、自分の目的にとっては、それほど魅力的ではないと気づくかもしれない。もしくは、もっと良い選択肢が見つかることもあるだろう。 ビットコインは、株式と比べてどうだろうか。債券と比べるとどうだろう。 F Xに比べると、ゴールドに比べると、不動産に比べると、絵画に比べると……という具合に比較してみる。そうやって比べてみないとわからないメリットやデメリットもあるものだ。 私の場合、何かをやるかどうか判断するときには、まず「やること」と「やらないこと」を比較する(それは「対極で考える」ということでもある)。その上で、やると判断するのであれば、他のものはどうか、と何かと比較することを必ず行う。 どんな判断であれ、そこには必ずメリットとデメリットがある。だが、本当にそれが自分の求めるメリットなのかどうかは、他と比較してみなくてはわからない。だから、それを知る必要があるのだ。 ●マクロとミクロ これも、物事を異なる視点から捉えるためのフレームワークだ。「マクロ」とは全体を大きく捉え、大局的に物を見ること、そして「ミクロ」とは最小、非常に小さな範囲で物を見ることである。 対極の一例とも言えるし、相対の一例とも言える。あるいは、「虫の目・鳥の目・魚の目」のうちの前の2つだと思った人もいるだろう。 その名前は何でもいいし、どんなフレームワークの中でも構わないが、とにかく、大局的・俯瞰的に見ることと局所的・部分的に見ること、その両方を忘れないようにしてほしい、という意味を込めて、あえて別項目とした。 ●時系列(時間軸) これがいわゆる「魚の目」となる。ビジネスにおいては、考えるべきタイムラインがある。時間は常に流れている。タイムラインを意識し、それに対してお金がいくら出入りするのかを考えることは、ビジネスにおいて欠かせない要素だ。 言い換えると、時間軸を意識して ROIを考える、ということだ。今の時点でどうかということだけでなく、時間経過の中での資金繰りを意識する必要がある。 例えば、利回り 20%を謳う投資話があったとして、その利回りは 1日なのか、 1か月なのか、それとも 10年で 20%になるという話なのか。それによって、判断は全く異なる。 どんなに魅力的な儲け話でも、入金が 1年後になるのであれば、それまでの 1年間は売上ゼロということだ。その間の家賃や人件費はどう工面するのか。 ビジネスでは様々な固定費がかかるため、売上ゼロでも経費はかかる。何の活動もしなくても、会社が存続しているだけでお金は出ていく。それを超える ROIを時間軸の中で出さなくてはいけないのだ。 時間軸の視点は、経営において極めて重要である。何かの判断をするときには、時間あたりの ROIを把握するように心がけてほしい。データを見極めるフレームワーク ●代表値 社長として判断を下すときは、多くのデータを参考にすることになる。そのデータの見方にもフレームワークを当てはめることで、一元的な判断にならず、データが示しているものを多方面から捉えることができるようになる。 代表値とは、調査したグループの中の特徴を表す数値のことをいい、平均値、中央値、最大値と最小値などがある。 同じデータでも、どの数字を見るかによって分析結果は異なる。そのため、それぞれの値を理解し、多面的に理解をすることが大切だ。様々な値から対象を見ることでグループの特徴が立体的に理解できるようになる。 平均値は、データの値の合計をデータの総数で割った値。すべてのデータを考慮した値になるため、グループ全体の特徴を理解することが可能だ。 ただ、データの中に大きく乖離した「外れ値」と呼ばれるデータがあると、その影響を受けやすいという弱点がある。この「外れ値」のうち、原因がわかっているもののことを「異常値」という。 中央値は、データを小さい順に並べたときに中央にくる数値のことを指す。中央値があると、外れ値を含んでいる場合でも集団の特性を把握しやすい。最大値は、データの中の最大の値。そして最小値とはデータの中の最小の値のことだ。 どこを切り取って見るかで、データから受ける印象は大きく異なる。平均値だけを見て「高すぎる」と思っても、中央値を見れば「適切だ」という判断ができるかもしれない。また、外れ値や異常値を把握することで、ビジネスの穴(あるいはチャンス)を見つけることもできるかもしれない。 今の時代、どんなビジネスでもデータ分析が重要になっているが、ただ数字を見ればいいのではない。あらゆる値を見て、多面的に捉えることが大切だ。また、何か数値を示されたら、それはデータのうちのどの値なのかを理解することで、真実を知ることに近づく。 ●標準偏差 標準偏差とは、データのばらつきを示す指標だ。この値が大きければ、そのデータのばらつきが大きいということを示すのだが、ここでは難しい統計学の話はしない。それよりも、正規分布の図をイメージすることで、フレームワークとして活用したい。 正規分布では、平均値に最も多くのデータがあり、そこから離れるに従ってデータ数が減っていく。例えば「小学 4年生男子の身長」というデータをグラフにしたとき、平均値あたりの最も人数の多いところで山を描き、そこから左右に裾野が広がっていくような図形になる。 このような正規分布を描くとき、平均値を挟んだ標準偏差の範囲内に、全体の 68%のデータが含まれる。
100人の小4男子の平均身長が 137センチなら、そのうち 68人は、マイナス 34%である 90・ 4センチから、プラス 34%の 183・ 5センチの間にいる、ということだ。もし小4で身長 190センチの少年がいたとしたら、それは標準偏差から外れていることになる。 これをビジネスにどう応用するのかというと、自分がやりたいことが標準偏差の中に収まるかどうかを確認するのだ。 例えば、保険の営業をするときに何人に声をかけると売上が立つのか、原宿駅前でお昼の時間帯にチラシを撒いたら何人が受け取るかなどは、試行回数を増やすことで平均値がわかる。すると、その前後 34%の範囲内の成果を出せる確率が 68%ある、とわかるのだ。 多くの人は、平均値しか意識しない。たしかに正規分布では「平均値 =中央値 =最もデータ数の多い値」だが、それで全体の大半をカバーできるわけではない。前後 34%まで含めることで、全体の約 7割を見ることができるようになる。 ただし、これは正規分布を描くようなデータにおける真実であって、例えば日本の年齢別人口のようなデータには当てはまらないので注意してほしい。また、ここで言いたいのは「思考の枠組み」として標準偏差であるから、正確なデータ分析をしろという話ではない。よくわからないという人は、無理に使う必要もない。 どのフレームワークにも言えることだが、あくまで物事を多面的に捉えるためのヒントに過ぎない。標準偏差を用いたからと言って、絶対に正確な判断を下せるわけではない。 ただ、普段はしない見方をすることで、自分では気づけなかった落とし穴に気づくこともある。そのような前提で、自分に適しているフレームワークを見つけてほしい。判断の質を上げるフレームワーク ●リスクとリターン 判断には、必ずリスクとリターンがある。例えば、東京から大阪へ行くのに、飛行機に乗るという判断をすれば、大阪により早く移動できるというリターンがあるが、極端な話、墜落するというリスクも考えられる。 あるいは、今日は行ったことのない A町に行ってみようという場合、新たな発見というリターンがあるかもしれないが、途中で道に迷ったり、知らない土地で事故に遭ったりするリスクも考えられる。極端な話に思えるかもしれないが、私は、こうしたリスクも大真面目に考えるようにしている。 何かを判断すれば、その判断によって急激に状況や環境が変化する可能性があるが、そのリスクは想定することができる。会社なら、人が辞める、顧客が怒る、売上が立たない、支払いが足りない、などのリスクが考えられる。 2つの選択肢から一方を選ぶ判断では、それぞれの選択肢でリターンとリスクがあるし、「やらない(どちらも選ばない)」という判断にも、当然リスクがある。急激なリスクの可能性は少ないかもしれないが、将来において大きなリスクを孕んでいる場合があるため、考慮しておかなくてはいけない。 私たちは普段、意識的・無意識的に無数の判断を下している。朝、目が覚めて、起きるか起きないかも判断だ。 どんな判断にもリスクとリターンがあり、そこには必ず目的がある。「もう少し寝ていよう」と判断するのは、休養を取るという目的があるのかもしれない。「起きよう」と判断するのは、仕事に遅れるリスクがあるからだ。 判断には責任が伴う。判断のリスクとリターンを常に考えることは、社長にとっては何よりも重要だ。そして、リスクを受け入れる場合には、自分のリスク許容度の範囲内であるかどうかを確認することも大切だ。 ●リスク許容度 すべての判断にはリスクとリターンが伴うと理解した上で、考えなければいけないのがリスク許容度だ。 リスクは、何がなんでも回避しなければいけないわけではない。大きな成果を得たければ、ある程度のリスクを承知でチャレンジすることも、時には必要だ。だが、「ある程度」とはどれくらいなのか。どの程度のリスクまでなら耐えられるのか、その範囲を理解しておかなくてはいけない。 そして、受け入れようとするリスクが常にそのリスク許容度の中でなくては、特に経営においては大変だ。自分のリスク許容度が 40なのに、大きなリターンに目がくらんで、 40を超えるリスク、例えば 60とか 70のリスクを負ってはいけない。 自分のリスク許容度が 40なのであれば、これを超えるリスクのものに手を出してはいけない。これはビジネスの鉄則だ。しかし、これで失敗する人は案外多い。 特に、すぐに判断をしなくてはいけないと焦っているときは、リスクが非常に大きくなっていることが多い。そして、リターンは大したことないのに、リスクの大きい判断をしてしまいがちだ。「判断をしなくては」という焦りに囚われてしまうからだ。 質の良い判断とは、リスクが小さくてリターンの大きい判断だ。何でもかんでも大きなリターンを取りに行くのではなく、リスクが大きい場合には「やらない」という判断も必要だ。そうすることで生き延びられるし、別の機会に、よりリスクが小さくリターンの大きい判断を下せるようになる。 世の中に溢れる儲け話は、多くの場合、リターンが小さくリスクが大きい。判断をするときは常に、自分のリスク許容度を意識した上で、リターンが見合うかどうかを見極めたい。人を見抜くフレームワーク ●人格と能力 私は、人を見るときにもフレームワークを使う。それが人格と能力だ。 人には、人格的価値と能力的価値という2つの柱がある。人格と能力のそれぞれを理解し、その2つを掛け合わせて人を見極めるこのフレームワークは、他人を深く理解するためのツールでもある。 ビジネスでは、人材を見極められることは強みになる。人間というのは感情的な生き物であるがゆえに、時には判断ミスを犯すこともあるが、経営においては、人に対する誤った判断は、時に致命傷となり得る。 どんなに優秀な経営者でも、信頼していた人から裏切られてすべてを失った、などという話は、いくらでもある。だからこそ、主観に頼らない判断基準(フレームワーク)が必要なのだ。 能力とは、何をどれだけできるか、といった物事を成し遂げる素質のことだ。専門的な能力のほかにも、コミュニケーション能力や、実際にどのくらいの売上を生み出すか、という経済効果で見ることもできる。 こうした能力があるか・ないかだけでなく、再現性(同じ成果を繰り返し出せるか)、スピード(その成果をどれだけの早さで出せるか)、スタミナ(その成果をどれくらい続けられるか)といった指標に細分化することで、より詳しい分析ができる。 能力を多角的に評価することで、その人がどれだけ活躍できるか予測することができる。 人格とは、その人固有の人間性、人としてのあり方だ。優しさや誠実さ、協調性、モラルの高さ、教養、信頼性などがある。 これらは人として非常に大事な部分であり、もしも欠落していると、様々な問題が起こりうる。例えば、利己的であったり、攻撃的な面があったり、時間
や約束を守らなかったり、虚偽や失敗の隠蔽といった問題点があるような人がひとりでもいれば、会社の存続にまで関わるかもしれない。 いくら能力が高くても、人格の低い人がいると、会社の ROIが悪くなり、メンバーは幸せになれず、実際の事業収支としても悪くなる。ビジネスでは特に信頼が重要な要素になるため、採用にあたって人格を確認することは非常に大切だ。 ただし、人格が高ければそれでいい、ということでもない。能力が低い人を抱えることは、会社にとってはリスクだ。その人の教育に時間や労力、お金をかける必要があるだけでなく、その人の能力の穴を埋めるために、周りの負担を増やすことにもなる。 人格も能力も高いことが理想的ではあるものの、バランスも大切だ。いずれにしろ重要なのは、その両方の視点から人を判断することだ。高い能力だけ、素晴らしい人格だけで、会社の将来を左右する人材の判断を下してはいけない。 人格と能力を理解できると、非常に ROI高く人材を活用することも可能になる。両輪から把握し、その人が継続的に高いパフォーマンスを出せる場を与えることで、ビジネスに利益をもたらすだけでなく、その人も成長できる。そうすれば、さらに活躍してくれるだろう。 ●感情のクロスモデル 人が行動するとき、それが意識的であれ、無意識的であれ、その行動には必ず意味がある。人が何のために行動しているかを理解できると、ビジネスにおいて非常に役に立つ。「感情のクロスモデル」とは、顧客が何を欲しがっているかを知り、従業員が何を求めているかを知ることができる、ビジネス全体の設計に役立つフレームワークだ。 人の行動の裏側にあるもの、それはすべて「動機」という名の感情だ。 そして人は、基本的に、不快な感情から遠ざかろうとして行動を起こす。つまり、どんな不快があるのかがわかれば、反対に、その人が得たいと願っている快の感情が見えてくるのだ。 人が避けたい感情、言い換えると「悩み」には様々なものがある。身体(健康、美容等)に関すること、人間関係(男女、親子、家族、友人、職場、コミュニティ、社会等)、生き方(生きがい、やりがい、理想と現実等)、それに、お金に関する悩みもあるだろう。いずれも表面的な悩みであり、表面的な「欲求」とも言える。 これらを突き詰めると、4つに分類することができる。それは「不安」「寂しさ」「退屈」「劣等感」だ。この4つを反対側から見ると、「安心・安全」「つながり・愛」「成長・刺激」「貢献・特別感」といったプラスの感情になる。
つまり、人は「不安」という不快な感情を振り払うために「安心・安全」を求め、「寂しさ」を避けるために「つながり・愛」を探し、「退屈」から逃れるために「成長・刺激」を追いかけ、「劣等感」を克服するために「貢献・特別感」を欲する。これが、人の行動の裏側にある真理だ。 また、それぞれの感情のタイプを知ることもできる。 クロスモデルの上下に位置する「不安/安心・安全」と「退屈/成長・刺激」は、自分の中に抱える悩みであり、心の中で感じたい快である。それに対して、左右にある「寂しさ/つながり・愛」「劣等感/貢献・特別感」は、対人関係のおける悩みであり、人との間に生じる感情だ。 では、あなたの会社の顧客は、どの感情を求めているのだろうか? どんな動機で、どの悩み(不快)から遠ざかりたくて、あなたの会社の商品・サービスを買うのだろうか? それによって、どんな感情(快)を得たいと思っているのだろうか? 会社とは、商品・サービスそのものを売っているのではなく、その向こう側にある感情を届けているのだ、と理解する必要がある。顧客は、商品・サービス自体にお金を払っているのではなく、それによって得られる感情にお金を払っている。それが、ビジネスの本質だ。 感情という側面から顧客を理解することで、より良い商品・サービスの開発につながったり、思わぬ問題が浮き出てきたり、あるいは解決方法がおのずと見えてきたりすることにもなる。 また、このクロスモデルを活用することで、人の行動の先にある動機が見えてくるようになると、従業員やスタッフなど周りの人たちのことも、より深く理解できるようになる。 動機を理解すれば、その人に合った適切なアプローチが可能になり、より効果的かつ効率的な人材として活用できるようにもなる。仕事を通して「つながり・愛」を得たいメンバーなら、テレワークを勧めるよりも、オフィスに来てもらったほうがいいかもしれない、という具合だ。 これは他者だけでなく、自分自身についても言える。自分のビジネスの動機がもし「安定・安心」にあるのなら、無用なチャレンジはしないという判断ができるし、ビジネスを通して新しい自分と出会いたいなら「成長・刺激」の動機でビジネスをしているのだろう。これらは、時と場合によって振り子のように行ったり来たりもする。 このフレームワークを使いこなすことで、ビジネスだけでなく、人生の質を高めることができるだろう。
おわりに──人生は「判断」の積み重ね 本書では社長の判断について述べてきたが、そもそも日々の生活も、あらゆる判断の繰り返しだ。いくつもの判断を積み重ねながら、私たちは生きている。 私は以前、自分の残りの人生について、様々な数値に置き換えてみたことがある。車を買い換えるのは、あと何回だろうか。娘が社会人になって家を出るまでに、あと何回、一緒に夕食を取れるだろうか。人生であと何回、親と旅行できるだろうか。あと何回、大切な人に感謝を伝えられるのだろうか……などなど。 すると、面白いことが起きた。普段の何気ない判断が、どれほど自分の人生にインパクトを与えているか、手に取るように明らかになったのだ。 子供や親、あるいは友人などとゆっくり過ごせる時間は案外少ないと気づけば、ちょっとした誘いをよく考えもせずに断ることはなくなる。外食に費やす時間と金額を数字で確認すれば、より良い選択肢を考えるようにもなる。 それは会社も同じだ。十分な検討をすることなく下した判断が、のちのち尾を引いて会社に重くのしかかってくることはある。社長の唯一の仕事が判断だということは、どんな小さな判断もおろそかにしてはいけない、ということでもあるのだ。 会社では、社長の日々の判断の積み重ねが、会社の実績になる。だからこそ、日頃から小さな判断を下すことを、意識的に行っていくことも重要になる。 普段は無意識に行っているような判断を意識的に行うことで、判断の経験値を高めていくのだ。習慣的に行っていることを一度すべて見直すのもいいだろう。コロナ禍で生活を見直せた、といった話はいい例だ。 そうして積み上げられた小さな判断が土台となって、いずれ直面する、大きな判断が必要な場面においても、冷静に、最適な判断を下すことができるだろう。 普段から小さな判断を意識的に行うことで、「判断思考」とも呼べるものが身につく。朝起きてまず水を飲むか、それとも先に歯磨きするかを決めるのも、朝、最初にどんな段取りをするのかも、コンビニでどんな飲み物を買うのかも、すべてが判断だと気づく。 そうした小さな判断の積み重ねで未来が大きく変わるのだとしたら、「人生、何があっても他人のせいにはできない」ということだ。 結局のところ、自分の人生のあらゆる出来事・物事は、自分の判断の結果である、と受け入れることは、リスクを理解し、それを抱えた上で、人生に責任を持つということだ。 日常の小さな判断ひとつでもリスクとリターンが伴う。 Aという選択肢を選ぶことは、 Bへ進む道を自ら捨てることなのだから。だが、そこには可能性やチャンスもある。 時間は有限で、体もひとつしかない。人生には時間的・物理的な限界があることを認識し、すべてにおいて最善の判断ができるよう尽くすしかない。誰しも、2つの道を同時に歩むことはできないのだ。 私たちは日常生活の中で日々、大小様々な判断を迫られる。それらの判断によって、私たちの人生は築かれていく。すなわち、判断力を磨くことは、人生の質を磨くことなのだ。
著者略歴柴田博人 しばた・ひろひと大手住宅メーカー勤務を経て 26歳で独立。年商 8億円規模に成長させたのち、 32歳でセミリタイア。子育てがひと段落したタイミングでビジネス界に復帰。ビジネス構築と経営のプロとして複数の会社の経営に携わり、累計売上は 200億円を優に超える。不動産投資や株式投資にも精通するほか、近年は次世代の経営者の育成にも力を入れる。
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