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社長になる人に知っておいてほしいこと:松下幸之助

社長になる人に知っておいてほしいこと松下幸之助[述] PHP総合研究所[編]

序にかえて  経営には〝よりどころ〟が必要である    困難な仕事をやっていくと、その過程で必ず右するか左するかを悩むことがある。それは自分に確固たる〝よりどころ〟がないからである。  これは実は松下幸之助のものではありません。 橋荒太郎氏という人物によるものです。もう亡くなられて数年たちますが、あの世界のホンダを一代でつくり上げた本田宗一郎氏に藤沢武夫氏という補佐役がいたように、常に松下幸之助を支え続けた、まさに〝名補佐役〟であり、また〝大番頭〟でもありました。松下幸之助本人からも「松下電器の伝統の精神というものは、私以上に 橋さんがつくってくれた」という最大の賛辞を贈られたほどの人物でした。  氏がそれほどまでに信頼されたのはなぜか。松下が直面した危機の歴史を紐解けば、それはすぐに分かります。  松下幸之助が、パナソニックの前身となる松下電気器具製作所(一九二九年に松下電器製作所に改称、さらに一九三五年、株式会社に改組し、松下電器産業株式会社となった)を一九一八年に創業以来、幾度かの危機がありましたが、その中でも特に困難を極めたのが、太平洋戦争後の GHQによる財閥家族の指定でした。  家族三人から始めた事業がなぜ財閥なのかという不服の思い、財閥指定によって活動が大幅に制限され、思うように事業ができないことへの焦り、個人資産の凍結、さらにそれをあざ笑うかのように松下電器の赤字は累積し、松下幸之助は「物品税の滞納王」という報道までなされる……。まさしく絶体絶命の危機に直面していました。そして、この財閥指定を解除させるために日夜奔走したのが、当時常務だった 橋氏でした。関西から上京すること、百回近くに及んだといいます。その努力があって、財閥指定は解除、再建の道もひらかれたのです。  いざというときに助けてくれる部下、日常から全面的に信頼のおける部下がいるかどうかが、成功する経営者と、成功しない経営者の違いではないか。この 橋氏と松下の足跡を追うほどに、そう思わざるをえません。と同時に、ならば松下はこの 橋氏のような部下をどうして得ることができたのかという疑問が湧くことでしょう。それは晩年の 橋氏が自著で語っていることに集約されていると思いますので、そのままご紹介します。    私が一貫して確固たる〝よりどころ〟としてきたものは、松下幸之助創業者の経営理念に基づく基本方針であった。ほかに類をみないこの基本方針こそ、松下電器発展の大きな要素であると確信したからである。    以来、私は自分の小さな知恵才覚でものごとを判断するのではなく、松下電器の基本方針に沿って仕事をし、やった仕事をまたそれに照らして謙虚に反省し、検討するというやり方を通してきた。だからこそ、私のような者でも、そのときどきの重責を果たすことができたのだと思う。  氏は、松下幸之助という人間、いやそれ以上に松下の考え方と経営理念に感銘を受け、それによってみずからの任務を全うされたのです。  本論一七項目でも紹介のとおり、松下自身も経営者にとっていちばん大切なのは「確固たる経営理念である」と述べています。このことは、 橋氏の行き方と完全に符合します。すなわちそれは「経営理念」によって結ばれた固い絆が、企業の発展に大いなる寄与をしたことを意味するのではないでしょうか。そして、社員が〝よりどころ〟とすることができる、世間にも認められ通用するような経営理念をもっているかどうかということが、平時はもちろんのこと、危機のときこそ問われるのだという思いがしてなりません。  確固たる経営理念のもと危機を乗り越える  この戦後最大の危機の前にも、松下は大きな危機に直面しています。それは、一九二九年末のニューヨーク株式市場大暴落、そしてその後の世界恐慌が猛威をふるった時代、つまり戦前の「昭和恐慌」の真っ只中のことでした。  ちなみに、一九三〇年代の世界恐慌は、奇しくも二〇〇八年からの現下の世界的金融危機とよく比較されます。沈静化の兆しを見せつつありますが、いまだ油断できないこの世界的金融危機は、「一つは銀行の危機、もう一つは『流動性の罠』にはまっている」という点で一九三〇年代の世界恐慌に類似すると、二〇〇八年度ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授も『危機突破の経済学』(PHP研究所刊)で述べておられます。  実際にこの危機が露呈し拡大したとき、世界経済全体があの一九三〇年代のような事態に陥るかもしれないという危惧が、あながち冗談ではすまされない、それほどの状況でした。日本経済の牽引役である大手企業、特に外需依存型企業はまさに大打撃を受け、

矢継ぎ早にリストラ策が断行されたのは記憶に新しいところでしょう。しかも、個人消費の冷え込みはいまだ回復していません。  こうした危機的状況に陥らないよう、坦々とした経営の道を着実に歩いていく。できることならばそれが望ましいことですし、そうした心がけを松下自身ももっていたのですが(本論二七項目で紹介しています)、どれほどそう心がけていても、外部要因の急激な変化による、避けられない危機が訪れる可能性は、日本経済が完全にグローバル化したなかで今後ますます高まっていくのではないか、そう思わないではいられません。  そして、このたいへん難しい現況にとっての歴史の教訓となっている昭和恐慌時においても、多くの経営者がリストラや給与削減の大決断を迫られたわけですが、その中の一人に、三十代半ばにさしかかった松下幸之助がいました。当時は松下電器製作所の所主という立場でした。当時の心境を、松下はつぎのように述懐しています。    金解禁、開放経済に向かわんとして、政府がそれに踏み切ったわけですよ。そのときだいぶガラガラッと来たわけですよ。さっぱり売れんようになってしまった。その時分は今みたいに、銀行は金貸しませんからな。だから、むしろ完全に引き締めですよ。(中略)だからスパッと売れんようになってしまったんですよ。(中略)職工さんは半日休み、そして給料は全額払う。ただし、その時分は個人経営でしたから店員といいましたが、店員は休みなしでやったんです。店員は朝から晩まで駆け回って売れるだけ売れ、値段は安くしたらあかん、値段は安くしたらいかんけれども、できるだけ努力せえと、そういうことでやったんですよ。そうしたら二カ月したら、すっかり倉庫が空になって、また全部活動したんですわ。ところが、その二カ月の体験によって、店員にも職工さんにも非常にいい筋金が入ったわけですよ。またわれわれ経営者としても、ものにはやる方法があるもんやという、非常に大きな体験を得たわけですね。非常に強いものがあとに生まれたわけです。  実際にこのあと、松下は順調に業績を伸ばします。一九三二年には産業人の真使命に思いいたり、一九三三年には本店・工場を大阪府北河内郡門真村(現・門真市)に移転、大いなる発展を遂げますが、実はさきの 橋氏が企業人生の〝よりどころ〟とした、松下経営理念の礎となる綱領と信条を制定したのが、一九二九年三月のことでした。  この大恐慌のまさに直前の時期に生まれた明確な経営理念・方針のもとで、従業員が一丸となって不況に立ち向かうことができたのです。そしてこうした実体験を経て、「好況よし、不況もまたよし」という松下の名セリフが生まれたのはいうまでもありません。  危機から転じて成長へ――松下幸之助が涙した日  感極まる。そしてみずからの頬に、涙が流れる。そうした経験は、多かれ少なかれ、どなたでも自身の記憶の中にあるのではないでしょうか。すでに名経営者としての名声を得ていた松下幸之助は、一九六四年七月、熱海の地で、当時の松下電器の販売会社、代理店社長たちを前に、涙しました。  この涙の「熱海会談」(全国販売会社代理店社長懇談会)こそが、松下自身が経営者としての立場にあって最後に直面した大きな危機でした。当時の販売会社、代理店の営業不振は、松下電器に対する不信へとつながり、その商品力、販売体制への不満を引き起こしていました。そうした状況下で、会長職にあり第一線を退いていた松下に、長年の企業経営者としてのカンが働きます。全国の販売会社、代理店の社長を集め、向かいあって話しあい、その実情の把握と打開策の模索が早急に必要であると考えた松下は、熱海会談の実施を決めたのです。  エンドレスの会談としてスタート。会談は最初から〝松下糾弾大会〟の様相を呈し、二日目を終え、三日目を迎えても議論は依然平行線をたどり、激しいやり取りが続きました。昼近くになって、松下が応対した時間は計十時間以上に及びました。そんななかで松下は、互いのこれまでの主張を静かにふり返り、〝責任の大半が松下電器にあるのではないか〟と思いいたります。そして、壇上から語りかけるように話し始めました。「これまでお互いに言いたいことを言いました。皆さん方が言われる不平、不満はもっともだと思います。よくよく考えてみますと、結局は松下電器が悪かったのです。ほんとうに申しわけありません。今日、こうして松下電器があるのは、ほんとうに皆さんのお蔭です。私どもはひと言も文句を言える義理ではないのです。これからは心を入れ換えて出直します」  話しているうちに、松下の目には涙が溢れ、言葉が途切れ途切れになりました。会場はいつしか静まり返り、やがてあちこちで嗚咽の声が聞こえてきたのです。  当時のその瞬間の心持ちを、ある講演会の質疑応答で松下はこう述懐しています。    私もちょっと目がしらを熱くしたんです。これはまあそんなことが起こるとは思わなかったけれども、そうなったんです。    そしたらみんなハンカチで涙をふくんです。みんな泣いているんですね。それで、私は、〝人の性というのは善やなあ〟と思った。三日間不足ばっかり言いあってきた。最後になって結論は松下電器が悪いということで、私は、小さい町工場から今日にまでなったということを顧みて、目がしらを熱くしたわけです。それがうつったんですね。「今まで不足言うたけれど、やっぱり

松下だけ責めるわけにいかん。われわれも悪かったんだ」ということで、みんな泣いたんですよ。これは私の五十年の生涯のうちで初めてでしたな。  やむにやまれぬ思いで動いた。あらんかぎりの熱意をもって議論をした。そうして決断をしたのち、松下は積極果敢に動きました。みずから営業本部長を代行し、半年にわたる検討の末、「一地区一販売会社制」や「事業部・販売会社の直取引」、月販会社の商品販売の廃止、現金決済への移行を旨とした「新月販制度」など、新しい制度を考案、実施します。熱海会談後の日本経済は、東京オリンピックによる、いわゆる〝五輪特需〟が去り、さらに金融引き締めも重なって、一挙に不況感が高まりましたが、松下電器はこの販売制度の改革によって危機を切りぬけただけでなく、その後の著しい発展を見ることになったのです。松下の〝カン〟が結果的に効を奏したわけです。もちろんそうした松下の行動だけが、飛躍的発展の要因だったとはいえないかもしれません。しかし、販売会社、販売店を含む全社が一丸となって危機突破に向かっていったのは紛れもない事実でしょう。  会長職にありながら、会社の数字を見、社会状況を見て、不穏なものを感じ取り、熱海会談を開いた。この決断なくしてその後がどうなったか、それを知る由はありません。  社長みずからが先頭に立ち社員を率いてこそ真の「飛躍」がある  好況よし、不況もまたよし――という松下と同じ思いで、昨年末からの危機と対峙してこられた経営者・経営幹部の方々は、今、何を考えておられるのでしょうか。  現在のような危機の時代には、社業に真剣であればあるほど、決断の際に迷いや苦悩が生じ、それを吹き消すために何かに頼りたくなる、愚痴の一つもこぼしたくなる、だがそうした姿を社員に見せるわけにはいかない、そんな状況なのではないかと思います。「経営者は孤独な存在である」とよく言われますが、常に決断を迫られ、それを回避すれば社業が回らなくなる。最高責任者である以上、当然といえば当然のこととはいえ、それにしてもほんとうに過酷な職業です。国家全体、業界全体が高度の経済成長期にあるのなら、その決断も少々の延滞が許されるのかもしれませんが、現実として今の日本経済はそうではありません。  危機の突破口を見いだし、みずからがその突破の先頭に立ち、社員を率いる。そして、「飛躍」を期す。そんな孤独で厳しい闘いの日々において、何を指針としていけばよいのか。  そうした思いに参考になるものを、本書において提供したいと弊社では考えました。したがって、本書では、主に企業経営者の方々の真摯な質問に対して、松下が直接お答えしたもの、また経営者向けの講演録などの発言の中から厳選し、その要点をまとめて編集構成を行いました。  本書が、厳しい闘いが続くなかで道を切りひらかれんとする多くの経営者・経営幹部の方々にとって、励ましの書となることを切に願います。さらに、次代のリーダーたち、いわばこれから「社長になる人」たちにとって資するところがあれば、たいへん幸甚に存じます。  二〇〇九年八月 PHP総合研究所  経営理念研究本部  取締役本部長  佐藤悌二郎  

目次序にかえて  熱意の章       1  最高の熱意はあるか       2  士気を鼓舞しているか       3  社員を動かす「方法」などない       4  不景気のときのほうが面白い       5  道は無限にある       6  社員と対話する方法       7  奇跡は起こる  覚悟の章       8  みずからを叱り続けているか       9  原点に戻って考える       10  責任をとる覚悟       11  商売をする人の使命感       12  はたを困らせない       13  死ぬときは死ぬ覚悟はあるか       14  みずからの運命を知る  信念の章       15  社員の働きを殺していないか       16  「儲け」は社会からの事業依頼       17  経営理念があってこそ       18  目標を与え続けているか       19  悩みもまた結構なもの       20  正しい者が最後は勝つ       21  お金を借りる方法  素直の章       22  決断を下す方法       23  素直な心で見分ける       24  世論とどう対峙するか       25  経験によるカンを磨く       26  知識と知恵は違う       27  坦々とした道を歩く       28  永遠であるものはない  信頼の章       29  人間は尊いものである       30  叱るという苦労       31  人の長所を見る       32  〝見えざる契約〟に忠実でいるか       33  報酬と地位       34  顧客の大切さを肌で感じる       35  相手に損をさせない

 飛躍の章       36  苦難が楽しみとなる       37  心配がいやなら社長を辞めろ       38  人の値うちというもの       39  税金に頭を使わない       40  発意と反省の繰り返し       41  「オヤジ」でありたい       42  心根は伝わる

 熱意の章

1最高の熱意はあるか絶対に必要なのは熱意である。社員が百人いて皆が熱心だとしても、社長は熱意にかけては最高でなければならない。 ――親父の後を継ぐことになりました。しかしまだ若いため経験も乏しく、うまくやっていけるかどうか心配です。経験不足というハンデを背負うなか、経営者として成功するためには、どのようなことを心がけていけばよいでしょうか。松下  そうむずかしい問題やないと思いますな。ぼくはもうあと八十年生きて天寿を全うし、もっと儲けようと思って今一所懸命やってますねん。若い人はぼく以上にそういう意欲を強くもって、希望を膨らまして、成功を信じて仕事に取り組んでいくことですな。  小利口に儲けることを考えたらあきません。世の中にぼろいことはないから、結局流した汗水の量に比例して成功するわけですわ。汗もかかずして、成功するということもたまにはありますけど、それはきわめて僥倖な人で、普通はない。  だからいちばん熱心にやる。そうすると部下が熱心にやっている社長の姿を見て、なんとかわれわれもやってあげないといかんというて、期せずして皆がよく働くようになる。若い経営者はそれで成功すると思います。  だから成功を信じて、自分が先頭に立って率先垂範してやる。考え方ややり方はいろいろありましょうけれど、原則としては、働かざる者は成功しないでしょう。知恵を働かすか、体を働かすか、何か働かさないといかん。その働く量に応じて成功するということやと思います。きわめて簡単やと思いますな。  そして窮状に陥っても悲観しないことです。(戦争で)自分は財産が一瞬にしてなくなったことがありました。しかも莫大な個人負債ができたんです。しかしこれでも死んでいる人よりましや、弾に当たって死んだ人もたくさんあることを思えば、ありがたいことや、そう思ったら悲観することはない。それで歓喜をもってこの困難に取り組んでいこうと考えてやってきたと思うんですよ。  普通は首でも吊ってしまわなければならないほどの困難な状態ですわ。けれども首も吊らなかったということは、もっと不幸な人のあることを知って、ぼくは恵まれている、こんなに恵まれている自分は幸せや、こういうことを考えたと思うんです。それで悲観せずに働いたことがやはり成功したんやと思いますな。  だから働かずに経済学を習い、学問してうまく経営をやってやろうということも悪くないけども、それだけでなく、もっと手近にやるべきことがあると思いますな。若い青年の人は希望に溢れて、成功してやろうと思ってやっているのやから、それはそれでいいと思います。それをムダなくやりなさい。ムダなことはやっちゃいけません。いくら熱心でもムダなことやったらいけませんで。  それがムダかどうかはあなた自身で考えなさい。これはムダなことかどうか、一つひとつ検討しなさい。必ずムダなことをやっているにちがいない。一度ですむ電話を三度もかけているようなことではいけませんな。一度ですむ電話のかけ方を研究しなさい。  そして熱意がなければいかんと思います。熱意があれば、たとえ黙っていても説得できる。滔々としゃべる必要はない。熱意が込められていれば、無言でもものが売れると私は思うんですよ。絶対に必要なのは熱意や。まず経営者であれば、社員が百人いて皆が熱心だとしても、社長は熱意にかけては最高やないといかん。  知恵や知識がすぐれた人はいる。けれどもこの商売をやっていこう、この店を経営していこうという経営に対する熱意というものは、だれよりもいちばん強くなければいかん。経営者が熱意に欠けたならば、社員はみな動かないということをぼくは何べんも言うてきたんですよ。  したがって自分は、知識は最近、だんだんとなくなってきたけれども、この松下電器を経営していこうという熱意だけは、何万という人がいても、いちばん最高のものをもっていないといかんと考えています。もしこれに欠けたら、自分はもう松下電器を辞めないといかん。熱意のない者が最高の地位にいたらあかん、ということを思っています。  口がうまく、知識もある。しかし真の熱意が欠けているという人はめったに成功しないですよ。私はそう思いますな。〔一九七八〕

2士気を鼓舞しているか希望をもち、希望をもたせる。絶えずみずからの勇気を鼓舞し、社員の士気を鼓舞して「何か」を与え続ける。どんな苦境にあっても、それができるだけの経営者でありたい。 ――不況で仕事がなく、社員のあいだに沈滞ムードが広がっています。そのようななか、社員に働きがいを与えるにはどうすればよいでしょうか。松下  仕事がないというのは、どうにもできんやないですか。経営を預かる者は、仕事がたとえなくても、社内を沈滞させないように考えなくてはいかん。それができるかどうかが、経営者としての分かれ道でしょう。  仕事がないなら、あした一日休め、しかしただ休んではいかん、一日分相撲を取れ。(笑)相撲を取って力を鍛えよ、勇気を鍛えよ。仕事をやっても売れんからというて、きみらの腕を落としてはいかん。腕を磨くためには、外で鉄でも拾ってきて、ヤスリをかけよ。  何かそういう積極性のあることを言わないといかんのです。経営者というものはどんな場合でも、経営意欲を失ったらあかんわけです。希望をもち、希望をもたせてやらなければいかん。経営者は、こういうときは先頭に立って、みずからの勇気を鼓舞し、従業員の士気を鼓舞して、何かを与えるんです。仕事がなければ、仕事以外のものを与える、後日プラスになるものを与える。  それでも、なんにもないというなら、掃除でもしろ。掃除にはぞうきんが要るが、ぞうきんが減るというのだったら、足でやれ。足は減らん。それは冗談やけど、それくらいのことを言い、与えるだけの勇気をもつ経営者が、これからのほんとうの経営者なんです。ともにシュンとして、困ったなと言っておったら、悪くなる一方です。  そこで、どうしても人員整理をやらなければならなくなったら、その利害を説いて、「会社はこのとおり金はない。今まで、十億円なら十億円儲かっていたんだが、今は一円も儲けていない。会社も、十億円犠牲になっておるから、きみらもだれか犠牲にならないといかん。一カ月交代でもいい、一年交代でもいい、お互いに休んでくれ。しかし、会社はこれ以上、金を出すことはできん。これ以上出すと、会社はつぶれる。会社はだれのものでもない、諸君のものだ。だから、働いた者が一割ずつでも出して助けあえ。会社がつぶれたら帰ってくるところもなくなるぞ」それくらいのことを言える経営者でないといかんのです。〔一九七七〕

3社員を動かす「方法」などない社長が動かなければ、社員は動かない。社員を動かす「特別な方法」などない。自分が動く。それを見て社員が動く。そういうなかで良好な人間関係も築かれていく。 ――従業員の勤労意欲をいかにして盛り上げればよいのかで頭を痛めております。何かそのためのよい方法があればお教えいただきたいのですが……。松下  昔の日本に「頭回らなければ尾も回らん」という言葉があるんですよ。だから百人の人を緊張させて、大いに成果をあげようと思えば、あなたの活動をはたの人が見て〝気の毒な〟というようにならんといかんでしょうな。  うちの社長はもう一所懸命にやっている、〝もう気の毒や〟という感じが社員のあいだに起これば、全部が一致団結して働くでしょう。けど、そうでないかぎりは、あなたの活動の程度にみな働くでしょう。(笑)私はそう思いますね。人間というのはそんなものです。  だから決してぼろいことはないわけですね。自分はタバコくわえて遊んでいて、「働け」と言うたって、そら働きよらんですよ。(笑)私はそう考えてやってきました。  それともう一つは、あなた自身が働きがいを覚えることが大事ですね。自分が雇っている人がほんとうによくやってくれる、もったいないほどよくやってくれる、自分もうっかりしてられんわい、というような気分があなたに起こるということも、それとまた相対した一つの姿でしょうな。そういうことによって人間関係ができていく。その人間関係によって、いまあなたが希望されるようなことが達成されるのではないかと思いますね。  そのための一つの方法として、あなたが意見を求めるということをしきりにやらないといかんですね。面倒やけどいっぺんあの男の意見も聞いてみようと。「こういう問題、きみどう思うか」と、立ち話でもいいと思うんです。  つまり、皆に相談して、皆がそれに関心をもってやるという方法がいいのではないかと思いますね。百人ぐらいであれば私はそれができると思うんです。  たくさんになるとちょっとむずかしいですが、それをやるのに百人ぐらいがいちばん使いごろやないですか。そういうようにまあ感じますがね。特に方法というのはないと思います。あなた次第だと思いますね。〔一九六二〕

4不景気のときのほうが面白い危機から逃げないで立ち向かう。そしてくぐり抜ける。そうするとすべてが正常に戻る。一歩ずつしっかりと正しく歩むことで、道はおのずとついてくる。 ――〝ヒト・モノ・カネ〟すべてに劣る中小企業。きょうを維持するのにせいいっぱいだったところに不況による競争の激化で、われわれの経営はどうしようもないところにまで追いつめられています。このようななか、われわれ中小企業はこれからどのように戦っていけばよいのでしょうか。松下  何をもって不利と感ずるかですわな。元手の足りないことを嘆いておられるのか、店の大小、場所の良否に不足を言われているのか。どんな商売でも条件が一〇〇パーセント満たされて進められるということは、まずありえませんわな。不足を探したらどこにでもあり、きりがありませんでしょうな。  しかも、そうした表に出てくる不足などは、実は商売の足を引っ張るような大きな問題やない。「店の大小よりは場所の良否、場所の良否よりも品のいかん」やし、「資金の少なきを憂うるのでなく、信用の足らざるを憂うべし」ということですわ。  それよりも、「自分の行う販売がなければ社会は運転しない」という自信をもつことであり、「それだけの大きな責任を感ぜよ」ということが、しっかりした商売ができるかどうかの基本になりますな。景気がいいとか悪いとか、競争が激しくなったとか、あまり一つひとつの条件にふり回されてはいかんです。  ぼくの考えでは、どんなに不景気のときにでも進出していく道はありますよ。むしろ不景気のときのほうが面白いとさえいえる。気を引き締めて真剣になるから、道もみつかるんですな。  だからその意味では、十年も順調に伸びている会社があるとしたら、そのほうが危険ですよ。十年うまくいったら、その会社は必ずどこかゆるんでいますわ。それでもゆるんでないところもありますよ。それはよほど指導者が油断をせずに、勝って兜の緒を締めさせているところですわ。しかしながら、そんなところは十社に一社ぐらいでしょうな。あとの九社は社長はじめ皆の心がゆるんでいますよ。  どんな人でも毎日うまいものを食べているとありがたみが分かりまへんわな。それと一緒で、うまくいっていると安易になるんですな。人間の弱いところですわ。それに気づく人は少ない。  なんとなく心がゆるんでしまい、そこにパッと不景気が来てガタンとなるわけです。だから三年に一ぺんぐらいちょっとした不景気が来る、十年に一ぺんぐらいポンと大きな不景気が来るということは、かえって身のためだと思いますな。会社のためですよ。  ほんとうは〝好況のときにどうしていたか〟が不況になって生きてくるんだけれど、なかなかそうはいきませんから。やっぱり人間というものはどんなに賢い人でも、事にあたって多少つまずかんと身に入りませんわ。  今ちょうどそういった時局ですから、逃げないでこれに立ち向かう。かりに自分のところはどうということなくても、友人とか親戚とか、そんな人で行きづまる人があると、身にしみるわけですな。今がいちばん勉強するのにもってこいですよ。こういうときには、勉強もよけい身が入る。  ここをくぐり抜けないといけません。そしてここからすべてが正常になりますよ。心配ないですよ。日本人は賢いから、すぐに気がつきますわ。「無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ」「店先をにぎやかにせよ。元気よく立ち働け。活気ある店に客は集まる」といった具合ですわ。商売の本道をふまえて、力強くがんばる、オロオロしない。一つひとつをキチンキチンと正しくやれば、おのずと道がついてくるんです。〔一九七六〕

5道は無限にあるうまくいくと満足してしまい、新しいことを求める熱意に欠けてしまうのが人間である。だからこそ、今が最善と満足せずに、まだまだほかに道があると考える。そう考えるならば、道は無限にある。松下  経営にあたりましても、いろいろな問題もそうでありますが、結局隠された問題といいますか、きょうは分からないが、あすは新しいものを発見するということが無限に私は蔵されておると思うんです。二、三日前の新聞の報道によっても分かるように、宇宙の旅行と申しますか、衛星船から外へ出て、そしてしばらくのあいだ船とともに飛んでおったというようなソビエトの報道がありましたが、ああいうようなことは夢にも考えられないことだった。夢にも考えられないことが現に実現しつつあるわけなんです。  われわれの身辺に、きょうはこれが最善と思っておったことでも、考え方によれば、これはまだ最善でないんだと、まだほかに道があるかもしれないと、こういうふうに考えれば、道は無限にやっぱりある。人類がこの世に存在する以上、日一日と新しいものを発見していくだろうということは、一応考えていいと思うんです。まして経営のうえにおきましては、あるいは製造のうえにおきましては、いろいろ私はそうだと思う。それはなぜかという一つの疑問といいますか質問といいますか、そういうものをみずからもてば、それは発見されていくと。  しかし、〝これはこんなものだろう、これでいいだろう〟ということで、みずから限界をつくってしまえば、一歩も進歩することができないだろうと。進歩は無限であるというふうに考えてそれと取り組んでいけば、際限なく私は進歩していくと思うんです。  皆さんもいろいろおやりくださっていると思いますが、今までと同じことをやっておってはいけないということであります。もう世界は非常に進歩が激しいのでありますから、絶えず新しい道、新しいやり方というものを考えて、そこに興味をもっていかないと、少しうまくいきますと、それでいいということになる。新しいことを求める熱意が欠けてくるというようなきらいが人間の一面にありますから、これは無理からんことだと思いますけども、産業とかこういう仕事に携わっておる者は、常に新しいものを呼び起こして、呼び出して、そしてそれに取り組んでいかなければならないという感じがします。〔一九六五〕

6社員と対話する方法時間の許すかぎり、会いに行く。聞きに行く。全員の意見を聞くことはできないが、その心持ちを大事にする。心の耳で聞いて、自然に分かる。そんな社長でいるだろうか。 ――現代のような競争時代、他社に先駆けてビジネスチャンスを得るには、迅速な意思決定がますます求められています。そのためには、経営者はある意味でワンマンにならないといけないと思うのですが、その際に心がけなければならないことは何だとお考えでしょうか。松下  いろいろありますが、やっぱり衆知を集めるということですね。ワンマンでもいろいろあります。しかし、かたちはワンマンであっても、その人がいつも国民なら国民、社員なら社員の心、考えを絶えず吸収していればいいわけです。  私も小さい会社ながら、社長をやってきましたが、決して自分の気ままにはやりませんでした。創業者だし、一見ワンマンのようだけれども、常に社員の衆知を集めて、やってきたわけです。  たとえきょう入った人の言葉でも耳に入るようにしていますから、みんなの心をもっている。つまり、私の場合は、ワンマンにしてワンマンにあらず、というようなことで、これまでやってきたわけですよ。  もちろん、数が多いですから、話しあうということは実際はできませんね。一方的に私が話をするということになります。  しかし、そういう人たちの話を聞かなければならないという心持ちは常にもっているわけです。かたちは一方的に話をしていても、心持ちとしては対話をしているということです。そういう心持ちをもっているだけでいい。きわめて自然にやっているんです。  だから、情報を集めるということにとらわれたらいけません。それでは、かえって情報は入らない。入ったら間違いだと思いますね。やはり、自然に分かるものです。天の声といいますか、地の声といいますか、そういうものをいわば心の耳で聞いて判断するわけです。  そのために、どんな人間とも私は会うんです。時間の許すかぎり、きょう入った人とも会って、常に聞いています。それで判断するんです。自分の独断は独断にあらず、全員の思いも一緒だと、こういう考えをもっているわけです。  自分が偉いからワンマンになるというのではなく、自分は何も知らないから、みんなの声を聞いて決めるということですね。決めるのは自分でも、いろいろな人に意見を聞いて決定するのだ、と。  もちろん、実際に全員の意見を聞くことはできませんが、そういう気持ちでやるわけです。そして、それがやっぱり通じるんですね。だから、経営者はみんなの声を聞いて、初めて一流になれると私は考えています。〔一九七八〕

7奇跡は起こる小便が赤くなるほどの心配をしたことがあるか。それほどに熱心に社業に取り組んでいるか。その真剣さなくして、奇跡は起こらない。松下  こういう話があったんですよ。「松下さん、私はあなたのところと長いこと取引してる。親の代から取引してるんや。一所懸命やってるけども、どうもこのごろうまく儲からんのです。松下電器はうまく儲かってるのに、われわれが儲からんというのは、おかしいやありませんか」と言う。それで私がね、「それはまことに相すまんが、あなたご自身、後を継いでもう二十何年かおやりになっている。そのあいだにただの一回でも、小便が赤くなったことありますか」と尋ねたんですね。「ぼくは、自分では赤くなったことない。だけどぼくが奉公している時分に――ぼくは当時幸吉と呼ばれていました――幸吉、おまえが一人前になるためには、小便が赤くなるくらいにならないとあかんのや、そういうことを二、三べん経てこないことには一人前の商売人になれんぞということを、始終親方から聞いた。それはどういうことかというと、商売で、心配で心配でたまらん、もうあすにでも自殺しようかというようなところまで追い込まれたら、小便が赤くなるという。そういうようなことをしてきて初めて一人前の商売人になるんだと、ぼくは親方から聞いたことをいま思い出した。だから尋ねるんやが、あなた、儲からん儲からんと言うけど、小便赤くなったことあるか」と尋ねたんですよ。「そんなことはありません」と。「そんなことで、あなた、文句言いなさんな。小便が赤くなるほど心配したり、商売に熱心になったりしても、なお儲からんというのやったら文句言いなさい。今は真剣にやっておらんのやないか。それで儲からんと言うても、こっちは知らんということや。だからあなた、そんなこと言うんやったら小便赤くなるまで、いっぺん勉強してください」という意味の話をしたんですよ。  そうしたら、奇跡が起こったんですよ。その人が帰ってから全社員を集めて、「きのうは松下会長から小便赤くなったことはあるかという質問をされたんだ。考えてみると、小便が赤くなるまで心配したことないんだ。これでは絶対いかんと思うから、きょうから商売の方針を変える」と言うて、問屋ですから六時ごろにはみなしまうわけですが、いったんしまってから、二、三人の志ある店員をつれて、百五十軒の得意先を回ったんですよ。  今まで回ったことはないのです。回って、その小売屋さんの陳列の方法を、こうしたらどうですか、ああしたらどうですか、汚いから掃除しましょうというようなことを言うて、ずっと毎日回った。そうしたら、しまいに小売屋さんが、「これはおれの店やから、おれがやるからもうほっといてくれ」と言ったというんですよ。そして半期たったら、商いが倍になったというんです。そして、小売屋さんにも非常に活気が出て、利益があがるようになったんですな。  このあいだその人が、「あのときの話で、私は自分のやってたことを考えてみて、努力してなかったと思った。それで、こういうふうにやったところが、幸いにして商いが倍になって、集金がよくなった。もう非常にこれで安心しました」ということを、報告に来たんです。これはたぶん小売店が同情したというか、感銘したんでしょうね。  私はやっぱり、その店主なりその社長なりがそこまでいけば、商売も増えてくるし、そこから知恵才覚というものも湧いてくるというような感じがしますな。まあ、そういうことがあったんです。〔一九六五〕

 覚悟の章

8みずからを叱り続けているか社長として、会社としての使命感を固める。それには技術が要る。しかし、その技術の前に「芯」が要る。そのみずからの「芯」を太く強くするために、有形無形の修業をどれほど積んでいるだろうか。自問自答を繰り返し、絶えずみずからを叱り続けているだろうか。 ――十人十色というように、組織の中では好みも性格も違う人たちが相寄って仕事をしています。そんな人たちを束ね、力強い指導を行なっていくために、最も大切なものは何であると松下さんはお考えでしょうか。松下  その人、その人の感覚によってそれは違うでしょうが、やはり、その会社の使命感に立つということが大事でしょうな。もちろん社長個人の使命感と会社の使命感とが一致しなければいけない。そういうものがなければ、力強い指導はできないですね。  ぼくでも、最初は飯を食うために働いたにすぎなかった。しかし、一年、二年たつに従って、また、人が十人、二十人集まってくるに従って、だんだん考えざるをえなくなってきた。年じゅう、なんとなしに働いていたのではすまん気がして、これではいかん、一つの理想というか使命というか、そういうものが、ぼく自身ほしくなった。  ぼく自身を鞭撻するためにも、また社員に話をするためにも、そういうものをもたなければ始まりませんものね。だから、必要に迫られて、そういう気分が生まれてきた。その気分がだんだん成長したわけですね。  われわれは産業人ですから、会社の定款にうたってあるような会社の筋道に従って、使命感を固めればいい。しからば、具体的にこれをどう固めるかという問題になるが、それはその人の技術になりますな。しかし、その技術の前に芯が要る。  その芯は太いほどいい、強いほどいいと、こうなりますね。「私はこういう使命をもっているんだ」と言っても、それが口先だけの使命では、どうにもなりませんな。人間というものは、どうでしょうか。人に向かって強いことを言う、「わしはこうなんだ」と強いことを言う人ほど、絶えず心のうちでは煩悶していると私は思いますね。  一休さんみたいに偉い人やったら、裏表なく徹底しているかもしれませんが、そこまでいける人はまずないでしょうな。われわれ凡人はそこまでいけないから、絶えず自問自答して、「しっかりせよ。しっかりしなくてはいけない」と、自分に言って聞かせている。ともすればぐにゃっとなる気持ちを、自分で叱りつけているわけですよ。  社員に、「きみ、こういうことではいかんよ」と立派なことを言っている人でも、本人がそれ以上のものをもっているかというと、さにあらずですわ。人間というのはそういうものだと思います。けれども、そういうことを、常日ごろ自分に言い聞かせていれば、何か事があったときに、パッとはっきりしたものがもてる。  それを終始一貫もち続けるということは、なかなかむずかしいですよ。まあ人生というのは修業ですね。しかし、かたちのある修業もあれば、まったくかたちのない修業もある。いつも頭にはっきりしたものをもっている人は、修業ができているから正道を歩んでいますよ。〔一九六九〕

9原点に戻って考える不況のときこそ原点に戻って静かに考えてみる。熱心に商売をやっていれば、その人なりの答えが出てくるはず。自分の果たすべき役割が見えてくるはず。この機会を逆に生かすくらいの心持ちでいたい。 ――厳しい不況に直面し、何から手をつければよいのかで困っています。今、経営者がなさねばならないことを具体的にお教えください。松下  一番目は、身を慎むということでしょうな。経営者としても会社の運営という面でも。そして、二番目として、静かに世の中を眺めることです。改めて、これから自分は何をすべきなのか、自分の商売はどうあるべきなのか、もとに戻って一度じっと考えてみることですね。  これは他人に教えてもらうことやない。商売を熱心にやっている人なら、静かに考えればその人なりに分かってくるはずです。その意味では、一度自分を突き放して考えてみる必要がありますな。  先が分からん、先が読めなくて不安だと、よく言いますね。けれど、うっかりすると、そういう対応のしかた自体が、世間のざわつきに心を奪われてしまうということでしてね。そして今、経営者にとっていちばん大事な、自分をしっかり握るということができないで、ただ右往左往することになってしまう。これが最も悪いですね。  順調な時代、景気のいい時代というのは、いってみれば大勢と一緒にやっていればいける時代やったということです。それが不況時は、おのおのが自分の商売の意義を考え、自分の商品を見直し、自分の立場はどうあるべきかといったふうに、おのおのがもっている自分の役割というものをはっきりつかまねばならん。そうでないとやっていけないことになってくる。  自分なりの錦の御旗をもたないといかんというわけですね。その人なりの使命感といいますか、それをつかまえたら強いものですよ。それがないと、これからの時代を乗り切ることは非常にむずかしいですね。  心ある経営者は、今のような不景気、混乱の時期を迎えて内心ニンマリしていますよ。〝ああ、いい機会やな。これで従業員の教育もできるし、経営者としての勉強もできる〟といった具合でね。  もちろん、一面でやりにくいということは事実ですけれど、逆にこの機会を生かしてやるという考え方ですわ。戦いでも一服して戦線を整えるということがありますでしょう。今はやむをえず一服するかたちだけれど、反省する機会ですわ。そう考えて、甘んじて受けるということです。悪い、困ったとばかり言う前に、じっと静かにすべてを考え直してみることです。〔一九七六〕

10責任をとる覚悟責任をとる。戦国時代の武将は、自分の命を捨てて部下の命を救うのが当然であった。今の時代なら、みずからの「職」をかけて事に臨む。そうでなければ指導者の資格はない。 ――今春、経営トップに就任する予定です。そこでぜひ、指導者が備えておくべき要件についてお教えいただきたいのですが……。松下  ひと言でいって、指導者とは責任をとるということですな。責任をとれない人は、指導者たる資格はない。昔は、指導者の心得というのは、みんなのために死ぬということでしたわな。高松城水攻めの話はそのいい例です。  秀吉の毛利攻めで、水攻めにされた高松城は、食糧もだんだん尽きはてていき、城兵はただ死を待つのみとなった。  そのとき、城の守りの大将、清水宗治は、「わしの首と引き換えに、城兵を助けてくれ」と秀吉に申し出たんやな。秀吉は宗治の態度に感服し、〝待ってました〟とばかりそれを聞き入れた。  宗治は、みずから船をこぎ出して、船の上で従容として切腹したでしょう。それを見守っていた敵、味方の将兵はみんな拍手をした。自分の命を捨てて、部下の命を救うというのが、戦国の武将の心がまえやったんですな。この宗治の精神が、指導者の精神だと思うな。「一将功なりて万骨枯る」というが、「一将死して万卒生きる」というのも一面の真理です。  一国の首相であれば国民のため、会社の社長なら社員のため、部長や課長なら部下のために、大事に際しては自分の命を捨てるんだ、という心意気をもたないとあかん。今はそういう指導者が出なければいかんですよ。  命をかけるといえば多少ウソになるというなら、命をかけんでも職をかける、指導者は当然、それをやらないといかん。その気がまえで臨めば、そのことに誤りがなければ成功しますよ。〔一九七六〕

11商売をする人の使命感商売は聖なる仕事である。きわめて格調の高い仕事である。そういう仕事をしているのだという、自覚と意志をもつこと。そして商売をさせてもらえることに対して感謝する。卑屈になる必要など何もない。 ――儲けなければ続けられない。しかし儲けようと思えば理不尽なお客様に対しても頭を下げなければならない。息子には得意先を接客している自分の姿を見られたくないと思うことさえあります。終始一貫、プライドをもって商売を続けてこられた松下さんに、ぜひとも商売の意義をお教えいただきたいのですが……。松下  ぼくが思うには、ここに品物があるとすると、あっちのない人に送りたい、使わせたい気持ちになる。しかし、自分がいちいち運んでいって「これ使ったらどうですか」と言うことは事実上できない。  この国の品物を隣の国に持っていってあげたら、隣の国はないから喜ぶだろうと思っても、持っていく人がいない。自分が持っていくのは、手数が要ってしかたがない。その運ぶ役割をするのが商人ですね。  だから、こちらの余っているものを、あちらの足らんところへ動かして、バランスをとるという仕事が商人の基本的原則でしょう。それが商人の使命で、それがあるために商売が成り立つわけですわ。  しかしタダで運ぶわけにはいかん、それで飯を食わなならんから。そのためには、適当な手数料をもらう。これが商売の原点でしょう。  その原則に忠実かどうかということですね。自分が儲けるために商売するんやないわけです。品物がある、その品物がほしい、そういうように社会的に必要があるために、商売ができるわけです。そういう使命感というものをはっきり、その人たちがつかんでいないと商売にならんと思います。  ぼくは、誠実にものを売って、儲けさせてもらうというのは第二のことで、第一は、より必要なものを運ぶことだと思う。これは神の仕事ですわ。神さんがやる仕事や。  それほど聖なる仕事ですわ。その聖なる仕事を、聖なる仕事と思っていない、みんな。政府も思っていないし、会社も思っていない。社長も、商売人も思っていない。そういうことをはっきり理解していないから、商売といえば、なにか次元の低いものだと考える。そして卑屈になる。そうやないんです。  一般に、国家社会を論じていると、なんとなく格調の高いものだと思う。ところが、商売の話をしたり、儲けの話をすると、一段下みたいに思ってしまうが、これはたいへんな間違いです。商売や儲けを論ずるということは、国家社会を論ずるのと同じことなんです。  こっちはなくて困る、あっちは余って腐らす、それを助けて仲立ちするのが商売、聖なる仕事ですよ。きわめて格調の高い仕事です。  そういう聖なる仕事をさせてもらうんやから、当然感謝の念が起こってこないといかん。聖なる仕事をしているんだという自覚と意志、そしてさせてもらえることに対する感謝、この二つをはっきりともっていないといかん。  そうするとまた逆に、商売とはどういう仕事か分かってきましょう。次元が低いと思ったり、卑屈になったりしないわけです。ぼくは、そういう考えでやってきました。〔一九七六〕

12はたを困らせない自分が経営者として適格かどうか、商売人としてどうか、いつも自問自答をする必要がある。そして、儲けることができない、いわば不適格者になったときこそが退くときである。 ――懸命に努力しているのですが、なかなか成果に結びついてこないのが実情です。そこで単刀直入に伺います。どうすれば儲かるのでしょうか。松下  これはもう非常に肝要な質問ですな。何だかんだと言っても結論はここに落ちつかないとウソですな。(笑)しかし、金儲けの道は非常にむずかしいようだけれども、私はまた一面に非常に簡単やと思うんです。  それは儲けることですね。損しないことですよ。そんなこと分かってるやないかと、(笑)おっしゃいますけれど、実際は儲けようとして損をしている方が非常に多いのです。ああいうやり方をしたら損するよりほかしかたないと思うことを、一所懸命儲けようと思ってやっているということです。  だから静かに考えて、ほんとうに儲かるか儲からないかということをお考えになって、そしてこういうことが儲かるとなれば、それを強く堅持していくことではないかという感じがいたします。  これは非常にいいご質問でありますけども、妙味ある答えというものはむずかしいんです。これは皆さんみずから解答をみつけるよりしかたがないと思いますが、私はやはり適正利潤というものは商売人の義務であると考えています。  つまり商売人が適正利潤をもらうのは国家に対する義務の遂行であるということを最近言っているんです。だから、少々大きな工場であれば、天下の土地を使い、天下の人を使い、天下の金を使ってそして利益を生み出さないということは、世間に申しわけないことだと言っています。どうすれば利益があがるかということを真剣に考えれば、道ができてくるんやないかという話をしているんです。  皆さんは小規模でやっておられますから、あるいはそういうことをお考えにならない場合が多いかもしれませんが、小規模でも大規模でも義務は一緒やと思うんです。  こういうことを申しあげると、はなはだ無礼になりますけれども、皆さんが儲けられないということは儲けることに不適格者であると。(笑)そりゃできませんわな、不適格者では。歌うたいの適格者は歌を歌わないといけないのであって、商売人はやはり儲けることの適格者やないといけないですね。不適格者が商売をすれば失敗します。  だから、自分が商売の適格者であるかどうかということをみずから検討する必要があると私はいつも思っています。まだ私は松下電器の経営をしていますが、松下電器の経営者として適格者であるかどうかをいつも自問自答しているんです。  まだ適格者であると思っているあいだは、私は会長を続けます。しかし、不適格者になったな、もうその才能が乏しくなったなと思ったら、ただちに退陣しようと思っているんです。それが、私は尊い義務の遂行だと思うんですね。より出処進退を明らかにし、退くべきときに退くということです。  自分が適性を失ったら、その場から退くということが大事です。こういうことを言うと、けしからんとおっしゃるかもしれませんが、商売人の適格性のない人が商売をすれば失敗しますよ。それは自分が困るのではなく、はたが困りますわ。  皆さんは、自分は商売人としての適格者であるかどうかを常にお考えになっているかどうか。儲からないと言う前に、自分は適格者かどうかをお考えになることが大切です。そうして適格者であれば儲かるはずだということです。それでひとつご勘弁願いたいと思います。〔一九六四〕

13死ぬときは死ぬ覚悟はあるか本能のままにものを考えるのではなく、本能と違ったものの見方を見いだしたのが、武士道という精神文化である。「死ぬときに死ぬ」という覚悟を常に持していたい。 ――辞めてほしい辞めてほしいって言われて総理大臣が辞めるときは、しんどいでしょうね。松下  あれはしんどいでしょうな。 ――辞めろ辞めろってデモかけられてるのに、いまだに辞めんとね。やっぱり引き際っていうのは考えないといかんな。ぼくも考えよ。(笑)松下  結局、人間は死ぬときは死なんといかんということや。死ぬというとおかしい言葉やけれどね。ぼくは死ぬときに死ぬということが、いちばん大事やと思うな。死ぬということは、辞職にも通ずることやし、いろんなことに通じますわ。その覚悟が常にできている人やないといかんと思うな。昔はそれを教えたんやからね。 ――葉隠れ武士道精神みたいなことを言いはりますな。松下  いや昔はそれが武士の心得として大事やったんやもん。今の頭でいうと、そんなことはとらわれたことやとか、いろいろと問題もあるけれどね。しかしそれがなかなか得がたいことや。できないことをやろうということを彼らは考えたわけやな。ぼくはやっぱりそれは一つの精神文化やと思うな。本能のままにものを考えるんやなくしてね、本能と違ったものの見方を見いだすということは、ぼくは精神文化やと考えているんです。それさえ考えておったらたいしたもんでっせ、人間は。死ぬときは死のうというわけですな。 ――武士道精神に通じますな。サムライとは死ぬことと覚えたり。松下  そやそや。あれはほんとうやで、きみ。そういうようなことで、まあいけたわけですな。〔一九六一〕

14みずからの運命を知る自分というものの特質を知る。天から与えられた「運命」を知る。虚心坦懐に、自分というものをじっと見つめてみなければ、それは分からない。松下  やっぱり人間は、ある程度のものが天から与えられている。この人にはこういうものを与えよう、この人にはこう、ということが決まっている。それはいいかえると、一つの運命というてもいいわけです。それぞれもっている運命は違うんやから、運命以外のことをやろうとしてもあかんのや、早くいえばね。その運命を知るかどうかということが問題ですわ。これがむずかしい。(笑)これはやはり虚心坦懐に、自分というものをじっと見てみなければ分からないですよね。いろいろな欲望があるとなかなか分からないです。  後藤新平という人がありますな。あの人は東京の市長もやったし、しまいには国務大臣になった。あの人はお医者さんですわな。それで衛生局長なんかやっておったんですね。四十歳前後になって初めて、自分は政治家として適性があると、ようやく悟ったというんですね。それで政治家として立とうとなって、やったわけです。  後藤新平というのは相当偉い人です。それでも四十歳になってようやく自分というものの特質というか、運命というか、長所を知ったわけですわな。それほどむずかしいものだということですね。けれども、それを知るということはやっぱり大事ですな。  だから、私は知っているというわけやないけど、どうも自分は電器屋の範囲を出ていないと思うから、電器屋をやっとるんや。(笑)〔一九六二〕

 信念の章

15社員の働きを殺していないか商売は真剣勝負である。その勝負のときに、社員が汗水流して働いてくれている姿が見える人、その成果を無にできないと思える人は、強い。松下  ぼくは今まで、もう会社が小さいときから、ちっとも変わっていないんです、ぼくの考え方は。最近は、こっちで定価をつけますわな。そしてお得意先に「この値段で売りますから」と言うても、値切る人は一人もないですよ。素人の方は値切るかわからんけどね、問屋さんとか小売屋さんは値切らないですよ。だから非常に責任が重いんです。  値切ってくれるのであればね、高くつけたって安心です。値切ってくれるから適当に値段が成り立ちますわな。値切ってくれないようになると、高ければ買わんということです。買うか買わんかという境目で値をつけるのやから、これは非常にむずかしいです。それが今、私が自分で感じることですわ。  しかし小さいあいだはね、こっちが値をつけても、「何を言うとる、そんなもの売れるか、相場はこうやで」と、こうなりますな。したがって、小さいあいだは自分で値をつけられません。そうすると、むこうにつけてもらわないとしょうがない。まあ買う人は安くつけますわね。「松下さんこれ高いな、よそはもっと安いで」と、こう言う場合があります。そのときにぼくはね、「しょうがおまへんなあ」と言うて、まけなかったんです。  そのとき、ぼくの目に浮かんだのは従業員の姿ですわ。原価が一円のものを一円十五銭と言うて、高いとおっしゃる。すると自分の働きが悪いのかということですね。自分の働きが悪ければ、これはしかたない。しかし顧みて、自分の働きは悪くない。一所懸命働いている。よそよりコストが高くついているはずがない。またそのとき、十人なら十人の者が朝の七時から晩の七時まで一所懸命働いて、汗水流しているのをこの目で見ていますわな。  ぼくは、その人たちの成果というものを、無にすることはできないと思ったんです。だから「高いからまけろ」と言われても、「私のほうは一所懸命に働いております。それでそんなに下手なつくり方もしていない。あなたが高いとおっしゃれば、これはもうやむをえない。まかりませんから、どうぞよそをお買いください」とこうです。「そうか、そう言うならしょうがない、買ってやる」と、こうなるわけです。  そのときにぼくが、それはしょうがないなあ、よそが安うするのやったら、うちも安うしないとしょうがないなあと思ったら、あきまへんのや。ぼくはそのときに、一所懸命働いておったかどうかということを自分で考えた。また従業員の十人なら十人が、汗水たらして働いているその成果を、自分の意思によって無にすることができない。そう考えると、非常に強いものが出てくるわけです。そうすると通るんですな。  むこうは駆け引きしているわけです。一円二十銭のものを一円十五銭にまけろと言うているわけですね。こっちは初めから十五銭と言うている。こっちは値段ちっともまけない。けれど、結局はぼくのほうが安くなっとるのやね。だから、だんだん信用がついてきて、しまいにはちっとも値切らない。こっちが言ったら、「よろしい」というようなもんです。勝負が速いです。それなら儲かりますわ。そういうことですね。  何ごとにもやっぱり自分で正しいと思うことには強い。自分に誤ったところがあれば弱くなりますわ。それといま言うたように、従業員が一所懸命にやっているのに、自分が簡単に当を得ない値段をつけることは、その十人の人の働きを殺すことになります。これは自分として許されないことやと私、思うんですね。常に頭に従業員のことがあるんです。だから、強みが出てくるんですね。  ぼく個人は実際いうと弱い男ですよ、ほんとうは。けれどぼくは、そういう強いものをつかむわけですわ。この十人の成果を無にしてはいけないということがぐっと出てくるから、強くなるわけです。〔一九六七〕

16「儲け」は社会からの事業依頼儲けた金は、社会からの事業依頼の金である。そう考えることで新たな事業への考え方も力強いものになる。 ――松下さんは、たとえ私企業といえども会社の財産は〝公〟のものと考えるべきだと主張されていますが、いつからそのように考えるようになられたのでしょうか。松下  商売を始めた当時は、自分自身の生活というものが非常に心配でしたが、二、三年もすると、今度は商売とはどういうものかを、ひょっと考えてみたんです。  結局社会と関連して、相互の生活を向上させることに一つの使命がある。そう考えてみると、商売であがった利益は、法律上は個人のものであるけれども、しかし実質的には社会の共有財産である。したがってその一部は自分の良識で使うことが許されるけれども、大部分は社会から預かった金である。その事業をもっとたくさんするために、という意味で預かった金だ、と解釈したんです。  したがって、私は三、四十人しか使っていないときから、個人の生活と店の経理を別にしてきました。それは法人であればむろん当然ですが、個人商店の場合は、昔のことですから店の金も自分の生活費も一緒やった。  けれども私はそれをやらなかったんです。そして毎月決算をすることにした。その考えがだんだん強くなって、個人の財産も本質的には全部社会の共有のものである。したがって自分の財産は、みだりに使うことは許されない。むしろ財産があることは、それでさらに事業をしなければならんと考えるにいたったんです。  その意味で、儲けた金は、社会からの事業依頼の金であると解釈する考えをもちました。そうなってくると、事業に対しても、公共性をもっているというはりあいで、仕事に精神的な面で非常に強みができてくる。自分が儲けるためにだけでは弱いんです。また、経営上の信念も非常に強くなってくるんです。  だから工場とか施設を建てるのには非常に大胆でした。自分個人の金を損せんか、損せんかという心配はない。利益は、当然また使うために社会から投資されているんだということです。  実際、いくら金を儲けても個人であの世までもっていけない。いつかはだれかに、または国に還元しなければならない。結局そう考えていいわけです。一部は報酬として自分が使うことを許されるが、大部分は勝手に使うことは許されないのです。〔一九六一〕

17経営理念があってこそ決断力があるか。先見性があるか。実行力があるか。徳はあるか。どれもがある程度は必要である。しかしいちばん大切なのは、確固たる経営理念をもっているかどうかということ、これに尽きる。 ――経営トップに就いて数年が過ぎました。しかしいまだに自分は経営者としての資質に欠けているのではと思うことがあります。経営者がもつべき資質や条件はたくさんあろうかと思いますが、松下さんが特に大切だとお考えになるものは何でしょうか。松下  経営者として必要な資質・条件はいろいろ考えられますね。たとえば統率力、決断力、実行力、あるいは先見性、さらには徳というような人格的なものなど。  経営者である以上、完全無欠はもちろん望めないにしても、そういう要件はある程度ずつはもっていなくてはならないと思うんです。先見性はあるけれど、決断力に乏しいというようなことでは経営者としては失格ですから。  しかし、何がいちばん大切かということになると、私は経営理念やないかと思うんですな。企業は存在することが社会にとって有益なのかどうかを世間大衆から問われていますが、それに答えるものが経営理念です。つまり、経営者はほかから問われると問われざるとにかかわらず、この会社は何のために存在しているのか、そしてこの会社をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのかという企業の基本のあり方について、みずからに問い、みずから答えるものをもたなくてはならない。いいかえれば、確固たる経営理念をもたなくてはならないということです。  さきに経営者として必要な条件をいくつかあげましたが、結局そうしたものも、正しい経営理念があってこそほんとうに生きてくるのではないでしょうか。たとえば決断力です。最高経営者にとって、次々と起こってくる問題に適切な決断を下していくことは不可欠の重要事です。経営者が決断しなくては物事が進まないし、誤った決断をすれば会社そのものを危うくすることもあります。けれども、経営者として最後の決断を下すのは実に孤独な仕事ですね。  それほどの孤独感を味わいながら決断を下していく根拠は何かということですね。もちろん、損得といいますか、いわゆるソロバン勘定はするでしょう。しかし、日常の小さな決断はそれでもいいけれど、最高戦略はそれだけではいけない。やはり何が正しいかということに立脚することが大切ですし、その根底をなすものは正しい経営理念ですね。常にそれに照らして判断を下すということです。  これは頭で考えたものでは本物にはなりませんね。やはり、その人の人生観なり、人間観、世界観といった奥深いところに根ざしたものであることが大切です。つまり、その人の人間そのものから生まれてきたといいますか、いわば血肉と化しているというほどでなくてはいけません。どんな立派な内容でも、単に言葉のうえでのお題目にすぎない経営理念では、生きた経営力には結びつかないと思いますな。〔一九八〇〕

18目標を与え続けているか水はよどんだら腐る。水と同じく、経営も流れていなければならない。決して老化させてはならない。ゆえに経営者たるものは、日に新た、常に会社と社員が進化するよう、目標を与えなければいけない。 ――苦しかった時代には寝る間も惜しんで働いてくれた従業員たちも、最近は現状に甘んじてしまい、覇気が感じられなくなりました。組織が老化しつつあるのではないかと思うのですが、それを防ぐために、経営者としてどんな手を打てばよいでしょうか。松下  私のほうが逆に聞きたいくらいですわ。それほど老化を防いでいくのはむずかしい問題やと思います。ともすれば老化する、ともすればきょうに安んずる。これは人間の常でしょうな。ですから、部分的に老化していくのを防ぐというのは、非常にむずかしいですね。国といわず企業といわず、絶えずそういう老化現象が起こっているわけです。全体としてはうまくいっているとしても、個々については老化現象が起こっているといえましょう。それを防いで全体をしてさらに進化せしめるという仕事は、非常にむずかしい。  しかしお答えしないというわけにはいかんから、一応、私の見解をお話ししますと、老化しないようにやるためには、やはり経営者が、そのことを絶えず心がけていないといかんということでしょうな。そして常にそれを訴えていく努力を怠ってはならんということでしょう。そういうことを怠っている会社は老化する。そういうことを怠らず、経営者が常に、老化しないためにはこうあるべきだということを訴えていく。あるいはそういうことを具体的にいわなくても、希望を与えるようなことを発表していく。そうすれば老化現象というものは、比較的少なくてすむんやないかと思います。つまり、経営者の経営態度によって、老化が防げるんやないかという感じがいたします。  水はよどんだら腐りますから、流さなければいけない。経営も流れていなければいけないわけです。経営が常に流れているというのは、つまり日に新たでなければいかんということです。ですから、常に進化するような指導というものが、その会社になくてはならないと思うんです。  そういうものがないと、部分的に老化したり、停滞現象が起こったりします。そうですから、経営者たるものは、常に方向を示さないといけない。そしてそれを推進することを訴えないといかん。そういうものを訴えずしては、個々の老化現象というものが起こってくると思いますな。  原則としては、老化は起こりうる性質をもっているんですね、ほうっておけば。それを起こさないようにするには、行動を起こさなければいかん。その行動とは、それを訴えるということである。経営者たるものは、その労を惜しんではならない。私はそう思いますね。  そういうことで、私はときどき、五年先のことを話したりするんですよ。私は、昭和三十一年に、「五年先には、四倍の生産をする」と発表したんです。昭和三十年の生産販売が二百二十億円でしたから、昭和三十五年には八百八十億円の生産販売をするということを、一月十日の経営方針の発表のときに言ったんです。そこで目標を与えたわけですな。そうすると、心ある者は、五年で四倍もやれるかどうかというわけですな。だけど社長がやると言うておるんやから、そういうことを考えないといかんかなということで、自然に力が入ってきますわ。ついに五年目には一千億円を突破したわけです。五倍以上できたわけです。  それでつぎに、週休二日制度を発表したんです。「アメリカでは、週五日制度で週に二日休んでいる。だから、週五日制度にしよう。アメリカのとおりにできるはずや。あすからはできないだろうが、五年先にはできるだろうと思う。みんながそうすればできるだろう。だからそのつもりでひとつやろうやないか」と言うて、五年先には週二日休みにするということを発表したんです。そして今度は何を言うたかというたら、今年の正月に、五年先には、欧州の賃金を抜いてアメリカの賃金に近づけるということを言うたんです。  だから、そういうようなことで、結局、私は経営者たるものは、常に目標を与えなければいけないと思います。そうすれば、やはり人の性は善良でありますから、基本的に間違いがなければ賛成してくれると思うんですね。主義を異にするから、是非善悪というものを別にして反対せねばならんという、思想の違いによる反対、これは簡単にはいきませんけれど、そうでない範囲においては、そのことに誤りがなければ、目標を掲げることによって、人心はそれに集中させられます。そこによどみというものがなくなっていくんやないかという感じがしますね。〔一九六七〕

19悩みもまた結構なもの悩み、嘆きたくなることもある。その悩みを悩みとせず、かわしていくことができるかどうか。悩みごとがあるたびに知恵を授かる、悩みもまた結構なものだということに気づくことができるかどうか。 ――経営者として悩みも多く、特に最近は夜も眠れない日々が続いております。松下さんも経営者として数々の悩みに直面されてきたと思うのですが、その際、それをどのように乗り越えてこられたのでしょうか。松下  そういうときが来たら、いっさいのしがらみから抜け出て、解釈のしかたを変えてみるんです。  私自身、そういうことも、たくさんあったと申していいと思います。やはり坦々たる道は歩んでおらなかったと思うんです。これは例をもって話をしたほうがいいと思います。  私が五十人ばかり人を使うようになったときに、私が中心になって若い人々を集めて仕事をしていたんですが、みなよく働いてくれたわけです。非常に喜んでおった。しかし五十人の中に、一人悪いことをする者があった。品物をごまかす、というところまではいかないけども、ややそれに似たことをやった者がある。  そうすると、私は神経質であったために、非常に悩んだわけです。わずか五十人の人の中に、そんな悪いことをする者があったら困るなということで、その晩寝られないわけですね、どうも気になって。  そういうことで、その人を辞めさせたものかどうかと、いろいろ迷った。これもやっぱり一つの悩みですね。そのときに、私はハッと気がついたことがあるんです。どういうことに気がついたかというと、つまり、今、日本には悪いことをする人が何人あるかということです。いわゆる法を犯した人間は何人あるかということを考えてみた。  そうすると、かりに十万人ある、十万人が刑務所におると仮定します。いわゆる刑法にふれた人ですね。刑法にはふれないけれども、軽罪にして見のがされるという人が、その三倍も五倍もあるだろう。それは五十万人もあるかもわからない。そういうような人はどうしているのかというと、日本から追放しませんね。ごく悪い人は刑務所に入れますけども、あとは説諭したりして、日本の国内にとどめていますね。こういうことに、ハッと気がついたんです。  当時、昔のことでありますから、天皇陛下は神さんのように、われわれは尊んでいたんですが、その天皇陛下の力をもってしても、罪人を少なくすることはできない。そこで罪人をどうしているかというと、あまり悪い者は隔離している。けれどもそれほどでもない者はやはりお許しになっている。これが現実の日本の姿ですな。  その中にあって自分は仕事をしているんだ。いい人だけを使って仕事をやるということは虫がよすぎると、私は思ったんです。だから自分はたくさん人を使っていくのであれば、その比率だけは引き受けないといかんと、そういうように考えたんです。  そうすると、頭がスーッと楽になったわけです。今までは〝あんなやつはかなわんな〟と思っていたのを許す気になったわけです。これからも、会社が将来幸いにして千人にも二千人にもなれば、何人かは会社に不忠実な人も出てくるだろう。しかし、それすらもかかえていかなければ陛下に申しわけない、こういうような理論が出てくるわけですよ。  そうしてみると、私はこんなことで悩んでおってはいかん。つまり大きな仕事をするのに、いい人ばかりをもって仕事をするというのは虫がよすぎる。こういう解釈ができると楽になりましょう。私はそういう解釈をしたんです。そういうことから、その後は非常に大胆に人を使うようになったんです。  幸いにして、会社をつぶすような悪い人間も出なかった。もちろん、多少の過ちを犯す人間はありました。けれども大勢をくつがえすというようなことはないわけです。それで非常に楽になったわけです。これは困難に面した場合の、一つの解釈のしかたですね。  また商売でも、金を払ってくれないというようなところもできてきます。これはやっぱり悩みですな。せっかく働いて商品をつくったのに、金をくれんというのはけしからん、というようなものです。けれどもこれは、皆さんも始終お考えになっていることでしょうが、全体のお得意の何パーセントかは、猿でも木から落ちるんやからしかたがないと、これはやっぱりあきらめが肝心です。  要するに全体の売上げの一パーセントというものは、目こぼしでしかたがないんだ。だからそんなことに嘆いたり、腹を立てたりしないでおこう、金を払ってくれないところに対しては、それぞれ話をして、払ってもらうように努めるけれども、それは悩みに思ってはいけない。こういう理解をもってそのお得意に会うと、比較的払ってもらいやすくなる。こういうふうなことになりまして、そのつど、心がひらけるように解釈していったわけです。  しかしそう解釈する前には、やっぱり何時間か、また多いときには何日か悩みますよ。これは免れないと思いますね。だから人間は、やっぱり悩みが伴います。だが、その悩みに負けないように、最後の結論においては、悩みをかわしていくというような解釈を下さねばいかんと思います。  私は幸い、そういうように努めながら、ともかくもやってきた、ということになるんです。だからあなたにしても、私はご商売は知りませんが、いろいろといやだなと思うことができてくるかもしれない。晩の食事がおいしくない、ということもできてきます。こと志と違うということですね。しかし、そのつど、みずからの向上になるのではありませんか。そういうことがあるたびに、

知恵が一つついてくるんやないですか。そう思えば、悩みもまた結構であるということになりますな。〔一九六三〕

20正しい者が最後は勝つどんなに競争が激しいときでも、行く道はある。約束を正しく実行することで、信用はついてくる。松下  これは戦争前の話ですが、ソケットの原価が十銭かかるんです。それを八銭で売るんですよ。そうしたら二銭損でしょう。日本に製造する会社が五、六軒しかないんですよ。私どももその一つです。これではあんまりもったいないやないか、ということで協調したわけです。  で、各会社の社長さんが来て、みな調印したんですよ。独禁法も何もないときですから、要するに五軒なら五軒が申し合わせたら、万事そのとおりできるんです。それで調印して、いついつからそれを実行するということになったわけです。それで私は、いやしくも男たるものが記名連判したんやから実行しようと思って、チャッと実行したわけです。  それから二、三カ月たってから、代理店会議を開いたんですよ。そうしたらぼくに対して非常に囂々たる非難です。どういう非難かというと、「松下はけしからん。あなたがたは今度協調したらしいけれども、せめて一万個なり二万個なりは、どこも前の値段でみな〝勉強〟してくれるんだ。ところがきみのところだけはどうしてもしない。もうけしからんと思うているのだ、今まであれだけきみのところをひいきにしてやったのに。きょうはうんと不足を言おうと思ってやってきたのや」と、こう言うわけですわ。  そのときにぼくはどう言うたか。ぼくはそれを聞いて驚いたわけですね。みなやっていると思っていたのに、やっておらんのですからね。やっているけども、今度協調のために高くするから、今のうちに二万個買うてくれとか、一万個買うてくれと言うて、前の値にするということを、みなやっているわけですわ。やらんのはうちだけですわ。それでは憤慨するのは当たり前ですわ。特にうちに力を入れているところは憤慨しますわな。そういうことがあったんです。  それでぼくは、「よく分かりました。皆さんの立場になって考えれば、そういう憤慨をなさるのは当然の話です。しかしこれにはこういう事情があります。何月何日に東京で各社の社長が寄って記名連判した。男と男の約束をしたんです。そしてそれを実行したのが私です。みんなも実行していると思ったが、皆さんの話によると、よそは実行しておらない。私は松下は偉いと思う」と言うたんです、お得意先にね。「そういう約束を実行する松下電器というものに、皆さんが不足を言うておられる。こういう連判したものを実行したのは私であるということを知ってもらいたい。そういうように約束を正しく実行する者を頼みになさるんであれば、今後も売ってください。そんな約束を守るやつはけしからんというのであったら、私はもう取引してもらわんでよろしい」とやってやったんです。  そうしたらみんな、「よう分かった。そう言われたらそうやなあ」ということで、一言もありませんわ。それから私に対する信頼が篤くなった。それからぐっと私のほうは重きをなしたわけです。そうなると私が信用を博するために皆が損をしてくれたのと一緒ですわな。(笑)そういうことです。商売というのは面白いもんですよ。  人間というものは、欲ばかりではいかんのですわ。それをやることの正しさというのは認めてくれるんです。私はそのとき瞬間に思ったですよ。〝ああよそはやらんのか。頼りないやっちゃなあ〟と。私は非常に誇りを感じたんです。で、その誇りを感じたとおりにバッと言うたわけです。皆さんがそういう松下電器を信頼されるのか信頼されないのか、私は皆さんとの約束もこのとおり守ると。そういう話をしたらいっぺんに信用絶大で、儲けているのは私がいちばん儲けているんや。(笑)  そのときに、そういう競争の激しいときでも、行く道があると私は思ったんです。結局、正しい者が最後は勝つというのは、そういうことが結びつくということですね。〔一九六二〕

21お金を借りる方法自分のやっている事業に正しいという信念をもつことができれば、人に勧めたくなる、説得しようとも思う。それは、銀行から資金を得る、ものを売る、注文を取る、すべてに通じることである。 ――金融機関からなかなか金を貸してもらえず、資金面で行きづまっています。銀行から資金を得る何かよい方法があればお教えください。松下  銀行へ行って、「金を貸してください」と言う。すると、「あなたのところは規模が小さいし、その金は貸せません」と、こう銀行で言う場合があったとします。そのときに、「ああ、そうですか。それはしかたがありません」と言うて引き下がると、これは金を借りられませんわね。そのときに、その人に相手を説得するだけの熱情がなければいけません。  自分がやっていることに間違いないという信念があれば、銀行の人を説得することができると私は思うんですよ。「あんた、そう言いますが、小さいから弱いということはないじゃありませんか。小さいから強いんですよ。そういうことを分からんのですか」というような説得のしかたもありますわな。  そうすると、その熱意にほだされて、「なるほど考えてみれば、あんたのおっしゃるとおりや。それではこれだけお貸ししましょう」と、こういうようなことになりますわ。そういうところに違いが出てくるのやないでしょうか。これはものを売るのでも、注文を取るのでも、同じことやと思います。自分の信ずるものをもたずしては、私は中小企業たると大企業たるとを問わずあかんと思いますな。  だからやっぱり信念の問題でしょうな。その信念というものは、一歩掘り下げていうと、これが正しいものであるかどうかということの、自問自答から生まれるわけですね。  どんなに利口な人でも、自分のやっていることが誤っているとか、よくないことやということでは信念もてまへんわ。自分のやっていることは正しいという考えをもって、これをひとつ人に勧めないといかん、人を説得しないといけないということになれば、これは説得できるんやないですか、だいたいにおいて。〔一九六八〕

 素直の章

22決断を下す方法素直な心で、心を空にしてものを見る。雑音を聞きながら、それを聞き分ける。そうして社員の進言を見極め、決断を下すのが、経営者の仕事である。 ――経営者の決断には、小さな決断から大きな決断までいろいろあります。その中でも特に大きな決断を迫られる際には、いつも身を切られる思いがするのですが、そのようなとき、経営者が心しなければならないポイントはどこにあるのでしょうか。松下  真実を見るということでしょうな。真実を見るということは、素直な心をもっていなければいけない。何か欲をもってものを見たらいかん。なんにもなしでね、心を空にしてものを見るというか、素直な心で見たら実相が分かる。  とらわれた心をもっていてはいかん。名誉にとらわれたり、世間の評判にとらわれたりしない。そういうものにとらわれないで、〝笑わば笑え、自分は正しい道を行くんだ〟という強さがなかったらいけませんな。雑音に心が乱れる、これがいかんですね。  もちろん、雑音も聞かないといかんですよ。雑音を全部遮蔽してしまうと、それは独断になる。ただ、雑音にとらわれないようにする。雑音の聞き分けですな。それができない経営者だと、これは具合が悪い。雑音を聞き分けられないと誤診することになる。経営者としての誤診は会社に損をかける。その意味で、経営者は、雑音も聞きながら、それを聞き分けることで、初めて正しい決断が下せる。  この人はいいと思っているけれど間違っていると見抜かないといかん。そういうことはたくさんありますよ。会社のためと思って進言する。しかし、ときにはその人の錯覚で間違っている。その場合、経営者としては、「きみは錯覚している」と言うだけのものをもっていなければならん。  大将というものは軍師と違うんですからね。軍師はこういう戦法をとったらいいということを進言しますわね。勝つと思って進言する。しかし、この進言を採用するかしないかを決めるのは、これは大将の仕事ですわ。大将のすることは決定だけですよ。  十人の軍師があれば、十人の意見が一致する場合もあるし、意見が三つに割れることもある。そのどれをとるかは大将が決める。大将が決定権をもっている。決定をしない大将は愚将であって、愚将では戦は負けです。(笑)  大将が決断を下す。あとは、全員が足並みをそろえる。こうなると大将の統率力の問題になるわけです。そして、統率力となると、それは大将の識見によってすべて決まる。この大将が決めたことであれば間違いはない、ついていこうと、こうなる。〔一九七六〕

23素直な心で見分ける何が正しいかを素直な心で見分ける。そして相手を上手に説得する。策を弄する必要はないのだ。 ――中国古典や歴史書ではよく、権謀術数に長けた人物がライバルや敵を倒して権力を握る話が出てきますが、指導者にはやはり権謀術数が必要なのでしょうか。松下  権謀術数は要りませんな。そんな策を弄するようなことはしません。  やっぱり、経営といい、政治といい、本来はきわめて正直でないと……。私がほんとうに考えているのは、素直にものを見る人間を育てることですな。素直な心になれば、実相が分かる。実相が分かれば、どういうことがいいか悪いかは分かりますしね。それを決断をもってやっていく、そういう信念をつくらないといかん。まあ、そういっても、多少の説得力は要りますわな。しかし、指導者としての大切な基本の力は、何が正しいかを見分けることです。そして相手を上手に説得する。それが第二の力ですね。指導者たるものは、まず第一の力を先に養成しないといかん。第二の力は、教わるというより会得する。そういうことですな。あとはもう、実践でいかないとしょうがないですわ。〔一九七八〕

24世論とどう対峙するか平時は世論に従う。しかし、非常時にあっては、世論に反して行動しなければならないときがある。そのときの情勢に立って、考え、決心する。大事に臨んで決することができないようではいけない。松下  男たるものは進退が非常に大事である。退くべきときに退く、進むべきときには進む。それが適正でない場合には過つ、ということをよく言いますわな。やはり、そういうことやと思うんです。だから今、この不況というものに対して、自分はどういう手をとるかということ。自分の進退というのは、辞めるとか辞めないやなくして、どういう采配を振るかという問題ですわな。それが進退ですわな。そういうことができるかできないかということですね。それが随所にできないといかんわけです。  例になるかどうか分かりませんけど、今日、世論に従うということがありますわな。世論というものは大事なものである。政治家といえども、世論に抗することはできない。だから世論に従っていけば間違いない。これは、平時にあって、そうやと思うんです。  しかし、信長が桶狭間の戦いのときには、あれは世論に反したんですよ。そのときの皆の意見は、全部籠城であったんです。むこうが二万の大軍でね、わずか二千の軍をもって平地に出てやったら負けるにちがいない、だから籠城してもちこたえるあいだに、どういう味方が現れるかもわからない。負けるに決まったような平地の戦争をやめて、籠城しようというのが、そのときの世論であったわけです。つまり、すべての家来の世論は、籠城して時を稼ごうということであったんですね。  ところが信長は、その世論に反したんです。「そうか、おまえらそう思うのやったら、そうせい。わしは一人だけ行く」と言うて、行ったんですわ。だから、進退というものは、信長には分かっておったわけです。世論には分からなかったんですな。信長一人だけは、籠城したら、もう負けるにちがいない、勝負は時の運、いっぺんやってみようということで、万が一と決めたのが、当たったわけですわ。世論に反して、勝ったんです。  そういう例一つをとってみても、経営者というものはおおむね世論に従う。世論のうえに立って采配を振っていくことはよろしい。しかし、ときには世論に反してやることが必要やということですな。それが見えるか見えんかという問題ですな。  これは私、非常に大事なものだと思うんです。まあ分かったような分からんような話をするようですけどね。われわれは、平時にあっては、常に世論のうえに立ってやって間違いない。しかし、非常時にあっては、世論に反して行動することが生きる道であることもありうるということですね。だから、そのときの情勢に立って、ものを考えねばいけない、決心せねばならん。  その決することをようやらん者は、経営者としてあかんと思うんです。経営者は決することだけですよ。軍師は戦の方法を知っているわけです。こうしたら勝つとか負けるとかというようにね。しかし、戦をするとかせんとかということは、これは大将が決めるんですわ。やるかやらんかということは、軍師では決まらないですよ。大将が決めないとしょうがないですな。  大将が戦をやると決めたら、それじゃいちばん効率的な戦をするために、「おまえ考えよ」と軍師に言うたらいいわけですな。戦をするかせんかということは大将が決めないといかん。  ぼくは経営者も、そういうもんやと思うんですね。決意すらできない者、大事に処して意思決定のできない者は経営者やない。こういう考え方を、はっきりもっていないといかんですね。大事に臨んだ場合には、経営者は決することをやらないといかんですね。その心がまえを常に養っていないといかん。常に養っておらんとそれができないんですね。大事に及んで迷うわけですな。  平時は小さいことにも迷う。「わしも分からん」と、こう言うていい。それでも事ないですわ。  しかし大事な場合には、そんなことをしたらあかん。大事な場合は自分で考えて、「よっしゃ、これこうせい」と即座に言えないといけませんな。大事に臨んですぐに言えるというためには、これは常に自分というものを養っておかなければいけないですね。  商売というもの、あるいは経営というもの、国家経営というものは、厳しいものが一面なければならない。しかし、そう毎日厳しいわけやない。平生は事なければ、それでよろしい。「まあ、そこは適当にやってください」と言うたらよろしい。  しかし、これは大事にいたるぞという場合にはね、ぴしっとやるものがなかったらあかん。われわれの会社の経営でもそうですわな。それなくしては多くの人に喜びを与えることはできない。経営者というのは、そういうものです。〔一九六七〕

25経験によるカンを磨くカンと科学。どちらにかたよってもよくない。その二つを車の両輪のように使っていくべきではないか。 ――会社の今後を大きく左右する決断を迫られています。私は体験上、必ず成功すると確信しているのですが、事前に行なった調査の結果はあまり芳しいものではありませんでした。私のカンを信じて行うべきか、調査結果を重んじてもう少し様子を見たほうがよいのか、迷っているのですが……。松下  カンでものを考えていいか悪いかという問題ですね。私は両方だと思いますね。しかし、いろんなことを科学的に決めていっても、やっぱり最後に、そこにカンが働かなかったらいかんのやないかと思います。実は、多少それとは違う例ですけど、最近私は会社に行きまして驚いたことがあるんです。自分の会社の内情を言うていかがかと思うんですが、いちばんよく知っている例ですのでお話しします。  本社が地方の事業場から、報告書を取っておるんですな。それが二百四十種類あるんです。事業場の数は百ぐらいあり、一つひとつみな仕事が違うんですね。内容が違うんです。製品の種類も何千種とありますから、多少ややこしくなっています。それにしても二百四十種類の報告書を取っているんです。毎日取るものもあれば、月一回取るものもある。  それで私は驚いたんですよ。なんでこんなに報告書が要るのか。だれがこれを読むのか。つくる人もたいへんやし、読む人も読めるのか。あした会社がつぶれるというなら別だ。それに関係のないものは、全部やめてしまってくれと、こういう話をした。そうしたら四十二に減りました。そういうことを起案した人は大学を卒業した人ばかりですわ、(笑)どっちかというと。つまり理論的にものを考える人ですね。  そのうちのいちばん顕著な例は何かというと、電子計算機を使っていたんですね。営業本部にはきょうの全国の売上げが、翌日の朝ピチッと出ますのや。それで、「これなんぼ費用要るんや」と聞くと、「月に三百六十万円要ります」と。そこでね、ぼくは「これはムダやな」と言うたんですよ。「いやこれ便利ですよ」「便利やいうたって、きのうの売上げがきょうの朝ピシッと手もとに来て、それによってつぎは何をなすべきかというときにのみ、それが必要である。しかしただ集めただけで何もしてないやないか。うちの商売はそんなことしなくても、五日に一ぺん報告があったらだいたい分かるし、毎日売る品物だったら、だいたいどれぐらい売れてるかということはカンで分かる。カンで分からんような人間はもうあかんのや」と。(笑)  それでぼくはこれをやめさせたんです。電子計算機は要らんと。それは非常に便利のいいものです。だから、朝その数字を握って、昼からこういう手を打つというような商売であれば、これは必要ですわ。うちは、そんなことをする必要はないんです。電子計算機をおいてみると、そういうことをしなくてはならんようになってくるんですな。便利やからというて、要らんものはやってはいけない。私のような会社は、九〇パーセントは経験によるカンで正確にものができます。そのうえに一〇パーセントの科学的なものを乗せたらそれでいいというわけです。  しかし将来、何百万というお得意先を一カ所でピチッと統制して販売していくについては、電子計算機も必要やと思いますね。そういうときになったらまた使おうやないか、それまでは電子計算機はお預けで、経費を浮かしてくれと言うているんです。  私はカンでいいときと、科学的にしていかないといかんときがあると思います。しかしわれわれの商行為においては、カンのほうがまだ役立つんやないかと思いますね。  また科学においても、カンのない科学者はダメやそうですな。ほんとうの偉大な発明をする人とか、またエジソンのような神のごとき人でも、結局はカンによるところが大きい。彼は汽車の車掌のようなことをやったり、かま焚きなんかをやったりしているうちにホッホッと浮かぶひらめき、カンですな、そのひらめきによって科学というものをつくりあげたわけです。私はそういう意味においてカンが必要であるというような感じがしますね。  カンと科学というものはやはり車の両輪だと思いますね。カンにかたよってもいかんし、科学にかたよってもいかん。われわれ経営者というものは、その二つを車の両輪のように使っていったらいいという感じがしますね。〔一九六四〕

26知識と知恵は違う知恵を磨こう。知恵をみずから会得し、高めていこう。惜しむことなく、お互いに知恵を出しあおう。松下  知識はどんどんどんどん教えていく。知識の範囲は非常に高まってきた。しかしそれを人間生活に好ましく生かしていくのは人間のもつ知恵である。  知恵は知識とちょっと違うように思うんです。はっきりこううまく言い表せませんけど。知識を使うのは人間自身である。いかに知識が発達しても知恵が発達しなかったならば、知識によって災いされることになるだろう。だから知識が発達すればするほど、それを使いこなして好もしい人間生活にマッチするように、知恵そのものを高めていくということをしないかぎりは、すべて災いの剣となる。こういうことがいえるんやないかと思います。  そうすると、電子計算機の発達というものは結構やけれども、この際、人間の知恵の開発にもっと努力しようやないかということになるだろうと思います。ところが、人間の知恵を開発するということはむずかしいですね。  学問と知恵とちょっと違うように思うんですな。どうでしょうか。学問は教えたら教えられるんですね。私は、経営学というものは、教えることもできるし、習うこともできると思うんですね。しかし、経営というものは教えることもできないし習うこともできない。それは道場において自得するもんやと思うんです。  だから、それと同じようなもんですな。教えて教えられるものは知識である。教えて教えられないものは知恵である。知恵は自分で会得するよりしょうがない。会得するということは、体験によって、また道場において機会を得て、〝あっ、これやな〟と会得していく。それをずっと高めていく。  お釈迦さんは、出家したときには難行苦行したけども悟れなかったわけですな。それであきらめて山からトボトボ下りてきて、そしてもう疲れはてて倒れた。そこへ乙女がヤギの乳を持ってきて飲ませた、気の毒やというので。その乳を飲んで体力回復して、菩提樹の下で坐禅してみずから悟ったのが仏教ですわな。ぼくはそんなものやないかと思うんです、知恵というものは。  その知恵という非常に得がたいものが軽視されている。それで知識だけがどんどんどんどん進んでいっているところに、今日の世界の混迷があるんやないかという感じがするんです。だからこれは大事な問題やなあ、たいへんな時代やなという感じがするんですね。  そこで私どもは、「お互いにもっと知恵を磨こうじゃありませんか。皆さんがもっている知恵を、惜しまずお互いにひとつ出しあおうじゃありませんか。そして、進んでくる知識を十分使いこなそうじゃありませんか」ということを、お互いに叫びあう。そうすれば、やはり注意深くしていると、ほっと悟れる、その悟れることは知恵である、知恵が向上するのである。こういうようなことも思うんですがね。〔一九七一〕

27坦々とした道を歩くできるかぎり危ない道を渡らないように、坦々とした道を歩んでいくことを考えておきたい。 ――経営をしていると、しばしば障害にぶつかります。そのようなとき、われわれ凡人経営者はその障害を避けようとするものですが、松下さんにはそれを乗り越えていく力強さを感じ、いつも感心しているのですが……。松下  そうですか、どうもおそれいりましたな。それは私の経営が、あなたから見ると、まあ障害物があってもそれをものともせず、どんどん乗り越えていくと。あるいはまあ、蹴って動くものであれば、蹴って動かすというように見えるという意味も多少含まれていますね。ところが事実はそうやないんですよ。(笑)なるべく抵抗のないように仕事をしていこうというのが私のとっている方針なんです。  なるべく抵抗なしにやっておるから、比較的うまく進みますやろ。だから少々の障害であれば、それを乗り越えたり蹴飛ばして、動くものであれば動かしているんだろうとお考えになっているかもしれませんが、それは違うんです。  かりに石を除けるとか、石を飛び越えるとか、あるいは蹴飛ばすとなれば、うまくいった場合はそれでよろしいわね。しかしうまくいかなかったらケガしますわな。そうでしょう。それで三日も治療せんならんというようになりますわな。  だからね、なるべくそういう危ない道を渡らないように、坦々とした道を歩んでいこうという考え方に立っているんですよ。しかし、世の中というものは、こっちが避けても、避けたら避けただけまたこっちにやって来るというような場合もあります。問題は、そういう場合ですな。それでもなお、避けられれば避けると。避けきれない場合は、これは衝突ですわな。けれども、それは避ける方法を知らないのであって、さらに避ける方法があるかもわからんと私は思いますね。  しかし、避けきれないにもかかわらず、避けようとすることはこれはムダですわな。避けきれない場合には、避けきれないようなかたちにおいて、やはり進まないといかんでしょうな。そして道も何もなければ、なるべくケガしないように、今度はそいつにぶつかっていく方法を考えないといかん。まあ、相手が生きているものであれば、その人も殺さないようにいくということですな。えらい禅問答みたいになって、はなはだこう恐縮ですけれども。(笑)〔一九六三〕

28永遠であるものはない企業に限らず、いっさいのものには寿命がある。今と同一の形態で永遠性を保つことはまずできない。そう考えておいたほうがいいのではないか。 ――一般に、企業の寿命は三十年といわれております。ところが幾多の厳しい経営環境の変化を乗り越え、長く存続し続けている企業も少なからず見受けられます。そのような企業を見ていると、企業はやり方次第でいくらでも存続し続けられるものであるとも思うのですが、松下さんは企業の寿命についていかがお考えでしょうか。松下  結論的にいえば、私は、企業に限らず、いっさいのものは永遠には存続しないというのが原則ではないかと考えます。すべてのものに、長短の差はあっても寿命があるのであって、企業もまた例外ではないと思うんです。  これについては私自身の経験した一つのエピソードがあります。それは十数年前のことですが、ある高徳な禅僧と対談したことがありました。そのときに私は、「和尚さん、禅宗は将来どうなりますか」とお尋ねしたんです。  そうすると、「それは自然消滅でしょうな」という答えが返ってきたんです。これには私も驚きました。他の人ならともかく、現に禅宗に身をおく、しかも高僧といわれるような人が、そう言い切られるのですから。その私の驚きを察したのか、その人はこうつけ加えられました。「松下さん、それは寿命ですよ。すべてのものに寿命がある。それがお釈迦様の説かれた諸行無常ということです。だから、禅宗といえども、時が来れば消滅するのです」「しかし、和尚さん、そんなことではあなたご自身、布教やお説教に力が入らないのではないですか」「いや、そんなことはありません。いつ寿命が尽きるか分からないけれども、その最後の瞬間まで私は禅宗に生きます。それが私のつとめですからね。しかし、それはそれとして『禅宗は将来どうなるか』と聞かれたら、いまのようにお答えするしかありません。それが仏教自体の教えなのですから」「そうすると和尚さん、私のやっている松下電器もいつかは消滅するということですか」「そのとおりです」  というようなことで、最後は笑い話になったのですが、私はこの会話から非常に啓発される思いがしました。  古代の中国の賢人は〝日に新た〟ということを言っていますが、万物はすべて、生まれ、日に日に変化し、そしてやがては消滅していきます。そういう姿をお釈迦様は〝諸行無常〟と言われたのでしょう。また古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスも「万物は流転する。きょうの太陽はもはやきのうの太陽ではない」と喝破しています。  そのように日に新たに変化していく姿の中で、いっさいの生物にはそれぞれに寿命があります。虫の中には何日という短い期間しか生きられないものもいるようですし、ある種のカメは二百年近くも生きるそうですが、長短の差はあっても、すべてはいつかは死ぬわけです。人間も例外ではありません。なかには百歳を越えて生きる人もありますが、いずれにしても、寿命があることには変わりありません。まして、個々の生物以上に複雑性をもった企業というものは、さきのお坊さんの言葉のように、時代とともに刻々と変化し、いつかは消滅していくということが考えられるでしょう。  私自身にとって、非常に印象深い例があります。私は少年時代、大阪のある自転車屋に奉公していました。ちょうどそのころ大阪に市電といいますか、路面電車が敷設され始めたんです。そのことから、私は「これからは電気の時代だ」ということを感じ、自転車屋から電灯会社に移り、さらには独立して電気器具の製造を始めるにいたったわけで、私にとってはきわめて重要な意味をもった事柄でした。  ところが、今日では大阪には路面電車というものはまったくありません。開通当時は最新の交通機関であった路面電車も、自動車の普及につれて、交通の妨げとなり、事業としても赤字となって、逐次路線が撤去され、全廃されてしまったわけです。日本で最初に市電が開通したのは京都で、明治二十八年のことですが、その京都でも昭和五十三年には市電はまったくなくなりました。ですから、市電の事業は社会の情勢の変化によって、一世紀足らずのあいだに消滅してしまったわけです。  そのような事例からも、やはりどんな企業でも永遠性というものはなく、二十年か五十年か、あるいは百年、二百年、五百年といったように長短の差はいろいろあると思いますが、寿命をもつのが原則であると考えたほうがいいのではないかと思います。  もちろん、個々の人間に寿命があっても、人類といいますか、人間社会というものは長く存続するものです。人間がこの地球上に生まれて、何万年か、あるいは一説には何百万年ともいわれますが、今後とも人間生活は長きにわたって生成発展を続けていくと考えられます。そういうことからしますと、企業というものも、人間社会とともに永遠に存続することは可能であるとも一応は考えられましょう。多くの企業の中にはそういうところもあるかもしれません。しかし、同一の条件、同一のかたちにおいて永遠性を保つことは不可能でしょう。同一の形態において存続しうるのは、二十年とか五十年とか、そういう限られた範囲のことであると思うのですが、いかがでしょうか。〔一九八〇〕

 信頼の章

29人間は尊いものであるやはり人間が第一である。人間のために組織がある。組織のために人間があるのではない。それに徹しないから、間違いを起こしてしまう。 ――組織を強くしようと思えば個人にある程度犠牲をしいることになり、逆に個人を生かそうとすれば組織の結束力は弱まるように思います。強い会社にするためには、個人と組織のどちらに比重をおけばよいのでしょうか。松下  それはもういうまでもなく人間が第一だと思います。人間のために組織があるんですからね。人間が軽視されるような組織はいけませんね。そう思います。原則はそういうように考えて、ものを判断しなければいかんと思いますね。  人間は常に主座に立っていないといけません。人間が主座からはずれるような、いっさいのものの考え方は邪道です。人間がいちばん中心である、いっさいのものの考えはそうですね。そうしたら案外、筋道が立ってくると私は思うんです。しかし、知識にとらわれてものを考えると、人間が主座からはずれるんですね。悪意をもってはずすわけやないけれど、ついそうなってくるんです。  だから私は、人間が主座であり尊いものであるという人間宣言でもやらないといかんかと思うているんですよ。人権の宣言よりも人間宣言というものが必要やないかと思うんです。  ところがこの二千年来、人間観というものは変わってないんです。いろんな思想が出てきたりしています。宗教もたくさんできてきていますけれど、実際のところは旧来の人間観そのままですわ。そこに私は、どんな思想が出てきてもうまくいかない原因があると思う。人間観を変えずしてどんなものをもってきてもダメだと思うんですね。だから旧来の人間観を変えなくちゃならないと思うんです。  いまのご質問に端的にお答えすると、何といっても人ですからな、経営は。「まあまあ」などと言っていられない。いかなることがあっても人間は主座に立たないといかん。それを哲理にしないといかんという感じがしますな。  そうすればある程度うまくいくんやないかと思いますけどね。それはみんなそう思うているんです。もう分かっていると、思うてはいるけどね、徹してないから間違ってくるんです、人間主座に徹してないから。そういうような感じがしますね。〔一九七一〕

30叱るという苦労叱りもせず何もせずして部下が一人前になることはない。叱られてありがたいと部下に感じてもらえる、そういう社長でいるかどうか。 ――日ごろ社員と接するなかで、ついカッとなって社員を怒鳴りつけてしまいます。こんな私を見て友人は、怒ってばかりいては逆効果で、かえって反発をかうだけだと忠告してくれます。やはり叱る際には、感情を抑え、冷静に話すほうが効果的なのでしょうか。松下  カッとするときには、今まではカッと怒ったものですが、このごろはちょっと元気がなくなりましたから、多少辛抱できるようになったんです。けれど、少々怒ったりするくらいの意気が必要ですね。  商売を熱心にやって、命をかけていたら、ある場合には怒鳴ることも自然起こりますよ。それをこらえる人はよほどの聖人か君子ですね。聖人君子すぎて、結局、力がないということでしょうな。(笑)  どんどん口角泡を飛ばして怒るくらいの意気が一面なければいけませんね。私が三十四、五歳のときはもう、社員に対しても机を叩いて怒ったもんです。  それで私のほうの店では、ある期間、私に叱られたら一人前になったと言ったもんですよ。「おまえまだ叱られへんのか、それならまだあかんなあ」というようなもんですね。(笑)しかし、しまいには叱りきれませんわ、数が多いから。(笑)なかなか回ってきませんからね。今はそういうことはなくなりましたけどね。叱りうるような人数のときに叱られないことは、むしろ寂しがったものですよ。それで人も育ったわけです。  叱りもせず何もせずして、その部下が一人前になれば、それはこれほど楽なことはありません。しかし、そんな楽なことはできませんわ。いかなる人でもやっぱり叱ることは苦労ですよ。自分がしゃくにさわって思わず怒ったことでも、その思わず怒ることは、一つの努力ですわ。叱られる者から見たらそれはありがたいことです。  このごろの人は、それを、「叱りやがった」と言って不足に思いますな。それは間違っていますのや。叱ってくれる人があるということは、ありがたいことです。だから、叱るたびに何かくれんか、とこういうわけですわ。(笑)「忙しいのに、一時間もおまえにいろいろ言うてやった。もったいなくてしょうがない、何かくれ」とこういうことです。(笑)そう言うたら分かりますわ。  ぼくが実際今、十分間でも叱ったり、言うて聞かせたりすれば、何百万円の値うちがありますよ、ほんとうはね。(笑)そのくらい儲けないことには会社におられませんわ。それだけの責任の地位にあるんやからね。私は今、会長としてやっておりますけれども、自分の心づもりでは、まだ世間が、会社の人が会長として頼りにしているあいだは、自分は働いてやらないといかん。かたちで働かんでも心で働かないといかん。  その働きを評価したら、一時間なんぼぐらい働かないといかんというわけですわね。一時間百万や二百万働いたのでは皆が満足しないだろう。だから少なくとも、何千万円働いてやらないといかんなあと、こういう考えをふともつことがあるんですよ。  そういうことをふと考えますからね、叱るときにも、「十分間は叱っているのやから、おまえに何百万円やってるのやぞ」と言うわけです。(笑)まあ半分冗談ですけれども、半分は冗談やなく真理があるわけです。そうすると分かってくれるわけですね。〔一九六七〕

31人の長所を見る社員には長所があれば短所もある。その長所を見るようにしているだろうか。誠心誠意、接しているだろうか。松下  人使いのコツというものは、ないとは申しませんけども、私は、はっきりあるとも申しあげかねるんです。というのは、人を使うということについては、やっぱり誠心誠意よりないと思うんです。  昔、お釈迦さんが、「人を見て法を説け」と言われた。同じことを同じように言ってもあかん、この人にはこう言うが、つぎの人にはそれと反対のことを言うて、どっちも救う、というようなことを言われていますね。まあ、お釈迦さんにしてできることですわな。われわれはあんまり、そういうことは用いないほうがいいと思うんです。  私は人使いのコツがもしあるとするならば、誠心誠意ということを考えてその人と接していくほかないと思いますが、さらに具体的にいうと、その人の長所を多く見るということが大事やと思うんです。  極端な例を申しあげますと、太閤秀吉と光秀が信長をどう見ていたかという話になるんですが、秀吉は信長の長所を見ておった。終始長所が目についたわけですね。光秀も非常に誠実な人だと聞いていますが、常にその欠点を見たわけですね。信長の長所を見て、それに共鳴したのが秀吉です。欠点を見て、欠点を是正してあげようとしたのが光秀です。信長にしてみると、どっちがうれしいでしょうか。それは、よく意見してくれることもうれしいと考えるべきだろうと思うけど、彼はそう思わなかったんですな。えらいごちゃごちゃ言うやつやなあと、こう思ったんでしょうな。けれども秀吉は自分に共鳴する。「あんたは偉いですよ」と言うわけです。これは信長でもだれでもうれしいですわ。お上手で言うのではなくして、長所が目につくからそうなるんですね。  従業員の方にも長所も短所もある。短所を見ると、こっちも頭が痛むし、その人間も短所を指摘されるといやになります。しかしその人間にも長所があります。長所を見ると、あいつは偉いやつやなあ、おもろいやつやなあと、こうなりますね。「きみ、こういうことでやれよ」と言うと、その人もまた「分かりました」というようなことで、知らず識らず一所懸命働きます。  ですから、一つは、誠心誠意その人に接するということでしょう。いま一つは、努めてその長所を見ていくということであれば、多くの人が使えるでしょうな。  では、おまえはどうかと言われると、私は多く人の長所を見るほうであったというふうにいえます。ですから、わりかた仕事がうまく運んだという感じがします。  ときに失敗することもあります。長所ばかり見て、短所を見るということが薄いと、やはり失敗する場合もあります。だから、適当に短所にも気をつけないといかんのですけども、まあ四分六でしょうかな。長所に六分、短所に四分、目のつく人なら、だいたい人は使えると思います。その反対の人は、人は使えないと、こういうように思いますね。  コツといえば、そういうようなものの見方がいえるんやないかと思います。そのほかは、あなたの持ち味をお生かしになるということでしょうね。〔一九六三〕

32〝見えざる契約〟に忠実でいるかつくる人がいて、売る人がいて、買う人がいる。供給者と需要者のあいだには〝見えざる契約〟がなされている。その契約に、はたして忠実な仕事ができているだろうか。 ――松下さんは消費者との関係について、いわば〝見えざる契約〟を結んでいるがごときものとおっしゃっていますが、それはどのようなことでしょうか。松下  それはね、以前、ちょっと本を読んでたんですよ、随筆を。そこには峠にお茶屋があるんです。そこにお婆さんがいて、そのお婆さんが毎朝定刻にその店を開けて、そして食べ物を出し、熱いお茶を沸かして、その峠を通る人に出すわけです。  それが習慣になって、峠を越す人もお婆さんも決まったようにそれをやったわけです。それが一つの約束になったようなもんですな。  峠を通る人は、いついつにそこを通れば、お婆さんがお茶を出してくれるということが習慣になってしまった。これはいわば、長年の習慣をつくったのだから、一つの契約をしたのと一緒ですわ。だから、これは〝見えざる契約〟であると考えられるわけですな。  われわれ一般の商売人や製造業に携わる者も、やはり、買ってくださるだろうことをあてにしてつくっているわけです。また買うほうの人は、つくってくれるだろうと、店に並ぶだろうことをあてにして買いに行くわけです。  これは〝見えざる契約〟を交わしているのと一緒ですわ。それに対して忠実でなけりゃいかん。買うほうも売るほうも忠実でなければいかんという考え方、そこからヒントを得たわけですわ。峠のお茶屋のお婆さんは決まったようにキチンとお茶を出し、それをあてにして山に登る人があるわけです。  そういうことから考えて、われわれメーカーと一般の大衆の方々とのあいだでは、〝見えざる契約〟をしているんだと、そのつもりで仕事をしないといけないということを、自分自身に言い聞かせたんですわ。〔一九七八〕

33報酬と地位社員がその地位に見合うだけの見識・適性がはたしてあるかどうか。それを見極め、さばいていくことが、経営者に課せられた大きな責任である。 ――先代から引き継いだ幹部社員が数人いて、どうしても彼らの古い価値観にもとづく意見に左右され、思い切った手が打てないでいます。辞めてもらおうかと思ったこともありますが、彼らの功績を考えるととてもその勇気がもてません。彼らの処遇について、どのように考えればよいでしょうか。松下  あなたより、もっと年のいった、商売でもあなたより先輩の人がたくさんおられるわけですね。だからあなたは、ちょっとものを言いにくいのでしょう。どうしても遠慮せななりませんね。そこに私は問題があると思うんです。  結局、適性のない者に対しては、「きみは適性ないぞ」と言う。これは言いにくいですけどね、けれどもそれを言わずして、いい方法は生まれないでしょう。  フォードの二代目はそれで困ったんですね。フォードの先代は自分で一所懸命やって大をなした。ところが先代が死んでしまって、二代目になったわけです。二代目は若いですね。そして大きな部隊のフォードを維持しているのは、みな先代が使って功労のあった人ばかりなんです。その人たちが経営幹部としてトップに立ったわけです。  その結果、どうなったかというと、非常にフォードは後れをとったんです。やはり、時代とともに新しいもの、新しい考えが、その会社に必要であったわけです。  先代の部下として育った人は年がいってしまった。しかし功労ある人だからその衝にあたっておった。その人たちががんばっているから、新しい競争会社に次々に負けてしまった。これがフォードの踏んだ過程の最も顕著な例なんです。  それで二代目か、あるいは三代目になったときですか、非常に困りまして、懊悩煩悶したわけです。しかし、これは捨てておけんということで、若き人々を採用して、古い人たちに対しては、礼を厚くして辞めてもらうとか、礼を厚くして違った仕事をしてもらうとか、重要なポストを替えたわけです。そしてフォード二世みずからも先頭に立って、新知識をもってやったわけです。それでグーッともち直して、今日の地位を得ていると思うんです。  この話を私は聞いたんです。これはアメリカにおいても会社がこうなったんですから、アメリカでも非常にむずかしい。まして日本であったらなおむずかしいですね。それをあなたがどうさばいていくかということは、あなたに課せられた非常に大きな責任ですな。  そういう場合、私はやっぱり一つの拠点というものが必要だと思うんです。拠点とは何かというと、何が正しいかということですね。  そうすると、あなたのご商売は、あなたの店のものであるか、あなたの店のものであると同時に社会のものであるかどうか、お得意先のものであるかどうか。公共性をどれほどあなたがおもちになるかということによって、その決心はできるはずですよ。私はそう思うんです。  たとえば、商売がまったく自分のものであるならば、それはどうやってもいいわけです。しかしこれは公共的なものである、〝私〟の企業といえども本質は社会公共の仕事であると、こうお考えになれば、そこに勇気も出てきますね。改革も出てきますね。私はそういうところにポイントをおいてお考えになれば、自然に道ができてくると思います。情誼なり功労はそれとして認めて、そのうえでやっぱりやる方法がありますね。  西郷隆盛は非常にいい遺訓を残しているんです。それは、国家に功労のあった者には禄を与える、しかし地位は別だ、というんですね。地位は、その地位にふさわしい見識のある者に与えないといかんというんです。  これが西郷隆盛の国家観であると同時に管理観ですね。私はお互いがもっと参考にせねばならんと思います。いま西郷隆盛の教訓を、あなたはいっぺんお味わいになったらいいと思う。私は西郷隆盛という人は偉いと思うのです。〔一九六三〕

34顧客の大切さを肌で感じる一人の顧客を守ることが、百人の顧客につながる。一人の顧客を失うことは、百人の顧客を失うことになる。その気持ちを忘れてはいけない。松下  お得意を増やしたい、売上げを伸ばしたい。商売をしているかぎり、だれでも欲することですが、それは決してたやすいことではありません。自分の店のお得意さんが、特に頼まないのに、お客さんを連れてきてくれる。「感じがいい、サービスも行き届いている」と言って、友人を誘ってくれる、そういう店になることです。  お得意を増やす努力はもちろん大切ですが、現在のお得意を守ることも、劣らず大事なことでしょう。一軒のお得意を守ることが、百軒のお得意を増やすことになる。一軒のお得意を失うことは、百軒のお得意を失うことになる、そういう気持ちが肝心でしょうな。  お得意さんというのは親戚関係なんです。商品があるでしょう。その扱っている商品というのは、いうなれば長いあいだ手塩にかけたわが娘や。その商品を買ってもらうというのは、自分の娘を嫁にやるのと一緒です。その得意先とわが店は、親戚になったことになるんです。〝娘は、むこうの家族に気に入ってもらっているだろうか〟〝近くへ来たついでに、ちょっと様子を見てこようか〟娘を嫁にやれば、そういう気持ちになる。自然に湧き出てきますわね。そういう心で商売に取り組んでいると、単なる商売を超えた信頼関係が生まれてきます。全部そうやれと言うてもできん話です。しかし、そういう気持ちが、これからはいっそう大事になってきます。  商売をやっていると、商品を吟味して、自信をもって販売するのですが、当然買う人の身になって考えないといけません。お得意先の仕入係になっているんだという心がけが必要です。そうすると、得意先は何を必要とされているか、どういう程度のものをどれほどほしがっておられるか、品質はどうか、値段はどうか、量はどれくらいか、いつ仕入れたらいいのか、そういうことを考える。それが仕入係の役目です。そうして考えていくと、お得意さんの意にかなうように、商品を勧めることもできるようになるわけです。  こんなことは、経営学の本には書いてない。ぼくは、学問は知らんから、むずかしいことは知らん。知らんけど、商売という現実の姿から見ることができ、勉強することができる。丁稚小僧でしたからな。九歳から丁稚ですわ。  ぼくだけやない。どこでも小僧がおった。そして、商売に歩く。そうしたらお得意さんから、いろいろ教えてもらえる。「こういうふうにしろ」「ああいう具合にやれ」とね。「こんにちは」「もう一ぺん言うてみい」「つぎにはこういうように言え」毎日、そういう教育を受けているわけです。  買ってくれる人があるから商売ができる。いちばん大事なのはお客さんだ。商売とは、お得意さんを大事にしないといかんもんや。こういうかたちで教育されたから、それを肌で感じているわけです。〔一九七六〕

35相手に損をさせない厳しい取引先であるけれども、むちゃくちゃなことまではしない。「厳しいがいい会社である」と言わせる会社にしているだろうか。松下  商売というものは、売るほうも買うほうも、双方が喜ばなければいかんものです。買った人は、こういうものが買えてよかった、たいへん便利だとか、豊かになったとか、そういう喜びをもつ。売った者も、その喜びを感じてもらうと同時に、利益も残ったというふうにね。  値切られて、薄口銭で飯も食えんようになるという商売はいけません。双方に喜びが残り、味わえるような商売のあり方を、政府は奨励しなければいかんでしょう。安かったらそれでいい、ということではない。政治の方向で、全体に安くすることはできます。その際、値を下げても儲けが多少とも残ればいいが、今は値を上げても儲からない状態に追い込まれている。そこに問題があるわけです。  ぼくは、最小の商売からやってきたでしょう。初めは仕入係も、製造係も、販売係も自分一人でやったわけです。仕入れに行く、当然値切って買うでしょう。  しかし、そのときにですな、「きみのところはそれで儲かるのか」と、必ず聞いてみたんです。そうしたら、「多少は儲かっているからご安心ください」という答えが来た。「それなら結構や。ぼくも値切ることは値切ったが、きみに損をさせたり、儲からないようにはしたくない。そんなことしたら、長続きせんからな」  まあこういうことで、みんな喜んでくれたんです。  仕入れ、販売は厳しいけれど、むちゃくちゃなことはしない、多少の余韻を残してくれる、だから松下はいいということになってね。相手も安く売りながら、教えられたということもあったと思います。〝ああいう調子でやらないといかん〟とね。精神的な喜びがあったんです。成功したといえば、そこに成功の秘訣があったと思いますね。〔一九七六〕

 飛躍の章

36苦難が楽しみとなる経営とは一種の総合芸術である。白紙の上に価値を創造する仕事である。その道のりにおいて苦難、苦悩が待ち受けている。しかし経営者たるものは、その苦しさを味わい、それ自体が楽しみとなるようでなければいけない。松下  経営者というものは、私は、広い意味で芸術家やと思うんです。というのは、経営というものは一種の総合芸術やと思うから。一枚の白紙に絵を描く、そのできばえいかんで、いい芸術家と評価され永遠に残る。要するに、白紙の上に価値を創造するわけですわな。これ、経営と同じです。  むしろ、われわれ経営者というものは、白紙の上に平面的に価値を創造するだけやない。立体というか、四方八方に広がる広い芸術をめざしている。だから、生きた芸術、総合的な生きた芸術が経営だと、そういう観点で経営を見なければならんというのが、私のとらえ方です。  そういう目で見ると、経営というのはすばらしいもので、経営者というものはたいへんな仕事をする人なんです。ところが、なかなか世の中はそう評価してくれませんけどな。(笑)  単なる金儲けとか、合理的な経営をするとか、そんな目からだけ見たらいかん。結局、人生とは何か、人間とは何かというところから出発しなければいけない。  それは、人前では、「商売人です、毎度ありがとうございます」と言うているけれども、内心では、すこぶる高く自分で自分を評価しているんです。総合芸術家なんだと。だから、その評価に値するだけの苦心なり、悩みがある。これが経営者というものの本来の姿ですわ。  そういう誇りと、その誇りに伴うさまざまな苦難というか、苦悩というものは、〝味わい〟をもっている。そう考えることができないで、苦労がいやだというのなら、最初から経営者にならんほうがいい。こう言いたいな、ほんとうのところ……。  作品ができた、仕事が進んだというときの喜びを味わう。苦しさを味わい、喜びを味わう。それによって自分というものを考える。それがないような人は経営者になれない。なっても失敗する。こういうふうに思うな。長い経験の中で、辞めたいと思ったことはあるけれど、それだけだったらほんとうにしまいだからね。やっぱり、そのときに意識転換をやらんとね。行きづまりになる寸前に、百八十度転換して苦しみを楽しみに変えるということをやらないといかん。  常に死を覚悟して、しかも自殺もせずに方向転換する離れ業を、心に描ける人でなければいかんですな。楽なもんやない。空中ブランコみたいな仕事ですな。そういう苦しさを味わえるということが楽しみだと。そういうことでしょうな、経営者というものは。のんびりしている人は、まだほんとうの芸術家になっていない。駄作をつくっているんです。〔一九七六〕

37心配がいやなら社長を辞めろ会社の中で、いちばん心配をする役が社長である。その心配があればこそ、自分は社長であると思えるかどうか。 ――私は長年のサラリーマン時代からこうして今、ささやかな事業をやってみますと、サラリーマン時代に考ええなかったこと、体験しなかったことが、つぎからつぎへと新しく生じてまいりまして、毎日苦労しております。しかしひとつ男になりたい、一人前になりたいということで一所懸命やっているわけなんです。松下さんが、わしもこれで男になったな、これで一人前になったなと思われたのは、いつごろでございましたか。松下  おまへんな、まだ道を求めているほうやから。これで一人前になったなというような、そんな安気な気分になれまへんね、まだ。これは正直なところ。だから今でも晩に床に入ってから、自分はそういう性分なのかもしれんけども、寝つきが悪いですよ。なんでかというと、いろんなことを考えているんですよ。それで寝つきが悪いんです。それはもうずっと変わらないです。  それと、もう一つ。会社に百人なら百人の人がありましょう、そこでいちばん心配する役が社長ですわ。社長に心配かけんようにやるということをよく言いますけども、社長は心配しないといかんですよ。それが仕事なんですわ。心配するのがいややったらもう社長を辞めたらいいんですわ。  だから、あなたがこれから仕事をやったら、どんどん心配になってくる、うるさい問題も起こってくる。〝これが社長の生きがいや、心配があればこそ自分が社長をしている意義があるのや〟というようにならないと、苦労が増えますな。そういう心配は、〝ああ、かなわんな〟と思います、そりゃ、人間やから。思うけど、そのつぎの瞬間は、〝これがあればこそ自分は社長や〟というように、転換しないといかんですな。〔一九七六〕

38人の値うちというものほんとうの人の値うちというものは、任せてみないと分からない。任せてみて、初めて分かる。そういうものである。 ――長いあいだ、経営者として会社を守ってきましたが、年をとったこともあり、そろそろ引退しようと考えています。そこでだれに会社を引き継いでもらおうかと社内を見まわしてみると、どれも〝帯に短し襷に長し〟で、会社の将来を考えると不安でなりません。後継者を選ぶ基準についてアドバイスをお願いします。松下  皆さんもそうだと思うんですが、自分がほんとうに安心し、これなら大丈夫というような結論は、私は実際はありえないと思うんです。まず、六〇パーセントはやれるだろう、あるいは七〇パーセントぐらいはやれるだろうというような範囲しか、私はお考えになれないと思うんです。  なかには、これはもう一〇〇パーセントおれ以上だという人を見いだすこともありましょうけれども、さてそういう人に任せてみると、案外うまくいかないという場合がある。だから、ほんとうの人の値うちというものは、やってみないと分からないんですね。つまり独立させてみて、そして任せてみて初めてその成果というものが分かる。  まあ、この人であれば将来重役になると思うような人がありましても、さて実際に重役になったときに間に合うかどうかということは分かりません。それほど人間が人を見るということは頼りないものです、実際は。私はそう思うんです。  しかし、いまのお尋ねに具体的にお返事しないといけませんから申しますが、私は、六〇パーセントの可能性があれば、まず事を決するというようにしてきたんです。かりにその人を部長にするにも、課長にするにも、六〇パーセント可能性があると思ったら、やったらいいということでやってきたんです。  そして使ってみると、六〇パーセントの可能性があると思ったが、案外五〇パーセントしかない人もあります。しかし、六〇パーセントだから、まあいいだろうと思ってやったところが、課長として八〇パーセントの成績やなあというような人もあります。使ってみないことには分からないということです。  皆さんが日々、後継者ということでなくても、一つの役柄を決めるという場合に、お迷いになると思うんです。これはもう迷うのがほんとうですよ。八卦見が「あんたはいつまで生きます」と言うたかて、生きたためしがないというぐらいで、当たりませんわ。  八卦見で分からんのに、われわれみたいな者が分かるわけありませんわ。(笑)だから、〝ああ、これは六〇パーセントぐらいかな〟と判断されたら、あとは冒険ですな、私はそう思うんです。あとはもう冒険である。  私は会長になりましたときに、「自分は会長になった以上は、もう会社に出勤しない。週に一回だけ出るが、あとはいっさい出勤しない」と言った。それは二頭政治になっちゃいけない、二頭政治をやると、六〇パーセントやと思っても五五パーセントになるかもわからない、これはいかんと思ったので、私はその日にそれを全社員に言明したんです。「自分は会長になった以上は、いっさい会社に出勤しないという方針をとりたいけども、そうはいかんから、原則として週に一回出勤する。あとは新社長を中心として諸君が努力してもらいたい」と、就任のあいさつで私は言明したんです。  そうしたら、みなびっくりしたわけです。しかし結果は、それでよかったと思うんです。そうするともう、どうしてもこうしても、その責任の地位にあたらねばならんということになりますし、また他の幹部も、どうしても新社長を守り立ててやらねばいかんということになり、いわゆる背水の陣をしくということになります。幸い、それがよかったと申しますか、その後ずっとそれを実行しております。〔一九六三〕

39税金に頭を使わない将来大をなそうと思うのなら、経営はガラス張りにすべきである。少しでも少なく税金を納めることに頭を使うくらいなら、今以上に儲けることに頭を使うべきである。 ――中小企業の発展する段階においては、人のつぎには税金でやはり悩むのではないかと思うのです。私どもも節税対策をさらに強化しようと考えているのですが、松下さんは発展段階において、税務署関係についてはどのようにされていたのでしょうか。松下  もちろん税務署関係はそのままですね。はっきりしています。税務関係のために事業を犠牲にしてはいけませんね。  税率は決まったとおりしか取りません。税金は一万円儲けたらなんぼと決まってますやないですか。だから税務署は儲け以外のものは取りません。あなたが儲けよりも少なく納めようと思うから、悩みがあるんです。(笑)  これはちょっと、いまこの問題が出たから言っておきますが、私のほうの取引先と申しますか、お得意先に販売会社があります。一部私どもが投資しているんですけども、全部これを私のほうで指導して、税金をごまかすということは絶対してはならないと言っております。そこの主人公の頭がつかえているのは、たいていそれですわ。  だから、税金は決まった以上には取られないんだから、そんなことに頭を使うことはない。それよりも、儲けることに頭を使いなさい。そのほうがずっと面白いんやないですか、ということを指導して、私のほうは全部公明正大にやらせたんです。それでずっとみな発展してきました。  将来大をなそうと思えば、そこまで踏み切らないといかん。けれども、このくらいにしてちょっと儲けてやろうというのであれば、それは今までのとおりでもよろしいですわ。(笑)これは非常に大きな問題ですね。  将来大をなすには、どうしてもガラス張りにしなければ、人を使っては危険ですね。自分でやるあいだは多少やりくりはできますが、相当な数の人を使ってやる場合には、私はそこに一抹の危険があると思うんです。そういうことを頭において仕事をすると、どこかにひっかかるから、いい知恵が出ませんわ。これは非常に大事な問題やと思いますな。将来大をなすか、なさないかという過程においてはね。  結局そういうような状態で、同じように同業者があって出発しましたけれども、私の会社はどんどん発展しました。そうしてみると、私の方針は誤っていなかったと思います。〔一九六三〕

40発意と反省の繰り返し朝に発意して活動し、晩に反省する。年初に発意して、年の暮れに反省する。そういう経営をしたいものである。松下  現在の政治に理念がないんです。大きくいえば人類全体に対して何をすべきか、あるいは日本の国自体としては何をすべきかという、国家経営のあるべき理念というものがない。  明治の初年は、富国強兵という国是があった。それで百年来た。だから、日本は戦争しても勝った。この理念がなかったら、日清戦争にも負けていたかもしれない。  しかし、それに幸い勝ったがために勢いづいて、方針を変えずに今度は日露戦争をやった。それも勝って日本は継子いじめされるようになる。そこでしゃくにさわって、〝なにくそ、もっと勝ったるぞ〟と始めたのが、この前の戦争です。  だから、反省しなければいけない。勝っては反省し、勝っては反省していればいい。そうしたら、あんなバカな戦争はしなかっただろうと思います。けれども、日本人に限らず人間というものは、二へん勝てば、もう鼻が高くなる。そして三べん目にはやられる。これは鉄則です。 ――それは企業経営にも共通する話ですね。松下  経営でもうまくいったあと、急に倒れるところがあるでしょう。千円ぐらいしか儲からなかったときは、〝ああ結構や。しっかりやろう〟と思い、一万円儲かったら〝なかなか結構やな〟となる。そして今度十万円儲かったら、〝もうええわい〟と考えて、使いかける。それで倒れてしまう。それと一緒です。人間にはそういう本性がありますな。「勝って兜の緒を締めよ」という戒めがあるでしょう。昔の人の言ったことも、最近発見した学説とともに大事にしなければいけない。昔のものは古いとして軽くあしらうと、えらい目に遭う。 ――故事にあるとおり、勝った場合もおごらずというわけですね。松下  人間というのは、朝、発意して、そして活動する。晩には、その発意して活動したことを反省してみる――この連続でないといけません。年の初めには、今年はこういう工場を建てよう、そしてこういうものをつくろうと発意し、そして、年の暮れには、そういうものがよかったのかどうか、反省してみる。そういう経営をしていたら、大丈夫です。 ――そうすれば自信も出てくる。松下  そうです。松下電器の場合も、それでわりかたうまくいった面があると思います。  戦争直後、財閥解体で私は五年間、何もできなかった。幹部もみな散り散りバラバラになった。昭和二十五年の十月に諸制限のほとんどが解除になって、ようやく経済活動が自由にできるようになった。そのとき、私個人の財産はまったくなくなっていたし、会社も莫大な負債があった。それを立て直さなければいかん。たいへんなことだった。五年間、〝罪人〟として律しられたが、そんなバカなことはないと、会社を辞めずにがんばってきたわけです。 ――そういう〝ド根性〟というのは、日本人に共通している魂なんでしょうか。松下  日本人に共通しているともいえるが、ぼくにはそれが人一倍あった。個性だともいえます。今の局面は、経済界としてはたいへんな時代だ、政治も混迷している、暗雲低迷して、極端にいえばなすところを知らないという点もあるが、終戦直後の時代を考えれば、悲観してうろたえることはないといっていいでしょう。 ――うろたえるまではいかないが、気迷い気分は強いですね。松下  天候みたいなもんでね。台風が来たらたいへんだが、一カ月も続かない。早かったら数時間、遅くても一日です。それで台風は過ぎてしまう。雨天のあとは晴天になるし、心配は要らない。必ず恵みも回ってきます。  そういう悪いときにはうまくよける、抵抗しない。そして、視界が広がって、むこうが見えてきたら、大いに働く……。それでいいんやないですか。〔一九七九〕

41「オヤジ」でありたい威厳は必要。しかしそれだけで人はついてくるものではない。社員が安心感をもってくれているだろうか。ものを言いやすい「オヤジ」になれているだろうか。 ――使われる側から見て、松下さんは〝怖い社長さん〟だったのでしょうか。すべてお見通し、といったような……。松下  そんなことはありません。なかったと思います。そんな社長だったらいかんね。怖さを感じさせるということではいけないですよ。怖さというものは一面では必要だけれど、怖さだけでは人はついてこないですよ。  第一、ぼくが使われる立場に立ったとき、怖いオヤジさんやったらかなわんもの。やはり、何でもものが言える人、そしてある程度理解できる人、全部理解できなくても、ある程度理解できる、そういう感じの主人のほうが仕えやすいものね。あんまりシャープじゃ具合悪いもんですよ。  結局、部下なら部下がぼくに対して、〝安心感〟をもつかどうかということでしょうな。社員がぼくに対して怖い社長だと思うか、偉い社長と思うか、いろいろありますわな。問題はそこだと思うね。ぼくは怖い社長とは思われていなかったと思うんですけど、どうでしょう。(笑)早くいえば、気安い社長やなあという感じやなかったかな。  昔、まだ五十人や百人ぐらいのとき、いつも一緒になって仕事をしていた。そのころは五時で店じまいですよ。工員さんたちは帰るのだけれど、見習いの連中は遅くまで仕事をしていることがあった。「いつまで仕事しとるんや。早う終わりにしろ」と、逆に叱るくらいでした。それでもまだコツコツやっている。体を悪くされては困る、頼むから早く切り上げてくれと注意しなければならんようなことがよくありましたわ。そのころから、ぼくは怖い社長だとは思われてなかったと思います。 ――松下さんの伝記その他の中に、ほめるときは徹底してほめ、一方で、叱るときは皆の前で叱るといった場面がよく見られます。ほめるコツ、叱るコツといったものは……。松下  結局、ぼくというものをそのままさらけ出しているわけですな。それがいちばんやないかと思うんです。自分というものを化粧せずに、じかに接することです。  そうすることで、ぼくという人間がどういうものかということを、その人なりにつかむわけです。ぼくの場合、それが比較的つかみやすかっただろうと思う。だから妙な怖さはなかったと思うんです。  それと、叱るとかほめるという場合でも、それが適当に出ていたろうとは思います。「こんなことできんのか、何をしているんや」と言って叱ることも、適当に出ていたろうと思いますね。机を叩いて叱ったことも覚えています。今の幹部連中などは机を叩かれた口ですな。(笑)  しかし、毎日机を叩いたりはしませんからね。(笑)たまにですわ。逆にうまいことやってくれた、遊びに来ないかというようなことのほうが多かった。そうですな、よくやったとほめるのが五回か六回あって、叱るのはそのあいだに一回ぐらいでしょうかな。  二回に一回も叱っていたんでは、これはダメです。第一、こっちが疲れてしまいます。(笑)ただ、小さかったころは、こっちも真剣ですからね。失敗したら血が出るわけですから、怒るときは厳しかったですな。毎日毎日が必死で仕事しているんですから。叱るのもほめるのも真剣ですわ。〔一九七六〕

42心根は伝わる心の底から「頼みます」という心持ちでいるだろうか。社員に対して、深い感謝と慰労の気持ちを根底にもっているだろうか。松下  事業の発展段階が進むにつれて、経営者はその心根を命令調から依頼調、感謝調へと変えていくことが大切やと思うんです。  どういうことかというと、十人とか百人ぐらいの部下を使っているときは、経営者は率先垂範というような態度で「これをやってくれ、あれをやってくれ」という命令で事が足りるし、それで業績もあがると思います。しかし、千人、二千人になったら、そういう命令調だけでは人は動かないと思うんです。動いても、感激して動くんやないでしょう。言葉や態度は同じでも、自分の心の底からは命令調をなくさなければいけません。「こうしてください。ああしてください。頼みます」という心根が必要やと思うんです。そういう心根をもっていれば、言動は一緒でも、その響きが違ってきますから、相手もそれに感じて動いてくれると思いますな。  それがさらに、一万人とか五万人というようになれば、言葉は同じでも、心根は〝拝む心〟というほどになることが大切やという感じがします。そういう心根をもたずして、「自分は社長だから、自分は偉いのだから命令しているのだ」ということでは、一万人という人はおそらく動かないでしょう。「この仕事は自分一人ではできない。知識も要る。技術も要る。そういうものはみな部下がもっている。その人たちが動いてくれて、初めて仕事ができるのだ」というような心持ち、そしてまた部下の人たちが仕事をしてくれることへの深い感謝と慰労の気持ち、そういうものが根底になくてはならないと思うんです。  私自身は、会社が大きくなり、人が増えてくるにつれて、そういうことを心がけてきましたし、同時に、事業部長やとか、関係会社の社長といった立場の人に、私と同じようにそういう心根で仕事をしてくれるよう訴えてきました。そして、実際にそのような心持ちでやっている人は、みなある程度成功しているように思うんですが、いかがでしょうか。〔一九八〇〕

出典一覧(掲載順)本書は、『松下幸之助発言集〈全 45巻〉』(PHP研究所、一九九一年 ~一九九三年刊)、『松下幸之助の経営問答』(PHP研究所、二〇〇〇年七月刊、二〇〇五年四月文庫化)に収録されたものの中から、現代の経営リーダーの方々の参考に資すると思われる内容を厳選し、見出し・要約文等の新たな補足・修正作業を行なって編集したものである。初出誌・メディア等については、左記に明記した(企業名は当時のもの)。なお、 ◇をうった項は『松下幸之助発言集』のみに、 ◆の項は、『松下幸之助の経営問答』のみに、 の項は双方に収録されている。序にかえて   P 1  『語り継ぐ松下経営』( 橋荒太郎著)  一九八三年十月発刊   P 2  同掲書   P 5 YPO(青年社長会)日本支部例会  一九六四年四月八日   P 8 ◇住友五社会合同講演会  一九六九年十月十三日 ~ 章   1 ◆サロン・ド・関西講演会  一九七八年八月二十二日   2 『サンケイ新聞』一九七七年一月一日   3 ◆第一回住友講演会  一九六二年三月二十日   4 『 30億』一九七六年七月号   5 松下電器第十三回経営研究会  一九六五年三月二十二日   6 『 Voice』一九七八年十二月号   7 第八回軽井沢トップ・マネジメント・セミナー  一九六五年七月十三日   8 『週刊ダイヤモンド』一九六九年五月十九日号   9 『 30億』一九七六年九月号   10 『サンケイ新聞』一九七六年一月一日   11 『サンケイ新聞』一九七六年五月七日   12 ◆全国全商連近畿地区協議会講演会  一九六四年八月二十五日   13 ◇機械記者クラブ懇談会  一九六一年三月十四日   14 ◇経団連記者クラブ記者会見  一九六二年五月二十四日   15 ◇経済同友会東西会講演会  一九六七年十二月七日   16 『フォト』一九六一年八月十五日号   17 『 Voice』一九八〇年二月号   18 日本銀行管理者研修  一九六七年十一月二十九日   19 日本青年会議所ゼミナール  一九六三年八月二十一日   20 ◇久保田鉄工販売研修会  一九六二年五月十日   21 NHK教育テレビ「これからの中小企業」  一九六八年七月二十九日放映   22 『 30億』一九七六年三月号   23 『活性』二十一号  一九七八年十一月発行   24 ◇経済同友会東西会講演会  一九六七年十二月七日   25 住友信託銀行幹部研修会  一九六四年十一月二十八日   26 ◇第九回関西財界セミナー  一九七一年二月三日   27 ◆第六回軽井沢トップ・マネジメント・セミナー  一九六三年七月十五日   28 ◆『日米・経営者の発想』  一九八〇年一月発刊   29 日本生産性本部第八回生産性労働問題懇談会  一九七一年三月十六日   30 大阪市工業会連合会青年経営研究会創立五周年記念講演会  一九六七年十一月十四日   31 ◇東海銀行経営相談所経営講演会  一九六三年十一月八日   32 NHK総合テレビ「視点『私の危機脱出論』」  一九七八年四月三十日放映   33 日本青年会議所ゼミナール  一九六三年八月二十一日   34 『サンケイ新聞』一九七六年五月十三日   35 『サンケイ新聞』一九七六年一月一日   36 『 30億』一九七六年二月号   37 ◇ NHK総合テレビ「この人と語ろう」  一九七六年三月十五日放映   38 第六回住友講演会  一九六三年二月二十一日   39 日本青年会議所ゼミナール  一九六三年八月二十一日

  40 ◇『週刊東洋経済』一九七九年十一月十七日号   41 『 30億』一九七六年四月号   42 ◆『日米・経営者の発想』  一九八〇年一月発刊

社長になる人に知っておいてほしいこと述者:松下幸之助編者: PHP総合研究所 PHP Institute, Inc.電子書籍化にあたり、『社長になる人に知っておいてほしいこと』二〇一一年一月五日発行第一版第十一刷を底本としています。電子書籍版発行者:佐藤悌二郎発行所:株式会社PHP研究所        京都市南区西九条北ノ内町 11番地         〒 601-8411         http:// www. php. co. jp/ digital/製作日:二〇一一年六月一七日本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例外を除き、禁じられています。

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