素人集団の浅はかさ
初めての飛び地での新規事業は、マッキンゼーの的確なモノサシのおかげで「メディカル」「フード」「オフィス」という、3つの市場に目星をつけることができた。
この3つに順番に参入してノウハウを貯めていけば、成功確率が上がっていき、新規事業を生み出すことができると考えた私たちは、まずメディカルの分野からやろうということになった。
具体的には、病床規模100床未満の病院のナースを対象として、医療現場で使われるカテーテルやメス、ガーゼや包帯などを中心とする医療材料一式を、インターネットがなかった時代だったので紙のカタログで通販する事業であった。
病院で使うものは多岐にわたっている。そのため、多岐にわたる製品の多岐にわたる購買の流れの中に、無数の非効率が散在していたのである。これらをミスミのカタログで頼んでもらえば窓回は一つ、納期も確実、価格も適正。医者も看護師も喜んで使ってくれるはずだと目論んだのだ。
方針が決まったことでマッキンゼーのチームは任務完了に伴い解散となり、残ったのはミスミの社員だけとなった。
必然的に「機械工業系カタログ通販の人材だけのチーム」になったということである。そのチームには病院に詳しい専門家もいなければ、新規事業に詳しい専門家もいなかった。読者の中には、「さすがにそれは無謀だろう」とツッコミを入れる方もいるかもしれない。しかし、当時の私たちの中にその組織体制に疑間をもつ人は一人もいなかった。
無謀な布陣で勝負に出た私たちではあったが、「顧客をイメージしたほうがいいだろう」という発想くらいはあった。だから事前に、「医療材料を、必要なときに必要なだけ買えるカタログがあったら、どうですか?」と数人の看護師に質問をして回った。
そうすると、「いいですね」「便利ですね」といった返事をもらうことができた。「これでバッチリだろう!」と手応えを得た私たちは、「ナースヘルプ」という名前の病院向け通販カタログを全国的にリリースしたのだった。
しかし、待てど暮らせど売上は伸びていかなかった。ミスミとしても初の飛び地の新規事業なので、かなり予算をかけたのに、年商は3億円をピークに止まってしまったのである。
原因は簡単で、看護師には発注権限がなかったのだ。品揃えの中心であった医療資材の発注は、病院の用度課が担っていた。
この事実に気づき、「ヤバい― このままだと会社での僕らの評価が悪くなってしまう」と焦った私は、急いで診療所の院長向けの「クリニックヘルプ」という名前のカタログ通販にピボット(方向転換)した。
病院には用度課があるけれど、病床数が19以下の診療所ならば、購入の意思決定は院長がやるだろうからと、深く顧客に向き合い直すことをせずに、品揃えを微調整し表紙を差し替えたカタログを診療所へ送りつけたのだ。
しかし、ピボットも大失敗。なぜなら、診療所の資材管理は、出入りの業者が面倒な手間が掛からないよう、手厚く対応するのが業界の普通だったからである。
自分でカタログを検索し、必要な数量や納期を調べて、発注品番号や数量を正確に記入して発注をかける。しかも、発注を間違えていたら間違ったものがそのまま納品されてしまう。これまで手間なく資材管理できていたものを、わざわざ面倒なやり方に変更する医者は皆無だった。
そもそも医療業界というところは、わが国の健康保険の仕組みからして、業界全体が経済原則の効きが甘い構造になっていた。だから、「良いものを安く、早く、確実に提供します」と言っても、それだけではなかなか通用しなかったのである。
しかし、もし我々のチームに対象市場のプロがいたら、ナースヘルプというカタログを企画した段階で、「ナースに発注権はないよ」と教えてくれただろうし、診療所にピボットした段階で、「医者が自分でイチイチ発注なんてするわけないだろ」と一蹴してくれたはずだ。
そして、もし我々のチームに新規事業のプロがいたら、上辺だけ聞く甘いインタビューではなく、本当に「カネを出すのか」「オペレーションを変更してでも取り入れるのか」を、執拗に確認しにいったはずだ。
しかし、業界のことも、新規事業のことも何も知らない我々は、回避できるはずの失敗を回避できなかった。素人集団のなんとも浅はかなミスである。答えはすべて「現場」にある
初めに立ち上げた看護師向けカタログ通販、ピボットして取り組んだ診療所向けカタログ通販と、2連続の失敗によって、社内での私の立場はかなり悪くなった。
実際に、「なんでその程度のことが、始める前にわからなかったの?」「新規事業チームは食い散らかしだな。お前ら、誰のおかげで飯食えていると思っているんだ」と、面と向かって痛烈な批判を受けたこともある。
冷ややかな言葉を浴びせられて、私は自分の考えを振り返ることとなる。そして、さすがに自分は何かを間違えているのかもしれない、と気づいたのである。
「マッキンゼーがいいと言ったからやります」
「経営会議で通ったからやります」
「看護師長さんに、早く安く買えたらいいと思いますか? と3軒回って聞いたら、みんな、そうですね、と言ったのでやります」
「だから、失敗しても僕のせいじゃないですよね」
当然、そんな言葉を発したことはなかったし、そんなことを明確に意識していたわけではなかったが、結局はそういったサラリーマン思考の延長線上にあったのだと思う。
「身銭を切っているわけじゃないから、赤字であることに対する危機感が薄い」
「自分ごとではないから、顧客に対する価値発揮に執念を燃やしていない」
「挑戦したいという熱量が不足していたから、まわりを巻き込んで、ク自分ごとクをさらに″みんなごとクにして、なにがなんでも価値を創るんだという気迫がない」…こんな考えでやっていたから、ありとあらゆることが表面的で、全部がうまくいかなかったのではないかと思い至ったのだ。
実際に、1度目のナース向け業務用カタログ通販で事前におこなったヒアリングも、じつにレベルの低いものだった。
「こんなカタログがあったら便利ですか?」と聞けば、わざわざヒアリングに来てくれた相手に「そうですね」くらいの相槌は打つ。それを数人に聞いただけで、「このカタログはニーズを提えていました!」と会社に報告していたのだ。
世界最高峰のコンサルティング会社が出した報告書に基づいて決めた会社の方針なので、インタビューする前から、方針を肯定するようなコメント収集姿勢にあったといわぎるを得ない。
私がベンチャーの起業家のように、みずからリスクを背負って自分ごととして頑張っていたら、もう一歩突っ込んで聞いたはずである。「本当に買いますか?。もし買うんだったら、仮発注伝票があるから仮発注してください」と言って、どうやったら失敗を回避して成功するか、もっと真剣に取り組んでいただろう。
でも当時の私は、なんなら夜の飲み会のことで頭がいっぱいで、さっさと報告書を書いて帰りたかったのだろう。いま思い返すと自分で自分を殴ってやりたいくらい、当時の私はサラリーマン行動の延長で仕事に臨んでいた。もっとも大事な意志、在り方が未熟であることが致命傷だったと思う。
そうした中、立ち往生する私のもとに、ある日突然、不可思議な注文が入ってきた。注文主は都内の動物病院、注文内容は人体用のインシュリンシリンジであった。「動物病院にカタログを送った覚えはないぞ」「なんで動物病院なのに、人体用なんだ?」「もしかして、本当は動物病院ではなく、購入した医療材料を横流しする悪徳業者かもしれない…」。
2連続の失敗でただでさえ社内の立場が悪くなったのに、そのうえ問題が起こったら大変だと焦った私は、とにかく急いで現地に足を運んだ。
そして、現場に行ってみてわかったのは、「動物病院はまさにミスミの勝ち方の型に合致していて、顧客の行動変化が見込める、カネの匂いがする」ということであった。
注文主の獣医さんいわく、「動物病院向けの医療材なんてあるわけないだろ。全部、ヒト用のを使っているんだ。犬とか猫は人間より小さいから、小児用や新生児用の医療材料を頼んで持ってきてもらうんだ。他に選択肢がないんだ」とのこと。
そんなことさえも知らない自分の未熟さを反省、改めて動物病院について調べてみると、たしかにミスミの強みにピッタリと合致する業界だった。
まず、人間の病院なら外科、内科、耳鼻科、眼科と細かく分かれているが、動物病院はそんなわけにはいかない。すべてを診る必要があるうえに、大、猫、鳥、ウサギやフェレットなど、「総合科目」の「総合患者」を扱う病院ばかりである。しかも小規模がほとんどだ。
ゆえに、顧客のニーズは多品種少量で、かつ一つの動物病院の売上は少ない。これを医療材料を販売する業者の立場に立って見てみると、「自身の毎月の売上ノルマに対して貢献しない割りに手間のかかる、うまみの少ない客」ということになる。
実際、人間相手の診療所のように足しげく通ってくる競合はいなかった。つまり、動物病院の先生ならば、カタログ通販という新しい購入方法を受け入れるだけの構造が存在していると考えられた。
しかも、ペットには国の健康保険がない。すべて自費診療である。よって、人間の医療と違って経済原則が働いているはずだ。
「ここに大きな商売チャンスがある!」。
そう思った私は、すぐさま会社に「やらせてくださいっ!」と申し出るものの、「さらに損を広げる気か。 一件の顧客の声くらいでゴーが出せるわけがないだろう」と取り付く島もなく、むしろ怒られる始末だった。
たしかに、すでに2回も失敗している私は迷走しているようにしか見えない。会社を説得するだけの信頼が足りていなかったのである。
そこで私が打った手は、現場に赴き、とにかく徹底的に顧客解像度を上げることであった。これまでの2度の失敗は、顧客理解の浅さが敗因であった。そこで会社を休み、ある動物病院に頼み込んで1週間、無償で泊まり込みのバイトをさせてもらったのだ。
現場でどれほど非効率なことが起きているか、みずからの日で見て体感していくうちに、「これは自分がなんとかしなければならない」と、使命感にも似た感情を私はもつようになった。
不思議なことに、この事業を「任命されたイチ業務」ではなく「自分ごと」と捉えられるようになると、見える景色も一変してしまう。常に会社からの評価を気にしていた目は顧客に向き、失敗に対する恐怖よりも成功するための挑戦を選ぶようになる。
一方、熱いハートと反比例するように、継続していくための収益構造を、冷静に、執念をもって探っていくようになった。
こうして、自分ごととして顧客の解像度と事業の解像度を極限まで上げ、真摯に向き合った結果、会社側からは、「少しはちゃんとやったようだから、テストマーケティングくらいは許そう」と、数百万円の予算がおりた。
そこで地域限定、商品限定のカタログ通販を展開してみたところ、これまでやった事業の10倍くらいの反響で注文が舞い込み、それをもって会社からは、「今期中に参入できるなら参入してよい」と許しを得ることができた。
このチャンスを逃すまいと、モーレツな勢いで立ち上げ準備をおこなった。いまの風潮でいうと完全にアウトかもしれないが、月の労働時間は300時間を優に超えていたと記憶している。
そして、必死の努力の甲斐あって、なんとか動物病院向けカタログ事業の立ち上げにこぎつけたのである。
顧客に熱狂的に愛されるプロダクトをつくり込む
動物病院向けカタログ事業において、「答えは現場にある」ということを痛感した私は、事業参入後も、その感覚を忘れないように、月に1度、動物病院にバイトに行き続けた。
6年の間に、毎年250軒ずう動物病院が開業していく中で、240軒が私たちのカタログ通販を利用してもらえるほど支持をいただけるようになったのだが、その過程でいかにビジネスモデルを磨いていったかを、ここで簡単に述べてみたい。
端的にいえば、とにかく全顧客を見て、顧客に仮説をぶつけ、学び、ビジネスモデルを磨いて再度ぶつけ、学び…という仮説検証サイクルを高速で回していったのである。
「全顧客」とは大げさではなく、本当に全顧客である。施設規模と開業年数の2軸で顧客を4つのセグメントに分け、毎月、全顧客がどの位置にいるかを確認し、購入頻度や購入金額から見て、重要な動きがあった場合は、その原因をしらみつぶしに探るということを徹底したのだ。
第5図は、当時の顧客セグメントを示したもので、縦軸には施設規模、横軸に開業年数をとっている。
図の「①H」「①L」の顧客は、開業したばかりなのになぜか大規模医院というセグメントで、「①H」はミスミからたくさん買っている顧客(H=〓置し、「①L」はミスミからあまり買っていない顧客(L=ro〓)のことである。
「①H」顧客はLTV(=顧客生涯価値rLoゴ日のく”ご①の略、1回の取引で得られる利益だけではなく、2回目以降の取引で得られる利益も含めて顧客から生涯にわたって得られる利益)が最大、つまり、ある一定期間に利益貢献度の高い超重要顧客だ。
したがって、まかり間違って「①L」に落ちる顧客がいたら一大事である。だから、そんなことがあれば、とにかく実際に顧客のもとを訪れ、インタビューをさせてもらう。
普通、あなたが>ヨ”No●や楽天で購入しなくなっても、>日”Noいや楽天の人が訪ねてきて、「なんで利用しなくなったのですか?」と聞かれることはない。それは、対象となる顧客が全国民だからだ。
しかし、我々のお客様は、全国に8千軒しかなかった。「だったら全部会おう」と私たちは考え、たとえ北海道や九州のお客様でも本当に会いにいったのである。
ちなみに、どうやって動物病院の規模を調べたかというと、全国すべての動物病院にしらみつぶしに電話をかけて、「いま動物病院の看護師さんにプレゼントをお配りしていますので、そちらの病院に何名いらっしゃるか教えてください」と聞き出し、雇用している人数からざっくりとした売上規模を算出したのだ。
大まかな売上規模がわかると、使用する用度品の量も把握できるので、「①H顧客だったらこれくらいの売上が立つはずなのに、今月はこの病院からの売上が少ない。きっと他のところから買ってしまったんだ」という具合に推測をしていった。
また、たとえば注射を打つには、注射の針とシリンジを合わせて買わなければ注射できないが、片方しか買ってもらえていないことがある。
これもまた、我々ではない誰かに注文が流れている、ということである。そうした推測を丁寧におこなうことで、 一社一社の顧客解像度を恐ろしく高めていったのである。
そして、その解像度をもってインタビューに行くと、さすがに誰もが「お前ら、よく見ているな」と感心してくれて、売上が減った理由を教えてくれたのだ。
こうして、同様に②③④のHとLの顧客についても、初めてのご注文、大量のご注文、逆にイキナリの注文減、クレーム、感謝のお便りなどなど、機会は何であれ「このお客様の声をいま聞くべきだ」と思ったときには、すぐに顧客のもとを訪ねていったのである。
そうして、新たな顧客理解を得たのちに、チームみんなで議論を交わし、
「なぜ顧客は注文を減らしたのか」
「元に戻していただくためには、どうすべきか」
「三度と同じクレームを出さないためには、どうしたらいいのか」
「顧客からもらったアイデアを、本当に商品化すべきか」
など、すべて徹底的に話し合っていた。
また、カタログやDMで、常にアンケートをお願いしていた。たとえば、今後、新たに取り扱うかどうかを検討している最中の「取り扱い検討製品リスト」を注文用紙と一緒にお届けし、そのリストに必要不必要を○×で記入していただく欄を設け、FAXで返送してもらう。
そして、このアンケートやインタビューや現場でのバイトによって得た情報をもとに、新製品を掲載したDMを毎月発刊し、そこで本当に必要とされる製品、利用いただけるサービスを提供できているのか、実際に販売してみる。
その結果をもって、顧客の支持を得られた新商品だけを本格的に商品化し、年に一度発刊する総合カタログに掲載するという徹底ぶりで、総勢6名という少数部隊で、6年で年商20億円まで伸ばしていったのだ。
余談だが、動物用の注射針を日本で初めて発売したのは私たちである。たとえば、雄猫の皮膚は人間よりもはるかに硬いので、人間用よりも刃先が尖ったものがいいとか、ウサギやフェレットなどの小動物向けには、通常の細い針を超えて、さらに細い針がいいなど、動物用に開発した特別な注射針を製造したのだが、それがびっくりするくらいたくさん売れた。
こんなニーズは、実際に獣医さんに話を聞かなければ発掘できないものだ。かつて田口さんが顧客の声を聞いて商品をつくり、それを持ってまた顧客に聞いて…とやったような購買代理店のスタイルで、我々はどんどん画期的な商品をつくっていき、お客さんからは「そうそう、こういうのが欲しかったんだよ」と喜ばれると、こちらも嬉しくなる。この好循環を経験したことによって、新規事業の面白さを私は知ることができたのである。
社内起業のワナ
こうして羅列してみると、よく数名でこんな膨大な業務を回していたなと思われるかもしれないが、立ち上げ期においては、カタログづくりもコールセンターも物流も決済も、通販業務のあらゆるものは外注していた。
我々のやるべきことは「顧客の声を聞くこと」だけに絞った。極端にいえば、会社の経営陣に対する報告よりも現場を優先させていたのである。
理由は、顧客よりも社内対応に時間をとられる状態を断ち切りたかったからだ。参入直後の事業というのはまだまだわからないことが多い状態なので、先月会議で説明したことでも、顧客のもとに通った結果、「違ってました」となることが多々ある。
そうすると、「2回も失敗した守屋の言うことは信用ならん」と思っている経営陣は必ず、「先月と数字が矛盾しているじゃないか、調べろ」と突っ込んでくるので、私としても「来月の会議までに辻複を合わせなくては」という″会議対策活動クに時間をとられることとなる。
しかし、とにかく不明確なことは仮説と検証を繰り返さなければわからない。そもそも、サンプル数が少ないのだから、あらゆることを突っ込んで聞かれても、全部の因果関係が初期の段階でわかっているわけがないのである。だったら、追いかけるものは一つに絞って徹底したほうがよっぽどいい。そう結論づけた
私は、「経営陣に神経をとがらせるよりも、顧客に向き合おう」と腹を決め、顧客の解像度を上げることにすべての時間を使ったのである。
本業を基準にして、いきなり完璧なものを求めると新規事業は必ずつぶれる。だから経営者としては、この市場に参入すると腹づもりができたのであれば、あらゆることに正解を求めずに、まずはやれることから、やれるやり方で着手するほうが、安くて早くて地力がつく。「答えは現場にある」。そして「やることは絞る」。それが新規事業の正しい進め方なのだ。
新規事業版「7つの大罪」とは
動物病院向けカタログ通販事業は、ミスミの全体戦略が、「多角化ではなく祖業に集中する」という大方針の大転換により売却されることになったが、事業はその後も順調に成長し、いまや日本の約1万2000軒の動物病院のうち1万1000軒が顧客という、圧倒的な存在になっている。
こうして私は、新規事業家人生における最初の成功を手にすることができたのであるが、失敗続きから抜け出し、成功に転ずることができた分水嶺は、「意志」をもったことだった。
理論や理屈ではなく、事業家としての自らの姿勢、在り方だったのである。新規事業は否定と失敗の連続だ。普通の人が10回失敗したら諦めてしまうものを、それでもその10回を糧に11回目に挑戦できる粘り強さが必要なのだ。
新規事業の話になると途端にテクニカルなことに走りがちだが、本当に大事なのは、その事業に対して本気で立ち向かう覚悟があるのかということだ。その根っこがあって、初めてテクニカルなことが生きてくる。
したがって、社長と実務担当者に求められるものは、その粘り強さの土台となる「意志」であり、テクニックやノウハウをいくら学んだところで、意志なくして事業はけっして生まれないのである。
そこで、キリスト教の「7つの大罪」を模して、私のこれまでの数々の失敗の要因を隈なく振り返り、そしてまとめた「新規事業版7つの大罪」をお伝えしたい。なつている
「7つの大罪」はご存知のとおり、キリスト教でいう「7つの死に至る罪」を指す。内容的には、罪そのものというより、「人間を罪へと導く可能性のある、7つの感情や欲情」だ。その新規事業版であるから、「事業を失敗へと導く可能性のある、7つの姿勢や行動」という意味と捉えていただければ幸いである。
【第1の大罪】意志なき起業
意志は、その事業を自分ごととして、なにがなんでもやりきるという情熱、挑戦したいという熱量だ。意志が足りなければ、事業をやりきることも課題を乗り越えることもできない。当たり前のことでありながら、企業の中で新規事業を生み出そうとすると、その意志が置き去りにされることが多い。
足元の損益にばかり気を取られているために、どうしても本業、現業、主力事業の都合を最優先し、将来に向けて価値を創り込むことを常に劣後させる判断を繰り返してしまう。
今期の目標を達成し、今月のノルマを果たすことで精いっぱいだったりする。みずからの評価を気にし、失敗を避ける行動が身についてしまっている。なにがなんでも新しい一歩を踏み出す、未来を切り拓くという強靭な意志がないために、予算も体制も確保されない新規事業は、結局始まることもなく消えていくこととなる。
【第2の大罪】経験なき理屈
新規事業に失敗はつきものだ。「こうすれば必ず成功する」という絶対法則はない。だから、実際に新規事業を経験することで、学びが最大化する。
しかしながら企業内では、「いままでは、こうやってきた。こうしないとうまくいかないはずだ」
「こんな仕組みで儲かるのか?」
「うちのやり方はこうだ」
といった、新規事業の経験に基づかない、本業の理屈にまみれた言葉が飛び交うことが少なノヽない。
本業一本鎗できたために、組織のすみずみまで、本業意識が染みついていて、新たな事業にこれまでの事業を当てはめて考えるクセが、どうしても抜けきれないのだ。
学びは、みずからの経験からしか生まれない。本来であれば、市場に出てそこからフィードバックを得て、初めて経験を積むことができる。試すこともしない経験なき理屈は、新規事業の障壁でしかない。
【第3の大罪】顧客なき事業
事業をおこなう上で、「顧客視点」は非常に重要なキーワードだ。致命的に大事なそのキーワードを、簡単に手に入る二次情報、表面をなぞっただけの一次情報で済ませているようでは、その時点で、すでに先行きの困難性が透けて見えてしまう。事業で重要なことは、「顧客に価値を生むこと」だ。だから、あなたの仕事は、顧客に価値を生むことであり、それ以外は劣後するはずなのである。
しかしながら、「本業に生かせないか」という、顧客のためでなく自社のための思考に走ったり、「最先端の技術を活用する」という、手段先行のプロダクトアウトに走ったり、「のDXに乗ってみる」という、顧客が置き去りにされた発想に至ることが多い。これらは最終的な顧客価値競争において、敗北必須の取り組み姿勢だといえる。
【第4の大罪】熱狂なき業務
新規事業コンテストやスキル研修と化した新規事業の場では、なにがなんでも成功させる、必死になって稼ぐ、という当たり前の「熱量」が不足し、「お勉強」で終わってしまうことが圧倒的に多い。それは事業に本当の意味で熱狂できないからだ。
また、「経営層から何かを生み出せと言われたから…」という姿勢も同様である。自分ごととして「情熱」をもって挑戦することなく、サラリーマン行動の延長で仕事に臨んでいるようでは、事業家としての根っこが枯れていて、どんな事業をやろうともうまくいくはずがない。大事なことは、「自分がこの社会課題を解決しなければ」という意志をもち、「事業を生み出す」という業務に熱狂して臨んでいくことである。
【第5の大罪】挑戦なき失敗
何年も続く本業をもっている企業には、「完成されたオペレーション」が存在し、そのオペレーションの正確な実行を目的に、あらゆる機能が細分化され、担当として振り分けられた分担を誠実にこなすことが大事となっている。
「ミスを出さない」ということが重要となっている。これは本業を「守る」意味では正しい姿勢である。
しかし、かたや、新規事業はすべてにおいて挑戦だ。もっというと挑戦ができなければ、新規事業は始められない。そして挑戦するのだから、当然、失敗は付き物である。本業の発想で新規事業に取り掛かれば、「こんな、成功するか失敗するかわからないことはできない」ということになるだろう。そうなれば、新規事業は挑戦すらなされないまま、失敗に終わる。
【第6の大罪】利他なき利己
ビジネスシーンにおける「利己」には、個人と法人の「利己」が存在する。個人でいえば、自分の出世、自分の名誉、自分の保身などを指す。多くの組織において出世するのは、「失敗をしない」ということだ。
この発想は、新規事業が必要とする「挑戦」の発想とは真逆に位置する。顧客に価値を生み出すための挑戦よりも、失敗をしない保身に傾く姿勢で、いまない何かを生み出せるわけがまた、法人でいえば、わが社の製品、わが社のサービス、わが社の利益などを指す。多くの企業において大事なことは、「現業を守る」ということだ。
現業を守ることに終始する姿勢で、新規事業を生めるわけがない。今期の業績に一喜一憂し、未来への成長にブレーキをかけるのではなく、新たな顧客価値の創出に向けた投資をおこなうべきである。
過剰な「利己」を廃して、適切な「利他」をもたなければ、未来はない
【第7の大罪】自問なき他答
「どの市場が有望ですか?」
「よいフレームワークはありますか?」
新規事業をつくろうとする方から、そんな質問を私はよく受ける。
経験者から学びを得ようとする姿勢としては正しいが、その問いから透けて見える姿勢は、「正解を知りたがる」「マニュアルを欲しがる」だったりする。
だとしたら、その時点でその事業はすでに失敗している。ヒトの経験談、他者から借りてきた小理屈を、深い思考とセットにせずに、うわべを単純参照することは、悪手中の悪手といわぎるを得ない。
大事なことは、他人の答えに頼らず、みずからに問い、みずから答え、みずから行動することである。新規事業の現場はすべてがユニークであり、あなたの事業は、最終的には、あなたにしか判断はできない。
「来月末でいいですか?」
あちらこちらにぶつかりながらも、新規事業家としてのイロハのイを体得しつつあった私は、ある日突然に田口さんからこう聞かれた。
当時、田口さんはミスミをグローバルに成長させていくために、その知見をもった経営者を探し、三枝匡さんという、当時日本では珍しかったプロフェッショナル経営者を社長に迎えていた。
と同時に、自身は国内で新規事業を量産していくための、ミスミとはまったく別の新たな会社の創業準備を進めていたのだ。そして、ミスミからただ一人、取締役という肩書で私をそこに連れていく算段をしていたのである。
つまり、「来月末でいいか?」は、「来月末で(ミスミを退職し、国内で新規事業を量産していくために新たにつくったエムアウトという会社に転職してもらっても)いいか?」ということだったのである。
ちなみに、この話は田口さんと二枝さんの間で話が済んだあとに聞かされたもので、つまり私は、「自分の転職の決定を田口さんから聞いて知った」のである。典型的なオーナー社長らしい独断人事であり、「これは、もはや転職という名の人事異動だな」と思った記憶がある。
もちろん、まったく本人が知らない、縁もゆかりもない話だったわけではなく、いくぶんの伏線はあった。そのク人事異動その数か月前から、アートに造詣が深かった田口さんが考えていた「コンテンポラリーアートのEC事業」という新規事業について、個人的に何度か田口さんとブレストをさせていただいていたからだ。
ただ、それでもまさか「創業」の声掛けをしていただけるとは思っていなかったので、とても驚き、とても嬉しかったことをいまでも覚えている。こうしてミスミでの10年を私の新規事業家第1期とするならば、まさに第2期が始まった瞬間であった。
ただし、第2期の10年間で待っていたのは、恐ろしいほどたくさんの失敗経験であり、挫折であった。しかし同時に失敗から学び、「新規事業を創出する型」を体得することができた10年でもあった。
次章では、新規事業を創出する型をどうやって身につけたのか、そのプロセスで私が何を考え、どう要諦をつかんでいったのかを述べていきたい。
【私が得た教訓】
o本業人材だけが集まるとワナに落ちる
対象市場のプロと新規事業のプロがいれば、「しなくていい失敗」を回避できる。・答えは「現場」にある。そして「やることは絞る」ちょっとしたインタビューで導き出した理論はほぼ無意味。本当の答えは、
現場でしか見つけられない。また、立ち上げ期は顧客の動向に注力せよ。・ノウハウやテクニック以前に、「あり方」が間違っているとすべてがうまくいかない。「新規事業版7つの大罪」を回避せよ
テクニックやノウハウをいくら学んだところで、意志なくして事業はけっして生まれない―
■ コラム■ 「意志が10割」と心底思った、強烈な失敗体験
まだ「新規事業家」と名乗っていなかったころの話。とある大企業から、「新規事業の相談に乗ってほしい」という、ありがたいお声がけをいただいたので打ち合わせに行ってみると、「飛び地の新規事業、予算総額25億円、5事業同時立ち上げ」という肝いり案件だった。
5つの対象市場はすでに決まっていて、テレビドラマとかに出てくるような大企業の大きな会議室のテーブルの向こうに、それぞれの市場の責任者、5人が並んで座っていた。
守屋の役割は、その5人全員との「壁打ち」(ボールの練習のごとく、新規事業の専門家に事業案をぶつけてみて、質問やアイデアを返してもらうこと)。あきらかに自分の身の丈を超えた話だったが、「挑戦したい」という想いが先行し、無謀にも「ぜひ―」と即答してしまった。
ただし、その後の景色は「挑戦」とは程遠い、「保身と偽り」の世界であった。そもそもとして、今回の取り組み全体の責任者である本部長という肩書の人は、最初から欠席だったし、各事業責任者の5人もひとしきりの挨拶の後にさっさと退席、初対面からわずか30分後の会議室に残ったのは、事務局と守屋のみだった。
そして、なぜか違うフロアの打ち合わせブース(会議室ではない)に移ることになり、これまでの経緯とこれからの予定について、事務局の方から改めての説明を受けることになった。いろいろ聞いてみると、じつは5人の事業責任者は全員兼任で、つまり本業タスクをもっていて、主従でいうと圧倒的に「本業が主、新規事業が従」とのこと。
しかもこれまでの6か月(その会社の上半期)は、「本業の合間時間に研修会社が新規事業の研修をしただけ」だったようで、実際に事業開発に取り掛かる時間はほぼ無く、だから事業は立ち上がらず、という惨状。
すでに11月の現在、2月末の最終報告会まであと4か月、年末年始を考えると実質あと3か月しかない。早くカタチを整えないとマズい、という状況だった。
「怪しい。事業が立ち上がらない匂いがプンプンする…」。
思わず、「立ち上げてないから立ち上がらないんだよ」と毒を吐きそうになったのだが、予算上限25億円、しかも日本で知らない人はいないだろうという大企業、「本気でやれば道は拓ける!」と努めて可能性にフォーカスし、具体的な壁打ち日程などを詰めさせてもらった。
しかし、直感は当たるもので、というか、あきらかにそういう感じだった、という話なのだが、とにかく、その新規事業責任者は5人ともやる気ゼロ。
どれくらいやる気がないかというと、まず私との壁打ちを休むのだ。「急な出張が入りました」と言って、打ち合わせがどんどん延期になる。最初は、「ただでさえ時間がないのに、コレじゃ間に合わない」と焦っていたが、あまりに予定が飛ぶので約束どおりに壁打ちが入ると、「え、あるの■」という感覚をもつようにすらなっていた。
当時は新型コロナウィルス蔓延の遥か前。対面が当たり前で、しかも当日、先方の事務所に入ってから延期が知らされるので、「先方の事務所での空き時間」がしょっちゅうできたため、その時間を使って事務局の方に、「意図して延期させているとしか思えない状況の背景」について、聞いてみたc
事務局の方いわく、「担当者5人は、なんとかして事業を立ち上げずに逃げきろうと思っている」とのこと。社内の評価は減点法なので、新規事業を手掛けて失敗したら「×」がついてしまうので手掛けないことが賢明、という理屈だと教えてくれた。
「25億円もの予算があって、それでも何もしないと、それ自体が問題になりませんか?」と聞くと、「マイナー出資(投資対象となる企業の株式の50%を超えない議決権数を取得すること)している先の一つを買収して子会社にすれば、クやった感´が出るので、そのための予備予算なんですよ。5人は事業創出が担当なので、事業買収は別の部署が担当ですが、最終報告は、そういったことも含めての全体の報告になるので、彼らがやり玉に挙がることはないと思います」とのこと。
そういうことか。だからみんな落ち着いているのか。それにしても、なんで自分はこの仕事を受けてしまったんだ…。話を聞けば聞くほど絶望感が深まっていく。ちなみに、実際に壁打ちした中での、衝撃的だった事業計画の一例を挙げよう。
その事業は、シエア向けのECであった。「高齢化、買い物が億劫、シャッター街、だからEC」という事業内容の、超定番のあるある事業計画だ。ただ、普通は、新規事業は投資からスタートするので、最初は赤字になるはずなのに、月次の売上計画を見てみると、事業参入初月から黒字になっている。
しかも、売上や粗利益、営業利益などの数字が違和感のあるキレイさというか、真っ直ぐに等間隔に右肩上がり。当然ながら顧客もいない状態なのに、その事業計画は初月から黒字で、そのまま順調に右肩上がりなのだ。
どういう意図なのかがわからず、「事業計画数値の考え方を教えてもらってイイですか?」と尋ねると、「ECの業界平均値を売上に掛けました」とのこと。
一瞬、何を言っているのかわからなかったが、要するに、売上の数字は「定額で毎月伸長」とし、売上以下の数字は「売上に業界平均の粗利益率や営業利益率を一律で掛けただけ、粗利益と営業利益の差分が経費」とのこと。まさか、本気でこうなると思っているわけじゃないですよね? (守屋の心の声)。
しかも、「一人暮らししている高齢者の生活に必要なモノがすべて揃っているECサイト」の使われ方は、「高齢者本人が食料や飲み水を含む1か月の生活必要品をすべて購入、1回の注文で洩れなく注文完了、納品も1回の納品ですべて完納」という想定になっていた。いや、こんなに自社に都合のよい行動をしてくれる高齢者いるわけないですよ(心の声その2)。
そんな事業計画を見て、事務局の方が言っていた文句は本当だ、と思った。担当者5人は全員優秀で、出世レースから外れていない。今後も外れたくないので、減点評価をなにがなんでも回避したい。その時点で1月だったので逃げきるまであと1か月半。何もしないで逃げきるつもリマンマン、やる気の欠片もなく作成した事業計画は手抜きの極致、と。
結局自分は、5人の事業責任者にやる気をもってもらうことはできず、そして、自分自身もやる気を失い、業務委託最終日を迎えるのを待つだけの、どうしようもない伴走者に成り下がつていた自分が「意志」に執拗に拘るのは、この「強烈な失敗体験が原体験」となっているのだ。大失敗談であり、最低の仕事ぶりであり、そして同時に「最大の学び」だったと思う。
「新規事業は意志が起点。テクニックの前に、なんとしてでもわが社の収益の柱を生み出すという、覚悟が絶対に必要」。
テクニックをうわべだけ習っても、土台の設定がそもそも間違っていると、何をやろうが、うまくいかない。どうか、どうか、本書を手に取ってくれた皆さんに伝わりますように。
コメント