では、こうした脅威にさらされているなか、どんな新規事業を目指していただきたいか。これを定義するならば、
既存の仕組み、既得権益、凝り固まった業界慣習に働きかけ、これまでにない新しい便益を生み出す。または、埋もれていた
便益を掘り起こすビジネス
「そんなビジネスがあるものか!」という声が聞こえてきそうだが、私からみれば新しい事業の機会はそこら中に散在している。
前述のラクスルの例でいうと、印刷産業における大量生産に最適化された既存の秩序やシステムでは、多品種少量の注文を低価格・短納期で請け負うことはできず、そのニーズに応えられないままに供給余剰が発生してたくさんの未稼働が生まれていた。
そこに、ワンクリックでこの不満・不便・不利益を解消し、さらに配布までが効率的に完了できるビジネスを生み出したラクスルが現れ、これまで大ロットでの発注ができなかった中小企業や個人も取り込むことで、新たな市場を創造したのである。
繰り返すが、印刷業界は競合の多いレッドオーシャンだ。市場規模は6兆円で、その巨大市場の半分を押さえる大手2社の下に、3万社の中小業者がいる。
さらに、そのうちの何社も、自社の営業の窓口としてインターネット上に受注機能をもっている。ここに参入しても、後発の自社が勝てる見込みはないと考えるのが普通である。
しかし、既存の事業とテクノロジーを組み合わせることで、チラシを500枚刷って配るような、これまで「そんな小さな仕事じゃ利益が出ないよ」となる顧客ニーズに応えても収益が出る仕組みを構築し、1件何百万円、何千万円という、価格競争で大手有利な案件とは別のところで、ラクスルは収益性を担保しながら一気にスケールできたのだ。
印刷産業以外にも、進化が止まり、顧客の不満や不便、不利益がたまっている産業・市場は世の中にたくさんある。
進化が止まっている原因は法規制かもしれないし、古い慣習が根付いているからかもしれない。特定の企業が市場を圧倒的に独占していて、競争が起きにくい環境になっていることもある。
こうした市場を注意深く観察すると、ユーザーが既存の商品・サービスに不満をもちつつも、仕方なく使っている領域がゴロゴロとある。
そうした膠着した市場を探し、風穴を開け、市場を再定義するようなプロダクトを投入することができれば、大企業に比べて資金力が乏しく、後発でその市場に参入する中小企業にも勝機がある。
ちなみに、私が指す「目指すべき新規事業」と、レッドオーシャンでの戦いとなる事業を、有名な「アンゾフの事業拡大マトリクス」で示すと第2図のようになる。
「アンゾフの事業拡大マトリクス」とは、経営戦略の父と呼ばれる経営学者イゴール・アンゾフ(〓”『崚H∞o『>覇oじ氏によって提唱された事業戦略立案に使われるフレームワークで、縦軸を「市場」、横軸を「商品・サービス」に設定し、それぞれを既存と新規に分けた、「2×2」のマトリクスである。
まず、左下の領域「既存市場×既存商品・サービス」では、従来のマーケットの中での取りこぼしを減らしていくこと、すなわち市場浸透に主眼が置かれる。これは自社の本業の夕通常運転″であり、歩留まりを良くしたり、効率性を高めることが求められる領域だ。
既存のビジネスは、成長に見合った最低限のリソースで回せるようにオペレーションの効率化。システム化を極限まで進め、事業規模が成長しても規模に比例した人員増加はおこなわず、筋肉質な組織に育てることに注力しなければならない。
次に、こうした既存領域を足掛かりにして「新市場」に打って出たり(新市場開拓)、「新商品・サービス」を生み出すこと(新商品開発)も売上利益拡大には不可欠だ。そして、企業の「新規事業」と呼ばれるものは、ほとんどがこの領域に属している。
しかしながら、何度も強調するように、この領域の競争は既存顧客の顕在化したニーズに対して、顕在化したビジネスモデルで、より効率的な商品・サービスを提供する「持続的イノベーション」であり、既存企業とくに資本力がある大企業がほぼ勝つレッドオーシャンである。
したがって、この領域でいざ事業を立ち上げても、既存のサービスに些末な機能追加をしたレベルのサービスで終わってしまい、新たな価値も生み出せないまま、スモールビジネスとして落ち着いてしまう。
私が本書で述べている「新規事業」とは、「既存の事業構造自体の変革によって、顧客の利益を最大化する、うものだ。
まったく新しい価値の創造」を目指すものであり、スモールビジネスとは違
もちろん、スモールビジネスが悪いということではないが、自社の次の収益の柱となるべきビジネスをつくろうとする読者諸氏にとっては、年商数千万円どまりで、あまり利益率も高くない事業を立ち上げるのは本望ではないはずだ。
ゆえに、短期にスケールして継続的に利益を上げていける「新規事業」を求めるならば、自社がいま身を置いている業界であれ、あるいは本業にまったくつながりのない「飛び地」であれ、持続的イノベーションの競争が無力化するような、まったく新しい市場をみずからつくらなければならず、それは第2図のマトリクス上の右上、一番濃いアミ掛けになっている「破壊的イノベーション領域」こそが狙うべき領域なのである。
厳しい言い方に聞こえるかもしれないが、ビジネスとは新しい価値を創っていくことだ。これがなければ、単なる既存からの搾取であり、つまり長持ちしないということである。
したがって、既存領域および改善領域において最小のリソースで最大の利益を稼ぐ体制を整えながら、同時に、そこで浮いたリソースを新領域に振り分け、顧客に新たな価値を提供する破壊的イノベーション創出をなんとしてでも成し遂げる。こうした難しい経営のかじ取りが、いま経営者に求められていることなのだ。
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