こうした中、「わが社の新規事業立ち上げを、手伝ってほしい」と、さまざまな企業からオファーをいただくことが増えてきた。私の体感では「急増」といってもよいほどだ。
私はこれまで30年間、50以上の新規事業に携わってきた新規事業の専門家である。スタートアップの場合は事業のカタチが定まっていないところから創業メンバーとして役職に就かせてもらい、みずから資金を入れて株式をもち、事業責任を負って参画させていただく。
企業からの依頼の場合も、外部のご意見番ではなく非常勤の契約社員のようなカタチでメンバーの一員となり、事業計画をつくるところから、パートナーや営業先の開拓、組織問題の解決や社員個別のキャリア相談にいたるまで、新規事業にまつわる多様な経営課題の解決に向き合い、新規事業が安定軌道に乗るまで参画し続けるというのが基本のスタイルだ。
ただし、事業が軌道に乗ったら第一線から退くことを常としている。理由は単純で、自分はあくまでも事業の「立ち上げ」のプロであって、「成長」に関しては専門領域ではないからだ。
成長領域には成長領域のプロがいて、当然、私はその人には敵わない。事業を主語にして考えれば、事業の成長や変化に応じて、より適切な組織に進化させていくことが大事であることは疑う余地がなく、果たして私はバトンタッチする、ということである。
たとえば、前述のラクスルでは、創業当初に副社長をやっていたが、いまはプロボノ(専門家による社会貢献のボランティア活動の一種)として参画させてもらっている。
じつは、ラクスルヘの参画スタイルでいうと、スタートも最初はプロボノだった。のちに顧間となり、社外取締役←取締役←副社長←取締役←執行役員←参与執行役員となって、時価総額1千億円を超えるユニコーンとなり上場を果たした現在は、再びプロボノに戻った、という具合である。
このように、新規事業だけに特化して30年やってきた結果、医療福祉、 ヘルスケア、印刷、教育、農業、製造業…とさまざまな分野で、50以上の新規事業に挑戦することができたというわけだ。
この経歴を自分なりのキャッチコピーでまとめると、
5 4 = 1 7 +2 2 + 1 5
という数式となる。
「54」というのは、現在の私の年齢であると同時に、手掛けた新規事業の数である。
厳密にカウントするとじつは54以上となるが、皆さんに「守屋は、年齢と同じ数の新規事業をやってきた」となんとなくでも認識してもらえればよいので、公開プロフィール上では今年は54、去年は53で来年は55と、毎年1つずつ増やしてお伝えしている。そして、54のあとに続く「17十22+15」という算式は、手掛けた事業の内訳を示している。最初の「17」は社内起業の数だ。
私は、大学を卒業して初めて就職したミスミ(現・ミスミグループ本社)という会社で10年、その後にミスミの創業社長の田口弘さんが興したスタートアップ、起業専業の「エムアウト」で10年、この2社でサラリーマンとして20年間、新規事業を17回やらせてもらった。
次の「22」は、独立起業の数である。
ミスミとエムアウトで計20年、田口さんのもとで経験を積んだタイミングで、「そろそろ独立しなさい」と田口さんに促され、予定外に個人事務所を構えることになってからのキャリアである。
前述のラクスルを皮切りに、創業前、もしくは創業間もないスタートアップに参画し、資金を入れ、役員に就いて頑張りながら、これまで22の事業に挑戦させてもらっている。最後の「15」は、週末起業の数である。
仲間と都内にバーをつくったり、フィリピンの小学校の校舎を新設する資金を集めたりと、個人的な関わりや縁でお手伝いをさせてもらった案件だ。とはいえ、ノリと勢いに任せた取り組みも多々含まれていてあまりに脈絡がないので、いったん週末起業というラベルを貼らせていただいている。
新規事業の量
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