メーカーであろうと、卸、小売りであろうと「モノ」過剰で不足の時代ではないので、「モ
ノを売るな」といいたい。「モノ」を売るからややこしくなる。
今まではお金をいただくには、「モノ」を差し上げることによって代価を得るという発想
だった。この発想をやめようというわけだ。
「モノ」を差し上げないとお金がもらえないという考えだけでは、この解決はあり得ない。
私の関係先では、基本的に「モノ」を売らせてはいない。
〈実例〉
トンカツの専門店のKYK。
外食産業は、構造不況になると五〜六年前から主張してきた。それは参入企業が多く、供
給過剰になるのが見えすいているからだ。だから、次の新分野へ進出せよといい続けてきた。
トンカツ専門店のKYKで成功している一つにデリカ部門がある。百貨店内でデリカテッ
センを売って常に良い業績を上げている。
この部門へ進出するとき、社内の反対がけっこう多かった。理由は料理はおいしいことが
絶対条件である。トンカツは、「あつあつ」を食べるからおいしいのであって、どんな料理で
も、揚げ物は家へ持ちかえって、再加熱して食べてはおいしくないことはわかっている。お
いしくないトンカツのイメージが家庭で定着したらどうなるのか。この点でデリカヘの進出
が大きな難点だった。
デリカテッセンという思考の中には、最近まで惣菜という考えがあった。惣菜的発想はお
かずを売るという発想だ。
デリカテッセンとは、おかずを売るのではない。「時間」と「手抜きをしたのではないという
いいわけ」である。タイムだ。忙しくなってきた家庭の主婦や女性に「時間」と「見栄」をつくっ
てあげる。経済的なものと、専門的という雰囲気を売っているわけだ。
「時間」について、トンカツをつくるときのことを考えてみたい。
豚肉の切り身を買って、塩、こしょうをして、小麦粉を付け、卵を割ってぬり付けて、パ
ン粉を付ける。油を鍋にわかして揚げる。この時間と残りの材料品のロス、洗いもの、後片
付け、さらには油煙と清掃を考えると大変なことだ。
それを売っているのがデリカテッセンだ。
それを雰囲気のいい高級な専門店でつくられたというものは、単なるトンカツではない。
トンカツ以外の価値のほうが非常に高くなっている。
同社は、悩み抜いたあげく進出したデリカ部門だったが、素晴らしい業績を示している。
「モノ」を売るなという発想の基本はここにあるわけだ。
供給過剰から抜け出す市場として、同社の実績がすべてを物語っている。
6
コメント