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総理大臣の給料のほうがアメリカの大統領より高い

私は、よくこんな質問をする。

「アメリカの大統領の給料はいくらだと思うか」

「アメリカで高額所得者といったら年収いくらぐらいか」

参考までに、日本の総理大臣の給料は、平成六年(一九九四)で四四六〇万円であった。ま

た日本で高額所得者といえば、年収一〇〇〇万円から一五〇〇万円以上のクラスを考える人

が多いことだろう。

おそらく皆さんは、アメリカの大統領と日本の総理大臣の給料も、日米の高額所得者の年

収も、日本が豊かになったので、そんなに変わりないと思うだろう。ところが、実際には大

違いなのである。それも皆さんが想像しているのとは逆に、アメリカのほうがずぅと少ない

のである。

まず、アメリカの大統領の給料だが、クリントン大統領の給料は九四年で二〇万ドルであ

る。この給料は、九五年の七月にホワイトハウスが公表した税申告書によるもので、日本の

新聞にも掲載されている。当時のレートで円換算すると一六六〇万円。日本の総理大臣のは

うがアメリカの大統領より二・七倍もの給料を得ているわけだ。

次に高額所得者の年収だが、アメリカでは四万五〇〇〇ドル以上の収入のある人を言う。

仮に一ドル= 一一〇円としても、わずか四九五万円である。事実を聞いて驚かれた方が多い

と思う。なぜ、このようにアメリカ、それにヨーロッパなど海外先進国の給料や年収が低い

のかと言えば、賃金や給与水準が高くなれば、諸外国から労働者が流れ込んできて安くなる

のである。いや、それ以上に、土地をはじめ、食料や衣料などモノの値段が安いからだとも

言える。

こう言うと、読者のなかにはおそらくいろいろな理由や原因をあれこれ持ち出して、「わ

が国の賃金は決して高くない」と反論されるだろう。例えば労働力の中身や質が日本のほう

が優れているからなどと。

ところで、経営者の方々は、毎日、労働生産性のデータとにらめっこしながら、諸外国製

品より安い製品をつくろうと対策なり戦術なりを立てるのに懸命になっている。だが、私に

言わせれば、戦術や小手先の対策にいくら知恵を絞っても、もはやこれという妙手を編み出

すには無理な段階にまで事態はきている。いまや、次に述べるような大胆な戦略による抜本

的な解決策を図らない限り、こんな世界一高い賃金で人を雇用していたのでは勝ち目はない

と断言できる。その決め手となる戦略とは、

①思い切って従業員数を現在の三分の一に減らす。

②従業員のなかでの高額所得者を大幅に減らす。

③機械化を積極的に推進し、省力化に徹する。

④従業員、労働者を日本人から外国人に切り替える。

⑤従業員の労働意識を変える。

この①〜⑤の実行は、その気にさえなれば簡単にできるはずだ。しかし、まだ少しばかり

利益の出る会社は、こうした戦略を打ち出さない。なぜか。ベテラン社員を解雇すると、得

意先との長年の関係が切れかねないと懸念するからである。また、実際に従業員の解雇には

ククビ切り担当者´も真っ先に反対しがちだ。例えば、次のような理屈を持ち出して。

「石油ショックで多くの社員を解雇したため、そのあとで景気がよくなったときに採用す

るのが難しく苦労した」

そういう反対意見が出たときに、私は経営者に、このように説得しなさいと言っている。

「あのとき採用に苦労したのは、給料や待遇なども悪かったが、それよりも他社が採用人

員を増やしたことが響いた。社員を解雇したこととは無関係だ。だが、あのとき、解雇して

いなかったら、当社もライバル会社と同じように倒産しただろう。倒産したら元も子もなかっ

たではないか」と。

従業員を解雇できないために、ク永年勤続無能幹部″を受け皿会社と称する子会社などへ

送り込む例が多いが、これも大きな間違いである。そもそも子会社は、親会社と同じ賃金や

待遇ではとてもコストが引き合わないからと、別の賃金体系で経営できるようにつくったの

である。決して燃え尽きた従業員に付録人生を送らせるためにつくったのではない。

ところが、子会社へ送り込まれた上級幹部は、社内で威張るだけ。そのくせ親会社のはう

ばかり見て、仕事は何ひとつ満足にできない。だから子会社はどうにか仕事はこなしても、

人的労働生産性などは少しも上がらない。

こうした構造が親会社から子会社、子会社から孫会社、さらに孫会社からひ孫会社、やしゃ

ご会社へと連綿と繋がっているのが日本の実態である。このような多層化した一連の多種・

多様な中小零細企業群が、少し前までは多くの不況の影響やショックを吸収するショックア

ブソーバーの役割を果たしてきた。その事実は私も否定しないが、いまや賃金水準が世界一

高くなった段階では、逆にこうした構造が日本の経済体質を弱めていると言わざるを得ない。

しかもこれら多層化した日本独特の企業構造は、海外からは「ケイレツ」と強い批判を受け、

非関税障壁の一つにさえあげられている。アメリカやカナダのようなモザイク国家、ミック

スサラダ企業から見れば、日本のような、すり鉢すり潰し国家、ごま豆腐企業は、まさしく

「アンビリーバブル」(信じられない)である。

一方、わが国の優良大企業の間でさえ、もはや子会社の面倒まで見切れなくなったと、ホ

ンネで行動するところが増えつつある。いずれにせよ、これからは日本の企業も島国だけで

通用するルールでなく、世界の大国として国際ルールで闘うべきであるし、また、そうでな

ければとてもやっていけない時代が来ているのである。

円高は、日本企業の「和」を重視してきた経営から「カネ」というきわめて経済的・合理的尺

度を重視した経営への転換を突きつけている。だが、残念なことに、現状は依然として古い

体質が主流を占めている。それはちょうど、太平洋戦争末期の日本軍のように、近代兵器を

前にバンザイ突撃をやっているようなもので、諸外国から笑止千万と笑われても仕方がない。

昭和六〇年(一九八五)のプラザ合意を契機に加速した円高は、造船、金属、化学、繊維な

どのわが国の輸出産業に潰滅的な打撃を与えた。さらにその後、バブルの間は笑いが止まら

なかった不動産、証券、建設業、銀行も、バブルが弾けると、 一転して大赤字の苦境に陥っ

た。そのなかでリストラ(事業の再構築)に名を借りた指名解雇や希望退職者の募集が相次い

だのは、皆さんのご承知のとおりである。

「必ずわが社の労組は弱い人を助けてくれる」

「わが社の経営者は宗教心が厚く、人格者である」

「わが社の提供する商品は、どこと比較しても品質に優れ、業界ナンバーワンの占拠率で

ある」

「学歴、能力は劣るが、この会社で私が一番早く出社し、 一番遅く退社しているが、残業

代などが欲しいからではない。ただ、自分はこの会社が好きなんだ」

しかし、当社の製品はナンバーワンの品質だから、うちの社長は人格者だから、いざとい

うときは労組が守ってくれる、という甘い期待はもろくも崩れ去り、日本的経営の拠り所を

失って呆然としている人も少なくない。

これまでの日本企業が誇ってきた、会社と従業員を支えてきた精神的連帯感は見るも無残

なほどズタズタに断ち切られ、まったく立ち上がれない企業が激増している。

経営の三要素はヒト、モノ、カネであると学校で学んだが、モノつまり商品をつくり、カ

ネを稼ぐのは人間である。だからこそ、三要素のなかで最も大切なのは、日本的経営ではな

いが、たしかにヒトである。だが、現代では、この二要素に環境と時間を付け加えることが

絶対に欠かせない。

さらに、ヒトといっても、大切なのは人の「心」よりも、「頭脳」である。これらを誤ると、

時代に逆行した経営になり、失敗してしまう。これからは、企業の戦略を広い視野に立って

考える、たとえるならば軍事参謀的な人間の頭脳というものが、いままで以上に重視される

時代がやって来たと言えよう。

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