企業規模が大きくなり、仕事の量も増えれば、仕事を分割し、部下に委ね、任したほうが、
どんなに優秀な人、超スーパーマン人材一人よりも大きい仕事ができる。そこで組織という
ものが誕生するのである。
組織とは、簡単に言えば、目的意識、価値意識を一つにした複数人間の集合体において、
それぞれに相﹇劃「劇測「洲倒一Ч、‐一欄一謝¨劃¨剥¨引網¨Ⅶ¨咽】Ч‐u‐.側¨嗣¨Ⅵ鮒¨劉一硼u、縦・横の関係を明らかにす
るとともに、鋼川「「バコ引コ馴「剰月剥「司=‐測鋼桐・‐‐相鋼謝「詞日洲が「H「司日口「回州冽洲コ引創明刻∃「錮判を明らかに
するものである。
傍線を引いた部分が、筆者がとくに重要であると思っている点である。企業は、規模が大
きくなり人数も増えると、屏風やオデキによくたとえられるように、どんな企業でも倒れや
すく、ウミがたまりやすくなる。その大きな理由の一つは、組織にとって大切な、ここに示
した三点がうまく守られなくなってくるからである。
企業活動では、目的意識(何のために)、価値判断(何が大切か、何がよいことか)が、一〇人、
一〇〇人、 一〇〇〇人、 一万人と人数が多くなればなるほど、 一つにするのが難しくなる。
社員それぞれの個性、特徴は大切にすべきだけに、働く人々のアプローチの仕方は千差万
別でもいいが、働く目的が、ただ単に自分のためとか、癒着している取引業者のためとか、
出世のための上司へのご機嫌取りといった具合に、皆がまったくバラバラに、本米の目的か
ら外れるようになってしまっては、組織が成り立たない。また、目的が違えばその手法、働
き方もまったく違ってくる。
大半の中小企業では、ほんの五年ほど前までは、経営者が自分で組織をすべて把握し、命
令する権限を持っていた。持っている権限を他人様に手渡すのは簡単なように思えるが、実
際には「人間の業(ごう)」がからんでくるだけに、なかなか容易ではない。
できる奴に任せたいと思っても、そのできる奴がいない。もっとも、潜在能力を持ってい
る人間はいることはいるが、トップがそれを見抜けない。それどころか、職務分担を明確に
せず、重複業務がやたらと多い組織をつくっている。
とく上司への報告・連絡・相談(ほう。れん。そう)が下手である。これは日本の学校では
手を挙げて自分の意見を述べるという基本的な教育ができていないことにもよるが、口頭で
簡単明瞭に相手に意思が通じるように報告できない。
企業内では「会議」ですべてが解決できるはずだが、このコミュニケーションの場である会
議ベタの企業がまた多いのにも驚く。
企業は体と同じで、血液(カネ)のめぐりと神経(コミュニケーション・情報伝達)のめぐり
の二つが悪くなると、体、腰はたちまち弱くなる。経営者や幹部は「言わず語らずに心と心」
と思っているのか、阿咋の呼吸で社員にわからそうと思っても、いまの時代にとてもそれは
無理だ。
会議の多さによく文句を言う人がいるが、会議の多さは問題ではない。要は、 一つの会議
は四時間以内で終わることだ。それ以上延々と続けても、頭が回らないし、なんの効果もな
い。さらに、早朝や夕刻から始めることにナマケモノ族は文句を言っているのである。
人多くして
会して
議して
決して
行なって
会さず、
議せず、
決せず、
記録せず行なわず、
チェックせず。
第2章 このままでは企業の腰は弱くなる
これを「怪議」と言うと昔の人は言った。会議が始まっても、会議時間中一度も発言しない、
何も反論しない参加者。トップ一人のワンマンショー。何が決まったのかわからず、議事録
もつくらず、そして、やらなくてもどうってことないし、チェックもされないので、引き延
ばせば、いつかトップも忘れてくれると思っている無責任幹部も多い。
とくに昨今は課や部や会社の役員陣の休日が多くなり、会議の時間が少なくなっている。
遊ぶ場が多くなっているのに、会社にとって大切なコミュニケーションの場は、逆に少なく
なっている。
会議が実り少ないものになっている最大の理由は、社員の間に「共通語」がないからである。
社内にスムーズで確実にコミュニケーションがとれるような共通言語がないということである。
強い会社は、月に最低一回は土曜・休日を返上して、会議や研修の日に充てている事実を
あえて申し上げたい。
さらに「達意」力の貧しさには目を覆いたくなるほどだ。会社の方針なり自分の意思を、聞
く相手が理解しやすく、かつ具体的に行動に移せるよう伝えられる管理職が少ない。これが
企業をどんなに弱くさせていることか。一度言ったことは再度言いたくないという人が多い。
昔の人はクドかったというが、実はそうではない、クドいほど言わないと人は理解しないこ
とを知っていたからである。
企業環境や経営条件の変化は、ますます激しく急速化しつつある。経営者以下、社員全員
が機敏かつ柔軟に目標へ向かって動かなければ、とても対応できない時代である。求められ
るのは「打てば響く」ような社内体制である。国際化時代には阿昨の呼吸の日本的経営は通用
しないし、まして高度情報化時代では、社内コミュニケーションのまずさは命取りになる。
最近はコンピュータを利用している企業が多いが、コンピュータ云々以前に、もっと重要
な問題は、社内で言葉が統一されていないことである。例えば、売上げとは、何をもって、
またはどういう状態を指すのか、ということで意見が統一されていない。
一どういう場合に売上げが上がりましたと言いますか」と私はパンのメーカーさんに聞いた。
「それはお金をもらったときです」
「あっそう。パンを渡してお金をもらったときに売上げと言うのですか。そうしたら、近
所のレストランのコックさんが食パンを取りに来て掛売り伝票を切ったときは、売上げと言
わないのですか」
「あ、それも売上げと言います。売掛金です」
「それだと売上げは、現金主義ではないのですね。売上げとなるのは商品が出たとき、つ
まり出荷のときですか」
「そうです」
「あなたの会社の上に喫茶ルームがありますね。上のコックさんがちょっとバン要るワ、
というとき、モノが動いたから内部売上げ伝票を切っているのですか」
「いいえ、それは、うちうちですから」
「モノが動いても売上げになることはないのですか」
「売上げとは言いません」
「モノが動いたときに売上げでないとすると、何をもって売上げとするのですか」
「さあ……」
とその人は考え込んでしまった。このように、会議なり社内のコミュニケーションを阻害
している大きな理由に、社内での「共通語」のなさがあげられる。
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