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4-10 品切れは悪ではない

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売り切れの美学、売れ残りの醜思。

私の指導先にN社という食品スーパーがあります。私は、他の食品スーパーの経営者にN社を見学するようにアドバイスをしますが、ほとんどの方はこの会社のマネができません。

N社では朝の開店時、店頭の陳列ケースには他のスーパーのように多くの商品はなく、スカスカの状態です。例えば、鮮魚売り場であれば、氷の入ったバケツに魚市場からの魚がそのままつっこんであり、一匹売り状態です。

その魚は昼の時間に間に合うよう、その日のお昼に必要な姿、刺身や寿司や弁当などに加工されていくのです。

昼の販売がひと段落すると、夕方の商品づくりに入ります。よって、昼商材はほとんどゼロになるのです。

「新鮮な商品」「残らない商品」、N社の生鮮食品は決してお客様を裏切らない新鮮な商品であることを、お客様も知っているのです。

パンやピザ、デザート、寿司もガラス越しで従業員が手づくりしており、専門店がそこにあるようで、売れ行きを見ながらつくっています。

なので、従業員は商品をすべて揃えるために、早朝から働く必要はないのです。売り切れるからお客様は商品のできる頃合いに詰めかけるのです。

一般のスーパーはいたずらに商品の豊富さを見せようとして、過剰な陳列をし、次の日やその次の日に多くの商品を売り残します。その廃棄は原価率を悪化させており、商品鮮度を下げる罪を行なっているのです。

「申し訳ありません。売り切れました。お早くお越しください」。なぜ、これが言えないのでしょうか。

大手スーパーや百貨店の飲食売り場には、「最後の来店者まで商品を選んでいただけるように陳列せよ」などと指示を出すアホな幹部社員がおり、欠品すればペナルティをとる会社もあります。

N社のように良い商品を提供しようとする商人態度が当たり前であるのに、なぜこれができないのでしょうか。不良在庫を残す行為はしてはならないのです。

「売り切れの美学、売れ残りの醜悪」

私が50年来、申し上げている言葉です。

「社長の財務戦略」より

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