もはや形だけの社長の権力で引っ張る時代ではない。
企業成長の秘訣のひとつは、能力の向上とより高い目標設定という螺旋型に上っていく「好
循環サイクル」を、いかに社長が社内につくりだしていくかということである。
そのためには、部下への目標設定も実現可能なものでないといけない。
いつも未達、未達の連続では、部下が目標に挑戦する意欲を、わざわざそぎ落としている
ようなものだ。過去の実績からみて考えられないような目標を掲げて、部下に実現しそうも
ない高すぎる目標を設定することは、「社長の出す数値は信頼できない」としつけているに
等しい。しかも社員は自信を失い、能力の向上どころではない「悪循環サイクル」となりかねない。
わたしが、経理や事務の人がつくる長期計画ではなくて、あくまで「社長の長期計画」に
こだわる理由のひとつがこの点にもあるわけだ。
社長の長期計画は、このように螺旋型に社員の能力を引っ張り上げる役目も果たす。本物
の社長のリーダーシップというものは、こうあるべきではないだろうか。
これは佐藤塾のメンバーの会社の一つ、建材卸のT産業であったことである。
佐藤塾に入る前のT社長は、よくいえば事業欲旺盛で、世の中で流行っていると聞くとす
ぐ、自分の会社で手掛けてみるような人であった。ビデオショップが儲かると聞くと、すぐ
にビデオショップを始める。モーテルだ居酒屋だと、まさに手当たり次第に近い。わたしの
嫌う「事業のコブ」ばかり増やすタイプだった。
当然、塾に入った当時のT産業の長期計画は超流動的である。 一つの計画を立てたかとい
ううちに、新しい事業が追加される。売上計画はあってないようなものだ。T社長の頭のな
かでは、独特のソロバンがあるのだろう。いわゆる商売の勘がいい人とでもいうのか、設備
投資も金融も計画とは裏腹なことを平気で実行して、それで利益はしっかり出していた。だ
から自分の行き方が悪いとは思っていなかったのである。
ところが社員がついてこないのだ。せっかく軌道に乗って、これから儲かるような状況に
なると、社員の使い込みが発覚したり、突然辞めたり、 一向に事業の柱に育たない。
かつてT社長と創業を共にした専務が困り果てて、わたしのところに相談にみえた。
「先生、社長の事業の勘は動物的で素晴らしいけれど、このごろはとてもついていけない。
新しい事業の柱を育てるためといいながら、次々と手を出すので人のやり繰りも大変だ。社
内がいつもぎわついていて、採用してもすぐ辞めてしまう。社員も疲れきっている。どうし
たらいいか」と言うのである。
「専務さん、わたしの指導不足であなたをこんなに悩まして申し訳ない。幸い、本業のほ
うはあなたがしっかり見てくれているから順調なようだ。T社長も勉強したばかりでまだ身
についていないが、わたしも特訓するから、もうちょっと専務さんも頑張っていてほしい」
と慰めるしかなかった。
塾頭と威張っていても、塾生の会社であって、わたしの会社ではない。T社長の会社なの
である。.残念ではあるが、指導の限界というものがある。折しもバブルによる好況に入ろう
としている時期でもあったため、T社長は相当に自重しているつもりでも、香港のマンショ
ンで知人が何億と儲けたというような話を耳にすると、もうジッとしていられないのだ。結
局、社員の出入りの激しさが落ち着くには、バブルの崩壊を待たなければならなかった。
T社長がやってきて言うには、「先生が、思いつきの冒険と計算された冒険はまるきり違
うものだ、と耳にタコができるくらい言われていた意味がようやく分かりました。先生から
見ればデタラメな計画でも、それでもあったから、早め早めに手が打てて、どうやら最悪の
事態にはならなかった。大儲けもしたけれど大損もした、ソロバンでは差し引きゼロ。とこ
ろが仲間は思いつきの冒険は避けて、同じ期間に比べものにならない大きな利益を確実にだ
している。骨身に染みて分かりました。性分だからこれからも冒険はやり続けますが、もう
少しマシな冒険をします」と。
会社を大きく育てるには、「大きくなるような方向づけ」こそ、社長の最大の役割だ、と
はじめに述べた。しかしその方向づけは、五年とか一〇年に一度の、次元の高いものでなけ
ればならない。毎年、 一年に何度もというのでは、方向づけとは言えないのである。事業を
軌道に乗せるのに三年はかかる。一年やそこらで結果のでるようなものは、もし首尾よくいっ
ても、事業のコブにしかならないものだ。五年、 一〇年たつとそれらのコブが、企業の健全
性に害をもたらすようになるのだ。
全社一九態勢をつくるためには、社長に、落ち着いた骨太の長期ビジョンが不可欠である。
それを基に、実現可能な枠を部下に示し、指示してチェックし達成させ、部下の能力を引っ
張り上げて次の目標にチャレンジさせる。会社全体の能力を一回り大きくしていくのが、社
長の本物の統率力といえよう。
社長は「好循環サイクル」をつくりだす人でなければならないのだ。
ところで、この過程は、同時に、社長自身の経営能力の育成プロセスでもある。
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