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必ずやり切る

私事で恐縮だが、自分の経験を述べさせていただくと、わたしは家庭の事情から、中学を

卒業するとすぐ就職した。

生まれたのは東京だが、就職したのは名古屋の三菱重工である。まだ戦争中のことで、お

国のために飛行機の一機でもつくりたいという健気な気持ちがあったからだ。そこでの勤務

経験から、わたしはひとつの貴重な人生観を獲得したと思っている。

わたしは現場の工員になるつもりで三菱重工に入ったのだが、配属されたのは三菱重工の

名古屋発動機研究所というところであった。戦争中の混乱した状況のなかで、三菱は何を間

違えたのか、中卒のわたしを研究所と名のつく部署に配属したのである。

赴任してみると、そこでの仕事は実際に大変であった。毎日、難しい計算ばかりさせられ

る。頭のいい人はそれを高等数学でどんどん解いていくのだが、中学出のわたしは初等数学

しか知らない。そこでわたしは初等数学でそれを解いていく。たとえば、積分というのは掛

け算の繰り返しだし、微分は割り算の繰り返しである。初等数学でそれを解いていくには根

気しかない。頭のいい人は夕方になると計算の答えをまとめた報告書を提出して帰ってしま

うが、わたしはそれができないから残業をする。それでも間に合わないときは、寮に持ち帰っ

て必死に計算をして答えを出す。そういう毎日であった。

三年間そういう生活をした後、わたしは名古屋から静岡へ転勤を命じられた。転勤すると

きは、新たな任地へ自分で履歴書を持って行く。その履歴書をこれまでの上司であった課長

に見せると、課長は驚いたような顔をしてわたしに言った。

「なんだ、君は中卒だったのか。知らなかった。君はずいぶん頑張ったんだなあ」

中卒のわたしを課長は大卒だと思っていたのである。

こういった経験のなかから、わたしは貴重な教訓を得た。

「頭が悪くても、明日の朝までに頭のいい人と同じ答えを出せれば、人生には優勝劣敗が

ない」という教訓である。これは、わたしの人生観のひとつとなっていった。

ここに実は経営のひとつのポイントがある、とわたしは思っている。

頭が悪くてもかまわない。ただし翌朝までには必ず答えを出す。自分の寝る時間を削って

でも翌朝までに答えを出すことができれば、前の日に答えを出した人と結果は同じことにな

る。これは経営を簡単にするうえですばらしい救いになることではなかろうか。

言い換えれば、経営は結果だ、とはよく言われることだが、どんなことがあっても結果を

出す、そのための根性、執念が経営者には必要なのだ。

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