何が社長の役割か
ズバリ申しあげて、社員に尊敬されていない社長ほど惨めな存在はない。
部下に号令をかけても面従腹背(めんじゅうふくはい)、さっばり意にそった動きにならない。絶えずどこかでカゲ口を言われているようで、自分の会社なのに居心地が悪い。
社長自身は「こんなに一生懸命に事業をやっているのに、社員はなぜ分かってくれないのか」と悩み、毎日毎日、つらいつらい社長業を続けなければならない。
しかし、どうして尊敬されないのか、理由は簡単なことである。その社長が、社長としての役割を、社員に対して全く果たしていないからである。
たとえば、社長の報酬が会社の利益より高い会社がある。
社長報酬が二〇〇〇万円で、会社の利益が一〇〇〇万円、というような会社である。
実際のところ、このような例は案外多いようである。しかし多くの社員に安月給で我慢してもらい、関係者に無理を言って、ようやくあげた利益より、社長一人の取り分の方が多くて当然、というのは何かおかしい、変だ、と感じないのでは困る。社長として恥ずかしいことだ、と考えるべきではないだろうか。
このように考えてみると、社長は、企業経営に関わるすべてに、その役割をきっちり果たさなければならないのである。
会社が日本にあれば、日本という国に対しての役割、事業をしている地域に対しての役割、販売店・金融機関・外注などの協力会社に対しての役割、社員に対しての役割、株主に対しての役割などのそれぞれの役割を果たしてこそ、社長は偉い存在となるのだ。
念のため申しあげるが、ここで偉いとか、立派といっても、社長の体面、格好のつけ方について述べているのではない。大事なことは、社長に課せられたこのような役割を果たすことが、自らの成功人生につながる、ということなのである。
言い換えれば、社長の役割意識に欠けた経営は、つかの間の繁栄はあっても、長い繁栄とはなりにくい、ということである。
事業の目先の採算に気をとられ、なんぼ儲かったか損したかだけで明け暮れてしまう社長が少なくないように思える。もちろん、これもまた事業経営のひとつのあり方には違いないし、創業時代には、目先の採算なくして事業の継続が考えられないのも確かだ。
しかし、もしわが社を、三年先に今よりもっと素晴らしい会社に、五年先、一〇年先にはさらに内容の濃いよいものに育てたいと願うなら、社長の役割意識というものを大事に大事に考えて、正面から受け止めてもらいたいのである。
社長業を一生の仕事として選んだ以上、社長の役割意識は、
- 「何のために会社を経営するのか」
- 「だれのために儲けるのか」
その根本のいきかたを決定するものであることを、まず心の底に刻んでおいてほしい。
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