D社の社長は、地元一番の酒類販売事業を、先代である父親から譲られ張り切っていた。「酒
の小売は、旧態依然として進歩がない。わたしが引き継いだ以上、近代的な事業に生まれ変
わらせてみせる」と。
ところが先代から引き継いで二年ほどたって、業績がふるわなくなってきたのである。困っ
てわたしのところに相談にみえた。
「いろいろ考えられる手を打ってきたつもりだが、マーケットが狭いのでこれ以上よくな
らない。おやじの事業はおやじの代で終わり、わたしはわたしで、別の成長事業を手掛けよ
うと思うのだが」というようなことであったと思う。いろいろ本人にうかがって、こうアド
バイスした。
「あなたは、いま赤字すれすれのご商売で、外車に乗り、マーケティングだ成長事業進出
だとおっしゃる。しかしあなたがやるべきことは、今すぐ外車を売りはらい、前垂れをつけ
て自転車かせいぜい単車に乗って、お得意先へ配達に出掛けることだ。
それをなかなかできないのは、社員にク社長″と呼ばせているからだ。社長ではなく″若
旦那´と呼ばせろ。社長では格好が悪いことも、若旦那ならできるはずだ。自転車で配達す
るようになったら、またいらっしゃい。その先の相談に喜んでのりましょう」と。
D社長は、期するところがあったのだろう、わたしのアドバイスどおりのことを実行した。
そして社長が自分で配達に出てみると、今まで見えなかったことが見えてきた。ある古くか
らの料亭では、「若社長が顔を出したから言うが、ウチのほしい銘柄の酒をいくら頼んでも
入れてくれない。先代のときは、一緒に試飲してこれはすぐ入れようと、話が早かったのに」
との苦言である。その原因は自分の出した指令にあった。社長に就任してすぐに、商品在庫
の合理化と称して、品数を大幅に削ったのだ。それを、お客の要望を無視して表面の数字だ
けでやってしまった。当時、幹部から反対の声があがったが、それは旧い考え方だと一蹴し
てしまった。お客がいないのではない、お祭り経営で、お客を減らしていたことに気づいた
のであった。 一事が万事で、社員にも、仕入れ先にも、銀行にも、自分の思いつきを指示し
ていただけではないのか、と大反省である。もし若旦那でなく社長のままでいたら、とゾッとしたという。
社長が若旦那となって、まず変わったのは社員であった。はっきり言ってウチの二代目に
は困ったものだ、といった態度から一転し、頼もしいリーダーとして受け入れ、活気がみな
ぎってきたのだ。業績はしだいに好転してきた。得意先からも、社長自ら配達する姿をみて、
新しいお客を紹介してくれたり、今まで得られなかった他社の動向や売れ筋を教えてくれる
ところまで出てきたのである。マーケットは狭くても、お客が増え、売上利益がどんどん上
がってきたのだ。
再び訪ねてきたD社長の顔つきは前とは違っていた。
「若旦那と社長の意味がこんなに違うとは、正直思ってもみなかった。社長の役割、とい
うものを軽く考えていました。わたしには社長というのは一〇年早かったと恥じています。
当面、若旦那業を精一杯務めますが、早く卒業して、本物の社長になるためにご指導くだ
さい」と。
そこには、社長の役割意識に目覚めた真摯な姿があった。その後D社長は、年商一〇億円
を目指す立派な経営者になっているのである。
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