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第四章 五年先までの経営ビジョンを設定する

社長の抱く夢や野望が大きければ大きいほど、将来の可能性は果てしなく広

がっていく。

しかし社長が設定する「経営ビジョン」は、実現可能な襄づけをもった「計

算された未来」を描くものでなければならない。

そのためには、社長の漠然とした夢や野望を、社長の役割意識と数字の約束

ごとによって冷静に整理する受要がある。

本章の核越である「付カロ価値配分曰標計画」は、社長の夢を数字に移し替え、

実現可能な経営ビジョンを設定するためになくてはならない菫要な資料であ

る。この計画によってはじめて、夢と現実との間で最大限の可能性を追求する

ことができるようになるのだ。

五年後、 一〇年後にどういう会社にしたいか

気楽に社長の夢を描いてみる

わたしは、「経営ビジョン」とは「計算された未来構想」でなければならないと考えて

いる。

「計算された」という意味は、実現の可能性をあらゆる角度から数字でチェックされてい

るということだ。単なる社長の夢や野望の段階では、「経営ビジョン」とは呼べないのであ

る。そこで、社長の野望や夢というものと「経営ビジョン」とのつながりについて考えて

みよう。

五年後、 一〇年後に自分の会社をどういう会社にしたいか、経営者として自分がどのよう

な状況にいたいのか、将来のことを一度も考えたことのない社長は一人としていないはずだ。

どの社長にも、言葉や文章ではっきりと表現できなくても、夢のような何らかの将来構想

がある。しかしそれらの大部分は、他人には話せないような個人的な願望であったり、もし

話しても笑われてしまうようなホラとしか言いようのない途方もない野望であったり、理屈

では整理できない漠然としたものも含まれていて、頭の中に混在しているのが現実であろう。

それで一向にかまわない。漠然とした夢であっていいのだ。

長期計画を立てるに当たって、まず最初に重要なのは、この社長の漠然とした野望や夢の

存在なのだ。

長期計画の経営ビジョンは、社長の野望や夢があってはじめて生まれてくるものなのであ

る。ところが、いざ自分の野望や夢を、具体的に経営ビジョンとして文章や数字で表現しよ

うとすると、難行苦行してしまう社長が多い。それは、次の二つの勘違いを思わず犯してし

まうからである。

ひとつは、いわゆる「経営ビジョン」を考えるときに、自分の夢と重ね合わせて本音で考

えずに、どうしても会社としてどうあるべきか建前論で考えてしまうことだ。

大事なことは、「社長として俺はこうしたい」という、社長個人の本音を見つめることだ。

あくまで個人として、自分の将来、会社や商売の行く末を自分としてはどうしたいのか、思

うように描いてみることが肝心なのである。会社としてどうだこうだというのは、会社のス

タッフが考えることであって、社長の発想ではない。スタートから自分の本音を無視して、

いくらきれいごとを考えても、本気で突っ込んだものが生まれてくるわけがない。社長があ

くまで本音で、自分の人生をかけても悔いのない野望や夢を思い描き、自分の人生について

もう一度深く考えてみることからスタートすべきなのだ。

自由勝手に自分の人生の夢を描くのだから、楽しくないはずはない。経営とは本来楽しく

なければならない。難行苦行になってはいけないのである。

二つ目の勘違いは、最初から完全な経営ビジョンを作文しようとすることである。

まず気楽に考えてみることだ。どこかに矛盾があってもかまわない。あとで現実と照らし

合わせながら本当にできるかできないかチェックしていけばよいことだ。まずは自分の夢を

描くだけなら気楽に取り組めるだろう。

自分の夢を思い切り描いてみる。その後で、前章までに説明してきた「社長の役割意識」

と「数字の約束ごと」から実際にやれるかどうかを検証していくのだ。夢と現実の間で試行

錯誤する。そこから社長の具体的な「経営ビジョン」が生まれてくるものだ。この手順を忘

れてはいけない。いきなリスタートから、見様見真似で借り物のビジョンを作文することは

ないのである。

ともあれ、長期計画は決して難しいものではない。簡単にできて楽しいものだということ

を前提に、自分の夢をまず大ざっぱに計画に移し替えてみることだ。問題点があれば、また

考え直していく。長期計画は、何も一度つくったら終わりというものではない。肩を張らず

に気楽に取り組んでいくことが実に大事なのである。

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