まえがき― 復刻にあたつて
出版社から復刻のおすすめがあった時、実をいうとあまり乗り気ではありませんでした。
多くの歌手や俳優の方々が自分のデビュー時代の歌や映像を見ると拙くって恥ずかしい思
いがするとおっしゃっています。
「先効果。後効率主義の経営」は、私が独立して最初の本であり、書き方もわからず不安と
迷いの中で必死の思いで書き上げた初めての本であります。
経営コンサルタントとして50
年を経た今日、再読してみて、自分で申すのも何ですが、「何
の間違い」もなく、今日でも通用する主張ではないでしょうか?
事例の古さもございますが、それらも変わらずそのままにしました。
今日、日本の企業経営のすばらしさは目を見張るばかりで、世界の中でも断然トップの実
績を誇っています。その要因は2つあります。
品質と効率の2つです。
すなわち、あくなき品質の追求と、あくなき経営効率の追求です。この2つは世界各地を
巡ってみて肌で感じてきました。今後も恐らく、この2つの追求姿勢は変わらないでしょう。
しかし、どの企業も、この品質と効率ばかりを追求していたのでは、やがて大きな落とし
穴に入ってしまうことに気がつかなければなりません。この2つに優先してこれから我々が
追求していかないといけないことがあるのです。
それは何かというと、「お客様の感動」です。
お客様に感動を与えるとか、お客様にどれだけの「効果」があったのか、ということを埓外
に置くと、いかに素晴らしい品質の商品を開発しても、またいかに素晴らしい合理化で商品
を世におくり出しても、ひとつも売れない時代が到来します。
卑近な例では、昨今、各都市で「○○博覧会」が大はやりです。これは、開催こそしていま
すが、かつての大阪の万博や2、3の過去の成功を除いては、ほとんど失敗です。なぜならば、
入場されたお客様に何の感動も与えないからです。
そこにあるものは、決まったメーカーの遊技施設であり、6カ月もてばよいというテント
張りのパビリオン、ベニヤ板にクロスを貼った展示館、高くてまずい即席料理しかない、な
どなど。
経営主体が赤字を出さないように、出展業者が損をしないようにお付き合いで出るとすれ
ば、短期間であれば、そんなものしかできないのでしょう。それでは、お客さんは見向きも
しないのは当然、遠路出かけるならば、お客さんは、東京ディズニーランドに行きたいと思
うことでしょう。ですから、ディズニーランドはコロナの時期を除いて、いつも満員です。
ディズニーランドには、まず何よりも感動があり、驚きがあり、笑顔があり、楽しい思い
出が残るからです。そして、そのすばらしさを隣人に吹聴するのです。
商売上での顧客の感動、無感動というものはお客さんが評価するものであって、提供する
側で評価するものではありません。
どうすればお客さんが喜んでくださるのか、またお客さんが何を求めているのかという「先
に効果」を考え、「その後、ゆっくりと効率」を追求していく姿勢が求められるのです。
これからの成熟マーケットの環境下の経営は、この「先効果。後効率主義」に尽きると思い
ます。約50
年間経営コンサルタントの道を歩んできた私は、常に次のことを信条として取り
組んできました。
●「黒衣」として徹底した企業ドクターの立場をつらぬく
●わかりやすい実践中心、具体的指導を推し進める
その結果、零細企業を中堅へ成長させることもでき、収益体質に変化させたという実績が
私をより「黒衣」精神に燃えたたせ、 一生「黒衣」をつづける心算でありましたが、32
年ほど前
に、関係先経営者はじめ皆さんのおすすめもあり、 一度表舞台に出る気持ちで『先効果・後
効率主義の経営』を執筆しました。本書の第1部にその復刻版を収録しました。
文章文体に粗雑な点があると思いますが、私の真実の叫びだと思ってご寛容願います。
特にこの本は、これからの若き人材、若い世代でやる気のある人、また、リストラクチャ
リングに賭ける中小企業の後継者など、次の時代を担う人達に読んでいただきたいものです。
令和三年一月
井上和弘
※本書第1部は、平成元年(1989年)、日本法令より出版された『先効果・後効率主義の経営』に
一部加筆訂正を加えて復刻し、『井上和弘の経営革新全集第1巻』に収録したものです。
なお、事例に出てくる経営者のお役職は1989年当時のままにしてあります。
情報(市場)
成熟社会への対応
経済をみる場合、一つの見方として国民所得的にみよという考えがある。昭和四七年頃が、
個人所得で三、○○○ドルだったが、当時、ファッションの志向が革命的に大きく変化する
と聞いたことがあった。コンサルタントかけ出しの頃で多少耳を疑った。その頃からやはり
オシャレの趨勢が劇的に変わり出した。
繊維産業からアパレル産業が成長期へと突入していき、すばらしい隆盛をみた。この変化
の中で、次に国民所得を中心に六、○○○ドル、九、○○○ドル、さらに一万二、○○○ドル
ということで考えてみるくせがついた。
日本の現勢から一万ドルを超えてくると、物過剰の成熟社会となり、「モノ」放れの時代が
到来すると思い、それを仮説として仕事をしてきた。
業界が不景気だからどうとか、儲かるとか儲からないとかよくいわれる。それは「モノ」過
剰のための競争激化による不況であって、需要がないからダメだというのではない。決して
消費者のせいではない。顧客が欲しない商品を、多くの商人が過剰に世に送り出したからだ。

マスプロダクションによる供給過剰時代とい
いたい。競争相手が多くて、「モノ」ばかりつく
り出す過剰社会になってしまって、お客様のほ
しい実体にせまらないと儲かりはしないのだ。
成熟社会だから、モノ不足の音ほど儲からなく
なったという現状認識の下に立たねばいけない。
また、私の仕事の姿勢もここにある。
どの業界でも基本的には、製造、仕入れ、顧
客に売るというプロセスには変わりはない。こ
のやりかたを続ける以上、過剰の渦の中に巻き
込まれるのは当然の結果といえる。
自社の取り扱い商品を過剰性の商品から抜け
出さして、不足とまでいかなくても、需要と供
給がマッチングしている業界、商品へと持って
いかない限り、現状下でセールス教育、研究開
発費、宣伝広告費などへ我が社のエネルギーを投入しても浪費となる。供給過剰に陥って、
サバイバルをやっている今、そうした出費はバカげていると思う。
いかにしてものまね過剰状態から早く脱却するかという発想―戦略へ進まねばいけない。
需要と供給面でのアンバランスの業界はどこか、商品は何か、というものの見方である。重
要な発想の転換はここにある。
だから、そうした意味の市場調査は必要である。
先代から続いている今の経営は、おろそかにはできないし、また商品あっての経営である
はずだ。しかし、それにしがみついていては、どうかと思う。トップの戦略として、現業を
継続しながら自分の持てる力を需要と供給のバランスある商品、もしくは、供給不足の業種、
商品の方向へ持っていきたいという思考が必要である。
市場調査は、そのためのものである。常に成長する市場とか、常に需要のある市場とかへ
出ていくということである。
魚のいる市場、釣人の少ない市場へ進出しないと、いかにプロといってみても魚の少ない
ところ、釣人ばかりのところへ出かけては、どうなるか考えなくてもわかるはずである。
マーケティングとは、要は伸びる市場、需要のある市場、顧客の要求に自分達の都合を考
えずに、いかに自分達のご都合主義を減らしてお客様の要求にあわせていくか、頭を使って
「できない」「やれない」と考えずに、創意工夫をして可能ならしめる方針、やり方、商品をつ
くり出すことである。
こんな単純明快なことがわからない経営者は、まだまだたくさんいる。
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