社長にとって、目的とは、何のために事業経営を行うかということである。根本のことである。それは、「自分の懐に飛び込んできた社員とその家族、また自分自身の家族を幸福に豊かに生活させること」である。これこそリーダーとして事業を営む者の目的でなければならない。
そのためには、ライバルのどこよりもお客様に可愛がってもらうように努力することが大事である。自分の事業で一番大切なものは一体なんだという、お客様に可愛がっていただくコンセプトを絞り、磨き上げなければ目的達成はできない。
食べ物を売っている店は「おいしい」ことが一番大切な磨くべきコンセプトである。レストランでも、お菓子店でも、ラーメン店でも、おいしくない食べ物はお客様に二度と買われない。このことが良く分からない社長が多い。自分の磨くべきものが何であるか、分かってない者が目的を達成できる訳がない。
友人の一人が三十六年も勤めていた大企業を定年前に勇退した。日頃からの夢であった小さなレストランを経営するためである。
彼が退職金を使って、小さな中華料理店を東京の神田に開いたのは、退職して一年後である。会社に勤めていた時も、最終の持ち場は営業で、商売は上手であった。「おまえのアドバイスは不要だ。商売には自信があるから……」と、自ら言う程であった。
ところが、開店してから一年も過ぎた夏の終わりに、青息吐息の状態で尋ねてきた。「退職金を使い果たしそうだ」と言う。
開店時には花束を差し入れて、料理も食べさせてもらっていたが、念のためにと、約一年ぶりに味見をすることにした。メニューにあるすべての料理を少量ずつ盛ってもらい、食べてみた。すると、全体的にうまくない。
私は、「標準的な日本人の舌だ」と言って、テーブルを三卓使って並べてみた。つまり、「おいしいテーブル」「普通のテーブル」「まずいテーブル」に、次々と料理の皿を置いていった。 一目瞭然である。レストランを診る時には、最初に試食をすることが何よりも大事だ。
この店では、五割以上が「まずい」、約四割が「普通」、僅か一割程度が「うまい」だった。友人は、「おまえは厳しすぎる」とも、「開店時とシェフが代わった……」とも言い訳をした。私はそれから、毎日、出張して遠隔に宿泊している時以外は、どんなに夜遅くとも必ず帰宅前に味見をした。
味のほかには、サービス・挨拶。言葉遣い。掃除……などを厳しくチェックした。こういうことは、会社の大小に関係なくビジネスの基本だと言っておいた。
最近では、タクシーの運転手や、ゴルフのキャディーや、医者や、政治家や、役人や……不遜な人が多い。どちらが客か分からないような態度の店や会社や、人にでくわしたりするが、そんな二流事をやっていて繁盛や成功を期待しても、実現できる訳がない。そんなことを教えながら、厳しくチェックしていった。
また、この店では、玄関まわりを少し改装した。イベントを打つときに、「新装」は使いたいキャッチコピーだし、玄関まわりの色も変えてフランス料理店に見えるくらい上品にしたかったからである。
文句を言いはじめてから一か月が過ぎて、別の友人たちを幾度か同伴してみた。全員が、「おいしい」と、味を褒めるようになって、新しいメニューの作成にかかった。赤や黄色といった中華風よりもフランス風の皿を選び、テーブルも塗り替えてみた。
こうして、イベントを打った。
第一弾は、わずか五十席の中華料理の店なのに、二千人分の中華料理コースの無料券を配布するイベントを企画した。友人は最初は猛烈に反対であったが、私はこれまでの経験値から説得を強く行った。最後には、友人に対し、「おまえはアマチュアだ」とも言って、後で叱られたほどである。
ともかく、「おいしい中華店」ということを広く知らせることが成功の決め手だと説得した訳である。普及の戦略である。
無料券の配布は、半径五百メートルに所在する会社への訪間を主体に行った。全部手渡しで、ポスティングはしない。挨拶に伺い、メニューと新装オープンとお土産の中華鰻頭、それに三か月有効の無料招待券三回分を封筒に入れて手渡した。
たった五十席に二千人分の無料券である。配布したその日から大勢のお客様が次々に来店された。来る日も来る日も満席状態が続いたが、お客様は不思議と一人では来られない。無料券を使うのに一人では恥ずかしいのか、お客様のことごとくが部下や友人と一緒であった。
また、酒代は別料金だったので、イベントの三か月間は大いに儲かった。期間が過ぎて、お客様が絶えてしまうのではないかという友人やスタッフの心配をよそに、
次の月も、次の月も大繁盛していたのだ。半年が過ぎて、お客様へのお礼というので、来店されたお客様に、今度は、 一人分ずつ中華コースの招待券を配った。店は、さらにお客様を増やした訳である。
友人に、お客様と仲良くし、 一生可愛がってもらうようにアドバイスをして、文句を言うのをやめた。
このように、レストランがおいしくないと流行らないのと同じように、どんな事業も、どんな職業も、磨くべき大切なものが存在している。
ブティックは流行こそ生命である。流行を追い求め、やがて、流行を自ら創り出し、仕掛けていく意識がない人には、ファッションは無理である。
これから流行る色は何だとか、形はどうかとか、素材や機能は一体どういうものが流行るか、感性を研ぎ澄まし敏に反応しなければ、アパレルの仕事はできない。ヨーロッパやアメリカを頻繁に見て歩くべきだ。
私でさえ、日頃から『エル・ジャポン』『クラッシィ』『マリクレール』……などなどの雑誌に気を配っている。ブティックは流行が生命で、 一番大切な売り物である。お客様に、それが提供できない店は流行らない。
たとえ、会社でなくても、それが職業であっても同じことである。
医師は、健康で快適な生活の指導者である。心身双方の有能なコンサルタントたることに生命をかけるべき聖職である。
政治家は、住み良い世の中をつくり出す使命感に燃えていなければ務まらない。そのための職業以外の何ものでもない。
教師は、その子の適性を見抜き、磨き上げ、良い子を世に送り出すことに生命を賭けるベき職業なのだと思う。
少し意地悪い言い方をしてみる。ある時、農家に経営の指導に行く機会を得た。
指導が終わって、ついでに、野菜を農協に出荷する作業風景を見せてもらった。収穫されたばかりのナスや胡瓜やピーマンが山をなしている中で、大小、形の良し悪しを選り分け、段ボールの箱に詰めていく。一定の規格があって、大きすぎるものや、虫食いや、曲がったものは商品にならないからだ。ところが、農家の主人が私に意外なことを言った。
「先生は、あんなもの、食べない方がいい。私らだって食べやしない。化学肥料と農薬づけだ。だから、あんな規格が保てる。私らが食べるのは、自然まかせ、不揃いで見栄えはしないが、無農薬で有機栽培だから、安全だし、第一、おいしさが全然違う」これを聞いて、 一遍に興ざめしてしまった。
新鮮で、おいしくて、安全な野菜を供給すべき農家が、まるで使命感をもっていない。哲学も、目的意識も、何にもない。それどころか、逆に不実を世の中に撒き散らしている。何のために、骨を折ってここまで指導に来たのか、根本が吹っ飛んでしまった。こんな農業がいつまでも続く訳がない。自己矛盾もはなはだしい。
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