方向性の決定の二番目に、体質がある。事業のやり方には二つしかない。一つは受注であり、もう一つは見込みである。この二つしかない。
受注体質か、見込み体質か、あるいは、その二つを合わせた体質かということだ。体質は、業種ではなく、経営そのものである。
受注でやっている会社の特色は、相見積りを取られるということである。つまり、根本は安いから受注できるということである。大体、お客の方が決める安価な仕事で、会社が儲かったためしは歴史上ない。それが受注の基本的な体質である。
どんな会社でも、売上は単価と数量の積である。単価を得意先が安く決定し、数量も得意先が決定する体質では儲かるわけがない。
私は印刷会社も経営している。値段は原価を積み上げて計算し、相見積りを取られて競争している。受注の数量もまた相手が決定する事業である。
たとえば、「値段はこれだけ。それで、本を一万冊つくってくれ」と言われたら、 一万五千冊はつくれない。トヨタの下請をやっている会社でも、「この部品を十万個つくってくれ」と言われたのに、二十万個つくったら、トヨタは十万個分の余計な金は払ってくれない。これが受注というものだ。
下請けだけではなく、印刷業やゼネコンや造船業や設備業も、産業構造上の受注事業である。
運送業も、厳しい競争の中で相見積りを取られ、公共料金みたいな運賃をさらに値切られる。少しでも嫌な顔をすれば、「文句があるのか。なに言ってんだ。君のところでかかる経費は、運転手の人件費とガソリン代と車の償却費、それ以外に何が欲しいんだ」と言われて、値段はより一層たたかれていく。
安く買いたたかれると、自分のところの社員に払ってる人件費を節約、家賃を節約、接待費を節約、節約、節約……つまり、上のほうへ伸びないで、下の方をずっと抑えにかかる以外に手の打ちようがなくなる。これでは、儲かるわけがない。
手品ではないのだから、だれが何といっても、値段を自分で決められない事業が儲かったことなどない。そういう体質になっているのだから。何十年も、下手すると一生涯あくせく働いても、少しも報いられないという受注の会社が結構多い。体質の勉強は、社長にとって事業をやる以上避けては通れない重要事である。
社長が事業をやるのは、 一番早くても二十歳前後からだ。そして、六十五歳とか七十歳までの四十二年とか五十年間である。
父親がいて、途中から社長になった人などは二十年間ぐらいしかやれない。
受注で、その一生を費して、財産が何にも残らなかったという悲しいことがあってはならない。
売上経常利益率は、受注事業では、三%以下なんていうのもザラで、よほどよくて五%から一〇%である。
それを儲かるようにするためにどうしたらいいか……これは、受注が持っている基本的体質をどのように変えていくかというテーマである。
従業員が百名もいながら、営業マンは一人もいないで、社長だけがピストンのように、親会社や発注先へ行き来して仕事をもらっている会社を私は何社も知っている。そういう会社は、親会社が衰退すると一緒に衰退し、あるときバサッと切られて、「どうしよう」と、私のところへ相談にやってくる。営業マンが必要ない会社は、本当に危険である。受注でお得意様が一社しかないという会社がその典型である。たった一社の得意先がだめになったら、すべてだめになるに決まっている。
私の指導先で、長い間、お得意様が一社しかなくて、バブルが崩壊した後、苦しみに苦しんでやっともう一社から仕事をもらい、柱が二つになった会社がある。
いつでも、好調な業種から好調な業種へと開拓していって、お得意様を十社、二十社、百社と増やしていけば、どんな不況が来ようともヘッジできるというので、今、新規の開拓に努力を入れ始めた。
その場合でも、単一業種ではなく、新しい固有技術を追加し、いろいろな業種にまたがって開拓することが重要である。見込みの事業をやらずに、あくまでも受注を通すつもりならば、多業種にわたる開拓を積極的に推し進めていく必要がある。
そのためには、他社にできない高い技術、万全のサービス、抜群の品質、提案力、企画力…こういうものを磨いていくことが大切だ。 一日も早く、上下関係に縛られない自主独立型の体質を築くことが、受注事業の最大課題である。
さらに、受注を土台に、自社ブランドの商品を開発して積極的にヘッジしていくように体質を転換していかなければならない。徐々に見込み体質を加味していくということだ。それが受注事業をやっている社長の最終的な大課題である。
一方、私が知っている見込み事業の製薬会社では、経常利益が五割とか六割でる会社がたくさんある。「冗談でしょう」と言うかもしれないが、実際に決算書を見れば一目瞭然である。年商十二、二億円でも、経常利益が四億円でるなんていう会社も知っている。
薬のメーカーではないが、機械設備を見込みでつくっているキーエンスは、六百五十億円売って、何と二百八十億円の経常利益をだしている。値段も数量も自分で決定しているからである。これが、すべての利益の根源だ。
なぜかといえば、売上の総額は商品の単価掛ける数量以外の何物でもないからである。受注のように、単価と数量を相手に決められていて、儲かるわけがない。体質が根本的に違う。
見込みの会社は、自らのリスクで商品を作ったり、仕入れたりした物を売る。数量、値段を自分で決定できるから、大儲けできる可能性が大である代わりに、大損の危険性も大である。宿命的に不安定で、「見込み違い」が命取りとなることがある。「大儲け」と「大損」が常に背中合わせになっている。
戦後大きくなった松下電器も、ホンダも、ソニーも、みんな大局を知って、自社ブランドの商品を開発し、自分で値段を決め、数量を決めた。
下請に仕事を出しながら、製造原価をどんどん下げていった。そして、販売ネットを国内はもとより先進諸国にまで広げていった。いまや、国内では取扱店がない地域などないぐらいまでに販売網を整備し、成熟化を果たした。
大きくなった会社とか、非常に儲かった会社とかは、商品を顧客の層別に開発して、それぞれの客数を正確に掴み、その数しか作らないようにしている。リスクの回避が非常に巧妙だということである。
「大体これぐらい売れるだろう」という全くの見込みから、だんだん利口になり、市場調査を十三分にして不良在庫を極力抑えつつ、固定客づくりを一生懸命にやってきた。こういう会社は、より一層儲かる。基本的に値段も数量も自分で決定し、なおかつ不良在庫を徹底的に排除して、経営効率を高めているからである。
私は見込事業の出版会社も経営しているが、当然のことながら受注事業の印刷会社とは趣がぜんぜん違う。どこの出版会社でも、印刷会社に本を印刷させるときは、叩いて、叩いて印刷の単価を下げておきながら、本の値段はべらぼうな値段で決める。こと値段に関しては、本当にいいかげんだ。
特に、受注と見込みの体質の違いは、カーテンやカーペット・壁紙などのインテリア商品を扱う業界に最も典型的に見ることができる。
私は、カーテンを受注で生産して間屋に納めているS社と、その発注先である間屋兼小売のN社の両方を良く知っている。
S社は、値段を叩かれても、叩かれても、 一生懸命にやり繰りしながらカーテンを作っている。販売ネットをN社に押さえられているからだ。
一方のN社は、いざ小売する段になると、限界まで叩いて仕入れたカーテンにベラボウな値段を付ける。こと値段に関しては、本当にいいかげんだ。
たとえば、S社の商品が、仕入値の実に十倍もの値段で小売されていることも知っている。十倍で小売しているということは、原価が一割だということである。その一割の仕入値でさえ、S社はN社に叩かれ続けている。逆に、こうして安く買い叩くことができるからこそ、N社はいいかげんな値付けで売ることができるのだ。
私が、家を新築するときに、N社にカーテンを買いに行くと、「やあ、牟田さん、五割引きにしますよ」と、いとも涼し気に社長が言う。
それでも、原価の四倍は儲かっているはずだ。私が、わざとOKをすぐに出さないでいると、「それでは、七割引きにしましょう」ということになった。この間、ものの五分もかからなかった。値段など、あってないようなものだ。思わず、微笑が漏れた。
いいかげんでなければ、儲からない。計算して、細かく細かく原価を積み上げて値段をつけている会社は、儲かるわけがない。そうに決まっている。
儲かっている会社は、いずれも、そうしている。これは、体質がそうなっている会社と、そうなっていない会社の差だ。ただ熱心にやっているだけで儲かったという会社は、ほとんどない。いいかげんな方が儲かる。「おかしいじゃないか」と憤慨するかもしれないが、要するに商売が上手だからである。自分の周りを見れば、よくわかるはずだ。
一千万円の年俸をとっている社長と、 一億円の年俸の社長を比べてみよう。 一千万円の年俸をとっている社長の方が、確実に長い時間にわたって働き、汗水を垂らしている。しかも、儲からない会社をやっている。
一億円の社長は、ゴルフをやり、ョットに乗って、海外旅行し、それでいて、儲かる会社を悠々とやっている。戦略、つまり方向性は、そういう差を生み出すものだ。
それは、体質がどうなって、環境がどうなってという大局を知っているからである。つまり、儲けの上手な社長は、そういう方向性の研究を十分にしてる。方向性が悪いと、どんなに努力してもだめだ。儲からないところで仕事をやったら、十倍も二十倍もの努力をしていかなければならない。環境が変わって、満杯になってしまった市場で事業をやったりするが、それには努力を何倍もしなくてはならなくなる。
儲かる事業、儲かる商品、儲かる場所、儲かる人に資源を投下しなければ、基本的に努力は報いられない。儲かる体質を、早急に築いて欲しい。
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