事業の方向性を決めるうえで非常に参考になる事例を、ここで紹介しておく。京都に平八茶屋という四百二十二年続いている老舗の料亭がある。
京都の洛北、宝ヶ池の近くで、若狭街道と高野川に面している。川側にすばらしい庭と料亭がある。それが平八茶屋、正式には「山ばな平八茶屋」という。
園部平八さんがそこの社長で、二十代目の当主を襲名している。二十代目ともなると、売上の規模とか利益の規模とかは関係なく、とにかく永く続けることが一番の大切になっている。
平八茶屋へ行くと、「騎牛門」という門がある。この門は、既に百年以上もたっていて、古びて、朽ちている。いたるところに虫食い跡もついている。そこで、土台の、虫食い柱の中に樹脂を入れて固めることにした。すると、古びた感じが残り、いままでとほとんど変わらない。相変わらず少し傾いている。そこに非常に味がある。
母屋も江戸時代に建てたもので、相当に古い。
また、庭が広く、その裏側の川沿いに棟の長い座敷があって、懐石料理を食べさせてくれる。この座敷の方は、ここ何年間のうちに建て直そうという計画になっている。平八茶屋の売上規模は、大きくはない。しかし、安定性が高い。
社長の園部さんは、「事業発展計画書」の最初に、自分は「伝承」、すなわち、伝えていく「中継人」だと書いている。ちょうど駅伝で、いま第何区を走っているというのと同じようなものだ。園部さんは、このような考え方を最初から持っている。
二人の息子がいて、長男は大阪の老舗の料亭へ修業に出した。次男は、跡を継がない。継がないというのは、 一店しかやらないという考え方だ。これを、「一子相伝」という。それは、実に厳しい考え方である。
次男は、四年制の大学を出て、日本経営合理化協会に就職した。大学が情報管理の大学だったので、私の協会ではコンピュータ部門の仕事をしている。ダイレクトメールとか、その他、インターネットやマルチメディアに対応するさまざまな情報とかデータベースをつくる仕事を一生懸命にやってくれている。
女のお子さんもいるが、たった一人しか跡を継がせない。なかには、次男、三男まで自分の会社に入れている人もいるし、それが悪いわけではない。ただ、平八茶屋は一子相伝という哲学を古くから持っていて、そうすることによって事業を維持してきた。
四百二十二年というと、安土・桃山時代から続いていることになる。平八茶屋は私の指導先の中で一番長い歴史をもっている。三百年ぐらいとか二百五十年ぐらいというのは結構多くある。百年なんていうのはザラだ。そういう長い歴史を持つ経営者に共通しているのは、きちんとした長期の哲学を持っているということである。
平八茶屋の社長は、平人、すなわち、平成八年の人月八日を自分の店の日と決め、新しいメニュー「本膳料理」を開発した。これは、平八茶屋が創業された二十代前の初代が、 一番最初に開発した料理の再現である。ここに「本膳料理お献立」の実際のメニューがある。
木膳料理お献立
これは、四百二十二年前のものを、新しく書きかえたものだが、それが残っていること自体、相当古いということである。よくこういうものを残していたなと、つくづく感心する。
このメニューは、現代風に相当書きかえているが、見事にオリジナルを再現している。一人当たり二万円の本膳料理で、料理としては結構高いが、おいしいから、東京とか名古屋とか大阪とか、遠いところからでもやってくる。夏場から秋には、整理券を出さないと入り切れないぐらいのお客様が、この店へ来られた。京都のお客様もいるが、二〇〜三〇%で、残りは、遠いところからやってきている。二千キロメーター先からでも来ている。
これはどういうことかというと、たとえば風邪を引いたり、腹痛を起こしたときは家からニキロ以内の病院に行くが、手術をしなければならないような大病にかかった場合には、人は紹介をもらって、大阪、九州から東京まででも行ったりする。つまり、そこに腕のいい医者がいるから、遠くからやってくる。選ぶ条件が「便利」ということよりも「信頼性」に変わる。
そうすると、平八茶屋みたいなところは、信頼性、とてもおいしくて、そこへ行かなければ食べられないというコンセプトを前面に打ち出さなければならない。店をたくさんつくることは失敗だということを、彼はちゃんと知っていたわけである。知っていたからこそ、先祖がなぜ昔から一子相伝にこだわってきたのか、その理由にもすぐに気がついた。
前述のように、平八茶屋の園部さんは、「伝承者」という言葉を、「事業発展計画書」の最初に明確にうたっている。「伝承者だから、先祖代々ずっと栄えてきた店を、自分の代で滅ぼしたくない」ということを中心に、ひたすら、おいしい懐石料理を作り、お客様に喜んでいただける環境で提供することを事業発展計画書に書いている。
平八茶屋は、あくまでも一子相伝でやる。ところが、私には、東京に同じような食べ物の商売をやっている別な指導先があり、そこは会社を大きくしようと考えているから、 一子相伝ではやらない。
その会社は、全国ネットで多店舗化し、ファーストフードに近い商売をしている。なぜかと言うと、お客様が最寄りにしかいないからだ。ファーストフードに限らず、レストランでも、ガソリンスタンドでも、あるいは衣料品でも、病院でも、店の半径ニキロメーター以内(第一次商圏)に八〇%のお客様がいる。そうすると、ある間隔を取ってもう一つの店をつくれば、また別のお客様がいることになる。さらにもう一つ店をつくれば、また別のお客様がいる…… つまり、そこにたくさん店をつくらないと、大きくならない体質の店である。平八茶屋とは、やり方や考え方が全然違う。つまり、そういう体質を持っている事業だから、多店舗展開した。
いずれにしろ、優れた会社や店を冷静に分析すると、その根底には必ずしっかりした考え方が根付いていることが分かる。
ガソリンスタンドでも、お客様は会社とか家の周辺三キロメーター以内の店に行っている。
百五十キロメーター先までガソリンを入れに行って、帰ってきたら空だった、「ちきしょうめ」と、また行く……そんな馬鹿なことはしない。法律と同じように人間の行動は決まっている。ガソリンスタンドをやるならば、 一店ではなく、二十店、三十店、五十店とやったほうがいい。私の知人がガソリンスタンドを百五十店やって、 一千億円以上売っている。
多店舗展開の考え方の一つに、フランチャイズシステムや特約店方式を導入するやり方もある。つまり、他人の信用を頼る方向である。そのことに関して、次のような質問を受けたことがある。
「全国に向けて特約店を募集したところ、約二十社の応募があった。その中で、福岡県で三社、愛知県で三社の応募があり、どの会社も県内をウチ一社に任せるといっているが、どこと契約するか決めかねている」とのことだった。
このような場合には、まず、売上ランクを調べる。そして、上位の一社、なるべく一位の一社と契約するようにする。その地域で、三社、四社と応募してきても、いずれも上位ではなくて下位で低迷していたら、やらせないほうが会社の発展のためにはいい。市場ランキングの高いところと契約するのが鉄則である。
もう一つつけ加えれば、市場ランキングが比較的低くても、社長が若くて熱心で、市場開拓力が相当ありそうな場合には、例外処理で、そこの会社に任せてもかまわない。選定に当たっては、社長が若いかどうか、熱心であるかどうか、よく人物を見極めることが大切だ。
考え方一つで経営のやり方、方向性は全く違ってくる。すべて、どっちの方向に進むのかという社長の考え方次第である。そして、戦略、方向性を決定するには二つの要素がある。まず第一に環境や状況の変化、第二に体質、第二に自分の考え方や自分の手腕……これらの二つを踏まえたうえで、戦略、方向性を決定していかなくてはならない。これは忘れてはならない鉄則だ。
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