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五、未来顧客の創造

旧態を変革する

町中の金物店も、薬店も、文具店も、ボーリング場も、結婚式場も……既に満杯で、旧態では経営が苦しい。ところが、これらの業界に新しい業態を開発して進出してきたところは、すごく好調である。

マツモトキョシも、キンコーズも、百円ショップも大繁盛なのだ。現業の変革は、避けて通れない。

環境や状況の急激な変化の中で、旧態の変革が迫られているのだ。これに付いていけなければ、倒れるしかない。

長い間、業界全体が右肩上がりで来て、あまり努力をしなくてもやってこられたから、怠惰に流され、マンネリ化した人間ばかり増えてしまった。固定観念に凝り固まり、新しいことになかなか着手できない。

現業が陳腐化して、商売がやりにくくなってきたにもかかわらず、何一つ変革できないでいる社長があまりにも多い。早く変革に着手して欲しい。ジリ貧になる前に、必ず手を打つ。それができる社長には、昨今の状況は最大のチャンスである。イノベーションとは、過去を否定することから始まる。もとより、すべてを否定しろと言う

つもりは毛頭ないが、先手先手で収益の新しい柱を作り替えなければ生き残っていけない時代が確実に到来しているということだ。旧態の変革を忘れてはいけない。広島県の府中市にヒロボーという会社がある。松坂敬太郎氏が、そこの社長だ。かつては、広島紡績という社名で、文字通り紡績をやっていた。

病気の父親の跡を松坂敬太郎さんが継いだ時には、何と年商の一・五倍もの借金があった。いち早く紡績の将来性を見越して、まず、松坂さんが手を打ったのは、同じ市内にあった三菱電機府中工場の下請けをやることだった。お百度を踏み、紡績に従事する人間をすべて新しい仕事に投入するからと、何回も何回も頼み込んで、少しずつ少しずつ仕事をもらっていった。

やっと下請けを実現したが、先見性に長けた松坂さんは、それで満足しなかった。どうしても自社ブランドの商品を開発し、自分の力で自由に売ってみる事業がやりたかった。学校を卒業して、すぐにニチボーに就職したくらい紡績にドップリ浸かっていた松坂さんにして、この柔軟な発想である。

父親の趣味であった模型作りにヒントを得て、ラジコン・ヘリコプターの商品化に着手した。単なるおもちゃではなく、民生用の使用に立派に堪えるものである。本物のヘリコプターをチャーターしなくても、カメラを積んで高所や危険な場所から撮影したり、あるいはまた、 一定域に農薬などを散布したりできるくらいの性能をもったものである。社内の並み居る反対を押し切って、強引に推し進めた。「売れないものを売る」というのが、松坂さんのモットーだ。

当時はラジコン・ヘリコプター市場などと呼べる確たるものは何もなかった。大体が十万円以上するもので、需要に対する値頃感が掛け離れていた。好事家の高級品でしかなかった。そこで、改良に改良を重ね、今までの価格の半分から三分の一、五万円を割る普及品を開発していった。

確かに、最初、未踏に近い市場を開拓していくには、相当の苦労があったが、今や、世界市場の二五%を制覇してしまった。この業界では、ダントツの最大手である。もともとは紡績会社だったが、現在、紡績に従事している者はただの一人もいない。昔からの社名が片仮名になって、かろうじて残っているだけである。環境や状況の変化に合わせ、徹底して現業の変革に取り組んで来たからである。本当に果敢な社長だ。商品でも、サービスでも、経営体勢でも、販売体勢でも、勇を奮って変革を断行すべきだ。

いつの時代でも、業界全体が開発の途上であれば企業の数も少ないし、競争も少ない。しかし、成長期に入ると急激に企業の数が増え、競争が過当になってくる。やがて飽和状態になると、同業の中で二極分化が急速に進んでいく。業界全体が良いとか悪いとか、 一般論や平均値でコメントできるような状況は、すぐに過ぎ去ってしまう。会社規模の大小や地域にかかわらず、業績の良い会社はますます良く、悪い会社はますます悪くなってくる。

つまり、新しい業態を開発したり、ライバルの市場を奪う戦略を駆使したり、未開拓の市場に雄飛している会社だけが強い。パイ全体が膨らまないのであれば、戦い方の巧みな会社が勝つに決まっている。開拓すべき市場を多くもっている会社が有利に決まっている。敵の市場を奪取したり、現業を変革したりする経営のやり方や戦略で差がつく時代になったのである。ライバルを意識して差別化しつつ旧態を変革して欲しい。

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