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会長業と社長業

社長は、やがて会長になる。社長業の席を次代に譲り、会長業に就くときに注意すべきことは多い。

社長には社長の仕事があり、会長には会長の仕事がある。これを逸脱すると、互いに窮地に陥る。

私は、経営指導の一環として、どんな大企業でも中小企業でも、「事業発展計画書」を作成してもらうことにしているが、これを後継の便利な道具として使っている。まず会長になる時を、明確な年月日をもって事業発展計画書に刻んでおく。

後継社長が、自分の経営を急ぎすぎて失敗することも多い。また、会長を立てることを忘れたり、人間本来のエゴが出て、威張ったり、贅沢を求めたりしがちである。だから、後継の時期が見えてきたなら、「お前を社長にするが、その時、いきなり自分の経営をしてはいけない。私がやってきたことを最低五年間、多少は曲げてもよいが、ほとんどそのまま踏襲して欲しい」と言明しておく。

会長職に就いても五年間は、長期戦略と経営の大方針や理念については、社長として事業発展計画書を長い問作成し、発表してきた自分が、引き続き書いた方が良い。新任社長は、短期戦略や戦術、日標設定や達成のやり方に腐心すべきなのだ。つまり、会長業と社長業を上手に分担することを強く勧めたい。これが第一の注意事項である。

この五年間は、いろいろな意味で含蓄のある年限だ。会社によっては、社内分社をして、社長に就く人物の手腕、力量、人格を確認したりもする程である。

第二の注意事項は、五年が過ぎたなら、会長は政治的な動きに集中し、実務は社長に任せることが肝要である。

会長は、銀行とのつき合いや、業界への顔つなぎなどを受け持ち、社長は現業に専念する。

この場合、報告の欠落はトラブルの元凶である。社長が要所要所を報告しないと、必ず、会長は社長の頭を越えて直接に幹部から情報を得るようになる。やがて頭が二つある状態にな,って、社長を辞めさせぎるをえない。

私の場合、印刷会社の会長職を十五年ほど務めたことがあると先に書いたが、会社にはほとんど顔を出さなかった。顔を出して、せいぜい年に二、三回位だった。それは、私の選んだ社長が、①優秀だった、②私を良く立ててくれた、③私にきちんと報告してくれたからである。

それに、他の会社の会長職の有り様をつぶさに見ていて、同じ轍を踏まないようにしたからである。これは、有名な会社での事実であるが、経営の神様とまで言われた会長が、社長職を譲った後だったが、売上の低迷に気づき、業績の悪化に我慢ができず、社長を飛び越して自らが営業本部長に返り咲き、業績を回復させてしまった。以後、社長の信用の失墜と手腕への不評が長く続くことになり、世間は社長を飾りだと喘った。私は必ずしもそうは思わなかったが、結果として不幸で短慮な出来事だ。私の好きな神様も、この件だけはどこかポイントがずれていたとしか言いようがない。こういう場合の一方策として、有能な参謀を社長につけてやることが非常に有効である。参謀の口を通して自分が喋るようにする。こういう形でのアドバイスなら、何をどうしようが、どこもおかしくない。

また、会長が社長を兼務する事態も決して良いことではない。手腕を問われる布陣だということだ。長く続けては評判を落とす。

長命で、九十歳を越え、百歳にも手が届くような人によく接するが、こういう人は、最後まで何かの仕事をもっている。家庭の仕事の分担でも、会社の仕事の分担でも、国の仕事の分担でも同じである。社長は、その分担したものを、ある種の慈愛で認めてあげる度量が必要である。会長職でも相談役でも、ある程度まとまった金を使える権限を持ってもらうべきだ。世界一周でも、趣味三味でも、とにかく小遣いに不自由しないようにしてあげたい。花道は自分で飾れないし、人間はだれでも自然に歳をとる。

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