「危機に瀕したときには笑い、好機のときには、逆に叱咤する」という言葉がある。そういう態度が、事業経営のうえでは特に大切だ。
『菜根諄』に、こんな言葉がある。
「恩裡には由来害を生ず。故に快意の時は、すべからく早く頭を回らすべし。敗後には或は反りて功を成す。故に払心のところは、たやすくは手を放つことなかれ」
意訳すれば、「失敗や災害は好調の時にやってくる。だから、好調の時こそ、よく頭をめぐらし、油断しないようにすべきである。また、失敗した後に、かえって成功することが多い。だから、失敗したからといって、投げ出してはいけない」ということである。
本当に困っている時、周りからとやかく言われたりするが、そのときにこそ笑っている。しかし、事態がよくなった時は、逆にぶんどしを引き締め、叱咤激励しながら一軍を率いていくという心構えが大切だ。
具体的に危機に瀕した時には、分析が必要である。どういう危機か、まず分析をする。分析をすることで、大事が大事に至らない場合がある。
たとえば、過日、メキシコで三洋電機の現地法人の社長が誘拐された。すると、世界中が「日本人は金を出すからだ」と言って、批判をする。ところが、日本人の国民性は、命のほうが大切だという感覚をもっている。日本人の中にも、金を出すことに反対の人がいたかもしれないが、大多数は命が一番大切だと思っている。確かに、誘拐は増えるかもしれないが、金はまた稼げばいいことで、命にはかえられない。
ただし、いつもいつも身の代金を渡していると、そのうちに甘く見られるに違いないから、
少しずつヘッジをする。誘拐されたら、そこにプロの誘拐団がからんでいるのか、命が助かるのか、助からないのか、 一切を警察に任せたほうがいいのか、警察に任せたなら確実に殺されてしまうのか……そういう分析が大切である。
情勢の分析と判断を間違うと、それこそ命がなくなってしまう。危機の場合は、情勢の分析と判断が、生死を決する。
事業経営でもそうである。
戦後五十数年の歴史の中で、いろいろな法律が変わり、たとえば、粉塵とか騒音とか、あるいは汚水とかの公害を防止する法律が施行された。そのさなか、私の知り合いの社長が、突然、槍玉に挙げられた。新聞やテレビで大々的にたたかれ、もう会社は潰れてしまうだろうと、社長本人も周りも思った。
社長は、手を扶いてオロオロするだけで、打つ手を知らない。要するに、状況の分析と判断が全然できなかった。そこで、私が乗り出すことになった。それまでにも、いろいろな危機に遭遇した会社を何件も手助けしてきたので、私は、こういう対応に慣れていた。
「何を措いても、 一週間以内に、大きな浄化装置をきちんとつくりなさい。金がなければ、銀行から借りてでも、早急につくる。つくったら、すぐにマスコミ関係者を一斉に呼んで、パーティーを開いて、完成した設備を報道してもらいなさい。自分たちでも写真を撮って、その写真を提供する」と、策を授けた。
実際に、パーティーを十日後にやったのだが、すると今度は、「あそこは立派な設備にした」という宣伝が行き届き、お得意様が増えたりして、たちまち災い転じて福となしてしまった。危機には、色々なケースがある。会社がピンチに立った時には、繰り返すが、情勢の分析が物すごく大切である。事あらば、何よりもまず冷静に分析することだ。次に、危機への対応について書いておく。
危機の対応では、どのような筋書きを書いていくかということが大切だが、それには予知する能力が不可欠である。つまり、実務処理能力がないとだめだ。業績が悪化している会社に行ったときに、どうすればよくなるかという予知能力がないと、コンサルティングはできない。
私は、「増客しなさい」と、まず言う。売上を伸ばしたいからである。同時に、「仕入れとか、あるいは製造原価といった変動費を大幅にダウン」させる。たったこの二つで粗利益が大いに増えていく。そうすると、いわゆるリストラなどしなくてもいい場合さえある。ただ、やむなく身軽にするためにリストラすることもあるし、資金が足りなければ資金調達もする。
そういうのは、すべて実務処理能力だが、その一番最初、根っこにあるのは予知能力である。 一日で「どこが悪い」と予知し、手際よく次から次へと直していく力がないとだめだ。だから、分析力の次に、そういう現実の対応力を身につけて欲しい。危機の中で一番大切な分析、それから予知能力、次に的確な手を打つ……そういうことを頭の中にしっかり入れておくことだ。
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