何事でも極めると、それまで付きまとっていた邪欲を律することができるようになる。
別に勧める訳ではないが、たとえば、女遊びがある。女性の究極、あるいは恋愛の「あるべき姿」を知れば、女遊びをしなくなる。
動物で一番位が高いのは、幻の獣、龍である。この龍になった女がいて、「龍女」と呼ばれている。この女が、女性の中では一番位が高い。
京都の栂尾に、国宝の絵巻「鳥獣戯画」を蔵している高山寺というお寺がある。「鳥獣戯画」は、カエルが跳びはねたり、ウサギが遊び歩いたりしている姿などが生き生きと描かれたもので、学校の教科書にも載っているくらいだから、誰でも知っているはずだ。高山寺には、もう一つの国宝、龍女の絵巻「華厳宗祖師絵伝」全六巻がある。この龍女の絵巻は、何を描いているか……。
昔の僧は、唐天竺、今の中国からインドヘ渡って、修行をしたものだ。今から約千三百年前、新羅の国の或る若い僧が志を立て、船で唐に入った。名前を義湘という。その地に一人の女がいて、名前を善妙といった。その名前のごとく、妙なる美しさをもった女性だった。
ある日、善妙は、托鉢に来た義湘と運命的な出会いをする。たちまち、二人は相思相愛となるが、仏法に仕える身である義湘は、善妙の想いに応じることができずに、別れを余儀なくされる。
義湘は、十数年間、世俗を離れてただひたすら修行に励み、仏法の一つである華厳の学を修めて帰国の途につくことになった。善妙は、帰国する義湘を見送るために港に急いだが、時すでに遅く、船は出帆していた。それを見て、悲しみにくれる善妙は、義湘のために用意した手縫いの法衣が入った箱を、荒れ狂う海に投げ込む。箱は、風に乗って波の上を走り、義湘の元に届くが、それでもいたたまれずに、愛する人を気遣う一心で、善妙は髪飾り、身につけた着物を海に投じ、ついに自らも海底深く身を沈めて、何としても義湘の安全を守り通そうとする。
沖合はるか、義湘の乗った船は、激しい嵐に遭遇する。ひたすら義湘の安全を祈る善妙は、やがて龍に化身して、義湘を救いに海上へと向かい、嵐を鎮め、義湘の船を背に乗せて新羅まで送り届ける。
龍となった善妙は、昇天する。善妙の献身のうえに、義湘は新羅の地において華厳経の開祖となった。これが、龍女の絵巻の粗筋である。
義湘と善妙の伝説は、日本の明恵上人に大きな影響を与えたことは、高山寺に残る龍女の絵巻を見れば、 一目瞭然である。この絵巻は、鎌倉時代に明恵が画僧に描かせたものだ。また、高山寺には、「善妙神」の彫像もあり、さらに、当時の戦乱で夫を亡くした未亡人のために「善妙寺」を建てるなど、明恵上人には善妙の名前が常につきまとう。明恵は、善妙に至高の愛を悟った。
明恵上人は、 一生不犯を通した清僧として知られている。だからといって、女嫌いではなく、情味豊かな人だった。性欲もあったし、何度も誘惑に負けそうになったと告白している。
セックスの夢も見ている。性欲を卑しいもの、汚いものとして抑圧していたのではない。むしろ、女性に対してもセックスに対しても、開かれた態度をもっていた。性欲の存在を認めつつ、もう一方で、どうしても守らなければならない仏の戒律と葛藤を続けながら、真摯に生き抜いた人だ。龍女の愛の極致を知っていたからこそ、煩悩の虜になることがなかったといえる。あるとき、私が講演していると、会場の後ろの方から、誰かが入ってきた。その人は、私の講演を最後まで熱心に聞いていた。何者であるかは知らなかったが、さりげないながら、とにかく風格があって印象に残る人だった。
それからしばらくして、電話がかかってきて、「松本明重と申します。この前、講演を聴かせていただきました。会場の後ろの方の席にいました」「ああ、あの時の……」と、すぐにピーンときた。「お話を聞いて、即座に、あなたには『心』があることが分かり、 一度お会いしたくなりました。突然、呼びつけて恐縮だが、帝国ホテルまで御足労いただけないでしょうか」と言われた。
その日、会って食事をした後、「新橋演舞場で『舞衣夢』という劇があるから、 一緒に見ませんか」と誘われて、見ることになった。パントマイムのマイムで、セリフは一つもない。
また、文字通り、「衣」装が「夢」のごとく華麗に「舞」う劇でもあった。久保田一竹という人が、「辻が花」という室町時代から桃山時代にかけて作られた絵模様染めを今に蘇らせ、その「辻が花」だけですべての舞台衣装をかためた。実に豪華絢爛で、衣装だけで何十億円もかかったといわれている。主役は三輪明宏、かつての丸山明宏で、なかなかの美形だったが、セリフは一つもなかった。
開演する前から、何か、えもいわれぬ異常さを感じていた。
すぐに緞帳があがったが、真っ暗な舞台で、三分ぐらい何にも音がしない。何も見えない。一心に舞台に集中していると、突然、チーン、チーン、チンチンと客席の後方で音がする。ハッとして振り返ると、座席の間の通路を通って、黒い袈裟を纏い、錫杖を持った百人くらいの僧たちがお経を唱えながら舞台に上がって行く。
最初から、物の見事に意表を衝かれた。チンチンチンという音は、錫杖をつく音だった。その僧たちが、スーッと天丼へ消えていく。舞台を見ても、暗くて仕掛けが分からなかったが、間の中に黒い階段が設えてあったらしい。ただ、僧たちが身につけた白い下衣を頼りに、その姿だけは追うことができた。実に巧妙な演出である。思わず息を呑んだ。
それから、また三分ぐらい沈黙が続いて、静かな時間が過ぎたところから始まった劇が、何と龍女だった。私は、そばにいる松本さんに、「これは、明恵上人に縁の深い龍女の話ではないですか」と聞くと、「よく知ってましたね」ということで、その後、ひとしきり話題に花が咲いた。
松本明重さんは、当時の佐藤栄作首相のブレーンとして沖縄返還で動いた人だが、その時、そんなことは、つゆ知らなかった。MOA美術館というのが熱海にあるが、そのMOA美術館のMは松本明重のMだそうだ。そして、救世軍をつくった人でもある。ちょうど、これに前後して、多田容幸さんに松本明重さんを紹介された。奇縁として心に残っている。そんなことがあって、龍女をもう一回確認したのだが、 一生に一度会えるか会えないかというぐらいの究極の女性だということが、つくづく分かった。
しかし、それまでは忘れていたが、龍女に限らず、ほとんどの妻は、最初、愛の化身だったに違いない。最初は龍女だったものを、だんだん龍女ではなくしてしまうのが夫だ。すべて、夫が悪い。女に勝てるわけがないのに、女と争ったりする。夫が妻にどういうことをするかというと、たとえば、ご飯が出ると、「お前の飯は、まずい」と言うから、
「あなたが、どこにも連れて行ってくれないからよ」ということで、ますますご飯がまずくなっていく。
「お前の飯は、世界一だ。うまいなあ」と言えば、妻は腕によりをかけ、龍女になって献身する。
何事もほめながら徐々に、「あるべき様」、すなわち龍女に象徴されるような究極に近づけていくようにする。
明恵上人も、「あるべきやうわ(阿留辺幾夜宇和)」の七文字を保つべきだと言っている。その意味は、「僧は僧のあるべき様に、俗は俗のあるべき様に、帝王は帝王のあるべき様にすることが大切だ。あるべき様に背くから、 一切が悪くなってしまう」ということだ。
男は理性的だが、女は感情的だ。だから、男は、頑なな理性で女の感情や感性を害してはいけない。そういうことに油断しないで、女性を、そのあるべき様に近づけてやるようにして欲しい。そして、自らは、事業家としてのあるべき様をひたすら追求する。
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