第二章で、ロマンとか、思想とか、目的とか、宗教心とか、哲学とかについて詳しく述べたが、その中にもう一つ「心のおしゃれ」を書き加えておきたい。
ロマンとは、 一言でいうと夢のことだ。思想とは物の考え方、哲学とは原理原則、目的とは「何のために」ということである。
宗教とは、「教え」のことで、日本には現在、儒教、仏教、道教(神道)の二つが教えの中心をなしている。こういうものをひっくるめて、私は、心のおしゃれといっている。
心がおしゃれな人は、見苦しいことをしない。そして、ユーモアがある。芸術とかスポーツとかを本当にやってる人は、情を知っているから、ユーモアがある。
私のところに、常務理事で宮下英弘というのがいる。時には、彼を叱ろうと思うのだが、叱れない。いつも冗談と駄洒落ばかり言っている。心がおしゃれだ。
ある時、私が叱りそうになって、彼の顔を見ると、「なぞなぞを出していい? 家の裏に、塩がいっぱい在庫されてる町って、知ってる?」と、不意に言う。
私は、考えて、「塩釜かな」と言うと、「だめだ。ウラジオストックだ」
私は、勢いをそがれて、叱れなかった。それからしばらくして、また叱ろうとしたら、「都市で、駕籠が四つもある町があるけど、知ってる?」「シカゴだろう」と、そのときは正解を出した。
下らないと言ってしまえばそれまでだが、こんな下らないことさえできない御仁がいて、周りをやたらとギクシャクさせているのが現実だ。
ユーモアは大切だ。怒りを忘れさせてくれる。自然自然と勇気がわいてくる。スマートだと思う。
王陽明という人が、「天下のこと万変といえども、わがこれに応ずるゆえんは喜怒哀楽の四者を出ず」と言っている。
世の中が、千々に乱れても、私がこれに応じていろいろな手が打てる……本書のテーマに沿って言えば、事業をやっていて有効な手が打てるのは、喜怒哀楽の四者を、つまり、情を知っているからだ。喜怒哀楽の中身とは、情に外ならない。
「これ、すべての学の要にして、 政もすべからくその内にあり」と、さらに続けて言っている。
「情のために、つまり人間が幸福感を抱くために学問をする。何事も楽しむためにやる。政治も、すべからく、その内にある。だから、政治家で情を知らない人間はだめだ。そういう喜怒哀楽を知って政治を行うべきである」と、王陽明は言っている。事業家も、その通りだ。心のおしゃれとは、情に精通することだ。社長は、心のおしゃれ、特に情を知っておくことが大切である。
卑近な例では、カラオケで一曲しか歌えないなどというのはよくない。五曲も、十曲も、二十曲も歌えるようにしておく。これは、冗談ではなく、心のおしゃれに直につながっていくからだ。したがって、少しずつレパートリーを広げていく。歌を歌うことは、本当に大切である。
余談になるが、私は、妻と一緒にアイルランドヘ行ったことがある。アイルランド銀行の経営者をはじめ、四十人ぐらいの人たちが出席して、歓迎パーティーを開いてくれた。その時、アメリカに二十五年も住んでいた義理の弟夫婦が一緒で、彼らが、パーティーの最後に、「ミスター・ムタ」と、私を指名して、「何かコメントしてくれ」と、突然、言った。みんながしゃれたスピーチをたくさんした後だった。私は英語はそれほど堪能ではない。
義理の弟夫婦が心配して、すぐ私に、
「通訳するから、日本語でしゃべっていいよ」と、助け舟を出した。「おしゃれじゃない。二人とも、野暮だな」と思った。だから、多少しゃれたことを言わねばと思いつつ、女房と二人でパッと立った。
「アイ。キャント・スピーク・イングリッシュ(私は英語がしゃべれない)」とまず言った。続けて、「バット・アイ。キャン・スピーク・イングリッシュoオンリー・ワン・フレーズ(でも、たった一つだけ英語をしゃべれる)」と言った直後に、「イッツ・アイ・ラブ。マイ。ワイフ・ヒロコ」と、オチをつけた。
すると、 一斉にワーッと沸き立ち、ワイワイ次から次へと私のところにやって来て、みんなで抱き合った。だれのスピーチよりも、私のが一番だった。多少手前みそに聞こえるかもしれないが、やはり、しゃれていなければならない。たくさんじゃべったからといって、それでいいわけではない。
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