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リーダーとしての生き様

私が尊敬する人に、持丸寛二さんという方がいる。この人は、いろいろ紆余曲折はあったが、仙台に日本を代表するような電子専門学校をつくった。北九州市に生まれて、貧乏しながら身を起こし、自分は教育者だということに目覚めて、電子専門学校をつくった。

この人が六月頃のある日曜日に、新間を読みながら、「おいしいミカンが食いたいなあ」と、今時はないだろうと思いつつ、ただふとつぶやいたという。その当時は、ミカンを冷凍して保存する技術などなかった。ところが、ミカンが好きだということを、長いこと連れ添ってきた奥さんは知っていたのだろう、どこからともなく、つやつやしたミカンを持ってきた。それをむいて食べた。

そして、何げなく奥さんのほうを見ると、底のほうが青くなって腐っているような、しわくちゃのミカンを選って食べている。「あれっ、俺は、こんなにおいしいミカンを食べているのに」と思った。気になって、その晩のおかずもしげしげ見た。すると、奥さんの皿には、やはり魚のしっぼしか乗ちていない。自分のほうは、尾頭つきのものが乗っていた。また、「あれっ」と思って、それから気になって気になって、ほかにも色々と探してみた。

そうすると、奥さんは下着でも何でも、洗濯を何回もして、針を入れたものを着ている。自分は、きれいな下着を着て、糊がきいたワイシャツを、毎日毎日、着がえていることに気がついた。「ああ、この人がいたから、俺はいい事業ができたんだ。俺は、この人によって生かされていたんだな」と、つくづく感じた。それからというものは、奥さんを大切に、大切にした。

しばらくして、電子専門学校が県の払い下げの土地を買った時に、汚職に絡んでいるということで、持丸寛二さんは新聞やテレビで叩かれた。そんなことは決してしなかったのに…である。

そこで、多くの電子専門学校の生徒たちが、県の議会が開催される日に合わせて、議会やテレビ局へ宛てて手紙を書いた。「私が卒業した学校は、そんな学校じゃない。持丸さんという人も、そんな人じゃない」ということを、たくさんの生徒や卒業生が手紙にして訴えた。

一人の投書には約二千人ぐらいの人がその後ろにいる、と一般に言われている。だから、何通も投書が行くと、物すごい桁数の人達がバックにいることになる。いままでは汚職追及派の政治家がたくさんいて、重箱の隅をつつくような質問を繰り返していたのが完全に逆転して、「聞くところによると、あなたの電子専門学校は非常に成績がよくて、今年も国家試験にだいぶ多くの方々が合格されたらしいですね」ということになった。質問がほめるほうへ、ほめるほうへと変わっていった。そうしないと、バックにある大量の票をなくすからだ。そういうふうに状況が変わってきて、「生徒に助けられた」と持丸さんは言っていた。

それぐらい、家庭でも生かされている。そして、世の中に出てからも、生かしてくれる人が大勢いる。事業経営では何が大切かというと、もう一度繰り返すが、存在する価値を磨くことだ。存在する価値をどこまでも磨いていく。

会社は、法人格という立派な人格を持っているが、その会社は何によって生かされているかといえば、とりもなおさず、お客様によって生かされている。

お客様に、「君のところの商品はすばらしい。君のところからしか買わない」とか、「君のところの社員はすばらしい。あの人をうちによこしてください」と言わしめなければ、会社の繁栄など絶対にない。

それが存在する価値である。それを、限りなく磨かないと、会社は続かない、生きていけない。存在する価値をどこまでも磨くことが実存主義で、これが二十一世紀の哲学であると、本書で何度も書いてきた。

ピンチになること、あるいは山があったり、谷があったり、風が吹いたりすることがたくさんある。そんな時でも、この実存主義の哲学を絶対に忘れない。会社は、何によって生かされているのか、どこにその存在価値があるのかということをもう一回つかみ直し、それを磨いていって、哲学として残していく姿勢が大切だ。

この章の最後に、私が理念とする言葉を紹介しておきたい。

たとえあす、この地球が破滅しようとも、きょう私はリンゴの本を植える

会社というのは、浮き沈みが、多かれ少なかれ必ずあるものだ。どんなことがあっても、巨大地震が起こっても、壊滅的な状態に陥っても、私はリンゴの木を植え続ける。あしたのために、未来のために、あきらめないでリンゴの木を植え続けるという生き様を、私は貫き通したい。

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