いまから二千年以上も前、西漢の高祖劉邦が天下を統一した後の話である。覇業に協力した韓信が、敵方項羽の臣であった鍾離味をかくまったという理由で捕えられ、楚王から淮陰侯に降格された。そのとき高祖が韓信にきいた。
「自分は何人の将になることができるか」
「陛下はせいぜい十万の将になれるに過ぎないでしょう」
「では貴公は何人の将になることができるか」
「臣は多々益々弁ず」、つまり多ければ多いなりの将になることができる、と韓信は答えた。
「多々益々弁ずる者が、なぜ、十万の将でしかない自分に捕われたのか」と高祖がきくと「陛下は、兵の将になることはできないが、よく将の将たることができます。これが私の捕えられた理由です。そうした陛下の力は天から授かったもので人間の力の及ぶことではありません」と。
「多々益々弁ず」は今も用いられているが、 ″兵の将″と″将の将〃の区分もまた、現代の企業組織にそのままあてはまるのではないか。
会社の各部門を統轄している部長を″兵の将〃とすれば、全部長を率いる社長は″将の将〃といえる。 ″兵の将たるもの〃は、いずれかといえば能力が重視されるが、 ″将の将たるもの″の条件は、能力よりも人格が重視される。能力だけでは、諸将の心をとらえることは困難だが、人格はその心をとらえて協力させることができるからである。劉邦については、こんな記録もある。
劉邦が項羽を破って天下統一を果たしたとき、忠臣たちと宴を開いた。劉邦は集まった諸将にたずねた、「自分が天下を得た理由、項羽が破れたわけは何か」と。王陵という臣が答えた。
「陛下は、城を攻めおとせば功者に与え、地を得れば民に与えるなど、天下と利を同じくしたのに対し、項羽は功ある者は害し、賢者を疑い、功あっても地を得ても人に与えず、すべて私したからである」
これを聞いた劉邦は、それは一を知って二を知らないものであるとして、
「夫れ筆を帷幅の中に運らし、勝ちを千里の外に決するは、吾、子房に如かず。国家を填め、百姓を撫し、饒飩を給し、糧道を絶たざるは、吾爺何に如かず。百万の衆を連ね、戦えば必ず勝ち、攻むれば必ず取るは、吾、韓信に如かず。項羽は一の池増有れども、用うること能わず」(陣幕の中で計略を考え、これを千里も離れた遠い場所で実際に用いて勝利を決定づけてしまう能力は、張子房= 張良にかなわない。国家を安定させ、人民を養い兵糧を送り、輸送路を絶やさないことでは自分は爺何に及ばない。百万の大軍を率いて連戦連勝の手腕は韓信に及ばない。私は、これら優れた三人を使いこなして天下を得たが、項羽は、たった一人の滝増も使いこなせなかった)と。
平たくいえば、劉邦は自分より優れた能力をもつ三人を用いたから天下をとれたということになる。また、能力者の協力を得るだけの徳があったということである。
昔の国王は人民あってのもので、国王に徳がなければ、徳のある国王を求めて移り去っていく。現代の会社でもトップが人の道に外れているようであれば、心ある者から去っていく。立派なトップであれば求めずして集まる。時代は変わってもこれに変わることはない。聖人孔子が何人かの弟子と旅したときである。
山を近くにした静かな所へさしかかったとき、婦人のすすり泣く声がきこえてきた。近づくと婦人は三つの粗末な墓の前で泣いている。わけをきくと「この辺は恐ろしいところで、先年私の軍とに当る人が虎に食われて死に、続いて私の夫が殺され、今度は私の子供が食い殺されてしまいました」。
「それほど恐ろしいところと知りながら、なぜ、ここから離れないのですか」
「いえいえ、ここから離れることはできません。ここに住んでいる限り、厳しい税金の取り立てもありませんから」
これを聞いた孔子は弟子たちにこう戒めた。
「苛政は虎よりも猛し」(むごい政治は虎よりも恐ろしい)。
現代でも、いかに権力、財力、学力があったとしても万人の心を包むことはできない。しかし、人徳はなにがなくとも万人の心の隅々までしみ透っていく。前例のように、指導者の徳は虎の住むほどのところにいる無事の老婦にまで及んでいるのである。
菜根諄に「徳は才の主にして、才は徳の奴なり。才ありて徳なきは、家に主なくして奴の事を用うるが如し。いかんぞ魁腫にして猫狂せざらん」(人格は主人公、才能は召使である。才能がいかにあっても人格の裏づけのないのは、家に主人がいないで、召使が勝手気ままにとりしきっているようなもので、せっかくの家庭も妖怪のすみかとなってしまう)とある。
現代の組織内にも、若いころ、なかなか、できる男ということで、いつも第一選抜で出世街道をばく進している人がある。地位が上がるにつれて、 一人落ち、 一人遅れて先頭グループは二、二人にしばられる。落ちた者も、トップグループを走る者も能力に大差はないものである。地位が上がるに従って、人格というフルイの目が粗くなり、高い人格順に残る。この差は人格の差、徳の差といえるだろう。
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