経営は結果である、とはよくいわれることだが、結果が得られないことには経営とはいえない。リーダーであれば、何としても望む結果が得られるようにしなければならない。
私がかつて、 ″根性〃をテーマに講演したとき、質問に対し「根性とは、 一つの目的を達成するために全知全能を傾ける気力である」と答えたことがあるが″執念〃も同じである。先に困難を嘆く人に執念はない。志なかばに中断してしまう人間は、執念ある人材とはいえない。
企業のためになる目的を達成するため、執念を燃やしつづけるところに経営者としての遅しさもあれば尊さもある。
ことに、会社が逆境から抜け出そうとする際など、脱出を選ぶか、倒産を選ぶかのいずれかしかない。倒産を選ぶなら、ここで何もいうことはない。あくまで逆境脱出を期すなら不退転の決意が必要になる。脱するまでは、なりふりかまわず、他人が何といおうと執念を燃やしつづけて、他のすべてを捨てても脱出せねばならぬ。沈没の危険が迫った船を救うには、何としてでも船を浮かしておかなければならない。船が沈んでしまうか救えるかは、社長の執念の差、ということである。
第二の会社が膨大な借金でピンチに陥り、銀行から追加融資を受けられなくなった頃のことである。主力銀行までが、「一度倒産して再出発してはどうか」というほど窮地に追いこまれていた。これを社内に発表するわけにはいかない。なにしろ、退職を希望する社員が相次ぎ、部門長などは徹夜で思いとどまるよう説得したという話もきくし、退職届を郵送し、他社へ勤めている人さえ何人も出ているほどである。
また、社員は持株を手放すことを急いでいる。倒産しないうちに株だけは換金しておこうという考えである。いずれも会社に見切りをつけている証拠である。こうしたなかで、銀行からも見離されたことがわかれば、たちまち動揺不安の渦がまき、倒産に追いこまれることは必至である。
もちろん銀行の融資がストップになれば不渡り宣告は時間の問題となる。そこで、社長以下全役員と部門長が出席する月例会議でこう話した。
「皆さんは退職希望の社員を引きとめるために徹夜までしているそうだが今日限り、引きとめは中止してもらいたい。社員から退職届が出たら直ちに受理し、人事部長に渡してもらい、人事部長は手続きを即日実行すること。
また、社員の持株処分希望者が多いようだが、社員の分に限って私が買い取る。株式譲渡証に取引税相当額の印紙を貼り、株券とともに株式課まで届ければ前日の株価で買い取る」いずれも社員の不安を解消しようとする狙いであった。
といっても私としても株が欲しかったわけではない。銀行から見離されれば株券はチリ紙同様になる。それにかねもあるわけではない。とりあえず株式課にたまっている株を買わなければならない。元いた銀行から借りると、元役員ということで監査書に記載されるので別の銀行から借金することにした。
その銀行から利息計算書が自宅に郵送され、家内の知るところとなった。早速膝詰め談判。「あなたは銀行からいただいた役員退職金の大部分で、先行きどうなるかわからない会社の株を買い、それでも足りずに何千万円も借金している。また、あの会社の株を買ったんでしょう。食べられなくなったらどうするつもりですか。これからも借金して買うんじゃないでしょうね」「身体をかけて、あの会社へ行ったんだから、財産をかけるぐらい当然だろう」「勝手にしたらいいでしょう」。
敵を欺くには味方まで欺かねばならない。
しかし、これは後日談になるが、自分を捨て、かねまで捨てるつもりで買った株は会社再建とともに値上りしてひと財産になっている。当時は、それどころではない。会議で、こうつづけた。
「私は入社して二年、あまりきつい発言をしなかったが、今月は二つの提案をしたいので協力願いたい。その一つは、会社を再建するまで総支出を前年実績より絶対増やさない。二つに、三年間に百五十人(グループ総員の約十四%)減員する。強制退職はしない。自然退職者の補充をしなければ可能である」と話した。
いろいろな抵抗が出た。集約すると、人を減らせば生産が落ちる。経費を削れば売上げが落ちる。当然に利益も落ちる、それでもいいのか、というもの。今日限りの命とも知らず「利益が落ちる」とは何ごとかといってやりたい。まだまだ危機感がない。そこでいった。
「利益が落ちることを心配しているようだが当社に限って、生産、売上げが落ちても利益は落ちないことになっているからそうしたご心配は無用だ」「そんなことはないはず」「当社は現在欠損であるから利益が落ちることはない」。
それでも「人を減らしては社員の士気が落ちる、対外信用が落ちる」と呑気なことをいっている。「会社が奈落の底に落ちない限り何が落ちてもかまわぬ。それに、この提案は最低なものだ、このくらいで驚いては困る」。
「皆さんは〃騎虎の勢い下るを得ず″の故事を知っているかどうか。
中国の南北朝時代、北周の宰相楊堅は、漢民族の国でありながら異民族に占領されているのを残念に思い、いつか漢人の天下にしようと画策していた。宣帝の死後、子が幼少だったので帝位をゆずり受け″隋〃を建国し、文帝と称した。この文帝が八方画策しているとき妻の独孤皇后から言伝が届いた。
すでに大事を起すことを決心し行動に移したことは、ちょうど一日千里を走る虎に乗ったのと同じです。途中で降りたら虎に食い殺されます。虎とともに最後まで行くべきです、と。
これが、この故事のいわれだが、今日の私が提案したことは会社再建を賭けたもので、千里の虎に乗ったのと同じ。皆さんが妥協を申し入れても応じないし、抵抗にも屈することはない」と言いきった。それに対し「そういう重要なことなら会議を開いて協議してはどうですか」「こういう会議は一人でやるべきだ、 一人の会議も一万人の会議も再建に同調するものであれば結論は一つである。皆さんのやろうとする会議は総論賛成各論反対会議で百害あって一利なしである」と突っばねた。
出血多量の人間を救うために、出血を止めるのを忘れて栄養剤を飲ませようとしている者には毅然たる所信をたたきつける以外にないのである。
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