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九 一億先生、万物これわが師

NHKテレビに「生活の知恵」という番組があった。その中の交際術をテーマにしたとき私も出たことがある。

別項でものべたとおり、私は街中で働く人たちと話し歩いていたからである。司会の酒井アナウンサーから「都市銀行の専務さんが、石焼芋屋さんやサンドイッチマンのような商売の人たちと交際しているとは珍しい。何か特別の目的でも」ときかれ、とっさに日から出たのが「一億先生、万物これわが師」の文旬だった。老幼男女も、見聞するすべてが自分の先生である、という意味である。天地自然はもちろん森羅万象わが師ならぎるはなし、ということだ。

文字通り、浅学非才、独学、書物も図書館と借本ですませたはどであったから、なにごとをも教科書にしてしまったわけで、貧乏性は死ぬまで直ることはない。ものの本に、わからないことがあったら歴史にきけ、とあるが、なるほど現代は歴史の縮図ともいえる。万物わが師ではあるが、なかでも歴史は、すべてを教えてくれる。前記のように、私は漢書、朗詠集を発憤の動機にしたり、その後の経営に、指導者のあり方に、兵法・十八史略・菜根諄・韓非子など、どれはど役に立ったかわからない。今に残る故事にしても、いわば哲学ともいえるもので、時代が移り人が変わっても不変の真理を伝えてくれる。

家康は、唐の大宗の貞観政要を学んで三百年の基礎を築いたというが、古今東西の武将も孫呉の兵法を学んで覇を成している。

平安の才女清少納言は唐の詩人白居易の詩を知っていたため一層その誉を高めたという。清少納言が中官に仕えていたとき、ある雪の日「香炉峰の雪やいかに」とおおせられた。清少納言は直ちに立って簾をかかげたという。簾をかかげても中国にある香炉峰が見えるわけではない。清少納言は次の詩を知っていたのである。香炉峰の下に新たに山居を卜し草堂初めて成り偶々東壁に題す。

「日高く睡足りて猶起くるに傭し、小閣会を重ねて寒さを柏れず、遺愛寺の鐘は枕を欲てて聴き、香炉峰の雪は簾を撥げて看る、匡慮はすなわち是れ名を逃るるの地、司馬は伽お老を送るの官たり、心泰く身寧きは是れ帰する処なり、故郷何ぞ独り長安にのみ在らんや」

(日が高く、十分眠っているのだが起きるのは、おっくうである。小さな部屋で蒲団を重ねているので寒いことはない。枕をそばだてて遺愛寺の鐘の音をきき、簾をかかげて香炉峰の雪を見る。昔から慮山は名利を捨てた人々が住むところだし、司馬という官職は老人にふさわしい閑職である。身心ともに安泰であることこそ安住の地というものだ。なにも故郷は長安に限ったことではない)。

また、小倉百人一首の清少納言の歌に「夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」は、「鶏鳴狗盗」から出たもので、千年も前の故事を歌としている。そういえば、もう一人の才女、小野小町は「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」と詠んでいる。あるいは小町も、白居易と同じ時代の詩人劉廷芝の詩を知っていたのではなかろうか。

「洛陽城東、桃李の花、飛び来たり飛び去って誰が家にか落つる。洛陽の女児顔色を惜しみ、 行落花に逢うて長く嘆息す。今年花落ちて顔色改まり、明年花開いて復た誰かある・‥・‥」

「知識をたくさんもつことは企業を豊かにする」ともいえそうである。言い換えると、なにを見聞しても自分の経営や処世に役立つことを考え出せるほどのガメツさがある人が多いほどその会社は豊かになるともいえるのである。

これも私事になるが、私は自分自身をはめていることがたった一つある。それは、見間の多くを自分に役立たせることができるということで、悪くいえば貧乏根性といえるだろう。

まえに私の借金返しの話を書いたが、返済に全力投球しなければ追いつかない。そのためあらゆる知恵をしばってかねをかき集めたが、どうやら、かねばかりではない、かねを生み出す知恵までかき集めたガメッさが、万物をわが師にするようになったのかもしれない。この借金は十四年がかりで三十二才で完済したが、その十四年間に学んだことは限りなくある。第二の会社で借金過多を短期間に解消するにも大きく役立っている。借金もまたわが師だったわけである。

三十二才で借金返済が終ったときである。

「働く場とは、かねを稼ぐ場である」としか考えていなかった。年二回の僅かなボーナスも家に持ち帰ることは稀であった。右から左へ債権者に渡すことが多かったからだ。

さて、返し終ってみると「働く場」に対する考え方も変わってくる。結局、ある人の言に従って「働く場とは自己成長の場である」となった。こうなると、上下の差もなければ今昔もない、怒られ、褒められるのも自己成長のためということになる。

よく人様から「あんたの怒った顔を見たことない」といわれるが、怒りに耐えるのも、自己反省も自己成長に役立つと思えば、この相手もまたわが師となる。

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