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十二 無為にして化す

「傍にいて教え導くは常道。邪道に入るのを戒めるのは時を得た教え。自ら率先するは教えの根本。言わずに教えるは極致。一度抑えて褒め励ますは一時の方便、臨機の教えである」(言志四録)。

十八史略によると、史上最初の人君は天皇氏といい、兄弟十二人で、各々一万八千年王位にあったというからまさに神代の時代といえる。この天皇氏は、なに一つ言うでもなく、無言のうちに徳をもって民を感化し、よく国は治まったという(無為にして化す)。その昔、私も「怒って人を導くのは下で、教えて導くのは中、無言で導くのは上」と教えられた。

昔、五覇の筆頭に数えられた斉の桓公から八代目の景公のときに、晏子という宰相がいた。質素倹約で職務に忠実であったので斉の人々に重んじられていた。 一枚の狐の毛皮を三十年も着ていたし、神に供える豚肉も豆粒より小さかった。しかし、人の世話はよくし、七十余世帯もの人が晏子のおかげで生計をたてていた。

ある日、晏子が外出したので御者の妻がひそかに見ていた。夫の御者は大きな日傘をさしかけ、四頭立ての馬に鞭打って、大いに自慢げであった。

やがて夫が帰宅すると妻は「どうか今日限り離縁していただきたい、あなたの主人の晏子さまは高い位にあって諸侯の間でも有名であるのに、心が大きく人に謙虚で少しも威張ったところがありません。あなたは、御者として使われている身分でありながら、いかにもえらそうに自慢しています。まことに情けないことです。離縁をお願いしたのはそのためです」といった。それからというもの御者は人が変わったように謙虚になり、騎りたかぶる振舞をしなくなった。晏子が不思議に思ってきくと御者も正直に答えた。晏子はそれに感心し、大夫(士の上)に推せんしたという。晏子は、無言で御者を感化し、領民から重くみられている。無為にして宰相の任を果たしているともいえよう。些細な体験が私にもある。関係していた会社で一万平米ほどの分工場敷地を買った、三月である。

六月のある日、土地管理と工場管理の責任者が、敷地に雑草が生えてきた、なんとかしなければ、といっている。早めに雑草は退治しないと手におえなくなるから一日も早いほうがよい、といっておいた。

七月上旬にきくと「もう少し時間を貸してください、何とかします」。八月中旬にきいた

ところ「もう少し時間を、しかし、八月半ばですから秋も近いし自然に枯れてきます。十一月には建設開始になります。雑草などブルドーザーでやれば簡単です」といっている。「なんでもよいからすぐ刈り取れ」と指示することは知っているが、これでは私の真意がわかるまい。そこで、その日帰宅してから、十八リッター入りのポリタンク五コを集め、それに水を入れ、除草剤と背負い噴霧器、にぎり飯を車に積み、長男に有給休暇をとらせて現場へ行ってみた。さながらジャングル同然。三日の予定も一週間で終るかどうか。

午後三時に帰宅すると会社から一人の幹部がきている。どこからか嗅ぎつけたらしい。

「副社長に草退治されてはわれわれの立場がなくなる。担当者も頭を抱えているからやめてもらいたい」といっている。

「迷惑をかけると思って誰にもいわずに行ったわけだが知れた以上仕方がない、とりあえず明日は出勤する」といつておいた。

翌朝出勤すると担当者が詫びにきた。そこで話した。「何回言っても時間を貸してくれといっていた。私は銀行出身だから、かねは貸したが時間を貸したことはない。一時貸しても同じ時間を返してもらえないからだ。それに、秋になったら枯れる、ブルでやれば取れるといったが、私が除草剤をかけた草は、いつになっても枯れず、何をしても取れない草だ。その草は会社の多くの人たちの頭のなかに生えている草だ。

高度成長時代には、少々過ぎたことをしてもなんとかなったが低成長時代ともなるとそうはいかない。将来、損や危険が予想されるようなことは、芽が出たら、すぐ刈り取る。あるいは芽の出ないうちに始末しておかなければならない。その理屈がわかれば、あの草などはどうでもよい」と。

その日、せがれとにぎり飯を食べた際、お前はこれをどう思うかときいた。

「上場会社の代表取締役副社長がしかも七十才にもなって草退治とは、ただただあきれるばかりだ」といっている。「お前の頭にも除草剤をかけるぞ」と言ったあとで、こうつけ加えた。

昔荘子に向かって「おまえの学問は何の役にも立たない無用の学問だ」という人があった。荘子は「人間が立っているのに必要な地面は足が乗っているところだけで、あとは無用な地面だ。無用だからといって取り除いてしまったらどうなさる」と逆襲した。無用の用というものだ。私が除草剤をかけるなど余計なことのようだが、その裏には大きな用があるのだ、といっておいた。

それまでは期首に受注が少なく、売上高目標が達成するかどうか心配されても、担当長はまだ、先が長いと、悠長にかまえていた。期なかばに経費の使いすぎがわかっていても、これから節約すればよいという態度であったが、雑草退治からは何もいわなくても早め、早めに手を打つようになっている。無用が大きく役立ったわけである。

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